「ならまあいい方法がなくもないけどね」

すると蒼香先輩がそんなことを言った。

「あるんですか?」
「ああ。だがちと面倒な手段になるけどさ」
「そ、それは一体?」
 

わたしが尋ねると蒼香先輩はさも当然のようにこんなことを言うのだった。
 

「だったら、新しく別のもん書きゃいいんだよ」
 
 




「同人小説を作るまで」
その3












「あ、新しく……ですか?」
「そうだ。新しくだ」

わたしは眩暈がした。

300ページもの作品をもう一度書く気力なんて流石にないからだ。

「蒼香ちゃん〜。それはいくらなんでも無理なんじゃないかな〜」
「そうよ。瀬尾にそんな根性あるとは思えないわ」

うう。これでも貫徹三日で原稿仕上げたことあるんですよ、わたし。

「いやいや。300ページのもんを作ろうとするから金やら何やらに問題が出てくるんだろ? だったらさ、例えばその1/3の100ページだったらもうちょいマシになるんじゃないか?」
「え? あ、えーと……」

それはどうなんだろう。

「でも蒼香。瀬尾が作りたいっていうのは300ページのほうなんでしょう?」

遠野先輩がそんなことを言う。

「それは……そうなんですけど」

それはその通りだ。

その通りなのだけど。

「何かそこにも悩みがあるようだな、おまえさん」
「は、はい……お恥ずかしい話なんですが、その、わたしってイマイチ自分の文章に自信を持てないんですよね」
「ほう」
「本当に面白いのかなって。だから、その、いきなり300ページの冒険はちょっと厳しいかなと」
「アキラちゃんの漫画面白いと思うけどな〜」

羽居先輩がそんなことを言っている。

「って! 人の鞄勝手に開けないで下さいよぅ!」

奥深くにはとても人には見せられないようなやおい同人誌とかがあるのに。

「ごめん〜。面白そうだったからつい〜」

よかった。やおい本はギリギリセーフだった。

「まあ、気持ちはわからないでもないね。あたしもインディースでCD作るときは不安だったし」
「え? そうなんですか?」
「そういえば蒼香、バンドでCDを作ってたわね」
「はー」

なるほど、それで同人活動に関して理解が早かったのか。

音楽と本。畑は違うけど、志は同じである。

「それならますます100ページで作るのを薦めるよ。あたしはたくさん作りすぎて最初余っちまったからさ」

蒼香先輩は苦笑していた。

「蒼香ちゃんも色々大変だったんだね〜」
「……っていうかアンタにライブ会場の場所書いたチラシ作らせたあたしがバカだったんだけどね」
「えー?」

どうも話から推測するにCDを頒布するライブのチラシの住所が間違えて書かれていたらしい。

しかも作ったのは羽居先輩。

「そ、それは……お気の毒で」
「あんたも会場を間違えたりしないようにな、ほんとに」
「き、肝に銘じておきます」
「わ、わたし悪いことしちゃった?」
「いや、もう過ぎたことだからいいんだよ。最終的に在庫は全部捌けたしさ」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。一度で捌こうだなんて最初から思ってなかったしね。最終的にトントンになりゃ万万歳さ」
「なるほど……」

わたしは一度のイベントで完売しようと思っていたけれど、そういう考え方もあるんだ。

「で、本題に戻るけど。アンタはまず、小説文庫を作って売りたい。それはいいな?」
「あ、はい」
「こういうのはさ、あれやこれやとわからないまま進めるから駄目になっちまうんだ。ひとつひとつ確認していけばいい」
「そっか〜。蒼香ちゃんあったまいー」
「……特に羽居、あなたが実行してくれると嬉しそうな言葉ね」

遠野先輩は溜息をついていた。

「次だ。本を作りたい。次に優先するのはなんだ?」
「そう……ですね。やっぱりお金です。作るお金もそうですけど、買う人にも出来ればあまりお金をかけさせたくありませんから」
「その基準が500円なの?」
「はい。普通の同人誌レートだと思います」

市販の小説もだいたい500円くらいだし。

「そうか。じゃあおまえさん。何ページのをいくつつくればいくら、って図とかはないのかい?」
「あ、あります。ちょっと待ってくださいね……」

わたしは鞄の中を探って一枚の紙を抜き出した。

「これです」
「ほう」

これは即売会の開場で貰ってきた印刷所の資料なんだけど、かなり事細かく書かれていて便利である。

「えーと、それで文庫サイズで500円くらいで売って元が取れる計算ね……」

蒼香先輩はざっと上から下まで紙を眺めた。

「とりあえず50部だと500円で売りさばくってのは無理だね。どれも一冊1000円以上じゃないと元が取れない」
「少ない部数だと一冊辺りの単価が高くなるの?」
「ああ。大量生産はコスト軽減の基本だ。ま、今はあんまり主流じゃないけどさ」

なんだか経済の勉強をしている気分である。

「500円で売れそうなのはあるの?」
「あー。100部の104ページが565円でギリギリ500円台だな。それでも諸経費いれたら600越えちまうだろ」
「150部ならどうなの?」
「そうなるとまた在庫の問題が出てくるけどね……えーと、136ページで560円だな」
「それなら104ページで600円で売るのが一番現実的っぽいね〜」
「そうですね……ワンコインで買えないのはちょっと痛いですが……それ以下のページ数だとなんだか寂しいですし」

それにしても薄い文庫になってしまいそうだけど。

「100部でワンコインで売りたいなら88ページかな。まあ諸経費混みでやっぱりギリギリだろうけどね」
「はぁ……どちらにせよ同人小説は厳しい世界なんですよねー。ネットで手軽に読めるというのがありますので、文章にお金を出したがらないといいますか」
「そうだな。だけどおまえのファンだったら買うんじゃないか? しかもネットで公開しない新作ときてるんだからさ」
「ネットで公開しない新作?」
「そーだよ。88ページやら104ページじゃどう考えても300ページにならんだろ。だから最初に言ったように新しく文章を書きなおすんだよ」
「ででで、でも、もうわたしその小説を文庫で出したいって言っちゃいましたし……」
「おまえさん、自分の首閉めるの好きだねえ」
「うう」

だけど言ったからには責任を取りたい。

どこかの誰かが言っていたではないか。

わたしを殺した責任、取ってもらうからねと。

「じゃあ〜。こんなのどうかな〜?」

すると羽居さんが満面の笑みを浮かべていた。

「何かいい考えがあるの? 瀬尾」
「うん。その小説の番外編みたいのを書いたらどうかな? しかも本編を読んでなくても読めそうなやつ」
「番外編……ですか」
「その小説だけの登場人物や設定とかってあるんでしょ? そこを生かしたら面白いと思うんだ〜」
「なるほど……」

それならばWEB上で本編を読んでいた人も楽しめるし、新しい人でも楽しめる。

そこからWEB上の小説を読んでみよう、という気にもなるかもしれない。

「わ、わかりました……その件で検討してみます」
「お? それでいくのかい?」
「頑張ってね〜。期待してるよ〜」

うーん。相談してみてよかったかもしれない。

意外な方向性が見えてきた。

だけど。

「……新しく100ページかぁ……」
 

道のりはまだまだ遠そうである。
 
 

続く



あとがき(?
今回のレートはあくまで文庫本のレートなので、B5サイズだったり印刷所が違ったりすると価格が大きく変わります。
B528ページだと50部だけ刷ったとしても400円で売って儲けが出ますので。
……うぐぅ、文庫本高すぎ(吐血


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