そんなことを思っていると、有彦がそんなことを言った。
「どれどれ……?」
俺も覗きこむ。
「わ、わーっ! だ、駄目ですっ! 見ないで下さいっ!」
アキラちゃんが悲鳴に近い叫び声を上げる。
「……う」
「こ、これは……」
そこには。
上半身ハダカで愛を語る有彦と俺が描かれているのであった。
「そうだ即売会に行こう」
その3
『有彦っ。俺は好きだっ!』
『遠野。おまえもかっ! 俺も好きだぞっ!』
『有彦っ!』
『遠野っ!』
そこで二人はガシッと握手。
そんな、ろくでもないマンガだった。
「アリエネエ」
有彦も本を持ったまま石化してる。
「あわわわわわわ……」
そしてひたすら困ったような表情をしているアキラちゃん。
「……」
先輩はなんだかわからないけど目を輝かせていた。
「あ、アキラちゃん……これも、予知、なの?」
俺は恐る恐るアキラちゃんに尋ねた。
「え、あ、は、はいっ、その、なんていうか……ですね」
ものすごく挙動不審なアキラちゃん。
「マンガの予知は100%。そう言いましたね? 瀬尾さんっ」
シエル先輩はガシッとアキラちゃんの手を掴んだ。
「そそそ、それは……その、はい、わたしの書いたマンガの予知は今のところ100パーセントですけど……外れることもあるかなー、なんて」
アキラちゃんは急にものすごく頼りなくなってしまった。
「いえ! きっとこれは実現します! 実現しますとも!」
先輩はガッツポーズを取った。
先輩、何がそんなに嬉しいんだろうか。
「勘弁してよ先輩。こんなの冗談じゃないよ」
俺は苦笑しながらそう言った。
落ち着くために全員分用意してあったジュースに手を伸ばす。
「瀬尾さん。あなたが今まで発売した同人誌を売って頂けませんか? いえ、お金は惜しみません。いくらでも払いますからっ」
先輩はまるっきり俺の言うことを聞いてくれてなかった。
しかも目の色がなんだか危なくなってきている気がする。
「え、ええ、その、残念ですが今までの本は全部完売しまっていて……」
おろおろしながら答えるアキラちゃん。
「さ、再販っ! 再販を希望しますっ! あ、サークル名はっ? 今度からチェックしますからっ!」
「せ、先輩っ! 落ち着いてっ、落ち着いてっ!」
先輩をなんとかアキラちゃんから遠ざける。
「あうう……」
アキラちゃんは部屋の隅に丸まってしまっていた。
「アキラちゃん。もう大丈夫だから、ほら」
「あ……す、すいません。びっくりして、つい」
「いや、先輩もちょっと興奮しすぎてたみたいだしさ」
先輩は反対側の隅っこで「わたしとしたことがっ……」と落ち込んでいる。
「ええ、でも気持ちはわかりますよ。わたしもわたしのマンガじゃなかったらおんなじような反応してたでしょうし」
「え?」
「そ、そうですよねっ?」
その一言で復活するシエル先輩。
「はい。やっぱり男同士で愛を語らうのは王道です。萌えます!」
アキラちゃんはわけのわからないことを断言した。
「眼鏡で白衣っ!」
同じくわけのわからないことを言う先輩。
「知性溢れる美形とワイルドさ漂う野生児コンビっ!」
アキラちゃんはさらによくわからない言葉で返す。
「……瀬尾さん。あなたとはいい関係が築けそうです」
先輩はさわやかな笑顔で手を差し出した。
「は、はいっ。わたしも語り合えそうな先輩にめぐり合えて光栄ですっ」
同じように輝く笑顔のアキラちゃんはその手をぎゅっと握り返していた。
「……わからん」
女の子の考えていることはさっぱりわからない。
「なあ、晶ちゃん」
俺が頭を抱えていると、しばらく黙っていた有彦が口を開いた。
「あ、はい。なんですか?」
「このマンガの予知は100%って言ったよな。つーことはこのマンガの前に描いてあることは全部実現したってことか?」
「はい。一応そうなんですけど」
「……じゃあ、金田ミカと寺山宗一郎って結婚したのか?」
有彦の言っている二人は今をときめくアイドルとタレントの名前である。
「あ、それ今朝一番のニュースでやってました。電撃結婚、しかも妊娠六ヶ月と」
すると先輩がそんな事を言った。
「え? マジで?」
「ええ。嘘だと思ったらテレビをつけてみてください。多分やってますよ」
「信じられねえな……」
有彦は疑惑の表情のままテレビをつける。
『では寺山さん。お二人は一年ほど前から付き合っていたということでいいんですかっ?』
『えー、はい。そういうことになります』
『それはやはりドラマでの競演がきっかけでですかっ?』
『はい。そうなりますね。それから交際が始まりました』
なんとテレビではちょうどその特集をやっている最中であった。
「……マジだ……」
青ざめる有彦。
コイツはこれで案外オカルトが苦手なのである。
「ど、どうするよ遠野っ? 俺お前と愛を語るなんてやだぜっ!」
いや、マンガの予知が実現するのがイヤなだけか。
「俺だってやだよ」
そんなことをするくらいなら死んだほうがマシかもしれない。
「えと……その、ちょっといいですか?」
するとアキラちゃんがまたおどおどとした表情に戻ってそんなことを言った。
「ど、どうしたの?」
「えと、その。今回の予知はほとんどっていうか全部わたしの妄想みたいなものなんで。実現しないかもしれません」
「そ、そんなっ!」
それを聞いて先輩が愕然とした声を上げる。
「そ。そうなのかっ。これは実現しないんだなっ? するわけないんだなっ?」
「……い、いえ、それはその……一応見えてしまったものなのでもしかしたら実現するかもしれませんが……」
なんとも曖昧なアキラちゃん。
「うぎゃあああっ! 助けてくれえっ!」
悲鳴を上げる有彦。
そしてばたばたと暴れ出した。
「お、落ち着け有彦っ!」
暴れる有彦を抑えつける。
ばきっ!
「うごっ……」
先輩と違って有彦は凶暴なので肘打ちを食らってしまった。
「てめ……えっ!」
ずがんっ!
やられたらやり返すが信条なので有彦にアッパーカットをかました。
「いってー! なにしやがるんだ遠野っ!」
有彦が何かを掴んで投げてくる。
「うわっ……」
さっきのジュースだ。
俺は全身ジュースまみれになってしまった。
「やりやがったな、このっ!」
俺も負けじとジュースを投げ返す。
「つ、冷てえっ!」
同じく全身ジュースまみれになる有彦。
「このヤロウッ!」
「やるかてめえ!」
俺たちは壮絶な取っ組み合いを始めるのであった。
続く