「あーっ! 終わったぁっ」

椅子によりかかり両腕を伸ばす。

肉体はそんなに疲れていないけれど精神的にかなり疲れた感じだ。

けれどそれはまあ心地よい疲れでもある。

ある一つの事柄を成し遂げたのだから。
 

「……ミスとかなければいいけどなぁ」
 

ただどうしても入稿したのがわたしということだけがひたすらに心配なのであった。
 
 





「同人小説を作るまで」
その13







「うー……」

その翌日は朝から具合が悪かった。

体がだるく、喉がいがらっぽい。

どうやら風邪を引いてしまったようである。

徹夜やら何やらと体に無理をさせまくった後に気を抜いたからこうなってしまったんだろう。

ある意味当然の結果ともいえる。

「体の丈夫さだけが取り柄だったのになあ……」

昔は皆勤賞を毎年貰ったりしていた。

それが今や遅刻の常習犯である。

ああ、我ながらなんという堕落であろう。

ただ、一応授業だけはまともに受けてきた。

今は放課後、安心してベットに倒れられる時間なのである。

「うう……」

咳は出ないけれど喉の痛みと鼻水が酷い。

おまけに薬の持ち合わせも全く無かった。

「何か無いかなあ……」

ベットに寝転んでいるわたしは手の届く範囲を手探りで探す。

「ん」

するとガラス容器っぽいものが手に触れた。

「これは……」

同人の友、栄養ドリンクである。

本来、こういう風邪を引いたときにこそ栄養ドリンクを飲むのが正しいのではないだろうか。

早速蓋を空け、飲んでみる。

「あーうー……」

喉にドリンクがひりひりと染みて痛い。

「じびるよぅ……」

声のほうもガラガラになってしまっていた。

なんだか余計に具合が悪くなったようである。

「ぐしゅぐしゅ……」

鼻水のほうもかんでもかんでもちっとも止まってくれない。

しまいには鼻が痛くなってしまってかむのをやめた。

「あーもうっ」

こういう時は何もしないで寝てしまったほうがいいだろう。

わたしは頭から布団を被って眠ることにした。
 
 
 
 
 
 

「よーしっ」

さて、今日はいよいよ即売会当日である。

わたしの本はちゃんと出来ているだろうか。

サークル入場証を渡し、会場内へ。

ええと場所はどこだったか。

確か入ってすぐ右だったような。

「あ、あれっ……? 無い?」

本来ならばそこにダンボールと机があるはずなのに、そこにはなんにもなかった。

慌てて会場地図を確認する。

「……って場所が違うのか」

いつものイベント会場とやや場所が違っていたようだ。

そっちのほうへと移動してみる。

「あった……」

そこにはちゃんと机もダンボールもあった。

さっそくダンボールの中を確認してみる。

「え」

その瞬間硬直。

その本のタイトルは間違い無くわたしのものなのに、絵がなんだかおどろおどろしいものへ変わっている。

「お、おかしいな……」

慌ててページをめくる。

「う、うわっ!」

そこにはもう完全に意味不明な文字の羅列。

いや、それはもう文字なのかすら怪しい。

そんなバカな。

まさかこんなことがあるわけがない―――
 
 
 
 
 

「――――はっ!」

そこでわたしは布団から飛び起きた。

「はっ……はぁ……」

体中は汗だくで、暑苦しかった。

「夢……だったんだ」

体はまだずいぶんとだるい。

風邪をひいたのは夢ではないらしい。

イベントのことが全部夢だったのである。

「よかったぁ……」

それにしてもわたしはイベントのことで心配しすぎてしまっているようだ。

こんな素晴らしいほどの悪夢まで見ちゃうなんて。

「大丈夫? アキラちゃん。水飲む?」
「あ、はい。すいません」

ひょいとコップが差し出されたのでその水を飲み干す。

「……って羽居先輩じゃないですかっ?」

その主は羽居先輩であった。

「うん。羽居センパイだよ〜」

にこりと微笑む先輩。

「おう。起きたか?」

そして制服にエプロンを身につけた蒼香先輩も。

今風に言えば「萌え〜」な格好である。

「あ、あの、どうして?」

そんなことよりわたしはその二人がいることが気になっていた。

「ん? それはもちろんアキラちゃんの看病にだよ〜」
「え?」

わたしは授業が終わった後すぐに寮に帰ってきたからこの二人がわたしの状態なんて知るわけがないのに。

「まぁそのへんの詳しい話はそこのお嬢さんに聞くんだな」

くいと親指で後ろを指差す蒼香先輩。

「……」

そこには怖ぁい顔をした遠野先輩がいた。

「ととと、とおのせんぱいっ?」

思わず後ずさったけれどベッドの上なのですぐ壁にぶつかってしまった。

「瀬尾。あなた、今日の放課後に何があったか忘れたのかしら?」
「え? 放課後?」

放課後にやることといったら部活か委員会である。

わたしは部活には所属していないのであるとしたら生徒会の仕事だ。

「生徒会の仕事は昨日やったから今日は無いはずじゃ……」
「あのね。昨日の会議が終わらないことは最初からわかっていたの。だから今日続きをやるってことで早めに切り上げたのよ」

大きく溜息をつく遠野先輩。

「じゃ、じゃあ今日その続きっていうのがあったわけですか……?」
「ええ。あなたがいつまで経っても来ないから呼び出しに来たら……うなされてたから」

それは多分悪夢のせいである。

「秋葉ちゃん、大変だったんだよ〜。部屋に飛んでくるなり『瀬尾が死んじゃうっ』って。大げさだよね〜」
「は、羽居っ! 余計な事を言わなくていいのっ!」

遠野先輩は顔を真っ赤にしていた。

うう、なんだかんだでわたしを心配してくれたんだなぁ。

「で、あたしらが連れてこられて、まあざっと看病をしたわけだと」
「そうだったんですか……」
「わたしが冷えっとシートを当てて〜。蒼香ちゃんがおかゆ担当〜」

そういえばやけに頭が冷えるなあと思っていたら、そんなものを張られていたのか。

「若干熱もあったからな。ま、風邪だろ」
「はい……風邪だと思います」
「まぁ養生するこったな。ほれ」

蒼香先輩は可愛いお椀に入ったおかゆを差し出してくれる。

「ど、どうも」

わたしはそれを受け取り深々と頭を下げた。

「蒼香ちゃん、料理も上手いんだよ。凄いよね〜」
「あたしゃあんたら二人が不器用過ぎるだけだと思うけどね……」
「蒼香が万能過ぎるのよ」
「お褒め頂き感謝」
「くっ……」

一瞬睨み合い、すぐに笑い合う遠野先輩たち。

「それを食べたら薬だ。遠野、持ってきたんだろ」
「ええまあ……うちの薬剤師が私に持たせたものなんですけれど」

遠野先輩は茶色いいかにも不味そうな丸薬を取り出した。

「そ、それ飲まなきゃ駄目ですか……」
「当たり前でしょう。あなたみたいなのでもいないと生徒会が困るのよ」
「どうして素直に心配だからって言えないかねえ、おまえさんは」
「う、うるさいわよ蒼香っ。とにかくこの薬を飲みなさい。いいわねっ」

遠野先輩はわたしにその薬を握らせ、ずかずかと部屋を出て行ってしまった。

「蒼香ちゃん、秋葉ちゃんをからかいすぎ〜」
「はぁ。まったく困ったお嬢さんだこと」

苦笑し合う二人。

「あの、でも本当にありがとうございます。その、羽居先輩も、蒼香先輩も、遠野先輩も私なんかによくしてくださって」
「気になさんな。ちゃんと本が出来てくれれば幸いだよ」
「そうそう。楽しみにしてるんだから〜」
「……あ、一応入稿は終わったんですよ。何も無ければちゃんと本が出ます」
「そりゃいよいよ楽しみだな」
「イベントカタログ買ってこなきゃね〜」

こういう人たちの存在は本当に有りがたい。

それは仕事でも学校でもなんでも言える事だと思う。

わたしも将来はこういう人を気遣える人間になりたいものだ。

その、なんていうか遠野先輩みたいに捻くれた感じじゃなくて。

遠野先輩も本当はいい人なんだけれど、慣れるのに凄く時間がかかるのだ。
 

こんこん。
 

と、ノックの音。

「あ、はい。どうぞ」

開いた扉からは遠野先輩が顔を覗かせた。

「ん? どしたおまえさん。忘れものか?」
「ええ。ちょっと瀬尾」
「は、はいっ?」
「その薬代、後で請求するからね」
「えええっ! そんなぁっ!」

同人誌出版でお金がかかるのにここでさらなる出費は痛すぎる。

「おまえさん、そいつぁちょっと酷いんじゃないか?」
「そうだよ秋葉ちゃん〜お金持ちなのに〜」
「ひ、人の話は最後まで聞きなさい。誰がお金を要求すると言いました」
「じゃ、じゃあなんですか?」
「……その」

遠野先輩は恥ずかしそうに顔を背けた。

「ど、同人誌とかいうのを今度作るそうじゃない? 薬代はそれの予約ってことでいいわ」
「……ったく」

呆れ顔の蒼香先輩。

「秋葉ちゃ〜ん」

逆に羽居先輩はやたらと嬉しそうだった。
 
 

「は、はいっ。よ、喜んで。絶対取り起きしておきますんでっ!」
 

わたしも同じで、なんていうか一瞬で風邪が治るんじゃないかってくらい嬉しくなってしまっていた。
 

続く



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