冬だといっても今年は暖冬で、そんなに厚着をする機会もなく寒いのが苦手なわたしにとっては幸せな日々だった。
だというのに。
「……雪、積もってるよ」
今年の冬コミは雪でスタートであった。
「同人小説を作るまで」
その17
「なんでこうなるかなぁ……」
日頃の行いだって清く正しいのにっ。
冬コミの原稿だって期限内に仕上げたし、内容もかなり気合をいれた。
「なのに雪……」
今年わたしは厄年なんだろうか。
いやいやそんなことはない。
秋のサンタナマーケット終了後に絵師さんの知り合いに「もしよかったら委託を」と頼んですんなり承諾されたではないか。
それとももしかしてあそこで今年の運を使い果たしちゃったのかなあ?
頭を抱えているとメールが入ってきた。
『アキラちゃん、集合時間が30分早まったんだけど来れる?』
「のー!」
委託ではあるが初参加のコミケ波乱尽くしのスタートであった。
「えーとスケブ入れた財布持ったおつり持った……」
慌てて持ち物をチェック。
前日の夜に済ませておけばこんなことにはならなかったというのに。
ほとんど完璧に準備をしているつもりで肝心なことを忘れるのがわたし。
「……自慢にならないよぅ」
とにかく服を脱ぎ捨て着替える。
「さ、寒い……」
温度計を見ると室内気温がなんと5度。
昨日は確か17度くらいあったはずなんだけど。
何なんだろうこの差は。
「と、とにかく急がないとっ」
集合時間が早まってしまったからますます時間がない。
わたしは慌てて部屋を出た。
「……ブラジャーつけてないいいいっ!」
速攻で部屋に戻る。
そりゃお世辞にも大きい胸じゃないけれどつけてないと先端がこすれて痛いのだ。
特に冬だと肌が敏感になるから尚更。
「あうう……間に合わないよぅ」
原稿は間に合ったのにどうしてわたし自身はこう余裕がないんだろうか。
とにもかくにもなんとか用意を終えてわたしは駆けだすのであった。
「……ふぅ……」
幸いにも準急電車に乗ることが出来た。
なんとか待ち合わせに間に合いそうである。
「……」
わたしはここ数ヶ月の事を思い返していた。
委託を頼んでオーケーを貰ったはいいけれどさて何を書こう。
今回はカラー表紙にしたいなあということをぼんやりと考えていたけれどそれ以外は何にも考えていなかった。
「うー……」
こういう時大事なのが日頃の経験とか読んでいる雑誌、マンガだ。
そういったものの中から面白くなりそうなネタを選別する。
「……推理小説とか……」
推理小説というのは面白いものだ。
わたしの部屋の本棚には有名な推理小説やマイナーやおい……ごほごほ。
推理マンガがブームの時もあったくらいだしね。
「ただ問題はわたしがまともなトリックを考えられるかってことなんだけど……」
結論から先に言えばそれはノーだ。
成績も並の並な頭のわたしに壮大なトリックやらアリバイ工作なんて思いつくはずがない。
「出来るとしたら有名作品のパロディだけど……」
ただパロディにしただけでは面白くもなんともない。
そこにプラスアルファの要素を入れていかなくちゃ。
「瀬尾。いるかしら?」
「ははははははは、はいっ?」
そんな事を考えていると外から遠野先輩の声が聞こえた。
「なななななな、なにかご用ですか?」
慌ててドアを開ける。
遠野先輩は少しでも待たせたらたちまち不機嫌になってしまうのだから。
「年末の予定についての用紙、あなたまだ提出してないでしょう?」
「え、あ、そういえば……」
浅上女学院はお嬢様学校だけあって規律とかに無茶苦茶厳しい。
年末年始は帰省する人が多いので生徒会で各生徒に用紙を提出してもらうのだ。
これを提出しないと宿舎にカンヅメという世にも悲しい年末年始を迎える事となる。
「あなた今年もコミケとかいうのに参加するんでしょう? 出さないとそれにも参加できないわよ」
「そ、それは困ります」
せっかく委託が決まって頑張ろうと思っていたところなのに。
「だったらさっさと提出しなさい」
「は、はいっ」
慌てて用紙を記入する。
年末は実家に帰省します……と。
「ど、どうぞ」
「……生徒会の人間が期限を守れないようじゃ駄目でしょう?」
ぎろりとわたしを睨み付ける遠野先輩。
「す、すいませんっ」
深々と頭を下げる。
「まあいいわ。とにかく、これでいいのね?」
「はい、構いません」
要するにコミケに行ってそのまま実家に帰る形になるのだ。
「じゃあ、イベント頑張りなさいな」
「は?」
顔をあげると遠野先輩が既にドアを閉めた後だった。
「……」
そういえば前回のわたしの新刊、遠野先輩に渡したんだけれど、何にも言ってくれなかったんだよなあ。
今の言葉から判断すると、それなりに気に入ってくれたのかなあ。
「よーしっ!」
これは今回も気合を入れなくちゃいけない。
遠野先輩が読んで面白そうなものを書こう。
「……そうだっ!」
遠野先輩には特徴がある。
それを面白おかしくかいたらうけるんじゃないだろうか。
自分自身の経験と共感できたりして。
「じゃあ……」
さっそくわたしは本のタイトルを決めた。
『屋根裏部屋の姫君 姫君と貧乳同盟』
「……殺されないよね、わたし」
自分でつけておいてなんだけど、遠野先輩に見せるには不安すぎるタイトルであった。
けれどタイトルが決まると案外筆が進んでしまうもので。
冬コミの委託本はめでたくその本になったわけである。
「……はっ!」
そこでわたしの目は覚めた。
慌てて周囲を見るとなんとそこは国際展示場駅。
かなりの間眠っていたようだ。
「しゅっぱついたしまーす」
「あ、ま、待ってくださいっ! 降りますっ! 降りますーっ!」
はてしてこの本の売れ行きとわたしの運命やいかに?
それはきっと同人の神様のみぞ知るところなのである。
続く