「一応、MANAさんの本を手に入れる方法がないこともないんですけど」

仕方無しにわたしは最後の手段に頼ることにした。

「え? あるの?」
「あることにはあるのですが……確率は五分五分といいますか……ですね」
 

とりあえず携帯電話を取り出してその人にかけてみるのであった。
 
 






「夏コミに行く前に」
その14
『三日目当日』その6





ぷるるるるる、ぷるるるるるる。

「おかけになった電話は、電波の届かない場所か、電源が……」

がちゃ。

「……駄目かあ」

やはり会場内の電波の悪さは半端ではない。

どこを歩いていてもほとんど1か2程度だ。

「どう? アキラちゃん」
「あ、はい。ちょっと繋がらないですね。もっぺん裏から見てみましょう」
「裏?」
「はい。さっき志貴さんが迷ってたところです」
「……あはは、耳が痛いよ」

苦笑している志貴さん。

「ご、ごごご、ごめんなさいっ! そんなつもりじゃっ」
「いや、事実だしね。うん。あそこならすぐに行けると思う。そのへんにいるの?」
「ええ、というかサークル内にいると思うんですけど」
「?」
「とにかく行ってみましょう」
「あ、うん」

わたしたち二人は再び会場内、サークルMANAさんの裏側までやってきた。

「えーと」

横からサークル内を覗きこむ。

「……いないなぁ」

どこにも羽居先輩らしき姿は見当たらなかった。

「ま、まさか今日がコミケだということすら忘れてるんじゃ……」

羽居先輩だったら大いにあり得ることだ。

「……どうしよう」

姿は見えない、連絡は取れない。

コミケでのその状態はもう永久に会えない事を意味しているに近い。

「あの、サークルに並ばれるのでしたら外からお願いします」
「え?」

わたしがじっと中を見ているのに気づいたのか、中のお姉さんがそんなことを言ってきた。

「あ、いえ、違うんです。知り合いを探してて。その、三澤羽居って方なんですけど、来ていませんか?」
「羽居……ああ、なんだ。羽ピンちゃんの知り合い?」
「はい。そうです。羽ピンさんです」

確か遠野先輩がそんなあだ名で羽居先輩を呼んでいた気がする。

「ん。確か羽ピンちゃん、知り合いの娘が来るって言ってたもんね。あなたがそうなの」
「あ。そういう話になってたんですか」

よかった、ちゃんと羽居先輩はわたしのことを覚えていてくれたんだ。

「でも、今羽ピンちゃんはちょっとイ……MANAとサークル回りをしている途中なのよ」
「ま、MANAさんとサークル回りっ?」

羽居先輩はコミケ初日最大の大手、神とそんなに親しい仲だったのか。

「ん、いや、あの子売り子にさせると逆に混んじゃうからね」
「あー……」

それはなんとなくわかる気がする。

しかもそれを怒るに怒れないような人が羽居先輩なのだ。

「何故かあの子サークル見つけるのだけは上手いのよ。チェック一切無しでも必ず目的の場所に辿り着いちゃうの」
「生まれ付いての強運なんでしょうね……」
「ですねぇ……」

不思議少女羽居先輩。

「とりあえず、昼過ぎには帰ってくるんじゃないかしら。その時にまた来てくれる?」
「あ、はい。そうですね……そうします」

お昼過ぎということは有彦さんと一旦合流してからである。

一息ついて、それからここに来る事にしよう。

「じゃ、またね」
「はーい」

優しいお姉さんと別れ、志貴さんの元へ。

「どうだった?」
「えっと、お昼過ぎには帰ってくるそうなんで、有彦さんと合流してからまた来ましょう」
「そっか。お昼まで……あと四十分くらいかな」
「ですねえ」

長いような短いような微妙な時間である。

「じゃあ、適当にぶらついてよっか」
「はいそうですね……って志貴さん?」
「え? なに?」
「そ、それはあれですか? 二人で一緒にってことですか?」
「うん。アキラちゃんさえよければ……だけど」
「……」

わたしは考えた。

男と女が二人で歩き、一緒に買い物。

それはコミケ会場でなかったらデートというものでは?

いや、デート。断定。

「ぜぜぜ、是非に願いしますっ」
「いや、お願いするのはむしろこっちだよ。俺、サークルの回り方とかよくわからないし」
「あ、そうですね……」

そうだった、志貴さんは初心者なのである。

「でも、サークルの正しい回り方なんてないと思いますよ。それこそ好き勝手に回ってしまっていいと思います」
「んー。でも俺なんの同人誌があるかよくわからないしなあ」
「例えばどんなの探してます? わたしに頼んだやつ以外で」
「あ。そういえば俺の頼んだ本ってどうなったかな?」

思い出したようにぽんと手を叩く志貴さん。

「それは大丈夫です。もうゲットしてありますからっ」
「うわ。もう手に入れてあるんだ。流石はアキラちゃんだな……」
「えへへ」

まあこれが大手サークルだったらそうはいかなかったろうけど。

たいていの島サークルならば、昼前に行けば手に入るものなのである。

「えと、いくらだった?」
「えーと。八冊で三千六百円です」
「うわ、結構するんだね」
「いえ、安いと思いますよ? 同人誌の基本レートは五百円ですし。これなんかカラー表紙でピンナップつきで千円ですよ?」

というよりコミケ会場だと金銭感覚がおかしくなって、千円札が紙切れみたいに見えてくる。

「そっかー。じゃあうん、わかった。はい。これでいいかな」
「すいません。ありがとうございます」
「いやいや、こっちこそ買ってきてくれてありがとう」

本とお金を交換。

お礼をいうのも大切なことのひとつである。

「えと、それで、他に行きたいところなんですけど」

コミケでは午前中が勝負だ。

話している時間も惜しい。

「あ、うん。えーと、ギャラクティカギアEXっていう格闘ゲームなんだけど……知ってるかな」
「え」

その言葉を聞いてわたしの顔はきっとにやけていただろう。

「GGEX……使用キャラは誰ですか?」
「え? まさかアキラちゃん」
「やりこんでますよ〜。うふふ、それはもうかなり」

それはオタクがよく見せる、同志を見つけた時の怪しい笑いなのであった。

「そうなんだ。うわ、なんか嬉しいな。俺は一応アルベルト使ってるんだけど」
「あ。衝撃波キャンセルが熱いんですよね」
「そうそう。衝撃波をフォルキャンしてさ。そこからS、S……」

即座に専門用語が出てくる辺り、志貴さんのやりこみ具合を伺える。

「衝撃波のフォルキャンって難しくありません?」
「慣れれば簡単だよ。音でタイミングがわかる」
「うわ。そうなんですか? わたしそこまで考えた事なかったです」
「あはは。家に鬼みたいに強い人がいてさ。その人に教えてもらったんだけどね」
「はー。そうなんですか」
「うん。その人はチャイナ使いなんだけど、もう手がつけられないくらい強くてさ……」
「連続技が強力ですもんね」
「そう。なんせ立ち弱が入ったら……」
 

わたしたちはしばらくGGEXの話題で盛り上がるのであった。
 
 

続く



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