一月某日、この俺、遠野志貴の元に一通の手紙が届いた。

差出人は瀬尾晶。

秋葉の後輩で、浅女の中等部に通っている女の子だ。

俺とはふとしたことで知り合いになったんだけど、まあそのへんの詳しい事情は省く。

とにかくそのアキラちゃんから手紙が来たのだ。

女の子特有の丸っこい字で「志貴さんへ」なんて出だしから始まっている。
 

『志貴さんへ。1月某日に行われるサンタナマーケットに当選しました。よかったら是非遊びに来て下さい。 かしこ』
 

この「かしこ」って言葉には一体どういう意味があるのか俺には未だによくわからない。

じゃなくて、そこよりももっとわからないのは、アキラちゃんの当選したという「サンタナマーケット」のほうだ。

そんな言葉俺は今まで聞いたことがない。

メキシコに吹く熱風にでも関係するのだろうか。

なんだか物騒な気配がしてきた。

いや、そんな物騒なものにアキラちゃんが俺を誘うわけないだろう。

「……とりあえず琥珀さんに聞いてみるか」

こういうのは詳しそうな人に聞くのが一番である。
 
 









「そうだ即売会に行こう」







「うーん、聞いたことありませんねー」

琥珀さんは首を傾げていた。

「そうなんだ……翡翠は?」

ちょうど琥珀さんと一緒にいた翡翠にも聞いてみる。

「わたしも聞いたことがありません……」

翡翠は申し訳ありませんと頭を下げた。

「いや、いいんだ、気にしないでくれ」

この二人が知らないとなると秋葉もきっと知らないだろう。

だけど一応聞いてみることにした。
 
 
 
 
 

「秋葉ー。入るぞー。いいか?」
「ええ、どうぞ兄さん」

秋葉の部屋を開けると秋葉はマンガを読みふけっていた。

俺から没収したマンガである。

「こんな下賎なもの兄さんに読ませるわけにはいきませんっ!」とか言ってたくせに今じゃ秋葉のほうがはまっている始末である。

「何かあったんですか?」
「あ、うん。秋葉、サンタナマーケットってなんだか知ってるか?」
「……さあ。メキシコに吹く熱風にでも関係あるんですか?」

秋葉まで俺と同じことを言った。

わかる人はこれで秋葉がなんのマンガを読んでいるかわかってしまうだろう。

「どうなんだろうな。俺にもわからないけど」
「サンタナはしょせん若造ですしね」
「……いや、それでもおまえよりは長生きしてるだろうけどさ」

やはり秋葉も知らないようだ。

「わかった。ありがとう秋葉」
「……ええ。その単語、聞いたことがあるような気がしますので、もしかしたら思い出すかもしれません」
「期待してるよ」
 

結局その日は答えがわからずじまいだった。
 
 
 
 
 

「ええ、知っていますよ?」

そんな言葉が出てきたのは意外な人物であった。

「え? ほんと?」

俺は自分で聞いておきながら驚いていた。

「一月某日にあるイベントですよね?」

その人物とはシエル先輩である。

お茶に誘われたから茶室で何気なく聞いてみたのだが。

「遠野君こそなぜそれを?」

先輩も俺からそんな言葉が出たことを驚いているようである。

「えーと、実は俺の知り合いがそれに参加するらしくて。よくわからないんでみんなに聞いて回ってたところなんですよ」
「……あはは、普通の人じゃまず知らないでしょうね」

先輩は苦笑いをしていた。

「じゃあ、なんなんです? 教会に関係あったりします?」
「いえ、教会はまるで関係ありませんよ。これは趣味の問題ですから」
「趣味ですか」
「えーとですね。遠野君、同人誌って知ってます?」
「どうじんし?」

聞いたことのない単語だった。

「どうやら知らないようですね。まあそれが当たり前です」

苦笑する先輩。

「同人誌って言うのは個人や複数のメンバーでのサークルが趣味で作る本のことなんです」
「へー。そりゃ凄いですね」

そういえばアキラちゃんは本を作ることが趣味だと言っていた気がする。

「ええ。それで、サンタナマーケットはそれの即売会なんです。同人誌を作った人たちが集まり本を販売するイベントなんですよ」
「……そんな場所があるんですか」
「はい。最初は抵抗ありますけど、慣れると楽しいですよ」

先輩はにこりと笑いながらそんなことを言った。

「じゃあ先輩は行ったことがあるんだ」
「……ええ。その、恥ずかしいですが、わたしも参加したこともありますし」
「えっ? 先輩がマンガ書いたの?」

それはかなり驚きである。

「わ、わわわ。わたしはマンガなんて描けませんよ。……描けたら嬉しいですけど。その、小説系サークルで参加したんです」
「小説か。凄いなあ。今度見せてくれないですか?」
「だっ、駄目ですっ! 遠野君にあんな恥ずかしいもの見せられませんっ!」

先輩は顔を真っ赤にしていた。

「そ、そんなに嫌ならいいけど……」
「ど、どうもすいません、はい……いくらなんでも遠野君をモデルにした小説なんて見せられるわけがありません」
「え?」
「い、いえいえ。なんでもないですよ。なるほど、とにかくそのアキラちゃんはサンマに当選して遠野君を招待したと」
「サンマ?」

何故ここで魚が出てくるんだろう。

「サンタナマーケットの略です。魚の秋刀魚とは微妙に発音が違いますね」
「ああ……なるほど」

きっと文章だとわからないに違いない。

「先輩は今回は参加してないの?」
「ええ。教会のお仕事が忙しくてちょっと」

先輩は残念そうな顔をした。

「そうなんですか」
「あ、でも一般参加をしようかなとちょっと考えています」

そう言ってにこりと笑う。

「一般参加?」
「えーとですね。アキラちゃんのように本を作って売る人はサークル参加といいます。それ以外の人はスタッフ、もしくは一般参加者なんです。本を買うお客さんも参加者なんですよ」
「へえ……」
「ですからルールはきちんと守らなきゃいけません。徹夜禁止、会場内を走ること禁止エトセトラエトセトラ」
「大変なんですねえ」

徹夜をしなくてはいけないほど凄いものなのだろうか。

「ええ。大手に出来る人の波、列、山、有象無象。最盛時は歩くのも辛い状態になります」
「……イマイチイメージ沸かないんですが」
「満員電車の三倍強をイメージしていただければ」
「……」

それはかなりイヤである。

「それで遠野君はどうするんです? 招待されたんだから、行くんですよね?」
「え、あ、はい。まあ一応そのつもりなんですけど、なんか不安になってきました」

それを聞いたシエル先輩はどんと自分の胸を叩いた。
 

「任せてください。このシエルが遠野君を同人の深みへと誘ってあげましょう」
 

なんだか二度と戻れない深みへと連れていかれそうであった。
 

続く



あとがき
どうもSPUです。屋根君三部の構想がまとまるまでこのSSをやりたいと思います(?)
それにしてもウチの先輩は変な人になってしまうのはなんでだろう(w;


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