相方が移動しはじめた辺りでイベント開始の放送が流れた。
「さーて」
いよいよ勝負開始である。
「同人小説を作るまで」
その16
「……」
始まって10分、少しづつ来場者がちらつき始めていた。
けれどまあ最初のほうは壁回りに配置されているいわゆる大手サークルのほうに集中するので島サークル、しかも小説サークルとして初参加のわたしなんかはまだ暇なのだ。
そんなわけで取り合えずノートを開き売上を記入できるようにする。
新刊
委託
とそんな感じで文字を配置。
この文字の横のところに正の字で数を書いていくのである。
「……よし」
この文字の横が一杯埋まってくれれば嬉しいんだけど。
「ん?」
ふと顔を上げると目の前に人が。
「あ、どうぞご覧になってください」
慌てて対応をするわたし。
「……」
お客さんはぱらぱらと新刊のページをめくっていた。
表情からは何もわからない。
一旦新刊を置いて、委託のほうも。
「これ、一冊ずつ下さい」
「あっ。はい。ありがとうございますっ」
1000円を渡される。
新刊500円、委託400円なのでお釣りは100円だ。
「100円のお返しになります。それからラミカをさしあげますが、どれが宜しいですか?」
出来る限り冷静かつ温和な対応をしているつもりだけど心臓はばっくばくである。
「えっと、じゃあこれで」
「はい、こちらですね。どうもありがとうございますっ」
深々と頭を下げる。
「これ下さい」
「あ、はいっ」
はぁ、緊張した……と息をつく間もなく次のお客さんが。
取り合えず売上を記入してすぐに接客。
何人か対応をして一旦お客さんが途切れた。
「……はぁ……」
なんていうか感動で言葉も出ない感じだ。
わたしの本が売れたのである。
しかも割と出だし好調な感じで。
「……混んできたなあ」
会場自体も人の波で溢れかえっていた。
「よし」
ここで気合を入れて接客しなくては。
「いらっしゃいませー。どうぞごらんになってくださーい」
椅子はあるけど立って接客。
その効果あってか、足を止めて本を見てくれるお客さんがちらほらと。
「これとこれください」
「はいっ。こちらですねっ」
「ラミカはこっちので」
「はいっ。ありがとうございますっ」
途中で「いつもHP見ています」とか「更新頑張って下さい」などありがたい言葉を頂けたりする。
「あの小説の後半部分、すっごい共感しました」
「あ。そうなんですか。あそこの部分は……」
時にはサイトの小説についてちょっと話し合ったりしたり。
「ふう……」
一息ついたときにはもうお昼を過ぎていた。
「いよう。どうだい?」
「あ、おかえりー」
相方がお弁当を買って戻ってきてくれた。
「んーと、ええと」
自分で書いた正の字を数えてみる。
「30と……ちょっとかな」
「へえ。なかなかいい線なんじゃないか?」
「うん。わたしもびっくりしてる」
売っている間は必死だったので数のことは気にしてなかったのだ。
「そっか……もう30も売れたんだ」
つまり30人ものお客さんがわたしの本を買ってくれたわけで。
「嬉しいなあ」
なんていうか素直に嬉しかった。
「まあ感慨に浸るのもいいが……こっちまずいんじゃないか?」
相方がラミカのセットを指差す。
「あー、うん。無くなっちゃったのがあるんだよね」
ラミカは新刊を買った方にひとつづつ好きなものを差し上げていたのだけれど、メインキャラのラミカはもう全部無くなってしまっていた。
あとメイドさんのラミカもなくなっていたりする。
さすがはメイドパワーといったところか。
「まあそれはでももう作れないから……」
「しゃーないか」
「うん」
「じゃ、どうする? 飯食べるか、どっか回ってくるか」
「あ、じゃあちょっと回ってこようかな」
「おう。じゃ行ってきな」
相方が代わりに机のところに立ってくれる。
ちなみに相方の喋り方は男の子っぽいけどわたしと同い年の女の子である。
「いらっしゃいませー。どうぞ見てってくださーい」
相方に全てを任せわたしはサークル巡りをすることにした。
「……さて」
まずどこへ行ったものだろう。
「とりあえず絵師さんのサークルへ行ってみようかな……」
委託した本の売れ行きも気になるし、絵師さんの本の売れ行きもきになっていた。
それから余裕がありそうだったらスケブも書いてもらおうかなー、なんて。
「あれ?」
絵師さんのサークルの場所には絵師さんの姿はなく、先ほどのコスプレした女の子が座っていた。
ちなみに格好を細かく述べると黒ゴスロリ、黒い長髪にネコミミ装備、その上足には黒ニーソと萌えの最終形態みたいな感じである。
「……」
一方わたしは朝急いで出てきたので身だしなみも取り合えず程度だし、有体にいってみっともない感じである。
「ま、また後でにしようかな、うん」
本当はちょっと話したくもあるのだけれど恐れ多いといった感じだった。
そんなわけで絵師さんのサークルの壁付近から回ることにする。
壁際は先に述べたように大手サークルばかりなので既に完売だったり、もう撤退しているサークルなんかもちらほらだった。
おまけに小説で壁を確保しているサークルまである。
「……」
わたしもいつかはそこまで上り詰めたいものだ。
それまでに何年かかるだろうか。
「……まあそれは先の話で」
とりあえずは今である。
わたしはいくつかのサークルを回り本をゲットしていった。
オンリーイベントだけあってどれもツボを心得た本ばかりである。
「ただいまー」
「おう。おかえりー」
「どうだった? ちょっとは売れた?」
「ん、まあ2、3冊だな」
「そっか」
椅子の上のラミカ入れを机にのせ、その椅子に座る。
「ここからは持久戦だなぁ」
「だねえ」
大抵のイベントで人が来る時間帯は会場〜1時くらいなのだ。
まあコミケとかの大型イベントは例外として。
今回のイベントでも会場を歩いている人の姿はだんだんまばらになってきていた。
「ご飯食べながら待とうか」
「そうだな」
わたしがパンを食べている間に相方が接客。
食べ終わったら交代。
「いらっしゃいませー。どうぞご覧下さいー」
少ないながらも前を歩いてくれる人たちに声をかけていく。
本の少しづつだが売上は伸びていった。
「じゃあ、わたしたちは帰りますんで」
「あ、はいっ」
閉場30分前くらいに絵師さんが挨拶に来てくれた。
「こっちに委託して頂いたのはこれだけ売れました。そちらはどうです?」
「あ。はい。ほとんど全部売れちゃいました」
さすがは人気の絵師さんの本である。
わたしなんかとは格が違う。
「じゃあそれの差分だけ貰って」
「はい」
差額を手渡して。
「本当にどうもありがとうございました」
深々と頭を下げた。
「いえいえ。それからこれも」
「あっ! すいませんっ」
延長戦の最中一度絵師さんのところへ行ってスケブを預けてきたのだ。
それに絵を描いていただいたのである。
「すいません、ほんとにありがとうございます」
「いやいや。拙い絵ですいません」
「そんなことないですって……」
ちょっとの間雑談を交わし、絵師さんは帰っていかれた。
「わたしらはどうする?」
「んー。せっかくだから最後までいようよ」
「そっか」
そんなわけでしばらく待機。
その間にまた数冊が売れた。
「……」
だがさすがに閉場5分前となると人も歩いていない。
「じゃあとりあえずいくつ売れたか数えてみよっか」
「だね」
わたしのほうで売れた数と委託のほうで売れた数を足してみる。
お金のほうとも合わせて確認。
「……うん」
「どうだ?」
「八割は売れたみたい」
「凄いじゃないか」
「あはは……」
まあこれだけ売っても利益とかは丸っきり無かったりするんだけど。
それでもやはり。
「こんなに売れるなんて思ってなかったから……よかったよ」
「ああ。おつかれさん」
初参加でこれだけ売れればいいほうなのではないだろうか。
「でもまだ反省する点もあるしね」
本の中をじっくりと見てくれたけれど買わなかったというお客さんが何人かいた。
それはつまり、まだまだわたしの文章力が足りないということなのである。
「まあ今後に期待ってとこか」
「うん」
これからはさらに頑張っていかなくちゃいけない。
ぴんぽんぱんぽーん。
「本日は、月描祭に参加していただきまことに……」
イベント終了のアナウンスが入る。
そしてアナウンスが終わった会場には割れるような拍手が響いていた。
続く