気づいたらまた同人のことを考えていた。
まあコミケカタログを目の前にしてコミケの事を考えるなというのが無理って話だ。
「とりあえずMANAさんの事は考えないでチェック入れてみよう……」
わたしは一ページずつじっくり見ながら行きたいサークルを選んでいくのであった。
「夏コミに行く前に」
その6
「ここは赤……と」
サークルチェックをするときのコツとしては何色かのペンを使うことである。
本命は赤、それなりに行きたいところは青などと色分けすることで、自分でサークル周りをする時にとても便利なアイテムになるのだ。
「ここは卓球の王子様……と」
ある特定のジャンルのところに大きな丸を描いておくのもいい。
「イの7……」
コミケのカタログチェック用紙はわたしの知っているイベントの中では最高クラスのチェックしやすさを誇る。
この用紙を作った人はかなりの功労者だと言えよう。
他にも並ぶ人たちの列整理、見やすいカタログ作成とスタッフの細かな気遣いのおかげでわたしたちはイベントを楽しめるわけだ。
「あれ……この人ジャンル変わったんだ」
時々見覚えのある人が違うジャンルに変わっていたりする。
コミケみたいな大きなイベントでは割とよくあることだ。
逆に十年以上同じジャンルで頑張り続けているサークルもある。
十年前と言ったらわたしはまだ幼稚園だ。
そんな時から元のマンガがあって、さらにその同人誌がある。
それはとても凄いことだと思う。
「あ。キャプ翼……」
その十年前からある代表作がキャプテン翼。
これは少年飛翔でやっていた少年サッカーマンガだ。
かつてコミケで健×小次郎か小次郎×健かで戦争が起こった恐ろしいジャンルでもある。
知らない人が聞いたらただ順番が違うだけじゃないかと思うだろう。
これは同人女にとってはまったく意味合いの違う言葉になるのだ。
○○×△△。
これは前半の○○が攻めキャラ、△△が受けキャラを意味する。
わかりやすく言うならば。
「おいこら遠野。ここが弱いんだろう?」
「や、やめてくれ有彦。俺は脇は駄目なんだっ!」
この場合有彦さん攻めで志貴さんが受けとなるわけである。
逆の場合。
「ほら……アキラちゃん。ここ……こんなになってるよ?」
「そ、そんなこと……言わないでくださいっ。あんっ」
志貴さん攻め、わたし受けである。
「ああ、トーンがまたずれた」
ちなみにオチはこんな感じ。
話を戻すと、とにかく攻め受けの前後で全く違う作品になってしまうほど重要なものなのである。
これは本当に男よりも女のほうがこだわりが強い。
それはブランドに対する執着心みたいなものだ。
攻め受けを間違える事は、阪神ファンの前で巨人勝利の話をするようなものである。
だから、本を買うときもよく注意しなくてはいけない。
「○○×△△好きなんですよー」
「……いえ、△△×○○ですけど」
ものすごく怖い顔で睨まれることもある。
とにかく要注意だ。
「今年はちょっと行ってみようかな」
最近わたしは昔のマンガがブームなのである。
先に述べたキャプテン翼とか鉄人28号とか。
ちなみに鉄人28号の主人公、金田正太郎君に萌えまくったお姉さんたちのことを指した言葉「正太郎コンプレックス」が略されてショタコン、少年に萌えるという意味になったということを知っている人はあまり多くない。
コミケのカタログコラムとかで時々書かれている無駄知識である。
知っていても日常生活ではまるっきり役に立たない。
「後はここと……」
カタログをチェックする時間というのは遠足の準備みたいなもので、一番楽しい時間だ。
実際その書いたぶんのサークルの半分も回れないし、死ぬほど苦労をするわけだけど。
とりあえずそういう不吉なことは考えず、明るい未来だけを信じて進む。
「次は東456と……」
ビックサイトは大雑把に東123、東456、西12で分かれている。
東123、東456は比較的短距離で行けるので無謀なチェックも可能だ。
東に行くなら西を、西に行くなら東を諦めたほうがいい。
少なくとも大手を手に入れる事は不可能だ。
「今年も西は駄目だなあ……」
わたしは大体西を諦める事にしている。
西12は同人サークル以外に企業ブースもあるので、異常なほど混みあうのだ。
遅く行けばどこも完売してるし、行くと凹むのである。
「……こんなもんかなあ」
とりあえずチェック終了。
まあ、若干無謀だけどなんとか行けるかなあくらいのものに仕上がった。
これくらいのレベルだと挑戦しがいもあるし、それなりに諦めもつく。
後はまあ当日の状況で誤差が出まくるから抑えておいてと。
誤差というのはいいことも悪い事もある。
いいことというのはたまたま歩いていたら凄くいい絵を見つけて読んだら内容も素晴らしかった、とか。
目的の場所では完売してしまっていたけど違う場所で委託していた、とか。
逆に不幸な事は、最初に行ったのに新刊落ちました(本が作れなかった)となっていたり。
長蛇の列に並んでやっと買える……と思ったら手前の人で完売してしまうとか。
知り合いに挨拶に行ったらいなくて、時間を置いてまた行ったらいない、また行ってもいなかったなど。
こういう予想外の幸運、不幸があるから面白い。
まあ、不幸な事はないほうがいいに決まってるんだけど。
案外マンガみたいなことがごく普通に起こる。
そしてそれにまったく違和感がないのがコミケの不思議なところである。
わたしはまったく会う約束をしていない友人に会場で出会った事が三度もあった。
しかも全て同じ人である。
ここまでいくと運命なのかなあとすら思えてしまう。
「そこ、単に行くジャンルが同じだけだろとか言わない」
「(・ε・)」
わたしはサークルチェックついでにパソコンを起動してチャットに入ったりしていた。
やはりこの時期だと話題はコミケのことで、わたしの知らない情報なんかも得られるからである。
「そういえば今年一番驚いたことはMANAさんだね」
「え」
チャットの一人の発現でわたしはどきりとした。
羽居先輩のおかげなのか、MANAさんが急に身近に感じられていたからだ。
「MANAさんがどうかしたんですか?」
わたしはそれでもきわめて冷静を装って尋ねてみた。
「今年は大幅なジャンル変更をしたじゃないっすか。びっくりしましたよ」
「大幅なジャンル変更……?」
はて、そういえば今年のMANAさんは何の本を書いていただろうか。
「……っていうかわたしMANAさんチェック入れてない……?」
じっくり一ページずつ見ていったはずなんだけど。
サークルチェック用紙にはMANAさんの名前がまだ書いていなかった。
無意識に遠野先輩への恐怖から書く事を避けてしまったのかもしれない。
「えーとMANAさんは……」
サークル索引で場所を探す。
サークル名がわからないと調べられないものだけど、それでも十分役に立つものだ。
「い、いない?」
なんと一日目にMANAさんの名前はなかった。
しかし羽居先輩に連絡があったのだから、当選はしているはずだ。
「まさか……二日目?」
二日目はゲーム、芸能関係である。
正直言ってわたしにはあまり興味のないジャンルだったり。
ここにいたらどうしよう。
「……って二日目にもいないっ?」
二日目のサークル索引にもMANAさんの名前はなかった。
「ということはまさか……」
禁断の男の聖域三日目。
わたしは震える手でサークル索引をめくった。
「……うわあ」
三日目の男女比率は男8、女2。
初日とは180度違った構成比となる。
「なんで……三日目なんかに」
そんな三日目の壁に、MANAさんは堂々と配置されているのであった。
続く