「遠野。先に言っとくが何を見ても驚くんじゃねえぞ」
「もうあの列見ただけで十分驚いたよ」

なんだか不機嫌な有彦さんと別れ、わたしたちはサークルMANAさんへと向かった。

一体全体、そこに何があるっていうんだろう。
 

わたしは妙な不安と期待を抱いてしまうのであった。
 
 






「夏コミに行く前に」
その17
『三日目当日』その9









「……相変わらず凄い行列……」

会場から三時間が経過したというのに、サークルMANAの列は減るどころか増えているようにすら見えた。

ただ、会場したばかりの頃は山積みになっていたダンボールが、今や半分以下の数に変化している。

「一体何部売れたんだろう……」

五千部とか一万部とか、そういうレベルなんじゃないだろうか。

「アキラちゃん。その知り合いの子はいる?」
「っと」

そうそう、わたしたちは羽居先輩を探しに来たのである。

「えーと……羽居先輩は」

相変わらずどこにも姿が見えなかった。

「あれ? ひょっとしてアキラちゃん?」

そこに後ろから声をかけられる。

「羽居せんぱ……」

振り向いて我が目を疑った。

羽居先輩の格好はなんていうか、ひとことで言うとばいーんって感じの。

「……チャ、チャイナ」
「うん。どうかな? 似合う?」

そう、GGEXのチャイナの格好である。

スリット全開、むっちむちのばいんばいん。

羽居先輩だからこそ出切る格好と言うかなんというか。

「マッチしすぎて怖いですね……」

もしかしなくても写真とか撮られまくりだったんじゃないだろうか。

いや、コミケは会場内撮影禁止だからコスプレ広場なんかで。

「凄いな……これは」
「志貴さん、それはどのへんを見て言ってるんですか?」
「え? あ、ああ、いや、ぜ、全体的にだよ。うん」

ああもう、羽居先輩の色気の半分でいいからわたしに下さいって感じである。

「今日はねー。たくさん本をゲットできたんだよ〜。タダでくれるって人もいたし〜。ほんと、コミケって楽しいね〜」
「……あ、あはは」

そらもうこんなカッコしたおねーちゃんにならいくらでも本をあげたくなってしまうだろう。

「あの、それで、例の約束なんですが」
「約束? ……なんだっけ」

ああ、やっぱり羽居は羽居先輩である。

「あ、あの、その、MANAさんの本を……」
「あー。あーあーあー。うん、ちゃんと覚えてたよ」

大ぶりに体を動かす羽居先輩。

そのたびに巨乳がゆさゆさと揺れる。

「……おおお」
「志貴さん」
「い、いや、うん、この子に本を頼んでいてくれたことに驚いてるんだよ」
「うー」

羽居先輩と志貴さんを遭わせたのは間違いだったろうか。

「でねー。わたしがアキラちゃんのこと話したら、MANAさんが直に会いたいって」
「ま、ままままま、MANAさんがっ?そんなまさかMANAさんみたいな超絶大手がわたしみたいな小物をっ?」
「そうなの。秋葉ちゃんのこととか、メイドさんのこととか話したら凄い興味を持ってねー」
「遠野先輩たちのことまで話したんですか?」
「うん。なんか驚いた顔してね」
「驚いた……?」

何故わたしのことなんかで驚くんだろう。

「実はMANAさんはアキラちゃんのお姉さんでした、とか」
「あはは。あり得ないですよそんなの。羽居先輩の時点でもう奇跡みたいなもんなんですから」

これ以上誰かの知りあいとか、そんなまさか。
 

「……ほんと、奇妙な縁ってのはあるもんだねぇ」
 

羽居先輩の後ろから女の人の声が聞こえた。

その女の人は長身で、ちょうど羽居先輩の上に顔が見える。

「え……ちょ……なんで? え?」
「……志貴さん?」

志貴さんがその女の人を見て驚いた顔をしていた。

「ま、まさか志貴さんの知り合いなんですか?」
「あ、ああ、いや、でも、だけど……そうか、だから有彦は嫌がってたのか……」
「ん。あのバカも来てるのか。手伝えって言ったのに、まったく」

そのお姉さんは有彦さんも知っているようだった。

「あの、この人は一体?」

わたしが尋ねると、苦笑した志貴さんと、にっこりと笑った羽居先輩がほぼ同時にその答えを言ってくれた。
 

「この人は乾一子さん。有彦のお姉さんだ」
「この人がMANAさん。サークルMANAのあるじさんだよ〜」
「え?」
「え?」
「え?」

三人が揃って顔を見合わせる。

「……まあ、そういうコトなんだけどね」

ぽりぽりと頭を掻いている一子さん。

この人がMANAさんで、有彦さんのお兄さんで志貴さんの知り合いで。
 

『えええええええっ!』
 

叫び声が見事にハモるのであった。
 
 
 
 
 

「しかしまさか有間がコミケに顔出すとは思ってなかったよ」

イチゴさんがジュースを飲みながら呆れた顔をしている。

MANAさん、と最初は呼んだのだけど、痒いから止めてくれと言われたので、志貴さんにならってそう呼ぶことにした。

「いや、俺も今回初めてコミケに来たんですけど。まさかイチゴさんがコミケに参加してて、しかも超絶大手サークルだなんて」

わたしたちはとりあえず会場の外に出て休憩をしている。

お昼もまだだったので食事を兼ねての休憩だ。

「あたしゃただ好きで本作ってるだけだよ。いつの間にかそうなってただけだ」
「はー」

それは謙遜でも遠慮でもなく本当のコトなんだろう。

イチゴさんはなんていうか見るからに芸術家って感じがする。

好きでそれをやっていたら周りが評価してくれた。

そんなところなんだろう。

「まあ、あたしのサークルの連中が商売上手だったってのもあるとは思うけどね。実際謎だよ」
「イチゴさん、前から絵とか描いてましたもんね。そっか。これのためだったのか」
「逆逆。絵を描いてて、いい表現の場が無いかって探したらそこがコミケだったってこと」
「プロになろうとか思わなかったんですか?」

言ってから失礼なことを聞いてしまったかなと後悔する。

「プロは色々と面倒なんだよね。やりたくないこともやらなきゃいけないし。まあ同人の世界だってそれはそうだけどさ。趣味で辛い思いしたくは無いんでね」
「イチゴさんは昔っから面倒なこと嫌いだからなあ」
「うるさいよ、有間」
「す、すいません」
「ま、今だって悩みはあるけどさ。昔みたいにあんまり批評をして貰えなくなっちまった。大手だから余り何も言えない、みたいにね」
「大変なんですねえ……」

憧れの超絶大手サークルの主と普通に会話をしている志貴さん。

しかしなんていうか、それが凄いコトだとあんまり思えなくなってしまっていた。

大手であろうがなんであろうが作っているのは人。

話してみればそれは神でもなんでもなくて、悩みもある苦労もある普通の世界だったのだ。

「で、アンタは同人やってるんだって?」
「は、ははは、はいっ。そうです」

いきなりわたしに矛先が向いてきた。

うわあ、どうしようどうしよう。

「問おう。アンタにとって同人とはなんだ?」
「同人とは……ですか」

シンプルにして最も難しい質問である。

けれどこれに関しては昔から勿論があった。

「自分自身が楽しめて、尚且つ周りが楽しめれば素晴らしいもの、です」
「ほーう」

にやりと笑うイチゴさん。

うわ、なんかわたし変なこと言ったかなあ。

「アンタ、スケブ持ってるかい?」
「あ、はい。持ってますけど……何か」
「あんたさえよければ何か描きたいんだけど。構わない?」
「え」

一瞬何を言われたのか理解できなかった。

けどすぐに我に返って。

「お、おね、おねおねがい、しま、しましましま、しますっ」

ラブレターでも差し出すようにスケブを差し出した。

いつもイベントにはスケブを二冊持っていくのがこんなところで役にたつなんてっ。

「オッケー。じゃまあ、ちょっと時間貰うよ……」
 

わたしの目の前で、イチゴさんのペンがそれこそ舞うように動き出すのであった。
 
 

続く



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