そのページを見た有彦は叫び声をあげた。
それは歓喜の声である。
「こっ……これは……」
そこには、教師のコスプレをしているシエル先輩が描かれているのであった。
「そうだ即売会に行こう」
その5
「ななななな、なんですかっ? これはっ」
顔を真っ赤にして叫び声を上げるシエル先輩。
「ええ、見てのとおりなんですが……はい」
アキラちゃんはぽりぽりと頬を掻いていた。
「あ、晶ちゃん。これ、実現するのかっ?」
晶ちゃんに尋ねる有彦。
「えー、実現して欲しいとは思うんですが多分無理なんじゃないかなーと」
「するする! きっとするさ! なあ遠野っ!」
「いや、そんなこと俺に聞かれてもなあ」
しかし晶ちゃんの予知は今のところ全て当たっている。
だとしたらこれも実現するんだろうか。
「いえ、しかし……これはなかなか……いいですね……」
先輩もまんざらではない表情だった。
「せ、先輩っ。これやんないっスか?」
「うーん。そうですねー。ですがこれは準備が必要ですし……遠野君の意見も必要です」
「お、俺の?」
「はい。どうですか? こういう格好」
「うーむ」
誰がなんと言おうが女教師は男のロマンだ。
メガネをつけているのがなおよい。
よってシエル先輩が女教師のコスプレをするのはまさに究極形態とだと言える。
だから俺の答えは決まりきっているだろう。
「そりゃあいいに決まってますよ」
「そ、そうなんですかっ? し、志貴さんっ、着てくれるんですかっ?」
俺がそう言うとアキラちゃんはいやに嬉しそうな顔をした。
「……き、着てくれるって……なに?」
「そうだよアキラちゃん。これ、シエル先輩だろ?」
有彦が絵を指差す。
メガネにスーツ、ややミニスカート。
それでもって黒いタイツ。
やっぱりシエル先輩である。
「いえ、その……これ」
アキラちゃんはなんとも言えない表情をしていた。
じっと俺の顔を見ながら。
「……まさか」
顔に手を当てる。
そこには俺のメガネが。
メガネが。
嫌な、予感がする。
「…………俺?」
こくり。
「なんで、俺?」
「な、なんでと言われましても、そう見えてしまいまして……」
「え? こここ、この女……いや、教師は……遠野、なのか?」
有彦はがたがたと振るえながらアキラちゃんに聞いた。
「は、はい。そ、そうなんです……」
「……」
「……」
恐ろしい。
なんて恐ろしいんだ、このマンガの予知は。
「そうですよ。誰だと思ったんです? 誰がどう見ても遠野君じゃないですか」
絶望している俺と有彦をよそに目を輝かせている先輩。
「だだだ、だって。メガネでスカート履いてたらシエル先輩だと思うでしょう?」
「髪型が遠野君じゃないですか。雰囲気も。ここまで遠野君を描けるなんて、流石ですね瀬尾さんは」
「え、えへへ、それほどでも……」
ああ、同人に染まった人にまともな見解を求めるのは不可能なことなんだろうか。
いや、しかし同じ人間だ。わかりあえないはずがない。
「いや、だって、でも、こんな予知、いくらなんでもあり得ないですよ。俺、女装する趣味なんてないですし」
「大丈夫ですよ遠野君っ。最初は嫌かもしれないけどきっと止められなくなりますっ」
「いや、いやですよ」
「ふ、ふふふ、そうやって嫌がる遠野君は尚そそりますねっ!」
「先輩、キャラ変わってるっ!」
慌てて有彦の後ろに隠れる。
「遠野。諦めろ。こーなった腐女子は手が付けられないんだよ」
しかしそんなことを言って俺を引き戻す有彦。
「う、裏切ったな有彦っ!」
「己が生きるためなら友をも捨てる。遠野、強く生きろ!」
有彦はそう言ってこれでもかってくらいさわやかな笑みを浮かべ。
「じゃ、俺はちょっと小旅行に行ってきますんで。1週間くらい帰りませんのでっ」
逃げた。
「こ、こら! 有彦っ! 戻って来いっ! いや、頼むから帰ってきてくれっ!」
しかし俺の叫びは有彦に届かない。
「……あ、アキラちゃんっ」
最後の頼みとばかりにアキラちゃんに助けを求める。
「……」
アキラちゃんは何も言わない。
だけど、その顔はもうはっきりとその意思を示していた。
つまり、着てくれと。
「さあ、遠野君っ!」
「……う」
後ろからじりじりとにじりよる先輩。
「……うああ」
これは夢だ。
そう、夢に違いない。
「うわああああああっ!」
俺は絶望の悲鳴をあげるのであった。
完
「……うーん」
わたしは今しがた描き終えたネームをもう一度見なおしていた。
「やっぱり没かなあ……」
書き上げたはいいけれど、どうしてもリアリティに欠ける。
「わたしの予知は多くて月に一度だし……」
マンガに描いたように同じ日のシーンが続けざまに出てくることなんてまずないし、だいたい予知は当たったってせいぜい3割程度なのである。
「それにこんな原稿じゃ志貴さんに見せられないよぅ……」
今更ながら志貴さんに招待状なんか出してしまったことを後悔していた。
志貴さんは同人になんか興味ないだろうし、わたしの描いているようなやおいマンガなんて知りもしないだろう。
だからまずは志貴さんに「同人」をわかってもらうためのネームを描いていたのだけれど。
「……はぁ」
途中からあからさまに怪しい展開になってしまった。
やはりやおい漫画ばっかり描いてたようなやつがフツーの漫画を書こうとしたって無理があったのだ。
あーもう、なんでこんなジャンルに手をつけちゃったかなあ。
「……」
しかし気合を入れて描いた志貴さん女教師バージョンのラフはかなり気に入ってたりする。
有彦さんとの絡みのシーンも自信作だ。
「だーかーらー! それじゃ駄目なんだって!」
こんなマンガ志貴さんに見られたら自殺モノである。
シエル先輩はこんな変な人じゃないし、有彦さんだって同人なんて知るわけが無い。
あ、ちなみにわたしは既にシエル先輩と有彦さんには文化祭で面識がある。
このマンガみたいに予知で名前を知ったわけじゃないのであしからず。
そのへんはまあ「予知」を匂わせるための展開だったのでしょうがなかったのだ。
とにかく、このマンガは8割型わたしの妄想で出来てるワケで。
志貴さんに見られる→わたしの人格を疑われる→さよならアキラちゃん。
最強の方程式だ。
「あうう……」
だからなんとしてでも描きなおさなくちゃいけない。
ああでもこのマンガは没にしたくない。
志貴さんが来なければ即採用にしたいくらいのアイディアだ。
志貴さんさえ問題無ければ。
「……はっ!」
そこで閃いた。
とびっきりのアイディアを。
これならイケる。
展開はまったく同じで、志貴さんに見られても問題がないマンガになる。
「よしっ!」
わたしは頬を叩いて気合をいれ、ネームの修正を始めるのだった。
続く