「なあ、こいつ見覚えがあるんだけど」
「え? どれですか?」

蒼香先輩に見覚えがあるって一体どういうことなんだろう。

わたしは指差しているところを覗きこんだ。

「ああ……その人ですか」

そのサークルを見てすぐに合点がいった。
 

「それは原作者本人です」
 

わたしはきっぱりと答えるのであった。
 
 







「夏コミに行く前に」
その3









「原作者本人……って。月刊誌とかで描いてる人か?」

蒼香先輩が珍しく驚いた顔をしている。

「そうです。コミケではよくあることなんですよ」
「へえ……そりゃ凄いな」
「はい。わたしも最初知ったときびっくりしました」
「……ええと、どういうことなの?」

羽居先輩が首をかしげている。

「つまりですね。週刊誌、月刊誌でマンガを連載している人が、コミケで普通に同人誌を売っているんです」
「へえー。それって凄いことなのかな?」
「凄いことですよっ。プロと一般の人が同じ場所で同人誌を売っているんですよ?」
「プロも素人も隔たり無し……いいことだよ」
「まあ、プロの人は当然混むんですけどね」
「そう言うことは言いっこなしさ」

プロの人がコミケに参加している事は、知っている人は知っているし、しっかりチェックも入れてある。

むしろ作者のホームページでこっそりコミケに出ますとか書かれているくらいだ。

「逆に同人誌からプロになった人も大勢いますしね。コミケはそういう夢のある場所なんですよ」
「そうなんだ〜。なんだか素敵だね〜」
「ま、昔でいうスター誕生かな」
「あはは……」

蒼香先輩はやたらと渋かった。

「ところでおまえさんの口ぶりだと、他にもプロの人が結構参加してたりするのかい?」
「あ、はい。この人とか、この人とか、この人はゲームの絵を描いてますし……」

わたしはそんなに数を知らないけれど、それこそプロ作家さんを全て把握している人もいるそうである。

「ほう……でもこれはイルカってマンガじゃなかったっけ?」
「はい。何も作者だから自分のマンガを描かなきゃいけないわけじゃないですから。むしろこういう時に自分の好きなマンガのパロディやオリジナルを描いたりしているんです」
「そりゃますますレアだな。ファンならゲットしたくなるってか」
「そうですね。作者さんが好きな人も、パロディが好きな人も購買層に含まれると思います」
「あ。この人絵上手いねー」
「その人は普通の人だったと思いますけど……上手いです」

コミケではプロじゃないのにプロ並みの技術を持っている人もザラだ。

「むしろコミケとかのイベントの収入のみで生計を立てている人もいるらしいですし。噂ですけど」
「そこまでくるともうひとつの業種だな。同人業ってか」
「かもしれないですねー」

参加サークルひとつとっても奥が深いのである。

「で、おまえさんは今回参加するのかい?」
「いえ。わたしは一般参加でして……」

参加はしてみたいのだけど、まだまだレベルも度胸が足らないのでまだまだって感じなのだ。

「一般参加……?」

首をかしげている蒼香先輩。

「あ、ええとですね。コミケに限った事では無いですが、同人誌即売会に『お客さん』は存在しないんですよ。本などを売る人も買う人も参加者なんです」
「ほー。その心は?」
「参加者のマナーがあんまりにも悪いと、次に会場を貸してくれなくなったりしてしまいますから。イベントが実行できなくなってしまうんです」
「それじゃあ困っちゃうね〜」
「はい。ですから本を買うだけの人もある程度のルールを守らなきゃいけないという意味で参加者となっているんですよ」

イベントによって細かな違いはあるけど、大意はそんなもので合ってるはずである。

「なるほどね……あたしもマナー違反で中止になったライブをいくつも知ってるからな。そういうのはどっちにとっても痛い話だ」
「あはは……」

ライブっていうのはかなり激しいのもあるっていうからなあ。

「わたしは今回はMANAさんのお手伝いだからサークル参加かなぁ」

羽居先輩がそんなことを言った。

「さ、サークル参加ですかっ?」
「……また新しい単語が出てきたね」
「えっと、サークル参加っていうはその名の通りで、本やゲームなんかを売る人たちの参加です。一般参加の人よりも先に入ることが出来まして、その間に準備をするわけですね」
「ほー。サークル参加ってのはどうやってするんだ?」
「それは申し込みをして……って。詳しくはコミケカタログに書いてありますよ」
「あ、そうなのか」
「はい」

参加するにはまず参加申込書を買わなきゃいけません云々。

「ちなみにコミケはだいたい半年前に参加しようかを決めなくちゃいけないんです」
「えらい前倒しなんだな」
「まあ色んな事情があるんでしょうね」

ビックサイトを三日間丸々貸しきるわけだし。

「まず参加サークルの抽選だけでも大変でしょうし」
「この数だもんなあ」
「……はい」

しかもそれをジャンルごとに並べなきゃいけないだろうし、大手の事も考えなくてはならないだろう。

想像しただけで頭が痛くなってきた。

「蒼香ちゃん、コミケにずいぶん興味があるみたいだね〜」

羽居先輩が嬉しそうな顔をしている。

「ん、いや、人がはまってるもんって気にならないか?」
「ですね……わたしも友だちがはまってたジャンルにのめり込んじゃったりしますし」

それでもコミケ前にはまっていればいい。

問題はコミケ後にはまってしまった場合だ。

「イベント後に新しいものにはまってしまうと、ああ、あの時どうしてあそこに……と後悔する事になります」
「いや、あたしじゃ同人誌のジャンルについて言ってるわけじゃないぞ?」
「わ、わかってますって」

同人にはまっていると何でも同人的思考をしてしまうのが日常生活での難点である。

燃えとか聞いても萌え?とか思ってしまうし。

「ねえ蒼香ちゃん。よかったら一緒にコミケに行こうよ〜。楽しいよ?」

羽居先輩が満面の笑顔でそんなことを言っていた。

わたしが男だったらたちまちノックアウトされてしまうだろう。

「ん。悪いけど今回はパスだ。盆はちっと実家に帰らなきゃいけないんでね」
「そっか〜。残念〜」

その羽居先輩の誘いをあっさり断れる蒼香先輩もなかなか凄いと思う。

「まあ、この時期は実家に帰ってる人も多いですからねー」

遠野先輩はじめ、この寮の約半数の生徒は現在帰省中だったりするのである。

いつもは庭を歩いているだけでも結構にぎやかなのが、とても静かだ。

まあ暑くてみんな外に出てないだけなのかもしれないけど。

「まあ、あたしもおまえさんも羽居も盆までは暇ってのは間違いないかな」
「あはは、そうですね……」

ああ、わたしにも彼氏がいればなあ。

例えば志貴さんみたいな人とか志貴さんみたいな人とか。

プルルルル! プルルルル!

「わ、わっ」

その時わたしの携帯電話が鳴った。

滅多に鳴らないので時計代わりにしか使ってないような携帯電話なのだけど。

一体誰からだろう。

「はうあっ!」

わたしはそこに出ている名前を見てそんな声をあげてしまった。

「どうしたの? アキラちゃん」
「え、いえ、そ、そのう……」
 

そこに出ている名前は今ちょうど考えていた人の名前なのである。

つまり。
 

『着信 遠野志貴』
 
 

続く



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