それを聞いたシエル先輩はどんと自分の胸を叩いた。
「任せてください。このシエルが遠野君を同人の深みへと誘ってあげましょう」
なんだか二度と戻れない深みへと連れていかれそうであった。
「そうだ即売会に行こう」
その2
で、一月某日の前日。
俺はシエル先輩の家へと来ていた。
「へぇー。これがシエル先輩のマンションかぁー。ほぉー」
何故か有彦も一緒である。
ちなみに先輩の住んでいるのはマンションと言うより何とか荘というほうがしっくりくる。
「乾君、あまり騒がないで下さい。恥ずかしいですよ」
「はーい」
先生に手を上げる生徒のような反応を見せる有彦。
「部屋に入ってもそのへんのものに触ったりしないで下さいね。危ないですから」
「もちろんですよ」
先輩の部屋は迂闊なところに手を入れたら武器とかが出てきそうなので怖い。
「……ところで今日はなんで集まったんですか?」
「ええ。サンマの準備をするためです。本当はもっと前に集まりたかったんですが時間のつかなかったので」
そういえば一昨日あたりにアルクェイドが先輩とガチンコ270分勝負をやったと言ってたような。
「準備が必要なんスか。力仕事なら任せてくださいよ」
有彦が力こぶを作ってみせる。
「いえいえ。知識のほうです。知っていておいたほうがいいことが結構あるので」
「ち、知識っスか……そ、それはちょっと苦手かも」
あっという間にテンションの下がる有彦。
「まあとりあえず中に入りましょう。お客さんも来ていますし」
「お客さんですか」
「ええ。女の子ですよ。それも可愛い」
「行きましょうっ! さあ遠野。誰が行きたくないだって? イヤだなあ、はっはっは。全く何を言っているんだか」
「おまえが何言ってるんだかわかんないよ」
いつもながらの有彦のノリに苦笑しながら先輩のあとについていった。
「おじゃましまーす」
玄関をくぐる。
先輩の家は狭いようでいて案外広いので三人で入っても十分スペースが余った。
「それで、お客さんっていうのは?」
「ええ。今呼んで来ますね」
そう言って先輩は台所のほうへと歩いていく。
「なあなあ遠野。あそこに洋服棚があるぞ。下着とか入ってるんじゃねえかな」
「アホ」
有彦をそんなつまらないやりとりをして間をつぶす。
「お待たせしました」
そして先輩が戻ってくる。
それと共に。
「どうもこんにちわ。お久しぶりですー」
なんて子犬がじゃれ付いてくる時みたいな笑顔をしたアキラちゃんがいた。
「おお、美女っ!」
有彦が叫ぶ。
「そ、そんな。止めてくださいよー」
そう言いながらもアキラちゃんはまんざらではなさそうである。
「どうしてアキラちゃんがどうしてここに?」
アキラちゃんとシエル先輩に面識はないはずである。
「それがですね。わたしが今日遠野君を迎えに行こうと外に出ましたら。じーっとわたしの家を眺めている女の子がいたんですよ」
「ほうほう」
「それで、どうしました? って尋ねたらですね。……まあその女の子が瀬尾さんだったんですけど。いきなり『あ、あのっ。ひょっとして志貴さんの恋人さんですかっ?』なんて聞いて来るんですよ」
「遠野の恋人ぉ? そんなのあるわけないなはがっ!」
狙いすましたように有彦の頭上に本が落下した。
「すいません乾君。どうもいいかげんに積み上げた本が崩れてしまったようで」
「い、いえいえ。お気になさらず」
なんか有彦の背後に馬みたいな手をした娘が見えて、その娘が有彦の頭をはたいたように見えたのはきっと気のせいだろう。
えらい具体的だが多分気のせいである。
「なるほど。未来予知で俺がここに来ることがわかってたのかな」
俺はアキラちゃんにそう言った。
「ええ。その。シエルさんと志貴さんと知らない男の人がこの家に入るビジョンが。そしてそこには何故かわたしもいるんです。不思議に思って家を見ていたらシエルさんに声をかけられたんです」
「ふーん。なるほどな」
アキラちゃんの未来予知は、正確には近くにいる人間の思考を読み取って未来を予想したビジョンを見せるものである。
そこにアキラちゃんの願望やら何やらがちょっと加わることもあるが。
先輩の意思は強いから家の外でもアキラちゃんはそれを感知したんだろう。
「未来予知ってなんだ? マンガみたいだな」
有彦は目をぱちくりさせていた。
そうだ、しまったこいつがいるのだ。
先輩はともかくコイツの口からあることないこと噂にされてしまいかねない。
そうなったらただでさえオモチャにされやすそうなアキラちゃんはそれはもう大変なことになってしまうだろう。
マスコミとかも押し寄せてくるかもしれない。
「ああ、はい。マンガの話ですよ。マンガの」
するとアキラちゃんは笑顔でそんなことを言った。
「ほら、これです」
そして一冊の本を取り出す。
題名はアキラの大冒険。
ページをめくると可愛らしいキャラクターがあれやこれやと冒険活劇を展開していた。
『このわたしに予知で勝とうなど10年早いッ!』
しかし微妙に少年マンガチックなセリフが多いのは一体なんでだろう。
「なんだ。そっか。マンガか。だよなあ。はっはっはっは」
有彦はそれで納得したのか笑っていた。
こいつは単純で実に助かる。
「面白いなあ、これ」
有彦はそのマンガに見入っていた。
「アキラちゃん。あれは?」
そこでこっそりとアキラちゃんに尋ねてみる。
「あ、はい。最近わたし未来予知した内容をマンガにしているんですよ。もちろん悪い内容は描きませんけど。例え悪いビジョンでも良く描くようにしてるんです。そうすれば」
「なるほど、現実もいい方向になるかもしれないってわけか」
「はい。そのおかげなのか的中率はかなり高くなってるんですよー」
そう言ってアキラちゃんはにこりと笑った。
「そりゃあすごいな」
深く信ずれば病も治るともいうし、やはり意志の力は大事なんだろう。
「はい。わたしのマンガの予知は絶対、100パーセントですっ!」
まあ、多少調子に乗っちゃってるみたいだけどそれはそれで可愛く見えるのでオーケーだ。
「お? なんだこれ? 俺たちみたいのが描いてあるぞ」
そんなことを思っていると、有彦がそんなことを言った。
「どれどれ……?」
俺も覗きこむ。
「わ、わーっ! だ、駄目ですっ! 見ないで下さいっ!」
アキラちゃんが悲鳴に近い叫び声を上げる。
「……う」
「こ、これは……」
そこには。
上半身ハダカで愛を語る有彦と俺が描かれているのであった。
続く