「ええと、F6企業は……」

わたしもとりあえず列を探す。

確か今入ったところが東の2で、F6企業は東の1だから……

「F6企業最後尾こちらになりまーす」
「え」
 

なんと目の前に探していた列の最後尾があるのであった。

「っていうかここ東2ですよ?」

東1までどれだけ距離があると思ってるんですか?
 

わたしは誰に言うわけでもなくそうひとりごちてしまうのであった。
 
 







「夏コミに行く前に」
その12
『三日目当日』その4





「と、とにかく並ばないと……」

わたしが呆けている間にも列は増え続けているのだ。

急いで列の最後尾に並ぶ。

「……」

まあ最初の予想通り列の中に女はわたし一人だった。

周りを見るとそこいらじゅうに長蛇の列が出来上がっている。

「……まだ開場前だというのに恐ろしい」

つまりここにいる人たち全てがわたしと同じ遊軍兵士なわけだ。

これで開場したらこの列が倍以上に増えてしまうんだろうなあ。

「でも開場まであと少しか……」

この列の長さだとどれくらいかかるんだろう。

一時間くらいで終わってくれればいいんだけど。

会場内と違って外はやはり寒い。

この温度差に慣れないと風邪をひいてしまいそうである。

「……」

目を閉じて開場を待つ。
 

「これより、コミックマーケットを開催いたします」
 

目を開けた。

会場(外だけど)に沸く拍手。

傘をさしていてもしっかりみんなが拍手をしていた。

こういう風景は一日目と全く同じものである。

「これでやっと列が……」

動かない。

「なんだかなぁ……」

会場の外だけはまだコミケが始まってないんじゃ? というような感じである。

シャッターから見える会場内は、活気を帯び始めているというのに。

「……ん」

何か嫌なものが見える。
 

ざっざっざっざ……
 

集団の足音。

「うわ、うわわ……」

集団でこちらへ向けて歩いて来る、血走った目の人たち。

「徹夜組だな」

隣のお兄さんたちがそんなことを言っていた。

「雨で寝れなかったんだろうなあ。大変だったと思うぜ」

そう、駐車場は水たまりで一杯、降りしきる雨の中徹夜組はひたすらこの開場を待っていたのだ。

「恐ろしい……」

そこまでして本を買いに走らせる魔力を持ったコミケが改めて恐ろしいと思った。

集団はシャッターを出た瞬間ばらけ、わたしたちの後ろや横へと移動していく。

時々「走らないでくださーい!」というスタッフの必死の声が聞こえてきたり。

開場直後はスタッフさんも参加者もてんやわんやなのである。

「昼間ではずっとこうなんだろうなあ……」

わたしはなんだか人事のようにその光景を眺めるのであった。
 
 
 
 

「……」

三十分経過。

ようやっと目的のサークルの場所が遠目ながら見えてきた。

普段このサークルに並んでいるわけじゃないから早いかどうかはわからないけど、列はけはかなり上手いほうだと思う。

ただ、それでも捌ききれないほどの人が並んでいるだけであって。

列が多く並ぶから上手いのか、上手いから多く並ぶのか、なんとも言えなかった。
 

ぶるるるる。
 

「おっと」

また有彦さんからの電話である。

「もしもし、瀬尾ですけど」

一応さっきの例があるので心がまえをしてから電話に出た。

「おう、アキラちゃん。有彦だ」

今度の電話は正真正銘有彦さんからだった。

ちょっと残念。

「どうしました?」
「今会場に入った。これから遠野と東123に向かう」
「え? もう入場したんですか?」

わたしはまだ列から抜け出せないというのに一般参加の有彦さんが会場に入れてしまった。

もしかしなくても、サークル入場しないで普通に入ったほうがわたしにとっては幸せだったんじゃないだろうか。

「わたしはもうちょっと時間かかりそうです……有彦さんは頑張ってください」

わたしは泣きたい気持ちをこらえながら有彦さんにそう伝えた。

「おう。それで集合場所なんだけどな。とりあえず俺の知り合いのところに集まる事になった」
「あ。そうなんですか。なんてところなんです?」
「Dの48のA、人生曲がり角ってとこだ。そこに十二時に集合」
「そ、そうですか」

ずいぶんとまあ思い切ったサークル名である。

「ジャンルはFATE。まあアキラちゃんは知らないゲームだろうけど、よろしく頼む」
「はい。わかりました」
「じゃな。ほれ遠野。ぼーっとしてねえで行くぞっ」

そこで電話が切れた。

「……大丈夫かなあ、志貴さん」

果たして開始直後のこの喧騒の中でちゃんと目的のサークルに辿り着けるんだろうか。

ちょっと、いやかなり心配である。

「はい、前四人の方進んでくださーい」
「あ、はい」

あと二回くらい列が動けばわたしの番になりそうだった。
 
 
 
 
 

「終わった……」

結局本が買えた頃には十一時になってしまっていた。

「いや、終わってないっ」

わたしにとってのコミケはこれからスタートなのである。

「志貴さんには悪いけど、まずは……」

己の欲しい本を率先して入手すべしっ。

「これくださーい」
「ありがとうございますっ」
「新刊どれですかっ?」
「こちらになりまーす」
「じゃあこれもっ」

そんな感じで次々と本をゲットしていくわたし。

主なターゲットは陶鳩のやおい本である。

ヒロ×マサシとかコーイチ×シンヤとか。

予想以上にそっち系の本が多かった。

「へっへっへ、たまりませんなぁ」

つい親父っぽい発現をしてしまうわたし。

しかも話によると、西の一角はすべてJUNE系サークルで埋め尽くされているらしい。

これはなんとしてでも行かねばなるまい。

「ああ、コミケって楽しいなあっ」

なんていうか、自分がつくづく同人に染まってるんだなあと実感してしまうけど。

周りはみんなそんな人ばっかりなので、まあいっかという気分になってしまう。

「でもあの看板は勘弁して欲しいなぁ……」

三日目はそこいらじゅうにえっちな看板が立っている。

しかもそれがやたら滅法上手い。

ああ、その胸の描き方教えてくださいっ、とか尋ねたくなってしまうくらいだ。

「……悲しい」

そんなところばかり見ている自分が悲しくなってきた。

「っと」

さ迷い歩いていると妙に人が少ない場所に来てしまった。

「うわぁ……可愛い」

サークルのスペースに置いてあったのは大きな猫のぬいぐるみ。

「そっか、ここは……」

志貴さんが主に頼んできた趣味のサークル地帯なのだ。

「でも可愛いなあ……これ」

手作りのぬいぐるみらしい。

しかも値段は五百円と、お手ごろ価格。

「すいません、ひとつください」
「あ、ありがとうございます」

そんなわけでついひとつ手に入れてしまった。

「ちょうどいいから志貴さんの本も探してこようっと」

さすがにこの辺は列もほとんど出来ていないのでどこもすんなりと買える。

ただ、時々ものすごい列が出来ていて何事? と思うような場所もあった。

「世の中わからないもんだなぁ」

このへんはえっちな看板もないのでまったりとして落ち着ける。

「これで全部……と」

志貴さんに頼まれた本は全て確保できた。

そしてついでにわたしも同じ本を買ってきてみた。

こんど志貴さんと語り合っちゃおう、とかセコいことを考えているわけじゃなくて、純粋に面白そうだったからである。

ほ、ほんとですよ?

「……あ」

そのサークル地帯をまっすぐいくと、壁に付き当たった(当たり前だけど)。

壁は相変わらずの混みようである。

通行するのも難しい状態なので、用事がなかったらここへは来ないほうがいい。

「もどろっと」

そう思った矢先、見知った後姿を見つけた。

「し、志貴さんっ」

そこでは志貴さんが困った顔をしてうろうろしている。

これはチャンス。

ここで志貴さんを手助けして、わたしのポイントを大幅アップさせるのだっ。
 

「しっきさー……」
「あらボウヤ、どうしたの?」
 

だがわたしが話しかけようとした瞬間に、ムチムチのコスプレお姉さんが志貴さんが話しかけているのであった。
 

続く



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