わたしたちはしばらくGGEXの話題で盛り上がるのであった。
「夏コミに行く前に」
その15
『三日目当日』その7
「そっかー。アキラちゃんも結構詳しいんだね」
「そ、それほどでもないですよ」
志貴さんの話を聞いていると、志貴さんがかなりGGEXをやりこんでいる事がわかった。
正直わたしなんかでは相手になりそうにない。
「うん。今度対戦でもしない?」
「た、対戦ですかっ?」
「うん。家に遊びに来ればいつでも出来るからさ」
うわあ、志貴さんから家に遊びに来てくれと誘いを受けてしまった。
その誘いはとてつもなく魅力的っていうか即座にOKを出したいという心境なんだけど。
「……それはものすごく行きたいんですが」
「ん、なんかまずい事がある?」
「遠野先輩がなんていうか……」
「あー」
そう、わたしにとって史上最大の障害は遠野先輩なのだ。
そして志貴さんもその遠野先輩には頭が上がらないわけで。
「いや、でも秋葉もアキラちゃんが遊びに来たくらいじゃ怒らないって。大丈夫だよ」
「そ、そうですかねえ」
文化祭に遊びに行ったときも殺されかけたからなぁ。
家に遊びになんていったらもっとまずいんじゃないだろうか。
「もし秋葉が何か言って来ても、俺が守ってあげるからさ」
ずきゅーん。
いや、もう無理。
「は、はいっ。是非に行かせていただきますっ。ええ、たとえ嵐になろうともっ」
わたしは己の欲望(?)に忠実に生きる道を選んだ。
そうとも、世の中はれっといっとびーだ。
「まあ、その辺の話はまた後でするとして。GGEXの同人誌ってあるのかな」
「あ、え、はい。そうですね」
せっかくだから二人が同じゲームを好きだという記念に何かを買って起きたいところだ。
でもなあ。
わたしは渋い顔(だと思われる)をしながらカタログのチェックを始めた。
三日目のギャルゲー、ゲームサークルはほとんどのサークルがターゲットを男性にして作られている。
それがどういうことかというと、えっちなサークルが大半を占めているということなのだ。
つまり、格闘ゲームであるGGEXもそれは例外で無く、見つけたサークルカットはどれもえっちぃ。
うう、えっちなサークルじゃわたし本買えないよぅ。
「あ。ほら見てアキラちゃん。あれ、チャイナじゃないかな」
「え?」
志貴さんが指差した先にはGGEXの女の子キャラ、チャイナの巨大ポップが揺れていた。
「……」
そのPOPのチャイナは、ちち、しり、ふともも、全てがえっちく描かれているように見える。
よってそこの本はえっちな本である可能性がとても高い。
「し、志貴さん。あそこはそのぅ」
「行ってみようよ。他に見つかりそうにないしさ」
「あ、あうぅ」
志貴さんはさっさとそのポップに向かって歩いて行ってしまった。
どうしよう、あそこはえっちな本っぽいから止めて下さいと言おうか。
いや、でもどんな本を買おうと本人の自由、それがコミケの醍醐味であって。
「あー、うー」
「すいません、見せてもらっていいですか」
わたしの葛藤など知るわけもなく、志貴さんは早速そのサークルの本を読み始めたようだった。
「……」
じっと志貴さんの動向を見守るわたし。
一緒に並んで読めれば何も問題はないんだけど、ほんとにえっちな本だったら困るしっ。
「……うー」
志貴さんを待つ時間が永遠のように長く感じられた。
「これ、ください」
「!」
買ったっ?
買ってしまいましたよ?
いや、志貴さんだって男なんだから、えっちな事に興味があって当然なんだけどっ。
「ふう。なんか緊張しちゃったな。でも買えてよかった」
「そそそ、そうですね」
わたしはその本の内容がどんなものなのかという思考でいっぱいだった。
「見る?」
「な、なんですとっ?」
これはあれですか?
もしこの本が本当にえっちな本だとしたら、そのえっちな本を見せて恥ずかしがる姿を見ていじめるという羞恥プレイですか?
「はっ!」
それとも、えっちなシーンを散々見させておいて「どう? こんなこと俺とやってみないかい?」
とかなんとか言ってわたしをお持ち帰りするコースですかっ?
「えーと、アキラちゃん?」
「み、見ます。ええ、是非見させてもらいますともっ」
わたしは志貴さんからその本を奪い……いや、受け取り、早速ページを開いた。
「……」
やはり女の子がやたらと綺麗だ。
始めは格闘ゲーム本らしく、戦闘シーンから始まっている。
その描写は丁寧で、なおかつかっこいい感じだ。
でもこれは布石に違いない。
これで勝負に負けたチャイナに罰ゲームとしてえっちなことをするに決まっている。
「アイヤー! やられたアル……」
予想通り数ページ先でチャイナは主人公であるキスクに負けていた。
「さて、負けたんだから約束どおり」
き、北、いや来たっ。
ここから先はもう目を覆うようなえっちシーンに違いないっ。
震える手でページをめくる。
「君の手料理を食べさせてくれないか」
「な、なんですとっ?」
マンガのセリフと同じことを叫びそうになってしまった。
違うでしょう、ここからは服を脱がしてえっちなシーンが入るところでっ。
「わ、わかったアル。作るアルよ」
「ありがとう」
その後もなんだかほのぼのした展開が続き、最後に軽いキスをしただけで終わってしまった。
「………………」
これはあれだろうか。
むしろわたしの思考回路が狂っていて、えっちでもなんでもない本なのに、えっちに見えてしまうという症状なんだろうか。
いや、全てはコミケ三日目の空気が悪いっ。
だってほんとにえっちなポップばっかりなんですよっ?
「どう? 面白いでしょ」
「えっ? あ、は、ははは、はい。そうですね、あは、あはははは……」
わたしはなんだかもう穴に入りたい気分でそう応えた。
うう、恥ずかしいよぅ。
「こっちの本は隠して……」
「ん?」
「あ、いや、なんでもないよ、うん」
慌てて志貴さんが隠した本には、裸のおねーちゃんが描かれていたような気もしたけど、多分それもわたしの目の錯覚である。
きっとそうに違いない。
全ては三日目の空気が作り出す幻影なのだ。
「も、もうそろそろ有彦との合流地点に行かないとまずいんじゃないかな、ほら」
「あ。こんな時間なんですね」
GGEXの話題で盛り上がりすぎたのか、時間はそろそろ正午を迎えようとしていた。
「ちなみにこの時間って、一番混む時間なんですよねえ」
「そう、みたいだね」
「……どうしましょうか」
「どうしようと言われても……」
わたしたちは目の前にある人の波を見ながら、どうやってそこまで行こうか頭を悩ますのであった。
続く