志貴さんが行くような動物サークルや旅行記サークルなど、それこそ同人の原点に帰ったようなサークルもあるのだ。
今まではそういうサークルのところはただ通り過ぎていくだけだったんだけど。
「今年はちょっと見てみようかなあ……」
わたしはそんな気分になるのであった。
「夏コミに行く前に」
その9
『三日目当日』その1
ザアァ……
「……」
8/15。コミケ三日目。
わたしはとても嫌な音で目が覚めてしまった。
「……雨……」
カーテンを開けて視界に写ったのは、暗雲たちこめる空と豪雨。
「雨……か……」
夏の聖戦三日目はどうやら最悪のコンディションでのスタートのようである。
「やだなぁ……去年の夏の初日も台風だったんだよなあ……」
コミケに限らず、イベントはだいたい開場するまで外で待機させられるんだけど。
つまり雨の中、二時間三時間と待たなくてはいけないわけだ。
「去年は夏なのに寒かったからなあ……」
そのくせ会場内は鬼のように暑いという、恐ろしい場所であった。
「……半そでにしよう」
よって外では寒いかもしれないけれど、開場後のことを考えてわたしは半そでを着込むことにした。
「……ふぁーあ」
それから顔を洗ったり歯を磨いたり。
「忘れ物は……」
最後に持ち物をもう一度チェック。
サイフは小銭用とお札用でふたつ。
スケブ、よし。
カタログ、よし。
筆記用具、よし。
携帯電話も充電はばっちりだ。
サークルをチェックした用紙もちゃんとカバンの中に入っている。
志貴さんに頼まれたサークルも全てチェック済み。
「OK。全部ある」
最終確認は絶対にやらなくてはいけないことのひとつだ。
忘れて泣くのは自分自身なのだから。
「傘も持って……と」
わたしはまだ静かな浅上女学院を後にした。
「……晴れてきたなあ」
不思議と駅につくころには雨が止んでいた。
このままずっと降らないでくれればいいんだけど。
「志貴さんたち大丈夫かなあ……」
寮から会場に向かうわたしと志貴さんたちとでは当然出発駅が違うので、国際展示場で合流しようということになっていた。
志貴さんは「俺、朝滅茶苦茶に弱いんだよなあ……」と言っていたのでまず無事に起きる事が出来たかどうかが心配である。
「……まあ、多分大丈夫」
根拠は何にも無いけど多分大丈夫だろう。
「ええと、途中までの料金は……と」
わたしの場合、国際展示場までは都合三回は乗り換えないとたどり着く事が出来なかったりする。
「うわっ、あと三分で来ちゃう……」
切符を買って駅の中へ。
さすがに早朝だけあって駅はがらんとしている。
それでも電車の中には割と人が多かったりするのだ。
なんていうか見るだけで「ああ、コミケに行くんだろうなあ」という人たちが。
「よっと」
隅っこの席に座り、しばしの休息。
けれど気を緩めてばかりではいられないのだ。
四、五駅でもう最初の乗り換えがやってくる。
「この駅は反対側に準急が来るから……」
この辺りまではまだ地元って感じなので乗り換えも慣れたものだ。
問題は、この先からであって。
「え、ええと次は何線に乗り換えるんだっけ……」
とか。
「……ち、違うっ。こっちは逆回り……」
とかいうミスをやらかしてしまうからだ。
毎度コミケに行っているというのにちっとも進歩が見られないことのひとつである。
「やっと……着いた」
それでもなんとか国際展示場に辿り着くことが出来た。
悲しい事にこちらは大雨。
「あうぅ……並ぶの辛そう」
まあそんなことばかりを考えていてもしょうがない。
とりあえずわたしは到着した事を有彦さんの携帯電話にメールで伝えておいた。
数十秒ですぐに返事が返ってくる。
『俺らはもう東の駐車場で待ってる。でっかい車の前だからすぐにわかると思うぜ』
「うわっ、わたしひょっとして遅かったかなあ」
というか電車を間違えたりしなければもっと早く着いたはずなんだけど。
すぐに向かいますーと返信し、東駐車場に向かって歩いていった。
「……」
信号待ちの列で待機。
「ん」
またメールが来た。
『遠野はとりあえず並ばせておいた。俺が車の前で待ってる』
ありがとうございます、今信号ですからすぐですと返信。
コミケのお約束として必ず展示場前の信号で待たされることになるのだ。
会場はすぐそこなのにーともどかしい感じ。
「信号が青になりましたー。進んでくださーい」
まあ、何十人もの人たちが統率されないで信号を渡ったらそれこそ事故が起こりかねないので、仕方の無いことである。
「東は左だっけ」
東123,456ホールが目的の人は東の駐車場に並ぶのが毎年恒例である。
けど今年はなんか駐車場が工事してるとかで並び方が変わるらしいんだけど。
一体どんな風になってるんだろう。
「よ、よこっ?」
駐車場まで来て驚いた。
普段は縦。
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こういう風に列が出来ているのに。
─
─
─
こんな感じで列が作られていたのである。
「これは斬新かも……」
けどなんだか去年までよりも並べる人が少なくなりそうな気もした。
雨でみんな傘をさしているから尚更である。
「……っと、有彦さんは……」
てくてくと歩いていくと、黒い雨傘を差した有彦さんを見つけた。
「お」
有彦さんもわたしを見つけたのか、こちらへ向けて手を振っていた。
「おはようございます」
「おう。おはよう。しかしヒデエ天気になっちまったな」
「あはは……まあしょうがないですよ」
「まあどうにもならねえしな。じゃ、遠野んとこに行くか」
「はーい」
雑談を交わしながら駐車場を歩いていく。
ちなみに予想通りというかなんというか、列は男の人ばかりである。
そして先頭のほう、いわゆる「徹夜組」の人たちは、雨のせいで座ることも出来ずに疲れた顔をしていた。
ゴミ袋を合羽代わりにして着ていたりする人もいる。
「えーと、ここだっけな」
有彦さんが足を止めたのはわりと手前のほうの列だった。
「こんなに前なんですか?」
「おう。俺の知り合いが確保しといてくれたんだ」
「はぁ……」
まああんまり深く知らないほうが幸せなんだろうなあ、このへん。
「すいませーん、通りまーす」
人の隙間を抜けてしばらく進む。
「……」
と、目が線になっている志貴さんが突っ立っているのであった。
続く