そこでは志貴さんが困った顔をしてうろうろしている。
これはチャンス。
ここで志貴さんを手助けして、わたしのポイントを大幅アップさせるのだっ。
「しっきさー……」
「あらボウヤ、どうしたの?」
だがわたしが話しかけようとした瞬間に、ムチムチのコスプレお姉さんが志貴さんが話しかけているのであった。
「夏コミに行く前に」
その13
『三日目当日』その5
「い、いや、ちょっと場所がわからなくて」
「そう。じゃあお姉さんが一緒に探してあげようか、うふっ」
うわあ。何胸押し付けてやがるんですかあなたっ!
っていうか志貴さんもまんざらじゃなさそうだしっ!
「い、いや、でもツレ、彼女いるんで、いいですっ」
「……チッ。なんだ売約済みかよ」
ムチムチお姉さんはぷんすかしながら歩いて行ってしまった。
二度と来るなって感じですね。
「はぁ……」
ため息をついている志貴さん。
「あ、あのっ」
わたしは思い切って声をかけた。
「え、あ。アキラちゃん。いや参ったよ。人ごみが凄くてさ」
「……それがコミケってもんですから。まだまだ人は増えますし」
「うわ。聞きたくなかったなあそれ」
苦笑いする志貴さん。
「そ、それより志貴さん。今の話本当ですか?」
わたしは気になって尋ねてみた。
「今の……ってうわ。見られちゃってたのか」
志貴さんはなんともばつの悪そうな顔をしている。
「その、彼女いるって言ってましたけど」
「……ああ、いや、あれは嘘。単に迫られて困ってたからさ。その場しのぎの嘘だよ」
「そ、そうだったんですか……」
そっか。彼女はいないのかぁ。
つまり、わたしもその座を狙えるチャンスっ!
「いや、ほんとにあせったよ。あの人、すごい美人に見えただろ?」
「は、はい……胸も大きかったですね」
「うん。でもね」
志貴さんはそっとわたしの耳元に近づいてきた。
うわあ、志貴さんの顔がこんなに近くにっ!
顔がみるみる熱くなっていくのがわかる。
「……あの人さ。男だった」
その一言で急激に冷めた。
「マジ……ですか?」
「うん。その言いづらいんだけど、その股間がさ……こう」
「……」
一瞬「ふたなりっ?」とか言いそうになってしまったのを必死で耐えた。
ふたなりとは女の子のなのに男性の性器が……ってわたしの人格が疑われる知識は披露しなくてよし。
「そ、そう、だったんですか」
まあ現実にふたなりなんているわけがないので、要するにさっきのムチムチお姉さんは男の人がコスプレをしていただけと。
「……恐ろしいですね」
「恐ろしいよ」
コミケだからこそ起きる事件というかなんというか。
「まあ、嫌な事はさっさと忘れてしまうとしまして……」
そんなことでいちいち驚いていたら大手サークルになんて並べやしないのである。
「サークルMANAさんは見つけられたんですか?」
まさかもう本を買い終えたというのはあり得ないだろう。
あの人は一日目史上最大の大手なのだ。
「い、いや、多分このへんのはずなんだけど。見つけられないんだよな」
「……なるほど」
本来サークルがあるべき場所には大きな看板が立っている。
その後ろには途方もない数のダンボールが。
「志貴さん、ちょっとこちらへ来て頂けます?」
ちょっと横にずれればその裏側を覗くことが出来るのだ。
「こっち?」
そこでは人がシャッターの外側を向いていて、大勢の人を相手に本を捌いている。
2サークル分のスペースを使っているから計6行。
「な、なんか奥のほうにずっと人がいるように見えるけど」
「はい。あっち側がサークルMANAさんの列になります」
「……マジ?」
そう、志貴さんはMANAさんのスペースが外に並ばされる事を知らず、内側をうろうろしていたのである。
まあコミケ初参加の志貴さんに外壁云々をわかれというのは無理のある話だ。
「っていうか外に出たらもっと驚くと思うんですが……」
果たして辛い現実を志貴さんに突きつけてしまっていいのだろうか。
「だ、大丈夫だって。色んな不思議現象には慣れてるんだ。多少列が出来てるからって平気だよ」
「そう……ですか」
わたしはお化けよりもユーレイよりもコミケの列のほうが恐ろしいと思うんだけどなあ。
まあ遠野先輩と互角くらいだろうか。
「ま、まあとりあえず行って見ましょう。案内しますよ」
「うん」
わたしはシャッターへ向けて歩き出した。
志貴さんが隣を一緒に歩いてくれる。
ああ、これがコミケ会場でなければデートっぽいのに。
「……雨はやみませんねえ」
「まあしょうがないよ」
雨は相変わらず降りしきっているというのにすごい人の渦である。
「えーと、あのへんだったっけ?」
「確かそうですね……」
とりあえずサークル目指して歩いていく。
「……意外とそんなに列長くないんじゃないか?」
「んー」
志貴さんの指した先は確かにMANAさんのところの列だ。
一番後ろの人が何やら大きな看板を掲げている。
「見てみます?」
多分あれはきっと。
「うん。あそこがきっと最後尾だ」
志貴さんは意気揚々として歩いていきました。
『ここは最後尾ではありません』
だよなあ。
「さ、最後尾じゃない?」
看板には大きくそんな文字が書かれていたのである。
「えー、最後尾はあちらになりまーす」
90度曲がった方向を差すスタッフさん。
そこには予想通り長い列がずらーっと。
「ちなみにここから最後尾、見えます?」
「見えないと思うねー。1キロくらい先にあるんじゃないかな」
「い……」
みるみる顔の青ざめていく志貴さん。
「まあ距離はいいかげんでしょうから。時間だとどれくらいですかね?」
「お。わかってるねお嬢さん。そうだなー。今からだと3時間強ってところじゃないかな」
「3時間強かぁ」
MANAさんとしては無難な時間ではあるんだけど。
「1キロ……3時間……」
数字を聞いただけでもう志貴さんは諦めモードっぽいのであった。
「……どうします?」
一応尋ねてみた。
「ちょ、ちょっと考えさせて……」
「……」
遠野先輩のためとはいえ、初めてのコミケであの列に並ぶというのは嫌な思い出になってしまうだろう。
正直言って志貴さんにそんな思いをさせたくはない。
かといってわたしも初めての三日目。
他にも色々廻りたいところがあるのだ。
「一応、MANAさんの本を手に入れる方法がないこともないんですけど」
仕方無しにわたしは最後の手段に頼ることにした。
「え? あるの?」
「あることにはあるのですが……確率は五分五分といいますか……ですね」
とりあえず携帯電話を取り出してその人にかけてみるのであった。
続く