そこでわたしの目は覚めた。
慌てて周囲を見るとなんとそこは国際展示場駅。
かなりの間眠っていたようだ。
「しゅっぱついたしまーす」
「あ、ま、待ってくださいっ! 降りますっ! 降りますーっ!」
はてしてこの本の売れ行きとわたしの運命やいかに?
それはきっと同人の神様のみぞ知るところなのである。
「同人小説を作るまで」
その18
「お、おはようございますっ」
「んー。おはよー」
駅前で同人の大先輩猫美先輩と合流。
「今日はちょっと天気悪いけど大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
天気がいいの悪いの言っていられない。
気合を入れて接客しないとっ。
「じゃあ今日はこことこことここを回って……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ先輩?」
「ん?」
何故か猫美先輩はわたしを普通に参加する人間のように回る場所を頼んできた。
「わたし、委託ですけどサークル参加するんですよ?」
「ん。それは明日ね」
「……はい?」
「だから明日。篠沢んとこのサークルは二日目配置だから」
「マ……マジですか?」
「嘘だと思ったらカタログ見てみなって」
「……」
慌ててカタログをチェック。
「ほ、ほんとだ……」
わたしが本を委託する事になっていた絵師の篠沢さんのサークルは二日目に配置されていた。
そう、冬と夏では微妙にサークルの配置が違うのだった。
「よっぽどテンパってたみたいだねえ、あんた」
苦笑する猫美先輩。
「す、すいませんっ」
今回は本が出来るのもギリギリだったし、色々ミスがあって訂正とかしてたからなぁ。
やっぱりわたしは余裕を持って事を進めないと駄目になるみたいだ。
「うーん。じゃあ……今日はテキトーでいいや。あんたの好きなとこ回りなさいな」
「え? い、いいんですか?」
「たまにはそういうのもいいだろ。イベントってそういうもんだしさ」
「あ、ありがとうございますっ」
「じゃ、並びに行くよー」
「はーい」
雪の中数時間待機。
それから入場。
外は極寒、会場内は灼熱。
どちらを選んでも地獄絵図と。
雪が雨に変わると外はさらなる混沌と化していた。
わたしはもう本が濡れないようにするのに必死で、知り合いのサークルさんへの挨拶もお宝発掘の探索も出来ない有様だった。
とても辛いコミケだった。
けど、きっと夏コミの巻末はこの日の記事が沢山だろうなあと思えていたあたり、まだ余裕があったのかもしれない。
とにもかくにも。
本を委託する日が二日目だったと分かれば一日目は重要ではないのだ。
猫美先輩に本を頼まれたわけでもないので一日目は早々に帰宅した。
「明日のために体力を蓄えておかなきゃ……」
目覚ましをセットしてベッドへ。
今日みたいな事態にならないようにかなり早めに目覚ましをセットしておいた。
しかも3つ。
これなら安心だろう。
「おやすみなさーい」
電気を消して。
「……二日目のサークルチェックしてないしっ!」
毎度ながらのおっちょこちょいぶりに苦笑して電気をつけ直すのであった。
ジリリリリリリリリ!
「……はっ」
目が覚めた。
もう今度はミスはないはずだ。
全部用意してある。
電車も余裕がある。素晴らしい。
「うわ……」
しかもまだまっくらけの外に出ると空はすっかり晴れていた。
月明かりがとても綺麗だ。
「コミケ二日目の人の執念って恐ろしいなぁ……」
後の話になるけど、この翌日東京は大雪に見舞われるのだ。
二日目の前日翌日だけ雪が降ってコミケ二日目だけは最後まで晴れていたなんて。
もしかしたらマンガの神様が降臨してくれたのかもしれなかった。
「と、とにかく」
呆けてる場合じゃないのだ。
駅に着くまでの工程はもう省略。
「到着……」
このへんが文章のいいところである。
どんな長い行程もたった一行で……って横道にそれそうだから止める。
「えーと篠沢さんに連絡入れないと……」
と携帯電話を見て思い出した事があった。
そういえば猫美先輩が目立ちやすいようにカエルのパペットを手につけているって言ってた事を。
「……カエル、カエル」
緑色の物体はすぐに見つかった。
「パペマペ」
猫美先輩と篠沢さんでかえる&うしの漫才をやっていたからだ。
「……何やってるんですか」
「いや、暇だったから」
「滅茶苦茶目だってますよっ」
「客寄せにはいいじゃないのよねぇ」
「まだコミケ始まってませんっ」
「そりゃそうだ」
なんてマヌケな会話を繰り広げつつ移動。
こことそことあそこに……とか歩きながら会話できる二人はさすがにイベント慣れしているといった感じだ。
わたしといえば委託といえども初コミケという事実に緊張しまくっていた。
「んで、最初はわたし売り子やってるからアキラちゃんは昼ごろに来てくれればいいから」
「えっ? いいんですかっ?」
「ん。ちょっと二つ三つ行ってくれれば他はいいわ」
「すいません……ほんとに」
本音を言えば最初から売り子をやりたかった。
やはり自分の本の売れ行きというのが気になるからだ。
しかし篠沢さんは自分のサークルで売り子をやる以上他のサークルさんの本を買えないわけで、結局誰かが篠沢さんの代わりに本を買いに行かないといけない、と。
「ああ、ディレンマは止まらない……」
多分これは贅沢な悩みだった。
「いいからさっさと行きなさいって。なんか混んで来たから」
「あ……はい」
今回、会場内は無茶苦茶早く列が出来上がっていた。
寒いからみんなで集まって暖かくなろうという本能(?)のせいなのかもしれない。
「ちなみにいくらにする?」
「あ、えーと……」
自分の同人誌の値段を決めるのはもちろん自分だ。
これがまた難しい。
利益を取ろうなんて考えてないけれど、最悪でも原価は確保したいし。
「ろ……六百円で」
これはちょっと冒険かなあという値段に設定してしまった。
「ほんとにいいんだね?」
「は、はい」
「わかった、書いておくよ。じゃ、行ってらっしゃい」
「わ、わかりました……」
本当にこの値段で売れるかなあと不安を抱きつつ会場を移動。
幸いな事に昨日と違って晴天なので外壁に並んでも日光のおかげで暖かかった。
「これよりコミックマーケットを開催いたします」
売り子であり買い手でもあるコミケ参戦。
「本当に大丈夫かなあ……」
天気とは対照的にわたしの心には暗雲がたちこめはじめたのであった。
続く