「へんなのに看板とられたー!」

タイガーはわんわん泣き出してしまった。

「……いや、別に看板まで取るつもりはありませんけど……」
「師しょー。落ち込まないで下さい。師しょーは敵に負けたんじゃありません。己の弱さに負けたのです」
「余計駄目じゃないのよー!」
「で、では……先に行きますよ?」
 

私は揉め事が起こる前にそそくさとその道場を立ち去るのであった。
 
 

「トオノの為に鐘は鳴る」
その22




どぼん。

「……」

洞窟の裏口を出るなり池にはまってしまった私。

「まったく不愉快ねっ!」

タイガーの仕掛けた罠なのだろうか。

じたばたしながら池を抜ける。

「こんなところ二度と来るものですかっ!」

腹を立てながら進んでいくと、すぐに洞窟の出口があった。

「んーっ……」

久々に見る太陽。

光が私を包み込んでくれる。

やはり日の下というのはいいものだ。

些細な事なんて気にならなくなってしまう。

さっきまでの怒りも大分収まってきた。

「さあ、いざ行かんトウサキへ!」

というわけで妙な人たちの事は記憶の彼方に消し去る事にして、私は道を急ぐのだった。
 
 
 
 

「どーしましょ! どーしましょ!」
「えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!」
「……?」

トウサキに入ると人々が妙に騒がしかった。

「何かあったんですか?」
「困った困った……」
「……」

この人たち、私が目に入ってないんだろうか。

「あ」

ふとお店のガラスに写った自分の姿を見て気がついた。

「人間に戻って無かったわね……」

それじゃ無視されたってしょうがないのである。

ネコアルクはこの国では珍しい生物じゃないんだから。

「えーと」

大きめの建物の影に隠れて果実を食べる。

ごくり、ばたん。

「……傍から見たら怖い光景よね」

ネコアルクがいきなり気絶したと思ったら人間に変身するんだから。

「逆に奇襲にも持ってこいか……」

さっきのタイガー戦然り。

いや、まあそれはどうでもいいとして。

「ん?」

人間の大きさに戻った丁度目線の位置に看板があった。

『春を告げる鐘撞き堂』

「ここに例の鐘が……」

モノはついでだ。ちょっと中を見てみようか。

「あー、困った困った……」

中ではポニーテールのお姉さんがタバコを咥えて渋い顔をしていた。

「ん? あんた何か用かい?」

私の入ってきた事に気付いて目線をこちらへ向ける。

「ええ、実は春にはまだ早いですが、春を告げるベルを鳴らして貰えないかと思いまして」

そうすればアルクェイドさんも戻れるはずだ。

誤解しないように言っておくけど、これはあくまで協力をしてくれたお礼の意味である。

あんな人に借りを作ったままじゃ気持ち悪いものね。

「ベルを鳴らす? あー。無理無理」

ひらひらと手を振るお姉さん。

「例え春になったってベルは鳴りゃしないよ」
「何故です?」
「ん」

部屋の隅っこを親指で差された。

見ると横に転がった巨大なベルが。

「この前の大地震でぶっ壊れちまってこのザマだ」
「この前の……ああ」

私がこっちの国に来て間も無い頃の事か。

「それじゃ困るわね……」

何が困るって?

私の体だって完全に戻ったわけではないのだ。

この鐘の音があれば、元に戻るかもしれないじゃないの。

「あたしだって直したいんだけどね。何しろこのベルには聖なる力とやらが込められていて、そのおかげで平和を保っていたんだからな」
「そうなんですか」
「表向きはね」
「……はぁ」

なんだか色々と込み入った事情がありそうである。

「ま、象徴ってのは必要なもんさ。それが壊れてたんじゃちょっとカッコがつかないわな」

憂鬱そうに頭を掻くお姉さん。

「直せないんですか?」
「今のここにはベルを治す鐘も職人もいないね。ウロボロスの連中に大体持ってかれちまった」
「修理代……いくらかかるんです?」

ちょっとくらいだったら私の力でなんとかなるかもしれない。

「そうだなぁ。諸経費込みでざっと……1000125Gってとこかね」
「1000125G? どこかで聞いた値段……」

しかも嫌な方向に関して。

「あ!」

そうだ思い出した。

「それは琥珀に撒き上げられた金額と同じじゃないの!」

いくらなんでも出来すぎている。

「そうか……そういうことだったのね!」

やはり琥珀はウロボロスの手先だったのだ。

私からこの鐘を直す資金を奪うためにあんな事をしたに違いない。

「……何ハッスルしてるかは知らんけど。鐘はどうするんだ?」
「それは……」

どうしよう?

「ソコノ アナタ! オ金ノ シンパイナラ イリマセーン!」
「ん?」
「誰?」

声のしたほうを見る。

「オー、コレハ えくすきゅ〜ずみぃ」
「……誰?」
「なんだ、どうした有彦? 脳でもおかしくなったか?」

お姉さんがなんだか呆れた顔をしていた。

「そりゃねえだろ姉貴。いい情報を仕入れてきたんだからよ」

有彦と呼ばれた人は苦笑いをして近づいてきた。

「姉貴?」
「ああ、そいつあたしん弟。ちなみにあたしが一子」

なるほど言われてみればよく似ている気がする。

「で、情報ってのは?」
「そうそう。それでその資金を出してくれるっつースポンサーが出来たんだよ」
「なんだって?」
「そんな人が?」

一体どこの金持ちだろう。

「なんでも黄金の鎧を作るために「ゴールド」を探してるらしくてさ」
「信用出来そうなのか?」
「ああ。「ごーるど」さえよこせば金は出すとさ」
「名前は?」
「……なんだっけ? アルフレッドなんとか?」
「それくらいちゃんと聞いて来いよ……」

頭を押さえる一子さん。

「金は一杯あるって言ってたぞ。失敗したな。遠野のやつが行く前だったら頼めたのによ」
「なんですって? 遠野?」
「……ああ。遠野志貴だ。知り合いなのか?」
「知り合いも何も、その人は私の兄です!」

なんてことだ。兄さんはこのトウサキにも立ち寄っていたのか。

琥珀の言葉だから半分信用してなかったのに。

「……そうなのか。ってことはまさかあんたは秋葉ちゃん?」
「ご存知なんです?」

私が尋ねるとにこりと笑ってみせる。

「もちろんさ。オレの名前は乾有彦。遠野の史上最高の友人だ」
「え? そうなんですか?」
「おう。数々の苦難を共に乗り越えてきた仲だ!」
「……よく言うよ」

呆れた顔をしている一子さん。

「なんだよ、こないだのアレだってオレがいなかったら遠野の奴やばかったんだぞ?」
「はいはい」
「……」

兄さんの知り合い。

私の知らない兄さんを知っている乾姉弟。

それだけで妙に親近感が沸いてしまった。

「ってことで秋葉ちゃん、よかったらこれからお茶でも」
「お気持ちは嬉しいのですが、兄さんを追わなくてはいけないので」

けれどその辺りはちゃんとはっきりさせておく。

「じゃ、またそれはそのうち」

どうやら乾さんはとても前向きな人のようである。

「遠野のやつもゴールド……つまり金の出るって噂の場所を探しに行ったんだよ」
「兄さんが金を……?」

あの人は割と、いえ相当にお金に無頓着だったはずなのだけれど。

「ウロボロスの連中の勢力が広がってるらしくてね。その調査にな」
「なるほど」

困っている人は見逃せないか。

兄さんらしいというかなんというか。

「この町の外の穴蔵に人がいるはずだ。そいつが詳しい事情を知ってるんだと」
「……まずはその人に話を聞かなくてはいけないようですね」
「ま、そういうこったな」
「わかりました。我が兄、遠野志貴と、ついでにアルクェイドさんのために……」
 

この秋葉、どんなところへでも向かって行きます!
 

続く



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