「うん。なんかさ。やっぱりアキラちゃんひとりにそんな辛い思いさせるのも悪いかと思って。コミケ、俺も行こうと思うんだ」
「ほほ、ほんとうですかっ?」
「もちろん。あ。それに有彦のバカも手伝ってくれるっていうから。アイツ何気に三日目の経験者らしいんだよ」
「……ということは志貴さんは三日目に行くという事で?」
「そういうことになるのかな。俺、よくわからないんだけど」
「……」

はい。決定しました。
 

「任せてくださいっ。わたしが徹底的にレクチャーしてあげますからっ」
 

瀬尾晶、コミケ三日目に初の参戦決定である。
 
 







「夏コミに行く前に」
その8







8/13日。晴れ。

コミケ初日としては絶好の天気であった。

「麦茶が美味しいですね……」

そんな日に、わたしは乾さんのお家で麦茶をすすっていた。

「つーかなんで俺ん家なんだよ。遠野ん家のほうが広いだろ」

志貴さんに愚痴る乾さん。

「秋葉にばれたら色々うるさいだろ。我慢してくれ」
「あ、あはは……ごめんなさい。わたしのせいで」

乾さんの家に集まった理由はただひとつ、明後日に迫る三日目への会議のためである。

「いや、気にしないでくれよ。アキラちゃんは俺たちに三日目のコツとかそういうのを教えてくれればいいんだ」
「……と言ってもわたしは三日目は初めてで……」
「あれ? そうなの?」

志貴さんは意外そうな顔をしていた。

「はい。本当だったら今日の初日だけに行くつもりだったんですよ」
「そうだったんだ……じゃあ、もしかして俺悪い事したかな」
「いえ。大丈夫です。先輩がわたしのぶんの本も買ってきてくれるそうなんで……」

先輩には本当に感謝しなきゃいけない。

でもきっと「じゃあ文化祭でこのコスプレを……」とか言われるんだろうなあ。

「なんだなんだ。だらしないぞおまいら。コミケごとき三日間コンプリートして見せろっ」

乾さんが顔をしかめていた。

「あれ。乾さんってコミケ経験者なんですか?」
「……経験者っつーか無理やり経験させられたっつーか……」

遠い目をする乾さん。

きっと辛い事があったんだろうなあ。

「ま、まあそのへんについては聞きません。でも、それならわたし来る必要なかったかもしれませんね」

それなら乾さんのほうが三日目に付いては詳しいだろう。

「ん。それがさ。こいつ、MANAって人のサークルには死んでも行きたくないって言ってさ」

志貴さんが苦笑していた。

「そ、そうなんですか?」
「あぁ。俺はごめんだ」
「はぁ……」

まあ人には色んな好みがあるからなあ。

この絵柄は受け付けないとか色々あるんだろう。

「それに俺らはどうせエロサークル周りで忙しいし……」

ごすっ。

有彦さんが志貴さんに肘打ちを喰らっていた。

「誰が『たち』だ。エロ目当てなのはおまえだけだろ。それに女の子の前でそんな話するんじゃない」
「あ、あはは。だ、大丈夫、大丈夫ですよっ」

と言いつつわたしの顔は真っ赤になっていることだろう。

やっぱり男の人ってえっちなサークル目当てが多いのかなぁ。

「ちっ。まぁ、あれだ。初日も三日目も、壁狙いじゃなきゃ大抵の本は買える。変に大手にこだわるから欲しい本が買えなくなるんだよ」
「……確かに」

イベントで一番時間を食うのは大手サークルの列に並んでしまった時なのである。

「つー訳でだ。ここはひとつ、チームプレーをやろうと思う」
「チームプレイ?」
「どういうことだよ有彦」
「だからさ。それぞれ行きたい場所っつーのがあんだろ? それをお互い言いあってだな。近いところに行くようだったらそれは誰か一人に任せる。被ってならなお良しだな」
「あー」

なるほど、わたしは一日目行きたい場所を先輩に頼んだ。

それを当日行くメンバーで分担するようなものか。

「でも、経験者の乾さんはともかく志貴さんは行きたいところなんてあるんでしょうか? カタログだってないでしょうし……」
「ふっふっふ。俺は経験者だと言ったろう。カタログはここにある」
「うわあ」

乾さんはハサミか何かで分割されたカタログの一部を取り出してみせた。

「ま、まさか一日目二日目三日目で切り分けたんですか?」
「ビンゴ。このほうが持ちやすいからな。こんな重いもん三日も持ってらんねえ」
「まあ、そういうわけで一応俺も行きたいところはチェックしてあるんだよ」
「そうなんですか……」

なんだか志貴さんが同人に染まりつつある。

それは嬉しい事のような嬉しくないことのような。

「……わたしと被ってるところがあればいいんですけど」
「アキラちゃんはどのへんに行くの?」
「一応陶鳩を中心に……」
「……ごめん、わからない」
「ですよねー」

やっぱり志貴さんみたいな人がギャルゲーなんかやるわけないんだよなあ。

「何いっ! 貴様陶鳩をやってないだとっ! 俺がこの前貸したじゃねえかっ!」
「そんな事言ったってさ。ウチにゲーム機は一台しかないし……琥珀さんがやってるから俺はいいかなって」
「チッ。これだから現実世界で恵まれてるやつは……」

志貴さんは美人のメイド二人と妹に囲まれた豪邸生活を送っているのである。

そりゃあギャルゲーなんかに逃避する必要ないか。

「……しかし俺も今回は陶鳩にはいかねえんだよな。チーム作戦はいきなり駄目か……」

世の中そうそう都合のいい事ばかりじゃないのである。

同人をやっている、知っているからといって同じジャンルが好きだとは限らない訳で。

男と女じゃ尚更である。

「気持ちだけでありがたいですよ。わたしこそごめんなさい。力になれなくて」
「……」

わたしがそう言うと有彦さんは何故か硬直していた。

「ど、どうしました?」
「……遠野、どうしてテメエの周りにばかりこんなイイコが集まるんだ?」
「そんな事俺に聞かれても」

ひょっとしていい子ってわたしのことなんだろうか。

だとしたらちょっと嬉しいかも。

「じゃあ作戦変更。アキラちゃん、知っての通り遠野は初心者だ。そしてアキラちゃんは経験者」
「あ、はい。そうですね……」
「だから、遠野はMANAんとこに並ばせる。並ぶだけならバカでも出来るからな。その間アキラちゃんと俺でそこ以外の本を買ってくる」
「志貴さんの欲しい本をわたしと乾さんで買ってくるってことですか?」
「おい、有彦勝手に……」

志貴さんが何か言いかけると有彦さんが肩を叩き、耳元で何か囁いていた。

「……まあ、それなら問題ないけど」

一体何の話なんだろう。

「じゃあアキラちゃん。悪いけど、俺がMANAって人のとこに行くから、俺のところ半分だけ頼まれてくれないかな」

志貴さんが優しい口調でわたしに頼んできた。

「はい。構いませんけど。……どのへんでしょう」
「ええと……」

志貴さんが頼んできたのは会場ど真ん中にある猫サークルや電車サークルだった。

渋い、渋すぎるくらいに渋い。

「営団地下鉄の歴史が一番欲しい奴なんだ。出来ればそこを早めに回って欲しい」
「は……はい、頑張ります」

多分昼過ぎに行っても余裕で間に合うだろうけど、志貴さんのために早めに行く事にしよう。

そう、三日目はギャルゲーだのエロゲーだのばかりではない。

志貴さんが行くような動物サークルや旅行記サークルなど、それこそ同人の原点に帰ったようなサークルもあるのだ。

今まではそういうサークルのところはただ通り過ぎていくだけだったんだけど。

「今年はちょっと見てみようかなあ……」
 

わたしはそんな気分になるのであった。
 

続く



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