これだけは唯一わたしがまともに書けると思っているものなのだ。
ようやっと半分くらいまで書けた。
書いては消し、書いては増やし、また消しの連続なのでなかなか進まない。
だけどいつもよりは気合を入れて書いているので多分出来はいいものになってくれるだろう。
……多分。
「よーし、今日は夜までやるぞぉっ」
ようやっとキャラが動き出してくれ、わたしの腕はひたすらにキーを叩いていくのであった。
「同人小説を作るまで」
その7
「ふうっ……できたぁ」
なんとか努力の甲斐あって一応の結末まで書く事が出来た。
とりあえずはこれを誰かに読んでもらい推敲してもらわなくちゃいけない。
自分では気付かない誤字とか脱字が結構あったりするからだ。
「……誰に読んでもらおうかなあ」
と言いながらも半分くらい誰に読んでもらうかは決めていた。
それはネットで同業者ともいえる小説サイトを作っている人なのである。
「こんばんわー」
わたしは早速オンライン状態にしてその人のチャットへと顔を出した。
ハンドルネームは吉田さんという、わたしより文章の上手い人だ。
チャットは幸いな事にその人が一人でお客さんを待っているところだった。
「こんばんわ。久しぶり」
「おひさしうございます」
原稿にかかりっきりだったのでチャットに顔を出すのは久しぶりのことだった。
とにかく本題に入らなくてはいけない。
「実はお願いがありまして。このたびわたし、文庫用の小説を書いているんですけれども」
「ほうほう」
「それを推敲していただけないでしょうか? だいたい46キロくらいなんですが」
「OK。送ってきなさい」
わたしはさっそくメールで圧縮した小説全文を送った。
「ではROM」
「はーい」
ROMというのはまあ退席と同意語と思ってもらってもいい。
チャットの中にはいるけれど、他の用事でただいるだけの状態になってます、という感じだ。
「……」
しかしこう誰かに自分の文章を読んでもらっているときはドキドキしてしまう。
「こんばんわー」
チャットに別のお客さんが入ってきた。
加奈子さんという常連の人だ。
「こんばんわー。吉田さんは今ROM中です」
「をを、ラーキアさんついに完成ですか〜」
ラーキアというのはわたしのハンドルネームだ。
アキラを逆にしただけの簡単なものである。
「はい。吉田さんに推敲してもらってます」
「ドキドキ」
加奈子さんはわたしが本を作っている事は知っていて、以前推敲を頼んだ事があるんだけれど「買って読みたいから」と推敲を辞退されたのだ。
しかし買ってくれるというその一言は非常に嬉しかった。
「緊張します(^^;」
顔文字なんかも混ぜて緊張感をアピール。
「誤字発見。2の真ん中辺りの……」
「あ、はーい」
途中吉田さんが誤字を報告してくれるのでそこを修正。
「っていうか早いですね」
「多分二十分くらいで読めます」
さすがに文章の上手い人は読むのも速いようだった。
まあわたしの文章が薄っぺらいせいなのかもしれないけれど。
「吉田さんは厳しいですからねー」
「怖い事言わないで下さいよぅ(泣」
正直吉田さんに頼んだのは我ながら無謀だったかなと思い始めていた。
「読了」
そして読み終わった事を宣言された。
「どうだったでしょう?」
「むー。なんていうか、まあ普通ですね」
なんだか微妙な言葉であった。
「私のイメージとキャラがちょっと違うんですが、うーん、なんていうか……」
ああ、なんか厳しい事を言われそうな気がする。
「なんていうかスタンダートなアプローチなんだけど、それだけに何にもないっていうか、こう燃えとかシリアスならわかりやすいんですけれども」
とても痛い言葉だ。
だってわたしシリアスとか書けないんだもん。
「まあ量で勝負ですかね」
「量?」
「ええ。だってこれまだページ数足らないと思いますよ? 確か100ページですよね?」
「え? で、でも、わたし一応100ページになるように……あれ」
おかしいなと思いつつ文庫編集用ソフトを立ち上げる。
そうして文庫と同じように文字を配置してみた。
52。
「……あ、れ」
おかしい。わたしの目にあり得ない数字が映っている。
確かこの前の計算では1キロで2ページだと思っていたのに。
これじゃあほとんど1キロ1ページ計算である。
「ご、ごじゅうにぺーじでした」
わたしは動揺しながらもそんな文章をチャットに示した。
「あ、じゃああと40ページ書けばなんとかなりそうですね。頑張って下さいな。今のままじゃ500円なんて取れませんよー」
がごんと石を頭にぶつけられた気がした。
「うう……」
このショックはかなり大きい。
まあチャットって言うのは半分冗談交じりにやるものだから完全に本気にしてはいけないものなんだけど、やっぱり凹む。
ちなみにこの吉田さんは毒舌SSで有名な人だ。
「大変ですね……(TT)」
加奈子さんも同業者なので「あと40キロ書く」ことの辛さをよくわかっているようであった。
それはそうだ。完結したつもりのものにあと40キロ書いてどこかにいれなくちゃいけないんだから。
「まずったなぁ……」
そしてもうひとつまずい事があった。
実は完成したと思った直後、絵師の人に挿絵の依頼のメールを送ってしまったのだ。
しかもそこには「文章が完成した」と書いてしまっている。
そしてその人は現在修羅場真っ最中のはずなのである。
「あうう……」
完成したと言った手前、なるだけ早く完成させなくちゃあいけない。
「どうするんですか?(汗」
加奈子さんが不安そうな言葉で尋ねてきた。
「ふ……ふふふ」
しかしわたしはこの状況にむしろ燃えていた。
「これが……これが逆境なんです」
わたしは近くに置いてあったひとつのマンガを引っ張り出した。
これはある意味わたしのバイブルとも言える本なのである。
「ぎゃ、逆境?」
「逆境とは思うようにならない境遇や不運な境遇のことを言います。まさに今のわたしは逆境状態です!」
実は最近忙しくて執筆時間もまったくなかったりする。
暇を見つけてはこつこつ書いてきた集大成だ。
それを書くのにかなりの時間がかったのにそれとほぼ同じ分量の40キロを早いうちに書かなくてはいけない。
「おお……燃えてますね」
吉田さんが感嘆を述べる。
わたしはほのぼの小説ばっかり書いているのであんまり知られていないけれど、チャットとかでわたしを知っている人につけられたひとつのあだ名がある。
それは炎の同人小説家、ラキーアである。
「基本は毎日更新は継続っ! さらにあと40キロ執筆なんて上等ですっ! 死ぬ気でやれば人間どうとでもなりますっ!」
「うわあ、すごいこと言ってますよラキーアさんがっ!」
これで言った後にだいたい後悔してしまうことになるんだけど、それは自分の責任である。
言った事は守る。
やるべきことはやる。
何故ならこれはわたしのやりたいことなのだから。
「わたしの両腕が動く限りっ。書いて書いて書きまくってやりますっ!」
「おおお。頑張って下さい〜」
「はい。どうもありがとうございましたっ!」
わたしはお礼を言ってチャットを後にした。
「……はぁ。とんでもないこと言っちゃったよぅ」
そして思いっきり後悔してしまっていた。
どうもわたしは大風呂敷を広げる事が多い。
けれど何事もやってみなくてはわからないものだ。
とにかく出来るだけのことをやってみよう。
「よーっし、やっるぞおっ」
わたしはメモ帳を立ち上げ腕を動かした。
「……」
しかしまだ構想も何も練っていないので書けるわけがない。
「こ、構想はじめっ!」
とか言いながらわたしはほとんど現実逃避のようにベッドに転がり込むのであった。
続く