呆れ顔の蒼香先輩。
「秋葉ちゃ〜ん」
逆に羽居先輩はやたらと嬉しそうだった。
「は、はいっ。よ、喜んで。絶対取り起きしておきますんでっ!」
わたしも同じで、なんていうか一瞬で風邪が治るんじゃないかってくらい嬉しくなってしまっていた。
「同人小説を作るまで」
その14
「ん?」
さらに日は進み、イベント三日前。
授業が終わり、部屋に戻ってくるとドアの前にダンボールが置かれていた。
「こ、これは」
慌てて送り主を確認する。
送り主は印刷会社。
そう、つまり。
「来たんだ……」
わたしの本が届いたのである。
入金してからたった二日後のことだ。
イベント前日に来ればいいくらいで思っていたのに。
「……取りあえず」
ダンボールを抱え部屋の中へ。
「えーと」
それから即座に中身を確認した。
「……よし」
表紙はちゃんと印刷されている。
中身もページ抜けなどはないようだ。
「だ、大丈夫だよね……うん」
初めての小説本だから緊張してしまう。
「……えーと」
さて問題はいかにしてこれを売るかということなのだが。
小説はぱっと見でわかるものではないから中々売るのは難しいのだ。
今回表紙もニ色だから目立たないし。
「よし、ラミカを作ろう」
わたしはそう決意した。
ラミカというのはラミネートカードの略でまあ要するにキャラクターカードである。
これをしおり代わりにプレゼントしてみよう。
「さーて」
ラミカを作るには実は専用の機械とフィルムが無くてはいけない。
「こんなこともあろうかと……」
近所の文房具屋でラミネートフィルムは既に購入済なのである。
しかし機械のほうはちょっとお金がかかるので持ってはいなかった。
それでは作れないんじゃと思われるだろうが実は裏技があるのだ。
「取りだしたるは何の変哲もないアイロン」
わたしはアイロンを引っ張り出した。
とりあえずコンセントだけ刺しておく。
それからパソコンに向かいラミカ用の絵を加工。
これは以前絵師さんに頂いたものなのだ。
それをそのまま紙に印刷。
「えーと」
A4の紙に八枚のキャラが出来あがった。
それをキャラごとに上手くカードの形に切り抜いていくのだ。
このサイズはなんのカードでもいいんだけれど、今回は「卓球の王子様」のカードを参考にした。
「それから……」
ラミネートフィルムのほうもそのカードのサイズよりちょっと大きめに切っておく。
このあたりでついでにアイロンのスイッチも。
平らなところに座布団を置いて準備オッケー。
ラミネートフィルムをまず座布団の上に置く。
「ぺらりと」
ラミネートフィルムは薄い二枚のフィルムがセットになっているものなので間に紙を挟めるのだ。
それを元の形に戻し、その上にハンカチを乗せる。
「さーて……」
そのハンカチの上にゆっくりとアイロンをかけていく。
そうするとどうなるか。
「よし」
ラミシートは綺麗にくっついて、中の紙が取り出せない状態になるのである。
これをハサミでちょきちょき切って調整。
「でーきたっと」
これでラミカの完成である。
実はラミネート機の原理はフィルムを熱でくっつけてるだけなので、アイロンでも同じことが可能なのだ。
まあこっちは手でやっているから多少空気は入ってしまうんだけれど。
「て、手作りの味ってやつでひとつ」
図工の成績万年2の人間の悲しい言い訳である。
「と、とにかく……」
作ると決めたんだから最後までやる。
印刷、裁断、アイロン、また裁断の繰り返し。
「あ、あれ?」
ところが何度目かの印刷は途中で切れてしまっていた。
「おかしいな……」
この印刷機は買ってまだ一ヶ月くらいなのに。
「とすると」
問題はパソコンのほうだ。
パソコンのほうは凄い音を立てていて今にも壊れてしまいそうである。
「さ、再起動……」
慌ててパソコンを再起動させた。
「時間があってよかった……」
これがイベント前日とかだったら大慌てな状況である。
「この間に……」
再起動をかけている間にもアイロンは出来るのだ。
ちゃっちゃと一枚一枚作っていく。
あせりすぎると変な形になってしまうのでなるだけ冷静に。
「……うー」
このゆっくりやらねばいけないというのがややじれったい。
だがあせりは禁物、急がば回れだ。
「終わらないよぅ……」
しかしどうしたって気持ちはあせってしまう。
今日中に終わってくれるだろうか。
答えは無理だ。
わたしはそんなに器用なほうじゃないのである。
まあ最悪でもアイロンがけさえ終わっていれば当日会場でラミカを切る事は出来るのだけど。
出来る事なら早いうちに全てを終わらせておきたい。
こんこん。
そこへノックの音がした。
「あ、はーい」
ひょっとして羽居先輩たちが手助けに来てくれたんだろうか。
わたしはそんな淡い希望を抱いていた。
「こんにちわ瀬尾さん。ちょっと今日の宿題で聞きたい事があって……」
「え、あ、うんっ。ちょっと待ってね?」
それは同じクラスの女の子だった。
わたしは慌てて同人道具一式をしまう。
「ど、どうぞ」
「うん」
誰も彼も同人だけをやって生活しているわけではない。
それぞれの生活、立場、環境などがあってそれだけに集中出来るとは限らないのだ。
だから同人においてではなく全てに置いて早く行動して悪いということはまずない。
思い立ったが吉日、やるなら今やれ。
それを肝に銘じて欲しい。
だって。
「お、終わらないよう……」
イベント前日の夜、わたしはまだラミカ裁断を続けているのであった。
続く