琥珀さんがその手のネタに走るのは文字通りありがちである。
「あ、ありがち……」
しかし翡翠がやるとなると別だ。
恥じらいつつの控えめな動作。弱々しい声。
これだけでご飯が三杯はいけそうである。
「というわけで今日はわたしたちにありがちな事を探検しようと思います」
「さいですか」
ああ翡翠は可愛いなあ。
「もう、志貴さんってばー」
余談だが、琥珀さんも結構なツンデレだというのはあまり知られていない事実である。
「遠野家にありがちな事」
「ちなみにそれはあるある風にやるわけ?」
つまりはあのリズムと踊りを。
「わたしはやりたいんですがー」
ちらりと翡翠を見る。
「……勘弁してください」
まあそうだろうなあ。
最初のアレだけで頑張ったほうだと思うぞ。
「というわけで踊りはナシです」
「そうか……」
脳内補完でよろしくといったところだろうか。
「では最初のありがちをば」
「うん」
琥珀さんが翡翠に近づいて、ちょっと肘で距離を取る。
「あ、琥珀がやっぱり真犯人」
「はい、はい、はい、はいはい……」
「ありがち探検隊! ありがち探検隊!」
なんかこう、ハイテンションの琥珀さんと本気で恥ずかしそうな翡翠のミスマッチが素敵である。
「内容はどうでもいいなこれ」
その仕草だけ見ていられれば幸せな気がした。
「……じゃあ踊りやめます」
「えー」
「だって志貴さんがつまんないんですもん」
「うっわー! 琥珀さんそれありがちすぎだよ!」
「……もう絶対踊りません」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだった。
「じゃあこの話はこれでおしまいということで」
「まだ一つしかやってないですよ」
「いや、もういいってば」
やっぱりああいうネタは動きを見てこそ生きるものだろう。
文章でアイーンと書いたって面白くもなんともないぞ。
「まあ普通にありがちな事を考えてみましょうよ」
「普通にありがち……」
「まずどんなに翡翠ちゃんが起こしても起きない志貴さん」
「非常にありがちですね」
「……あはは」
いきなり手厳しかった。
「そんな翡翠ちゃんを無意識の言葉で照れさせる志貴さん」
「ね、姉さん」
「……そんな事あったっけ?」
さっぱり記憶にないんだけど。
「志貴さまを朴念仁です」
「ありがちありがちー」
「否定しようがないなぁ……」
もはやこれは俺のアイデンテティーなんじゃないだろうか。
女性の気持ちに鋭い俺って完全に別キャラだぞ。
「朝、秋葉さまにお小言を言われる志貴さん」
「基本ですね」
「何か言い返すとその三倍は返って来る」
「あはっ、志貴さんもわかってますねー」
そりゃ自分の経験だからな。
これがありがちな事でなくなってくれれば嬉しいんだけど。
「で、なんだかんだで食事が終わって一休みー」
「翡翠に見送られる俺」
「それじゃ学校編になっちゃうじゃないですか。今日は遠野家にありがちな事です」
「……じゃあ休日バージョン?」
「そうですね」
はてさて休みの日は何をしてるっけな。
「基本的にオレはゴロゴロしてる」
出かけるとしてもまあ有彦の家とかゲーセンとかその程度だ。
アルクェイドが現われて連れていかれる、もよくある事だけど。
多分この状況では言わないほうが懸命な気がした。
「そこへわたしが何かしらを企んでやってくると」
「ありがちだね」
実際はそんな多くないのかもしれないけど一度の印象が強すぎるからなあ。
「わたしがベッドを整えに来るのも時折は……」
「たまにはあるね」
本当は毎日やってもらってるのにまるで話題にならない事のひとつである。
翡翠の場合は表に出ないだけで色々と世話になっている部分が多すぎるんだよな。
「いつも感謝してるよ」
こんな時でもないと言えそうにないのでお礼を言う事にした。
「そんな、わたしは仕事を行っているだけですし」
翡翠は嬉しそうな顔をしていた。
「志貴さーん。わたしには何かないんですかー?」
「ないよ?」
「ううっ、あんな事やこんな事までした関係なのに酷すぎますっ」
「琥珀さんのやたら演技臭い素振り」
「非常にありがちです」
「……二人で共感するのはずるいですよー」
「悪事ばっかりの琥珀さんも翡翠には弱い」
これもまたありがちと。
「ありがちな事はたくさんありますが、全部の事が全部あるって事はあんまりないですよね」
「そりゃまあただありがちと言っても色んなパターンがあるから……」
琥珀さんにありがちな事と翡翠にありがちな事は全然違うわけだし。
「あ、でも割とこの三人だけって状況は珍しい気がするな」
「そうですかね?」
「大抵揃う時は4人じゃない?」
晩御飯後の雑談なんかはみんなで集まってというパターンが多い。
「そうですねー。ゲームなんかやると秋葉さまが夢中になっちゃって……」
「最初は乗り気じゃないのにな」
そこを突っ込むと烈火の如く怒ると。
「秋葉さまは行動パターンがわかりやすくていいですね」
「いやその発言はどうかと思うけど」
わかりやすいのは確かかもしれない。
「秋葉さまにありがちなことイコールツンデレにありがちな事」
「でも秋葉は『べ、別にアンタのためになんか』とか言わないと思うけど」
「そんな事はないですよ。『別に兄さんのためになんか』って違和感なさすぎです」
「俺かよ」
「当然じゃないですか」
何を言っているんだという顔をしている琥珀さん。
「時折志貴さんがにぶいを通りこしてバカに見える」
「……それも否定出来ないのが悲しい」
「ホントは凄い人のはずなんですけどねー」
凄いかどうかはわからないけど。
まあ直死の魔眼ってのは平凡な能力じゃないよなぁ。
「特殊な能力を持っているのにちっともそれを感じさせない」
「それは俺だけじゃないけどね」
琥珀さんや翡翠だってそうだ。
秋葉やシエル先輩、アルクェイドも。
「つーかごく普通の一般人が有彦しかいない」
アレも一般に分類していいのか疑問だけど。
「時折志貴さんと有彦さんがそっち系の関係に見えてしまう」
「ないないないない」
「……」
何故否定してくれないんだ翡翠。
「他にありがちな事というとー」
夜はエロネタが横行するとか……
「何かないかな」
さすがにそれを俺の口から出すのはためらわれた。
「あ。夜に起きる事がありますよね」
「え」
まさか琥珀さんのほうから?
「はい。ありがちな事です」
しかも翡翠まで共感?
「最初は抵抗あったんですが、もう慣れちゃいましたね」
「志貴さまですから……」
それはあれか、俺がえろえろ大魔人だと。
でもそれをありがちという事は……
期待しちゃっていいのかな?
「……」
「どうしました志貴さん?」
「あ、ああ、いや」
「今日もするつもりなんですか?」
「……その、出来れば……」
お願いしちゃったりして?
「もう、仕方ないですねえ志貴さんは」
「本当に困ります」
翡翠の困惑顔がまたいいねえ、うんうん。
「じゃあ、そういう事で……」
今夜はフィーバーかなっ!
なんてオヤジ化してしまう俺。
「また今夜も無断で外出ですか?」
「……え」
なんですって?
「もう、勘弁してくださいよ? 秋葉さまにばれないようにするの大変なんですから」
外出、夜。
ああ、そういえば一時期の俺はそれこそ毎日のように無断で外出を……
「そ、そそそ、そうだね。ありがちすぎて困るよな、はは、ははははははっ!」
「……志貴さま?」
「なんでもない、なんでもないよ」
ああなんて事を期待していたんだ俺。
汚れすぎてるぞ、いつからそうなってしまったんだ!
「……ははーん」
「うぐっ!」
琥珀さんが何か悟ったような顔をしていた。
「ところでわたし実験したいお薬があったんですが……」
「……つき合わせて頂きます」
「そんな、宜しいのですか?」
事態を理解していない翡翠は困惑しているようだった。
「いいんだよ……」
こういう展開全てがまさに。
遠野家にありがちな事なのだから。
完