「もうそろそろタイムリミットなんだなぁ」

七月下旬。

コミケに本を出す人たちにはこの辺りがタイムリミットなのである。

ここを過ぎればもう本は出せない。

「……知り合いさん、ちゃんと入稿終わっていればいいけど」

なんだか急に心配になってしまった。

「見てみよう……」
 

そう思い、カタログ片手にパソコンを起動するのであった。
 
 







「夏コミに行く前に」
その2








「よかった……だいたい終わってるみたい」

常連サイトの日記や掲示板、ページのトップには「入稿完了!」や「新刊情報」などの文字がしっかりとあった。

コミケだけに言える事じゃないけど、大体イベントに本を出す時の締め切りはイベント開催二週間〜三週間前なのである。

ここを過ぎると追加料金、もしくは出版不可能とかなり痛い状態になってしまう。

コミケで一度本を落とすとその後二回は申し込んでも落選するらしい。

一度印刷所のミスで本が出せなくなってしまった知り合いの話である。

あれは悲しい事件だった。

「新刊出ます、か」

その知り合いも今回は無事入稿出来たようだ。

トップページにはアイスをくわえた可愛い女の子のイラストも。

「暑中見舞いも描かないとなあ……」

夏は暑いから集中できないし、いろいろと他にやる事があるから忙しい。

だから夏コミ合わせで同人誌を作る人はほぼ100%修羅場モードなのだ。

そんな中でもしっかり暑中見舞いを仕上げるというのは凄いことである。

「……もうちょい先でいいか」

今は入稿も終わりつかの間の休息時間だろう。

わたしのへちぃ暑中見舞いなんぞに構わないで、しっかり休んでもらったほうがいいに決まってる。

「Cの9と……」

パソコンでサイト巡回ついでにカタログにサークル位置をチェック。

知り合いは最優先でチェックして置かないと忘れて悲しい目に遭う。

帰りの電車で行くの忘れたーとか気づいたり。

「壁……」

壁サークルをチェックするのは次だ。

壁、大手サークルはあれも欲しいこれも欲しいと思っていても、そう簡単に全部を確保する事は出来っこない。

だからあらかじめ「最も欲しい大手サークル」をひとつ決めておくといい。

そのもっとも欲しい大手に行くのは開始直後からすぐに。

それで時間を食えばいくつかを諦め、早く終われば次へと行ける。

だいたい会場二時間で本を確保できなかったら大手は諦めたほうがいい。

もっとも超絶大手は「並べば買える」可能性はある。

ただし他は全て捨てることになるだろう。

この辺は個人個人の感覚の問題である。

わたしはまだ島サークルが多いから楽だけど、大手ばかりを廻っている人もいるらしい。

根性あるなあと思う。

「……あ。この人壁になってる」

サークルをチェックしていて、島だった人がいきなり壁になっていたりすることがある。

それが自分のいつも買っていたサークルだと嬉しい反面、混んじゃうなあと嬉しくない面もあったり。

わたしの知り合いで壁サークルまで昇りつめた人はまだいなかった。

けど発行部数が少なくていつも完売しちゃう人が一人いる。

この人のサークルにも壁が終わったらすぐに行くようにはしてるんだけど、いつ行っても完売しているのだ。

なんでも開始直後に50部とか買っていく人がいるらしい。

50部まとめ買いなんてわたしには天を掴むような話だ。

ちなみにわたしは毎度取り置きして貰っていたり。

何気にその人とはコミケ二度目からの付き合いなのである。

ちょっとだけ自慢だったり。

「でも羽居先輩はもっと凄い人と知り合いなわけだし」

なんにしても上には上がいるのである。

調子に乗りすぎてはいけない。

「アキラちゃ〜ん。持ってきたよ〜」
「あ、どうもすいません」

噂をすれば影とでもいうのだろうか。

タイミングよく羽居先輩が戻ってきた。

「いよう」
「あ。蒼香先輩も」

ややボーイッシュな格好をしているのは月姫蒼香先輩。

バンドを結成していて時々ライブをやっている、ある意味わたしの同志みたいな人である。

蒼香先輩もわたしの同人活動に対する理解はとても早かった。

まあ要するに遠野先輩だけが同人活動に対する理解が遅かったわけなんだけど。

「なんか殺人凶器みたいな分厚いカタログとやらがあるんだろ。見せてもらおうと思ってさ」
「あ、あはは……誰がそんなこと言ってたんですか?」
「コイツ」
「え」

蒼香先輩が指しているのは羽居先輩である。

羽居先輩が殺人凶器なんて物騒な単語を?

「うん。わたしの友達が言ってたんだ〜」
「お、お友達さんですか」

そうだよなあ。羽居先輩がそんなこと言うわけないもん。

まったく羽居先輩みたいな純真な人になんてことを教えるんだか。

「ちなみにそれ言ったのはMANAさんなんだけどね〜」
「マジッすか!」

あんな綺麗で繊細な絵を描く人がそんな暴言をっ?

「うん〜。ハタチ過ぎてるからタバコスパスパ吸いながら〜」
「あああ。言わないでください言わないでください〜」

ああ、わたしの中でのMANAさんの美しいイメージが崩れていく。

「それで、これがスケッチブックなんだけど〜」
「あ、はいっ。見せていただけますかっ?」
「うん。どうぞ〜」

それでも憧れの人には変わりがないのだ。

わたしは震える手でスケブを受け取った。

「おお……おおおおお……」

絵柄、雰囲気、色の塗り方、どれを取っても間違いない。

これはMANAさんの絵だ。

「っていうかカラー……スケブでカラー……」

確かMANAさんはスケブお断りだったはずだ。

それなのに羽居先輩はそのMANAさんにスケブをカラーで描いてもらっている。

「う……羨ましい……」

さすがに嫉妬心を抱かずにはいられなかった。

「そんなにいいもんなのか? それ。上手いとは思うけど」

蒼香先輩は首をかしげていた。

「例えて言うなら同人界のビートルズなんです」
「……なるほど、そりゃあ凄い」

過剰な例えっぽいけど同人の超絶大手というのはそれこそ神。

〜〜様と様付けされて呼ばれることが多いのだ。

MANAさんは本の後書きでそう呼ばれるのがイヤだと書いてあったのでわたしはさん付けだけど。

「わあ、これもこれもこれも……」

羽居先輩のスケブにはMANAさんの絵はもちろん、その近辺に配置されている大手さんの絵までしっかりと描かれていた。

「か、神ですかあなたは?」
「え? だって頼んだら描いてくれたからー」

ああ、天然って本当に恐ろしい。

それがどんなに凄い事なのかわかってないのだ。

だからこそ出来ることのかもしれないんだけど。

「おまえさん。あたしも経験あるけどさ。そういうのは案外言ってみるもんなんだぜ? そりゃ断られることが大半だけど、成功したらめっけもんだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。あたしの場合ライブのドラムやらを臨時募集することが多いからさ」
「なるほど……」

同人にはある程度の勇気も必要なのだ。

「ま、やりすぎると失礼だけどさ」
「そうなんですよねえ……」

それを恐れて声をかけれずに終わってしまう事が多い。

「大手だろうがなんだろうが人間だ。面白いって言われたら嬉しい。それを忘れないこったね」
「は、はいっ」

蒼香先輩はさすがにバンド暦が長いだけあって言葉に重みがあった。

「で、あたしにもそろそろ殺人凶器を見せてもらえると嬉しいんだけどね」
「あ、はい。これです」

わたしはコミケカタログを後ろから取り出した。

「……」

途端に蒼香先輩が引いた顔に変わる。

「それ、本当にただの殺人凶器じゃないよな?」
「ち、違いますよ。この中にサークルリストがあるんですっ」

わたしも最初見た時は本当にビックリしたものだ。

週刊誌などよりもはるかにボリュームのあるのがコミケカタログなのだ。

「……全部がサークルリスト?」
「はい。8割以上」
「とんでもないな……」

呆れた顔をしながらカタログを受け取る蒼香先輩。

「お」

ぱらぱらとページをめくり蒼香先輩が手を止めた。

「なあ、こいつ見覚えがあるんだけど」
「え? どれですか?」

蒼香先輩に見覚えがあるって一体どういうことなんだろう。

わたしは指差しているところを覗きこんだ。

「ああ……その人ですか」

そのサークルを見てすぐに合点がいった。
 

「それは原作者本人です」
 

わたしはきっぱりと答えるのであった。
 



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