遠野先輩のことを完全に無視して笑っている蒼香先輩。
「……」
遠野先輩は不満そうな顔をしているものの何も言わずにそっぽを向いてしまっていた。
本当に凄い。
あの遠野先輩と対等に渡り合えるだなんて。
わたしは蒼香先輩のことを深く尊敬するのであった。
「同人小説を作るまで」
その2
「わたしは三澤羽居っていうんだ〜。羽居先輩って呼んでね〜」
「あ、はい。宜しくお願いします。羽居先輩」
「わーい、また呼ばれちゃった」
「はいはい。よかったな」
この二人のコンビはまったく対称的であるようで案外息が合っているのかもしれない。
「自己紹介はそのくらいでいいかしら?」
遠野先輩がベッドに腰掛けて溜息混じりにそんなことを言う。
「あ、はい」
「話を戻すわよ。あなたの悩みは同人誌のことでいいのかしら」
「そうなんです……」
「何が問題なの? 内容?」
「いや、それがその、お金の問題でして」
「金か。なるほどシンプルで重要な問題だな」
腕組みをしながら蒼香先輩が呟く。
「どういうこと〜? お金がなくって本が作れないの?」
「ええ、それに近いんです」
「っていうと?」
「はい。実はわたし、インターネットで小説を公開しているんですが」
「ほー。便利な時代になったもんだ」
蒼香先輩の相槌はこちらが会話をしやすくなる。
「ええ。それで現在連載している小説が100話を突破したんで、文庫本にまとめようかなって思ったんですよ」
「わ、凄いんだ〜」
「あ、どうもありがとうございます」
羽居先輩に頭を下げた。
「でも瀬尾。インターネットで見れるものをわざわざ本にして、買う人っているのかしら?」
「……う」
さすが遠野先輩。痛いところをついてくる。
「一応アンケートをとったところそれなりに好感的な意見が多かったんですが……」
「そんなものリップサービスよ。とりあえず作って欲しいけれど、別になくてもいいって人でも返事はYESなんだから」
「うう……」
「おまえさん、そういう問題じゃないだろ」
遠野先輩のきっつい一言に蒼香先輩が顔をしかめていた。
「でも事実でしょう」
「それはそうだとしても。要はこの瀬尾が作りたいか作りたくないかってことなんだからさ。そこはどうなんだい?」
「あ、はい。もちろん作りたいです。……でも」
「……そこで金の問題か」
「はい。ちょっとページ数があんまりにも多くて」
「どれくらいなんだ? 100ページくらい?」
「それが……一部だけで300ページ」
「さ……」
遠野先輩が目を丸くしている。
「ふーん。普通の小説くらいの量だな。ずいぶん頑張ったもんだ」
「いやー、いつの間にかそんなことになってたってのが正しいんですが……問題はまだ二部三部とあるってことなんですよね」
「一部だけで300ページってのは100話で300ページなのかい?」
「いえ、第一部の40話だけで300ページ越なんです。二部が45話。三部が現在連載中です」
「ってことは最終的には600どころじゃ済まないってことだな」
「い、いえいえ。もちろん一部二部三部とわけるつもりだったんです。だけど、その一部だけでも300ページ……」
「ふーん」
蒼香先輩は腕組みをしていた。
「普通の小説って500円くらいだよね? いくらくらいで売るの?」
羽居先輩が尋ねてくる。
「はい。500円で売りたいなーと思っているんですけど……そこに大きな問題が」
「問題?」
「はい。300ページ越えの同人小説を100部作るとしたら15万ほどかかるんです」
「15万……そら大層な出費だな」
さすがにこれには蒼香先輩も驚いているようだ。
「はい。これを作った場合、プラスマイナスゼロにするにも1500円で売らなきゃ赤字になっちゃうんです」
「1500円程度、大した額じゃないじゃないの」
遠野先輩はお嬢様なのでちょっとお金の感覚がずれてるのだ。
「わたしだったらそんな本絶対買いません。最悪でも1000円以下で売りたいんです」
「1000円以下で売って赤字が出ない方法はないのかい?」
「あることにはあるんですが……500部刷らなくちゃいけなくなっちゃうんです。最初に30万ほどかかっちゃいますね」
「そりゃ難儀だな。作る気にゃならんだろ」
「はい。……いくらなんでも500部なんて売る自信ありません」
小説サークルでしかも初参加だなんて、50部売れるかどうかだって怪しいのに。
「100部作って500円で売ればいいじゃないの。 10万程度の赤字大したことはないわ」
「赤字にしかならない同人誌なんか作るわきゃあねーでしょおおおお!」
思わず叫んでしまった。
「……」
はっ!
わたしってば遠野先輩になんてことをっ!
「そうそう。いくらなんでも10万の赤字は痛いって。遠野、あんたが悪いよ」
「……はっ」
遠野先輩はわたしに怒鳴られるだなんて思っていなかったようで、固まっていたようだ。
「大丈夫? 秋葉ちゃん?」
「……え、ええ。ちょっと驚いただけよ」
こほんと咳払いをして、いつもの表情に戻る遠野先輩。
「なら諦めなさい瀬尾。そんなもの作らなきゃお金なんてかからないんだから」
ああ、身も蓋もない。
「でも作りたいんですよぅ……」
作りたいけどうまくいかないのだ。
こんなにもどかしいことはない。
「ならまあいい方法がなくもないけどね」
すると蒼香先輩がそんなことを言った。
「あるんですか?」
「ああ。だがちと面倒な手段になるけどさ」
「そ、それは一体?」
わたしが尋ねると蒼香先輩はさも当然のようにこんなことを言うのだった。
「だったら、新しく別のもん書きゃいいんだよ」
続く