売り子であり買い手でもあるコミケ参戦。
「本当に大丈夫かなあ……」
天気とは対照的にわたしの心には暗雲がたちこめはじめたのであった。
「同人小説を作るまで」
その19
「……」
大手に並んでいながらも(条件反射的に大手に並んでしまうのはヲタクの悲しいサガである)考えるのは自分の本の事。
一冊も売れてなかったらどうしよう。
それともものすごい売れ行きとか。
いや後者はあり得ないからやっぱり前者……いやいや。
こういう想像って絶対「普通」がないから不思議なものである。
「はあ……」
それでも目的のサークルはちゃっかり全部確保しているわたし。
そこまで恐ろしい大手には並んでないのでうまくゲットできるわけである。
これがCatOrFishさんとかサークルMANAさんとかに並んでいたらそう簡単にはいかない。
ちなみに最大大手サークルCatOrFishはコミケ会場を一周してさらに半周ほど列が出来ていたそうだ。
まったくもって次元の違う話である。
「……11時半か」
開場から一時間半経過。
「よし、戻ろう」
篠沢さんと交代しなきゃ。
わたしは篠沢さんのサークル「ひじりんぼっくす」に向かっていった。
「……」
サークルに行くと篠沢さんはスケブを描いていた。
「えーと1500円です」
接客をしながらのスケブ。神である。
「……とか見とれてる場合じゃなくて」
わたしが売り子に回ればスケブに集中できるわけだ。
わたしは机の裏側に回って篠沢さんの肩を叩いた。
「ええと、だいたい目ぼしいところは回ったんで売り子やりますよ」
「あ。悪いね。頼むわ」
篠沢さんのサークルにはわたしの本と篠沢さんの本、さらに他の人の委託本まであるのでダンボールで一杯だった。
「すごい数ですねえ」
「まあ売れなきゃ持ってかえるんだけどね」
「……あ、あはは」
今のわたしにはそのジョークはとても重たかった。
「ちなみに売り上げはそこのノートに書いてあるから。逐次メモっていってね」
「あ、はい」
ノートには本のタイトルと正の字がいくつか書かれていた。
篠沢さんの新刊にはすでに10個ほどの正の字が。
さすがだなあと思いつつわたしの本のタイトルを見ると正の字がふたつ。
つまり10冊売れたということだ。
「……」
なんていうかやっぱりベテランは違うなあと実感してしまう。
けど、これからこれから。
コミケの最混雑時間帯は入場規制が解除される12時前後なのだ。
「いらっしゃいませー。どうぞごらんになってください〜」
しばらく篠沢さんの新刊が売れて行くけどその中にわたしの本だけを買っていってくれる人も何人かいた。
もしかしたらHPをチェックしてくれてる人なのかも。
「全部下さい」
「ぜ、全部ですかっ?」
「はい」
「ええと……ひのふの……3000円ですっ」
時には並んでいる本全てを買っていってくれる凄い人もいたり。
「じゃ、わたしちょっと回り見てくるんで」
「あ、はーい」
しばらくすると篠沢さんもいなくなってサークルはわたし一人になってしまった。
「これください」
「これとこれ」
「あ、ええと、こっちは500円で……そっちは合わせて1500円ですっ」
さすがに最混雑時間だけあって接客も目まぐるしかった。
「あの……篠沢さんですか?」
「あ、違うんですよ。ごめんなさいー」
何度か篠沢さんと間違えられて声をかけられることもあった。
「いつも楽しみにしてます。頑張ってくださいっ」
「は、はぁ」
そのたびになんだか申し訳ない気分になってしまった。
「スケブ大丈夫ですか?」
「あ、わたし本人じゃないんでちょっと……ごめんなさい」
自分のサークルとして参加したらこんな風に声をかけてくれる人がいるのかなあなんて思ったり。
次回はやっぱり委託じゃなく自分のサークルとして参加しよう。
篠沢さんにおんぶにだっこじゃ駄目だ。
「すいませんこれひとつ」
「あ。600円です。ありがとうございますっ」
わたしの本を買ってくれた人には思いっきり頭を下げた。
いや、篠沢さんの本を買ってくれた人にも勿論やってるけれど、特に気合を入れて。
篠沢さんの本が3に対してわたしの本が1くらいの割合で売れてくれる。
「おまたせー。お腹空いてるでしょ? 交代するよ」
「あ、すいません」
篠沢さんが戻ってきた頃には全体の四分の一ほどは売れていた。
「なんか忙しくてお腹空いたどころじゃなかったですよ」
「不思議とコミケってお腹空かないんだよね」
「ですねー」
集中しているせいかもしれない。
ご飯食べる暇があったらより多くの本をっ、みたいな。
「食べたらまたどっか回ってきたらいいよ。知り合いとか挨拶しにいくでしょ?」
「あ、そうですね」
知り合いのサークルさんに自分の新刊を持っていかなきゃ。
「じゃ、ちょっと行ってきますー」
カレーパンをさっさと食べてわたしは知り愛のサークルに挨拶に行くことにした。
「はい、行ってらっしゃい」
「あ、あのっ、これわたしの新刊ですっ。どうぞっ」
「あ、え? サークル参加してたの?」
「はい、委託なんですけど……」
「それはおめでとう。はい、これウチの新刊」
なんていうか500部完売のサークルさんの新刊とわたしの新刊じゃ等価交換にならないような気もするんだけど。
「あ、ありがとうございますっ」
わたしは初期の頃からのファンなので割と顔を覚えられているのだ。
「ついでに下敷きもあげちゃえ」
「あああ、ありがとうございますっ、恐縮ですっ」
大手の人はやはり人間的にも出来ているものなんだろうか。
「後でじっくり読ませてもらうから」
「え……あ、はい」
知ってる人に本を読まれるのはなんだか気恥ずかしい気分である。
「ねえねえ。100円が足らないみたいなんだけど……」
「え? マジ? どうしよう?」
「あ。わたし持ってきましょうか?」
「ホントに? 悪いなぁ、なんか」
「いえいえ、いつもお世話になってますから」
100円を補充してあげて暫くした後、そこのサークルさんの売り子さんが篠沢さんのサークルに来てなんと二冊も本を買って行ってくれた。
情けは人のためならずというやつである。
「えーと後は……」
わたしは自分の本と壁際のサークルとを交互に見つめた。
「……行こう」
まだ混沌と化してるかもしれないけれどそれならそれでいい。渡してとっとと戻っちゃえ。
「お。有間の知り合いの子じゃないか」
「あう」
なんと超絶大手同人マンガ家MANAさんことイチゴさんがわたしに気付いてしまった。
「今日は有間は来てるのかい?」
「あ、いえ。志貴さんは実家でゆっくり休まれてると思います」
まあ本当にゆっくり休んでいるかはどうかとして、実家にいるのは確かである。
「ふーん。まぁいいけど。なら何の用だい?」
「あ……えと、その」
わたしがわたわたしてると持っている本に気付いたみたいだった。
「その本は?」
「え、あ、はいっ、これはその……新刊で」
「新刊。誰の?」
「……わたしの、です」
「ほー」
「だ、だからその、よろしければ」
「買うよ。いくら?」
「ああっ、いえいえお金なんていいんですっ!」
そんな神様からお金を貰うなんておごがましい。
わたしの本を渡そうって行為だってどうかしてる。
例えていうならプロ野球の試合にいきなり草野球の少年がピッチャーをやるようなものだ。
無謀すぎ。
「いいからいいから」
「ろ……ろっぴゃくえんです」
「ほうほう。ちょっと欲張っちゃった感じかな」
「すすす、すいませんっ」
「いや、値段設定はそれぞれの事情があるからね。悪い。今のは聞かなかった事にしてくれ」
「は……はい」
やっぱり600円だと高いなって感じしちゃうんだよね。
次は500円で出来るように頑張ろうっと。
「とにかく600円ね……はい」
「あ、ありがとうございます」
「ウチのも一冊あげたいとこなんだけどね。ちょっと遅かったかなぁ」
「え」
「あいにくついさっき完売しちゃってね。多めに用意しといたんだけど」
そういった目線の先には大量の潰れたダンボールが。
1000……ううん、2000部はあったんじゃないだろうか。
「す、凄いですね」
「まあ運がよかっただけだって」
確かに同人に必要なのは技量はもちろんだけど運もある。
配置がいい場所だったとか、たまたまその選んだジャンルがブームだったとか色々。
「ただ運というのはやっぱり努力した結果得られるものだとわたしは思ってますので」
「真面目だねえ」
「それだけが取り得ですから」
本を売るという行為はそれすなわち自分の実力を試す機会ということだ。
前回よりももっと数が売れればそれは自分が成長したということ。
「まあ、頑張りな。先は長いよ? いや、終わりはないかもしれないけどね」
「……ですね」
同人活動に終わりはない。
自らの情熱が尽きた時が終わりということだろう。
まだわたしには書きたい事がたくさんある。
やりたいことがある。
「じゃ、わたし戻りますね」
篠沢さんのところに戻る前に冬の参加申込書を買っておこう。
これから大成するか失敗するかも……全てはわたし次第。
文字を書く事は何かを生み出すこと。
わたしの力で少しでも何かを生み出して生きたい。
「いつか志貴さんも一緒に同人誌を作れれば……なんて」
それでもって恋も勉強も同人もそれぞれ頑張って行こう。
まだまだ瀬尾晶の人生はこれからなんだからっ。
完
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