蒼香先輩はそう言って笑っていた。
「え? じゃ、じゃあ?」
「……ま、そういうことなんだけどさ。まったくひねくれたヤツだよ」
「奥ゆかしい性格なんだよ、きっと〜」
羽居先輩もにこにこと笑っている。
「そ、そうなんですか……わ、わたし」
興味がまったくないから来てくれないんだと思っていたけれど。
そうではなかったのだ。
「そんなわけでこれからあたしらは帰るけど……どうだい、付いてくるかい?」
「は、はいっ。もちろんですっ」
「わーい。それじゃあレッツゴー」
そうしてわたしは羽居先輩たちと一緒に遠野先輩のいる高等部の寮へと向かうのであった。
「同人小説を作るまで」
その6
「たっだいまー」
「あら羽居。早かったのね……って瀬尾までどうしたのよ」
「いえ、その遠野先輩の顔をちょっと見たくなりまして」
「そんなものどうだっていいでしょう? さっさと原稿とやらを仕上げなさいな」
「あ……」
遠野先輩の口調は確かにきついのだけど、それはわたしを心配してのことだとわかる。
本当にどうでもいい存在だったらそんなこと言うわけがないからだ。
「そうですね。帰って原稿を仕上げることにします」
「おいおい、いいのかい?」
「はい。でも原稿が出来たら真っ先に遠野先輩に見せに来ますから」
「な、そそ、そんなことしなくていいのよ。羽居にでも見せればいいでしょう?」
しどろもどろになっている遠野先輩。
なんだかそんな先輩を見るのは新鮮な感じだ。
「あはは、秋葉ちゃん照れてる〜」
「は、羽居っ。……ああもう、瀬尾。帰るならさっさと帰りなさいな」
「はーい」
わたしは応援してくれる遠野先輩たちのためにも早く原稿を仕上げてしまうことにした。
「さて……」
部屋に戻り机の上へと向かう。
原稿といってもわたしはデータ入稿なので、メモ帳にとりあえず打ち込んで変換することになる。
さすがに生原稿に直で文字を書くのを100ページは辛いからだ。
データ入稿というのは文字通りパソコンで打ち込んだデータをそのまま本に出来るシステムなのである。
パソコンだから文字の大きさも同じで綺麗だし、一度形を作ってしまえばそのまま何度でも使える。
ちなみに今回わたしが作ろうとしている100ページの文庫なら、メモ帳で50キロ、文字数にして約2万文字程度。
400字原稿用紙詰の原稿用紙なら50枚である。
つまりメモ帳での1キロっていうのがだいたい原稿用紙1枚程度なわけで、なかなかわかりやすい感じなのだ。
さて、この原稿を進めなくてはいけないのだけれど、これにはのっているときとのらないときの2パターンがある。
のっているときはもう、何も考えなくても筆が進んでいく。
これにもいくつか段階があって、最高の状態なのは自分で考えなくてもキャラが勝手に動いてくれる、いわゆる「キャラの一人歩き」状態である。
これは話がとんでもない方向に進んでいく事もあるのだけれど、話が非常に面白くなるので作者としては願ってもない状態なのだ。
物語というのはよくもわるくも予想できない展開が起こったときにこそ面白くなるのだから。
それでこれが、なかなかキャラが動いてくれない場合、仕方なく自分で物語を書くことになるわけなのだけど。
これがなかなかつまらないのである。
何故かって書いている本人は展開が読めてしまうのだから。
書いている本人ですら予想できない展開になることが、物語の醍醐味、小説や漫画の醍醐味なのではないだろうか。
ある程度は方向性を決めておくけど、後はキャラが勝手に話を作ってくれる状態がいちばんいい。
「動いてくれないかなぁ……」
キャラが勝手に動き出してくれるのを待つ事を、わたしは「キャラ待ち」と呼んでいる。
動いてくれるキャラは主人公であるときもあるし、ヒロインの時もあるし脇役のこともある。
主人公やヒロインが動いてくれる事がもちろん理想なのだけれど、わたしの場合は脇役のほうに愛着を持ってしまう。
何故かっていうと、主役ヒロインは「動かなくてはいけない」ものだからだ。
「やらなくちゃいけない」という心理は人間にとって負担となる。
動かさなきゃ、動かさなきゃと思うほどにキャラは動いてくれなくなってしまうのだ。
逆に脇役のほうは動いていようが動いてなかろうがまったく支障はない。
つまり書くのにさほど力がいらないのである。
そのため脇役は好き勝手しやすいし、主役やヒロインを危うく食いかねないことだってある。
そうなってしまったときは仕方なしに軌道修正をしていくわけなのだが。
この「軌道修正してなんとか話をまとめる」作業は楽しい。
正確には散々とんでもない方向にいってしまい、これ本当にまとまるのか? というような話が上手くまとまってくれた時が作者として最高の感慨を持つ瞬間だと思う。
ある程度、最初と最後というものは書き始める瞬間に決まっているものだ。
その決めた最後へときちんとキャラを導けるか。
勝手に動かせておきながらもきちんと収集をつける。
難しいけれどやりがいのあるところだ。
まあもっともこれはわたしのやり方なので他の人はまったく違う方法をやっているのかもしれない。
ただわたしにとってやりやすいのはこれ、というだけであって。
本当に物語が上手い人はもっと色々考えてやっているんだろう。
「うーん……」
他に筆が進むのは、自分の考えを書くときである。
自分はこうだと思っている事、展開、会話をキャラクターに代弁してもらうこと。
漫画や小説の究極の意味はそこだ。
文章、絵を通じて自らの思いを伝える。
ケンカはよくないことだ。
日常こそが本当の幸せなんだ。
などなど。
その人にとっての真実を思いを込めて描く、書く。
注意すべきは、例えば本人にとっては「勧善懲悪」が実はそんなに共感が持てないことなのにそれを書いたりしてしまうと、非常に薄っぺらいものになってしまう。
わたしは少年漫画的な熱いシーンは好きなんだけど、現実でのケンカとか暴力は嫌いなのでそういうシーンは苦手だし、書くといかにも嘘っぽくなってしまう。
もちろんそれは練習すれば上達するものなんだろうけど。
わたしの中で「ケンカなどで物事を解決する」ということが真実にならないかぎり、やはりそれは嘘っぽいものになってしまうのだ。
つまり「漫画的戦闘シーン」なら書けるかもしれないけれど「リアルな戦闘シーン」は無理。
そんなわけでわたしの書くものは戦闘シーンはほとんどないわけだ。
「こんなものかなぁ……」
今回書いているのは毎度ながらのほのぼのものである。
これだけは唯一わたしがまともに書けると思っているものなのだ。
ようやっと半分くらいまで書けた。
書いては消し、書いては増やし、また消しの連続なのでなかなか進まない。
だけどいつもよりは気合を入れて書いているので多分出来はいいものになってくれるだろう。
……多分。
「よーし、今日は夜までやるぞぉっ」
ようやっとキャラが動き出してくれ、わたしの腕はひたすらにキーを叩いていくのであった。
続く
動いてくれないときはとりあえず書くのを止めてゲームやらテレビに逃避。
書ける!と思った瞬間に夕食だったりして上手くいかないことも。
他の人はどうやってるのかほんとに気になりますねー。