兄さんのためなら再び猫又姿になることも厭わない!
「さすが秋葉さま。志貴さん思いですねー。きっといつか気持ちが伝わりますよ」
「なぐさめでもありがとうと言っておくわ」
琥珀の言葉に苦笑しつつ、私はその場を後にするのだった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その20
「……さてと」
まずは町を探索してみる。
「いらっしゃいいらっしゃーい。温泉たまごはどうだーい?」
やはり温泉街だけあって活気に溢れていた。
混浴で良ければ入浴も無料と。
「……バカがいなくなったおかげで素晴らしい町になったのねえ」
住人もさぞ喜んでいる事だろう。
「さあ、みんなも一緒に、レッツブルマー!」
「ブルマー!」
「……変な影響は残っちゃってるみたいだけど」
まあ地方ならではのイベントとして許容……出来るのかしら?
「ま、私には関係ないですけど」
男の人はブルマで興奮するっていうけど、あれのどこがいいのかよくわからない。
お尻のラインがくっくり出てしまうし、下着がはみ出してしまう事だってある。
ただ恥ずかしいだけの衣装じゃないの。
「ジークブルマー!」
しかしオタクたちの中心ではしゃいでいる少女は妙に輝いてみえた。
「……あれも一つの人生なのかしら」
本人が満足ならそれでいいんだろう。
「さて……」
その謎のイベントを横目で見つつ道具屋へ向かう。
「らっしゃーい」
琥珀の言っていた通り「幸せの果実」が陳列されていた。
こんな怪しい代物、入荷したって売れる物なんだろうか。
「すいません、温泉タマゴと幸せの果実を……」
私は必要になりそうだから買うしかないけど。
温泉タマゴを買うのは単にお腹が空いてるからである。
「あいよー。15Gね」
「安いんですね。ええと……」
ポケットを探る。
「……あ」
そうだった。
私の全財産は琥珀に持っていかれてしまっていたんだっけ。
「どうなさいました?」
「ご、ごめんなさい。財布を忘れたみたいです。おほ、おほほほほ」
慌てて商品を戻し、その場から逃げ出す私。
「たった15Gも払えないだなんて……」
なんてみじめなんだろう。
「ああもう!」
こうなったらそのへんのモンスターを倒してお金を稼ぐしかない。
私は情けない気持ちでモンスター討伐へ向かうのだった。
「……ふぅ」
モンスターを倒す事、十数匹。
私の手元には300G程のお金が溜まっていた。
「お金を稼ぐのって大変なのねえ」
普通の稼ぎ方とはちょっと違う気がするけど、大変なのには変わりない。
「とにかくこれで果実が買えるわ」
ついでとばかりに皮の盾も購入しておく。
戦いの疲れを温泉で癒し、準備万端。
「いざ、虎への道へ!」
私は「危険 ネコアルク以外立ち入るべからず」と書かれた看板を無視して先に進んでいった。
「にゅふふふふふ……」
「……」
そこは完全に別世界だった。
まさにネコアルク王国。
「いくらファンタジーだからってなんなのよここは……」
目に飛び込んでくる実に形容し難い景色。
生えている植物はピンク。
空も何故かピンクに染まって見えた。
「にゅふふふふふふ……」
そして徘徊しているのは怪しく笑うネコアルクのみ。
「……気が変になりそうだわ」
確かに普通の人が立ち入ってはいけない場所のようである。
「さっさと水を被って変わっておきましょう」
周囲を見回すとこれまたピンク色の泉があった。
「大丈夫なのかしら」
入ったら溶けたりしないでしょうね?
試しにそのへんの石を投げ入れてみる。
「キシャー!」
「……っ!」
するとその泉からネコアルクが飛び出してきた。
くるくるくるくる……しゅたっ。
「にゅふふふふふ」
そして私を見ながら怪しく笑う。
「にゅふふふふ」
「にゅふふふふ……」
「……っ」
気付けば私はネコアルクたちに追い詰められてしまっていた。
これはまさに背水の陣。
「しょうがないわねっ……」
覚悟を決めて泉へ飛び込む私。
ぼわん!
真っ白い煙が周囲を包み込んだ。
「にゃ、にゃんだー?」
それと同時に今まで理解出来なかったネコアルクの言葉がわかるようになる。
「……またこの姿か……」
再び猫又姿になった私。
人間でいられた時間はごく僅かになってしまった。
けど気絶すれば元に戻れるのだ。
あまりくよくよ考えるのはよそう。
「おいオマエ」
「ん」
一匹のネコアルクが私を指差している。
「何ですか」
「さっきここに胸の無いニャンゲンがいただろう。知らニャーか?」
「……まったくもって存じ上げません」
言うに事書いて人のコンプレックスをグサリと……
「泉に沈んでしまったのかニャ……」
その言葉をほざいたネコアルクが泉を覗きこむ。
「てい」
ざばん。
「お、おにょれー! なにをする!」
「あらあら、ごめんあそばせ。つい足がすべってしまって」
あんまりにも腹が立ったので後ろから蹴り飛ばしてやった。
「は、はかったなー! しゃーっ!」
ばしゃばしゃ暴れていたけど無視。
どうせ水の中で息が出来るんだから溺れるということはないだろう。
さっさと先に急ぐ。
「しゅっ、しゅっ、アチキのパンチは音速を超える!」
「甘いぜー、アチキなんぞ光の早さで明日へダッシュだ!」
歩いている途中、修行だかなんなんだか、攻撃の練習をしているネコアルクの姿が多く見えた。
そういう意味で「虎への道」なのかもしれない。
「ん、おまえ見ない顔だニャー」
眺めつつ歩いていると一匹のネコアルクに声をかけられた。
「ええ、城下町のほうから来たんです。ちょっとトウサキに用事があって」
「トウサキかー。あそこに行くには虎の穴を通らんとなー」
「虎の穴……ですか」
つまり私の目の前にある大きな穴の事だろう。
「同人誌売ってるところじゃニャいぞ?」
「そんな事は聞いてません」
大体同人誌ってのは何なのよ。
後輩がそんなの作ってたような気がするけど。
「虎の穴を抜けるのは大変なのだ。ほふくぜんしんで進まニャいといかんところもあるし、何より……」
「何より?」
「それはヌシの目で確かめるがよいわー!」
しゅたっ!
かっこつけてるつもりなのか、ネコアルクは高笑いしながら去っていった。
「重要な事を言わないで……まったく」
一体虎の穴には何があるというんだろう。
目の前にある広がる巨大な穴は、不気味な風の咆哮を立てているのであった。
続く