実は最近悩んでいるのはそれなのだ。
「そっか〜。じゃあ、そんなアキラちゃんにわたしがいいアイディアを教えてあげる〜」
すると羽居先輩がそんなことを言う。
「あるんですか?」
「うん。羽居特製スーパー販売戦略論だよ〜」
「と、特製スーパー販売戦略論……」
スーパーはともかく、やたらと難しい話になりそうであった。
「同人小説を作るまで」
その5
「おまえさんから戦略なんて言葉が出るなんて思わなかったね……」
あんまり驚く事なんてなさそうな蒼香先輩が目を丸くしていた。
「酷いよ蒼香ちゃん。わたしだって色々考えてるんだよ〜?」
「はいはい。わかったからそのスーパーなんとかをさっさと説明してくれ」
「うん」
羽居先輩はごそごそと持ってきていた鞄の中を探ってひとつのものを取り出した。
「じゃーん。きのこ一号〜」
なんだか毒でももっていそうな色のきのこのぬいぐるみだった。
「おまえさん、そのぬいぐるみ好きだね……」
「うん。可愛いからね〜」
「あ、あはは……」
さすがにあのセンスはわたしでもちょっとわからない。
「そして二号三号四号五号〜」
そして似たような色違いのぬいぐるみがどんどん出てきた。
一号は緑地に黄色の模様、以下も毒々さが増したような配色である。
ラストの五号なんて完全にベニテングダケだ。
「……このぬいぐるみ軍団が何の関係があるんだい?」
蒼香先輩は頭が痛そうだった。
「うん。このキノコさんたちがお客さんだとしてシミュレーションするの」
「ほう」
少し表情の戻る蒼香先輩。
「お客さん……ですか?」
「そうだよ。このキノコさんたちはね、即売会に本を買いに来たんだ」
そう言って羽居先輩はわたしの前にきのこ一号を置く。
「この子はアキラちゃんの大ファン。だから初めての同人誌は絶対欲しいと思っているんだ」
「そ、それはどうもありがとうございます」
思わずぬいぐるみに頭を下げてしまう。
「あはは。この子は絶対安全ライン。Sランクだよ〜。覚えておいてね」
次にやや離れたところに二号を配置。
「この二号さんはそれなりにアキラちゃんのファン。インターネットでも小説を読んだことがある人。でもあんまりお金がないの。だから値段と内容の兼ね合いで買おうか悩んでるんだね」
二号は右へ左へと行ったり来たり。
「このへんの客は値段か内容のどっちかが納得できれば買ってくれる範囲だろうな」
「うん。だからAランク。少なくともアキラちゃんのことを知ってくれてるわけだからね」
「何か付加価値があれば買ってくれる可能性もあるってことか」
「うん。ここのお客さんを上手く買わせる気にさせるかどうかってことがポイントかな」
さらに三号を離れたところに配置。
「この三号さんは、アキラちゃんの小説を読んだことがあるけど、別にファンじゃないって人。ここも条件次第では買ってくれるレベルだね。Bランクさん」
「アキラの小説はまあ普通だけど、挿絵が気に入ったら買ってくれるかもしれないな」
「うん。まだアキラちゃんのことは知ってはいるからね。嫌いでさえなければ購買層に含めてもいいと思うな。けどここはAランクよりも辛口だね」
「はぁ……」
なんだか少し難しい話になってきた。
「次に四号さん。アキラちゃんのことはまったく知らない。けど、ジャンルが好きなジャンルだからアキラちゃんの近くには来たんだろうね。ランクはCランク」
四号きのこはわたしの前をヨコに通過していく。
「ここを引っ張り寄せるにはもう完全に絵とかしかないな。文章は遠くから見たっていい悪いははわからんし」
蒼香先輩は難しい顔をしていた。
「アキラちゃん、絵も描けるんだよね?」
「あ、はい。……でも、正直あんまり上手くないんですよね。自信ありません。なんで誰か絵師さんの人にイラストを頼もうかなーとか思ってたんですが」
「そりゃいいな。そっちの絵師のファンのほうが買ってくれる可能性がある」
「付加価値だね。まあでもどっちもレベルが高いに越したことはないかな〜」
「大丈夫ですよ。わたしはともかくわたしの知り合いって妙にレベルが高い人がいますんで」
まあその人が絵を描いてくれと頼んだら引き受けてくれるか、というのはさておき。
「まあ絵の問題は文章があがってからだな。絵は出来たけど文章が無理でしたじゃ申し訳が立たんだろ」
「そうだね。絵師さんんも文章を全部読んでのほうがイメージ沸くだろうし」
「わたしが頑張らなきゃ駄目ってことですよね……」
最近あんまり筆が進んでないんだよなぁ。とほほ。
「適度に休みつつ頑張ってね。それで最後にDランク。アキラちゃんのジャンルに興味なし。アキラちゃんの傍にはこない五号さん」
きのこ五号は蒼香先輩の頭の上に置かれてしまった。
「くぉら、羽居」
「わ〜。蒼香ちゃん可愛い〜」
「あ、あはは……」
蒼香先輩のクールな感じときのこ五号のコミカルな感じがアンバランスでつい笑ってしまう。
「笑うな、この」
きのこ五号を頭から降ろす蒼香先輩。
「あーあ。可愛かったのに」
「バカ言わないでくれよ。……で、だ。つまり、このぬいぐるみを通しておまえさんが言いたいことはなんなんだい?」
「あ。うん。えっとね。Dランクは仕方ないというか、もう除外して、それ以外のランクの人たちをいかにランクアップ、キープできるかが重要だと思うの〜」
「ランクアップとキープ……?」
「なるほど。まぁシンプルだがわかりやすい答えだな」
蒼香先輩は納得できているようだった。
「え、ええと。どういうことなんでしょう?」
「つまりだ。買っても買わなくてもどちらでもいい、レベルの人たちが『これ欲しい!』になればおまえさんの勝ちってことだよ」
「か、勝ち、ですか……」
「そのもの自体にさらなる付加価値をつけて、購買意欲をそそるんだよ〜。絵の上手い人に挿絵を描いてもらったり、オマケをつけたり〜」
「ああ……なるほど」
時々同人誌を買うとラミカードなどのおまけをくれるサークルさんがいたりする。
やっぱりそういう気遣いは嬉しいものだ。
「後は全く同じランクにいるけれど即売会に来れない人たちがいるってことかな」
「同じランクの?」
「うん。アキラちゃんのファンなんだけど、会場が遠いからちょっと行けないなって人たちがいるでしょ? そういう人たちにちゃんと対応していけば、評価は上がっていくと思うんだ」
「そういえば……欲しいけど地方に住んでいるんですっていう意見が結構多かったです」
しかもそういう声が全体の半数くらいで、かなり驚いた。
ある意味インターネットというものの便利さを実感したといえる。
「ほう。その人たちへの対応はどうするんだい?」
「一応通信販売を考えています。ただ、送料とかかかっちゃうからちょっと割高になっちゃうんですけどね」
「……ま、そこは仕方ないな。それを差し引いても欲しい、って人がいるのを期待するしかない」
「そこも付加価値でフォローできると思うよ。通信販売の人にはオマケをつけるとかで」
「なるほど……付加価値って大事なんですね」
やはりただ闇雲にモノを売るだけでは駄目なのだ。
それでもある程度のことは出来るだろうけど、さらなる向上を目指すには色々やってみないと。
「まあ元々のもんがよくなきゃどうしようもないけどね。がんばんなよ」
「は……はい」
そこが一番不安要素だったりするんだけど、まあ頑張るしかない。
「ランク上げをする方法はいろいろあるけど、シンプルなのはアキラちゃんが頑張ってるぞーって姿を見せることかな。やっぱり、人って頑張ってる姿を見ると応援したくなるものだし」
「それでクオリティもあがりゃ一石二鳥だしね。一に努力二に努力、三四も努力、五に才能」
「あはは。才能ないから努力するしかないんですよねー。わたし」
才能をある人を見ると正直羨ましくて嫉妬してしまう。
だけど無いものをいくら求めたってしょうがないのだ。
今あるものを磨き上げていかなきゃ。
「最終奥義として有名人をゲストとして招くってのもあるけどね」
「……あ、あはは……それは凹んじゃうから止めます」
確かにそれをすれば売れるんだろうけどあんまりやる気はしない。
このあたりは自尊心との戦いである。
「それにあんまり露骨にそういうことをしてもかえって反感を買ってしまいますし」
「そうだねー。適度なバランスが大事だと思うよ」
まあ世の中は上手くいかないなという現象のひとつだ。
だけどそれだから面白いっていうかなんていうか。
「ま、そうあせるこたないさ。付加価値にせよなんにせよ、みんなで考えていこうや」
「みんな……ですか?」
「うん。この際だからみんなでアキラちゃんを応援しようってことになったんだ。聞いたからには最後まで付き合おうって」
「あ、ありがとうございます。ほんとに」
わたしは深々と頭を下げた。
同人活動は一人でもできるけど、それはやっぱりちょっと寂しいものだ。
こうやって協力してくれる人がいるってことほど嬉しいことはない。
それはもちろん、わたしを応援してくれている人がいるってことも含めて。
「ちなみに、いっちゃん最初にそれを言い出したお嬢さんはなぜか不在なんだけどね」
蒼香先輩はそう言って笑っていた。
「え? じゃ、じゃあ?」
「……ま、そういうことなんだけどさ。まったくひねくれたヤツだよ」
「奥ゆかしい性格なんだよ、きっと〜」
羽居先輩もにこにこと笑っている。
「そ、そうなんですか……わ、わたし」
興味がまったくないから来てくれないんだと思っていたけれど。
そうではなかったのだ。
「そんなわけでこれからあたしらは帰るけど……どうだい、付いてくるかい?」
「は、はいっ。もちろんですっ」
「わーい。それじゃあレッツゴー」
そうしてわたしは羽居先輩たちと一緒に遠野先輩のいる高等部の寮へと向かうのであった。
続く