「いってー! なにしやがるんだ遠野っ!」

有彦が何かを掴んで投げてくる。

「うわっ……」

さっきのジュースだ。

俺は全身ジュースまみれになってしまった。

「やりやがったな、このっ!」

俺も負けじとジュースを投げ返す。

「つ、冷てえっ!」

同じく全身ジュースまみれになる有彦。

「このヤロウッ!」
「やるかてめえ!」
 

俺たちは壮絶な取っ組み合いを始めるのであった。
 
 








「そうだ即売会に行こう」
その4














「と、遠野君っ! 乾君っ! 落ち着いてっ! 落ち着いてくださいっ!」
「……はっ!」

慌てた口調の先輩の声を聞いて我に返る。

「いかん……俺としたことが」

さっきの先輩じゃないけど、つい熱くなってしまった。

有彦が絡むとどうしても熱血思考になってしまう。

「す、すいません、シエル先輩ッ」

有彦も正気に戻ったのか、先輩に頭を下げていた。

「すいません、ほんとに」

俺も頭を下げる。

「いえいえ。ですが、そのままでは風邪を引いてしまいますよ? ベトベトするでしょうし。……その、脱いだほうがいいんじゃ?」
「……そうっスね」

なんのためらいもなく上着を脱ぐ有彦。

「わ、わわわっ」

アキラちゃんは慌てて目を隠してるけど、これが全然隠れてなかったりする。

「……おまえなあ、女の子の前なんだぞ? もう少し考えろよ」
「何言ってるんだ遠野。俺は鍛えてるからな。見せたって問題無いんだよ」

そうしてムキムキっと変なポーズを取る。

「……はぁ」

俺のほうは胸にでかい傷があったりするので、とりあえずシャツまでを脱いでおいた。

「タオル、使いますか?」
「あ、すいません」

先輩にタオルを貰い、体を拭く。

ズボンのほうが濡れてなかったのがまあ不幸中の幸いというかなんというか。

「……ああもう、ベタベタする」

有彦が俺に向けて愚痴っていた。

「おまえが暴れるからいけないんだろ、バカ」
「だからって殴るこたぁねえじゃねえかよ」
「おまえはそれくらいやらないと止まらないじゃないか」

俺は苦笑して返す。

「……それは言えてる」

そう言って有彦は馬鹿笑いしていた。

「あはは……」

アキラちゃんもそれにつられてか笑っている。

「あーあ。俺とか遠野じゃなくて、アキラちゃんか先輩がジュース被ってくれたらよかったんだけどなあ」

それを見た有彦はにやにやと笑いながらそんなことを言った。

「え、ええっ!」

顔を真っ赤にするアキラちゃん。

「ちょ、止めてくださいよ、乾君っ」

先輩も同様であった。

「アホ」

有彦をなじる。

「何言ってるんだ遠野。女の子の服が濡れてる姿はロマンだろう? それがわからないのかっ?」
「う」

思わず想像してしまう。

例えば先輩のシャツがぐっちょりと濡れて水が滴り落ち、下着がうっすら透けてたりして。

「それは……わかる」

それでついそう答えてしまった。

「好きだよなっ?」

びしっと親指を立てる有彦。

「……好きだっ!」

親指を立てて返す。

「遠野。やっぱおまえも男だなっ! 俺も好きだぞっ!」
「有彦っ!」
「遠野っ!」

ガシッと手を取り合う二人。

「……何やってるんですか、二人とも」

先輩は顔を真っ赤にしたままそんなことを言った。

「いや……まあその男のロマンってことで」

男が女の子の心理をわからないように、このへんの心理もきっと女の子にはわからないんだろう。

「……あ。あああっ!」

するとアキラちゃんが叫び声をあげた。

「ど、どうしたのアキラちゃん?」
「いいい、今のっ! 今のやつっ! 予知のマンガですよっ!」
「え?」
「……なんだって?」
「ほ、ほらっ! 有彦さんが上半身ハダカで志貴さんと好きだぞと語り、そして手を握り合うっ!」
「あ」

なるほど確かに。

「……え。じゃあ今のところをマンガは予知してたわけか?」
「多分……」
「そ、そうか……俺が遠野に愛を語るんじゃなくて俺と遠野が愛を語り合うってことだったのか……」

そういえばあのマンガは別にどちらがどちらを好きだと言っているわけではなかった。

ただ好きだぞ、おまえもか遠野と。

それは水に濡れた女の子の姿が好きだと語り合う俺と有彦の姿だったのである。

だが、なんにしても。

「マンガの予知が……実現した……」

アキラちゃんの力は知っていたけど現実に体験するとやっぱり驚かずにはいられない。

「そ、そんな……つまらない」

先輩は落胆していた。

「あ、あはは……でもちょっとドキドキしました」

アキラちゃんは半分にやけ顔であった。

まあセリフだけで見るとなかなか怪しい展開だったかもしれない。

「……よかった。ほんっっっとうによかった」

有彦は物凄く喜んでいた。

「……ははは」

かくいう俺も肩の重荷が取れたようである。

「うう。もういいです。明日の話をしましょう。明日の」

先輩は涙目だった。

そんなに悲しかったんだろうか。

「そう。明日って何があるんスか? 俺よくわかんないんスけど」
「同人誌即売会ですよ。本を売ったり買ったりする場所です」
「……ど、同人誌即売会……」

途端に有彦の顔が変わった。

「し、知ってるのか有彦?」

コイツがそんな言葉を知っているとはとても思えない。

「……姉貴のダチに……昔……」

有彦はがたがたと震え出している。

「あ、有彦っ? どうしたんだ有彦っ?」
「……大手やおい系サークルに並ばされて三時間……その後また大手で二時間……」
「や、やおい?」
「男の子同士が絡み合うマンガのことです」

即座に知りたくもない知識を教えてくれるアキラちゃん。

「……ホモ?」
「ボーイズラブと言って下さい。乙女のロマンなんですからっ」

そしてガッツポーズ。

ああ、さっきのマンガの予知で先輩がやたらと喜んでた理由がなんか見えた気がする。

「っていうかオマエも大変だったんだな、有彦……」

有彦の肩を叩いてやる。

「……なるほど。乾君は即戦力になりそうですね」

あ、また先輩の目が光り出した。

「か、勘弁してくれ先輩っ。俺はもう大手に並ばされるのはごめんだっ! 受け攻めの論争に巻き込まれるのはイヤだっ!」

どうやら有彦はそれが相当トラウマになっているらしい。

「失敬な! 攻め受けでジャンルが全く違うものになるんですよっ? 遠野君攻めと乾君攻めじゃ全然萌え度が変わってくるでしょう!」

かなりイヤな例え方をしてくれる先輩。

「せ、先輩。嫌がるやつに無理させてもしょうがないよ」
「……むう」

腕組みをする先輩。

「そういえばサンマってコスプレ可でしたっけ」

するとアキラちゃんがそんなことを言った。

「えーと。確かオーケーでしたね。許可を取らなければ駄目ですが」
「……あ、やっぱりそうでしたか。なるほど」

アキラちゃんはしきりに頷いていた。

「何がなるほどなの?」

アキラちゃんに尋ねる。

「あ、はい。実はさっきの志貴さんたちの予知の後に見えたビジョンがもうひとつありまして」
「もうひとつ?」
「はい。ページをめくれば描いてありますよ」
「どれどれ……」

さっそくページをめくってみる。

「あ」
「え」
「お……おおおおっ!」

そのページを見た有彦は叫び声をあげた。

それは歓喜の声である。

「こっ……これは……」
 

そこには、教師のコスプレをしているシエル先輩が描かれているのであった。
 
 

続く



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