じゃらりと鎖を下ろす軋間。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気にするな。機会があったらまたケンカを売りに来てくれ」
「そ、それは遠慮しますが。遊びに行くくらいなら構いませんよ」
「……フッ」
そこで軋間ははじめて嬉しそうな笑みを浮かべ、去っていった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その53
「……彼は?」
軋間が見えなくなったところでシオンが尋ねてくる。
「話せば長くなりますが……まあ、味方ということで」
「そうですか」
「おーい」
「一子さん?」
一子さんが町の中央で手を振っているのが見えた。
「村人たちが感謝の意を伝えたいそうだ。ちょっとこっちに来てみなよ」
「そ、そうですか?」
「きっと皆が喜んでいますよ」
「なんだか照れますね……」
シオンの後について村の中へと戻る。
「さすがは秋葉さまじゃ!」
「ホントに金を見つけたんですね! スゲエなぁ!」
「キャー! 秋葉さまステキー!」
「今年もまた春を告げるベルが響き渡るのを聞けるのですね!」
「あ、あはははは、た、大した事じゃありませんよっ!」
なんていうかこう褒められるのは苦手だ。
嬉しいのだけれどくすぐったいというかなんというか。
「じゃ、早速職人に連絡するとしますかね……」
一子さんは鐘撞き堂の中へと戻っていた。
「……」
これでアルクェイドさんは元の姿に戻るはずだ。
「でもあの人は今どこに……」
というよりも、結局兄さんが見つからなかった事のほうが問題である。
「ああ、それからこんなものを預かっていました」
「え?」
考え事にひたっているとシオンが何やら怪しげな笛を手渡してきた。
「型月の代行者は今、全力で第七聖典の改造に取り組んでいるそうです。取り合えずはこれだけでも渡して欲しいと頼まれまして」
「これは?」
「代行者にのみ聞こえる笛だそうです。ピンチの時はいつでもかけつけるから呼んで下さいと言っていました」
「……本当かしら?」
「おそらくは。ただ、一度限りだそうなので本当にどうしようもない時だけに使ったほうがいいと思います」
「わかりました」
道具袋に笛をしまう。
「それからこれは噂なのですがね」
「ええ」
「近々、大かがりなネコアルクの一斉捕獲があるそうです」
「……ネコアルクの一斉捕獲……?」
それってまさか。
「それは、その、アリマ周辺の話かしら?」
「恐らくは」
「……」
そうなるとアルクェイドさんも捕まってしまう可能性があるのだろうか。
「……」
まあ、あの人がどうなろうと知った事じゃないわよね。
「……に、兄さんがそれを聞きつけて向かっているかもしれませんから」
仕方がない。
行ってみることにしよう。
「兄さんがいるかもしれないから仕方なく。仕方なくなんです。ええ」
「別に何も言っていませんが……」
「と、とにかく! 鐘の事は頼みましたよ!」
私はシオンと別れ、一路アリマを目指すのであった。
「そら! 歩け歩けネコアルクども! まもなく春がやってくる!」
「そうすれば我らがウロボロスの王が復活する!」
「その時こそ王におまえたちを食べて頂く時なのだ!」
「そのためにおまえらを野放しにしておいたんだよ。ワッハッハッハッハ!」
「……しまったっ」
アリマの町のほうからフジョー城へ向かうウロボロス兵の姿が見えた。
「まさかアルクェイドさんも……」
いや、いくらネコアルクになっているからってあの人がそんな不覚を取るだろうか。
「とにかくアリマへっ!」
もしかしたら町の人たちにも被害が出ているかもしれない。
「あ! 秋葉っ!」
私の姿をみるなり都古が走ってきた。
「無事でしたかっ?」
「みんなはだいじょーぶ! でも、ネコアルクはみんな連れて行かれちゃったの!」
「……そうですか……」
ネコアルクには何度も世話になっている。
見捨てるわけにはいかないだろう。
「それと! 翡翠が見つからないの!」
「……翡翠って……あの翡翠?」
翡翠というのは琥珀の妹で、遠野の家でメイドをしていた一人である。
「そう! それで乾っていうお兄ちゃんがフジョーに行って……」
「乾さんがっ?」
乾さんにはこのアリマの警護を頼んでいた。
翡翠が行方不明だということを知って、ウロボロスにさらわれたのだと判断したのだろう。
「私が来るまで待っていてくれれば……!」
どうしてそんな無謀な事を。
「……いょう、秋葉ちゃん」
「っ?」
後ろから声が聞こえた。
「乾さ……!」
振り返って愕然とした。
そこにはボロボロになった乾さんが立っていたのである。
「……いやー、カッコワリイところ見られちまったな」
ベッドの上で苦笑いをしている乾さん。
「あんまり無茶をしないで下さい」
「秋葉ちゃんや都古ちゃんたちが頑張ってるのにオレだけ何にもしねえってのもバツがわりいからな」
「そんな……」
「わ、わたしが翡翠がいないとかいったせい?」
申し訳なさそうな顔をしている都古。
「いやそんなこたねえさ。都古ちゃんが知らせてくれなくたっていずれわかったことだろうし。悪いのはウロボロスの連中なんだからさ」
「……うん」
乾さんの言葉に小さく頷いていた。
「おかげで色々わかったぜ。翡翠ちゃんは間違いなくフジョーに捕まっているみたいだ」
「……どうして翡翠を?」
噂の姫ならばともかく、翡翠をさらうメリットはどこにもないはずだ。
「それはわからん。だが、何か翡翠ちゃんが必要だとかなんとかほざいてやがった」
「……」
何にしてもウロボロスに利用されるのではいい事とは思えない。
急いで助けに行かなくては。
「それと……アルクェイドさん……と言ってもわからないでしょうけど、ネコアルクは皆さらわれてしまったのですか?」
「いや、よくわからん。弓塚ともはぐれちまったし……」
「弓塚さんが……」
今の弓塚さんもネコアルクの姿のはずだ。
ウロボロスに見つかったら即捕まってしまうだろう。
「すまん」
「いいえ、乾さんはよくやってくださったと思います」
「そうか。そう言ってくれると助かるな……」
そう言って自分の胸ポケットを探る乾さん。
「これを……持っていってくれ。オレが命がけでウロボロスから奪ったカギだ」
それはクラブ型のカギであった。
「わりい……こんな事頼める義理じゃねえかもしれねえけど、弓塚や翡翠ちゃんを……」
「わかっていますよ。ネコアルクたちも助けてみせます」
兄さんでも同じ事を言ったはずだ。
私はぎゅっと乾さんの手を握り締めた。
「あとは……その胸の中で眠らせてくれれば」
「それはお断りします」
「あっはっはっはっは。イデ、イデデデデ……」
「さあ、無理をなさらず大人しくしていて下さい」
「あーもう、本気でカッコワリイなオレ」
「そんな事はありませんよ」
なるほど、この人ならば兄さんの友人と呼ぶに相応しいと言えるだろう。
「では、行って来ます」
「看護は任せておいてっ!」
都古が元気にガッツポーズを取っていた。
「ええ、宜しくね」
私は皆を救出するために単身フジョーへと向かうのであった。
続く