琥珀さんは憂鬱そうにため息をついていた。
「……別に何もないよ?」
俺に面白い事なんか期待するのが間違ってるのだ。
「志貴さんじゃちょっと難しいですよね」
「……あはははは」
ここで迂闊に反論してはいけない。
耐える事も大事なのだ。
「退屈ですねえ」
琥珀さんはもう一度呟いた。
「退屈な日」
「こういう時のほうが何かいいアイディアが浮かぶんじゃないの?」
なんせ考える時間は山ほどあるんだから。
「いえ、むしろ逆ですね」
「逆?」
「忙しい時のほうが考えが浮かぶと思うんですよ」
「そうなのかな」
「よくあるじゃないですか。忙しい時に限って部屋の掃除を始めちゃうとか」
「ああ、あるある……」
でもそれは違うんじゃないか?
「火事場のバカ力でもいいですけど」
「それは腕力の話じゃないか」
そう毎度追い込まれていたらたまったもんじゃない。
「バランスも重要だと思うんですけどね」
「バランスねえ」
「忙すぎても駄目だし暇すぎても駄目ということですよ」
「いやそれはわかるけどさ」
一体どうしろというんだ。
「つまり何か面白い話はありませんかと」
「何もないって最初に言ったし、解決になってないよそれ?」
「むー」
眉を潜める琥珀さん。
「今日の志貴さんはノリが悪くていけませんね」
「いやいつもこんな感じだけど?」
琥珀さんの気まぐれに辟易してきて扱いがゾンザイになっている気はするが。
「チャンネルを変えて見ましょう」
「……チャンネル?」
「はい。志貴さんチャンネルです」
なんだかどっかで聞いたような響きである。
「じゃーん」
捻りのない擬音語と共に古臭いリモコンを取り出す琥珀さん。
「これを志貴さんに向けてと」
「冗談でしょ?」
そんなものこの世にあるわけないのに。
「そうですか? では試してみます?」
「うん?」
そのリモコンを俺に手渡してきた。
「これを琥珀さんに向けてチャンネルを変えてみろと?」
「はい。たちまち性格が変わります」
「……いや、おかしいでしょ」
「何がでしょう?」
「そんなの信じられるわけがないじゃないか」
自分で出しておいてそんな。
「志貴さんノリが悪いですねえ」
「普通の反応だと思うんだけど」
「わかりました。では翡翠ちゃんに使ってみて下さいな」
「……その翡翠は琥珀さんの変装なんでしょ?」
「……」
明後日の方向へ顔を逸らす琥珀さん。
「この話はつまらないから他の話にしましょうか」
「正解なのかよ!」
そう叫ぶと琥珀さんはなんとも嬉しそうな顔をした。
「それです。それを待っていたんですよー」
「……それって?」
「ツッコミです!」
「さいですか……」
「退屈を紛らわすには笑いが必要不可欠なのです!」
「肯定も否定もしたくないなあ」
確かに笑いがあれば退屈はしないだろうが。
「無理して笑いを求めなくてもいいんじゃない?」
ただのんびりとした時間を過ごすだけでもいいと思うのだが。
「なるほど確かに一理ありますね」
「あれ?」
反論されるかと思いきやあっさりと肯定されてしまった。
「よくある勘違いの話でしてね」
「うん?」
「こう、人を笑わせるのが好きで常に笑いを振りまいている人がいるとするじゃないですか」
「お笑い芸人とか?」
「ああいえ、身近な人でも構わないんですけども」
「うん」
それだとやっぱり琥珀さんかな。
「その人がすっごく落ち込んでるとしますよね?」
「あ、うん」
「それでため息なんかついちゃってたりしたとしましょう」
「……うん」
「すると声をかけますよね。どうしたんだいと」
「まあ、ね」
「……」
一瞬目線を逸らす琥珀さん。
「そこでこう、また新しいネタでも考えてるのなんて言われるとすごいショックなわけですよ」
「うぐっ」
「ああ、ネタの事しか考えてない人間だと思われているのかーと」
「そ、それってまさか」
「全然わたしの話じゃないんですけどね」
「……えーと」
ちょっと振り返ってみようか。
『退屈ですねえ』
琥珀さんは憂鬱そうにため息をついていた。
『……何もないよ?』
そう答えた俺。
「あああああ」
やばい、選択肢間違えた。
ゲームだったらロードしてやり直したいところだ。
「いや、実際わかってるんですよ? 志貴さんが仕方なくわたしに付き合ってるのは」
「……」
否定出来ないのが悲しい。
「でもさ」
反論もさせて貰おうじゃないか。
「はい?」
「日頃の行いが悪いからそういう事になるんでしょ」
「……」
ごそごそ。
懐を探る琥珀さん。
「……いや、目薬差すならもうちょっとこっそりやらない?」
「しくしく。志貴さんがわたしをいぢめます。人畜無害な顔して志貴さんは鬼畜なんです」
「人聞き悪いなぁ」
それはむしろ琥珀さんのほうなんじゃ……ごほげほ。
「まあ、なんだかんだで構ってくれる志貴さんは素敵だと思いますけど」
「そりゃどうも」
喜んでいいのか悪いのか。
「志貴さんは相手の事をもうちょっと気遣わないといけませんねえ」
「それは同じ言葉をそのまま返したいなあ」
「無限ループになりそうですね」
「うん」
多分ずっとこういう会話を続けるんだろうなあ、俺ら。
「で、話を戻すんですが」
「うん」
「ボケと突っ込みは重要だと思うんですよ」
「……そういうのばかり考えてるって思われたくないんじゃなかったの?」
「だって話し始めちゃったんだからしょうがないじゃないですか」
「まあ……それもそうか」
何を今更って感じである。
「ボケとボケというコンビも面白いですが、第三者がいないと成立しないと思いますし」
「ツッコミとツッコミだとどうなるの?」
「秋葉さまとシエルさんみたいになります」
「あー」
実にわかりやすい例えだった。
「アルクェイドさんはボケ傾向が強いですけどツッコミも出来る万能プレイヤーですね」
「結構なんでも出来るんだよあいつ」
まさかボケツッコミで評価されているとは夢にも思わないだろうが。
「そしてツッコミのエキスパートが翡翠ちゃんです」
「それはわかる」
というか翡翠が止めてくれないと困る状況が多々ある。
「このように志貴さんの周りはボケとツッコミがバランスよく配置されているわけですが」
「……バランスいいかな?」
ものすごい悪い気がするけど。
「一番のパートナーはわたしだと自負しております」
「あーうん、そうだね」
確かに琥珀さんと絡んでいる時間が一番多いし、言いたい事もだいたいはわかる。
今回みたいなパターンはイレギュラーだけど。
基本的には構って欲しいわけなのだ。
「これぞ夫婦漫才ってやつですよね?」
「かもね」
そういうことも……なんだって?
「あー、退屈でしたねー」
琥珀さんはそんなセリフを言いながらも満足そうだった。
「ちょ、琥珀さんっ?」
「やっぱりこういう時は志貴さんをからかうに限ります」
そしてそそくさと部屋を出て行こうとしている。
「え、いや、冗談なのっ?」
そう尋ねるとドアの手前でくるりと振り返り、照れくさそうに笑いながらこう言った。
「わたしはいつでも本気ですよ?」
「……っ」
俺に言わせてみれば、琥珀さんと一緒にいる限り退屈なんて言葉はまったく無縁なのであった。
完