まさに人間関係が最高に入り組んだ瞬間。
「あは、あはは、あはははは……」
わたしはマンガのような展開を見ながらただ苦笑するしかなかったのであった。
「夏コミに行く前に」
その19
『三日目当日』その11
「そこの人たちー! 周囲に迷惑です! 静かになさってくださーい!」
「げ、スタッフだ」
血相を変えるイチゴさん。
「おまえら! 散れ! 散れ!」
「うわ。なんか逃げなきゃまずいらしいですよ秋葉さま?」
「何ですって? これから兄さんに説教を……」
「とにかくこちらへー」
「ちょ、ちょっとっ」
遠野先輩は嵐のように登場して嵐のように去っていってしまった。
「お騒がせいたしました」
メイドさんもぺこりと頭を下げて二人を追いかけていく。
「あら……静かになったみたいね」
スタッフさんもそれで満足したのか去っていった。
「一体何しに来たんだあいつ……」
志貴さんは大分冷や汗をかいたみたいだった。
「ですね……」
かくいうわたしも全身汗だくである。
「コミケで約束してない知り合いに出会う確立なんてそれこそ絶無なのに……恐るべし遠野先輩の執念」
「いや、むしろ策士の業って感じもするんだけどね」
「はぁ……」
よくわからないけどそういうことらしい。
「まったく、こんなところまで来て秋葉の事で苦労したくないよ」
「ですねえ……」
けれど志貴さんはそもそもが遠野先輩のワガママのためにここにいるわけであって。
世の中なかなか難しいものである。
「つか姉貴。サークル戻らないでいいのか? さっきねーちんたち休憩に入れちまっただろ?」
「ん。ああ、そういやそうだったね。戻らにゃまずいか」
どうやらこちらではサークルのほうに人手が足らなくなっているらしい。
「大丈夫。ここに一人アシがいる」
そう言って有彦さんを指差すイチゴさん。
「あん? 寝言は寝て言え姉貴」
「ほう。ここに隣のサークルの同人誌があるんだがな」
「オーケー。引き受けよう」
有彦さんはとても変わり身が早かった。
「やっぱりMANAさんの隣じゃ大手サークルなんだろうなあ」
つまり入手困難な同人誌ということである。
「んじゃ、そういうことで俺はちょっと用事が出来た。遠野。おまえはアキラちゃんと楽しくやってくれ」
「じゃ、有間、またな」
「あ、はい。頑張って下さい」
こうしてイチゴさんと有彦さんも去っていってしまった。
「わ。置いてかれちゃった。待って〜」
羽居先輩も二人の後を追っていく。
「……なんだかなぁ」
こうして二人きりになってしまった。
うわあ。どうしよう、急にどきどきしてきた。
「なんか嵐みたいな展開だったね」
苦笑しながらそんなことを言う志貴さん。
「は、ははは、はい。嵐の転校生みたいでした」
「……なにそれ?」
何それ、と聞かれてわたしの同人魂が燃えあがった。
「嵐の転校生とは炎のマンガ家のデビュー作である少年マンガです。燃えます。今日も同人誌買ってあります。当然の如く」
即座に本を取り出して志貴さんに差し出した。
「見ていいの?」
「是非に」
本を受け取る志貴さん。
「うわ、表紙からして熱い」
「でしょう?」
そしてぱらぱらとページをめくっていくうちに、志貴さんの顔が輝き出した。
「いいなこれ。まだ売ってるかな」
割とクールな志貴さんも熱いマンガに少年の心が蘇ったようだ。
「それは難しいと思いますけど……単行本なら全巻持ってます」
わたしは女だけどこの作家さんには絶大なる影響を受けていたりするのだ。
熱血、身悶えするような恥ずかしい恋愛、バトル、そして友情。
〆切がピンチの時なんか決まってこの人の本を取り出して来たり。
「単行本もあるんだ?」
「はい。プロの作家さんですから。内容は熱い必殺技ばっかりですよ? E電力の破壊力! 柿沢E電パンチ! とか」
「おお……」
必殺技という単語も男の人をめろめろにするものの一つである。
「毎日三百! 毎日このキックを三百回行ったからこれだけの威力があるという意味の必殺技!」
「じ、地味だけど熱そうだっ」
「グローブヌンチャク! 手にはめるものをはいそうですかとはめるだけだったらサルにだって出来るぜっ!」
「うわ、滅茶苦茶見たい……今度それ貸してくれないかな。あ、よかったら俺も何か貸すから」
「は、ははは、はい、喜んで!」
ゲームの対戦の約束に加えて本の貸し借りの約束までしてしまった。
本を貸すということはまた返してもらう時に会えるということ。
先の先まで保証されているということなのだ。
ああ、神様ありがとう。
こんなところにまできっかけを与えてくれるだなんて。
「じゃ、それはまたいずれってことで。今はコミケを楽しもうか」
「あ、はい。そうですね」
「えと……また俺の知ってるゲームとかマンガの同人誌探すの手伝ってくれたらありがたいんだけど」
「もちろんです! 行きましょう志貴さん」
ガッツポーズを取り走れないので歩き出すわたし。
「あ。アキラちゃん。はぐれると危ないから……」
「え?」
振りかえると志貴さんが手を差し出していた。
それはつまりどういうことかというと。
「は、はぐれないように手を繋ごうと?」
「うん。子供っぽくて嫌かな」
「そんなことは断じてありませんっ!」
それはまさに恋人同士みたいじゃないか。
わたしはぎゅっと志貴さんの手を握り、慌ててその手を緩めた。
「ふ、ふつつかものですが宜しくお願いします」
「いやいや、こちらこそ」
二人仲良く手を繋いでわたしたちはコミケ会場内へと消えるのであった。
続く