「シオン。今月の家賃払えそう?」
「ギリギリですね……今晩の成績次第ですよ」
「そっか……頑張らなきゃね」
「ええ。せっかく手に入れたこの生活……捨てたくはありませんから」

わたしの名前は弓塚さつき。

ひょんな事で知り合った女の子、シオンと同棲生活をしている。

別にそっち系の趣味があるとかじゃなくて、二人にはある共通点があったのだ。

「しかし吸血鬼といえどもそれなりの生活が出来るものなのですね」
「まあ……うん、そうだね」

それはわたしたち二人が吸血鬼だということである。
 
 




「さっちんシオンのいたって普通の生活」






といっても別に人類を滅ぼそうとかセカイを吸血鬼だらけにしてやるとかそういう野望はまるっきりない。

単にごく普通のありふれた生活を望んでいるだけなのだ。

まあ吸血鬼である以上昼間なんかは外に出られないんだけど。

「四畳一間のボロアパート。日辺り最悪、すぐ隣にはお墓、殺人事件の噂」
「このアパートを借りた時の事ですか?」
「うん。まさか今の日本にこんなアパートが残ってるなんて思わなかったよ」

今現在わたしたちが住んでいる場所はまさにそれ。

「探せばいい物件というものはあるものです」

もちろんそんな条件だから家賃は格安だった。

保証人その他諸々も不要、家賃さえ払ってくれればなんでもオッケーと。

「うん。大変だったけどね……」

日雇いのアルバイトを繰り返してお金を稼ぎ、家賃を支払ったのだ。

路地裏で凍えていた時とは生活基準が格段に違う。

あったかいコタツもあるし、おいしいミカンも食べられる。

「だからこそ今日は気合を入れなくては。稼ぎが足りなかったらアウトですよ」
「わかってるって。もう行かなきゃね。お互いがんばろう」
「ええ」

わたしたちは夜の街へと繰り出していった。
 
 
 
 

ういーん、ういーん。

工事現場でよく見る赤い棒を振っているわたし。

わたしの役目は工事現場付近の危ない場所に車が近づかないようにする事だ。

深夜枠の時間帯に仕事をしたがる人間なんてほとんどいない。

だからわたしなんかでもあっさり採用されたわけだ。

一応履歴書云々の提出はあったけれど適当に誤魔化してある。

弓塚さつきという名前を使うのはまずいかなあと思ったので偽名を使った。

遠野さつき、と。

「やだもうわたしってば何やってるんだかっ!」

思い出して恥ずかしくなってしまった。

『お名前は?』
『は、はいっ。遠野……さつきですっ』

「志貴君と結婚したらそうなるんだよねっ! なるんだよねっ!」

ききぃーっ!

「わ、わっ」
「アブねえだろっ! 気をつけろっ!」
「すすす、すいませんっ!」

つい変な棒の振り方をしてしまったみたい。

いけないいけない気をつけないと。

「……はぁ」

志貴君と結婚かぁ。

吸血鬼と普通の人間って結婚できるのかなぁ。

なんか駄目っぽい感じがするんだけど。

「いや、でもバンパイヤハーフとかいう人たちもいるとかなんかあったよね……」

とするともしかしてアリなんだろうか。

「うふ、うふふふふ」

子供もおっけー?

でも子供も吸血鬼だったら困るかな?

あ、でもわたしだって今それなりに全うな生活を送れてるわけだし、真祖の姫君っていう吸血鬼の長みたいな人はそれこそ人間社会に溶け込んじゃってるし。

それなら全然問題ない?

「子供は二人欲しいな……男の子と女の子で……」

ああもう、想像しちゃ駄目だって。

でもでもどうにも止められないっ。

結婚式は教会で……はまずいかな。

披露宴にシエル先輩呼んだら危険だよね。

『さつき、真面目にやりなさい』

「わわっ?」

いきなり頭の中に声が響いた。

シオンの声だ。

『今日の稼ぎ次第と言ったでしょう。さつきが真面目に仕事をしてないのがばれてギャラが貰えなかったらどうするんですか』

「わ、わかってるよ……」

これはシオンの持ってるエーテライトによる意思疎通というやつだ。

最初はびっくりしたけれど、慣れるとまあ便利なものだ。

『まったくさつきときたら志貴くん志貴くんと……』

「わーっ! プライベートなとこは覗いちゃ駄目って言ったのにっ!」

つまるところエーテライトというのは相手の思考を覗ける道具。

シオンはこれを使って占い師の仕事をしていたりする。

相手の思考を読めるんだから悩みを言い当てるのも100%。

占いだって信用されるというものだ。

『言っておきますがわたしの占いは統計に基づいた行動指針です。信憑正のないそこいらのものよりよほどその人に益を与えます』

「はいはい……」

事実、シオンの言うとおりに行動して成功した人は結構多いのだ。

政治家になっちゃったり、芸能界で大ブレイクしてたり。

お礼をいいに来た人は一人もいないんだけどね。

それでもシオンは満足しているようだ。

『きちんと最初に料金は頂いていますからね』

「あはは……」

まあ派手に活動すると目だってしまうし、それくらいでちょうどいいのかもしれない。

『おっとお客です。ではわたしはこれで。くれぐれも仕事をさぼらないよう』

「わかってるよぅ」

そしてシオンの声は聞こえなくなった。

「はあ……」

仕事をしなきゃ生活は出来ない。

それはとても大変なことだ。

けどそれは大人なら誰でもやっていること。

わたしにちょっと大人になる時間が早く来てしまったって考えるべきだろう。

なんだかんだで自分の生活のために働く今の生活は充実していた。

普通になんとなく高校生を送ってただけじゃきっとわからなかっただろう。

吸血鬼になったから、とはあんまり考えたくないけれど。

あらゆる事が人生の分岐点。

いい事も悪い事も。

わたしはまあ不幸な部類に入るんだろうけど。

それだってそれなりの幸せはある。

シオンに出会えた事とか他にもたくさん。

これからだっていいことがあるかもしれない。

うっかり偶然志貴くんに出会っちゃったりとか、そこから感動のドラマが始まったりとかっ。

『だから真面目に仕事をしなさいと言ってるでしょうにっ!』

「わ、わかってるよぅ!」
 

弓塚さつきは今、それなりに満ち足りた人生を生きている。
 




あとがき
どうもSPUです。ひばりが丘七屋敷さんにリクを頂き書きましたー。
路地裏同盟が普通の生活をしていたらどうなのかなとそういうSSです(?)
さっちんはシオンと出会えた事でプラス思考っぽい感じに。
悪い事があってもそれをバネとして頑張ればなんとかなるーみたいな。



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