兄さん、貴方は本当にこの国で勇者と呼ばれていたんですか?
へっぽこな兄さんしか知らない私には、どうしてもそれが信じられなかった。
「……兄さん……今、どこにいるのですか……?」
天井が涙でぐにゃぐにゃと滲んで見えた。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その7
「……ん」
来た道を引き返す途中ではしごがあった事に気付く。
「この上には何かあるのかしら」
ふらふらの体に気合を入れつつはしごを登る。
「これは……」
そこにはきらきらと光る水晶玉があった。
光に誘われるように近づいていく私。
「……」
そっと指先で触れてみる。
「!」
光が私を包み込んだ。
「これは……?」
もしかしてトラップ?
しまった油断しすぎた……!
「……あら?」
ところが体には何のダメージもなかった。
むしろ。
「体が軽い……?」
あれほどダメージを受けていたはずの体がずいぶんと軽くなっている。
「……」
もう一度触れてみた。
ぎょわわわわわん。
「す、凄いわ!」
みるみるうちに体力が回復していく。
あっという間に私は元来の体力を取り戻してしまった。
「ん?」
裏側を見ると「イケイケ玉です。ライフゲージを回復します」と書かれていた。
「便利なものもあるのねえ」
この装置の事はよく覚えておくことにしよう。
「……使わずに済んでよかった」
懐に入れてあった回復のワインを取り出す。
せっかく都古に貰ったものなのだから、こんな始まったばかりのところで使いたくはなかった。
「これを使うのは本当にいざという時ね」
出来ればそんな状態にならないで欲しいけど。
「さて……これならスイッチの番人とも戦えるわ」
この万全の状態でも勝てないようだったら何か方法を考えよう。
「覚悟しておきなさいよ、番人!」
私は気合を入れて架け橋のスイッチのところへと向かうのであった。
「ここを通すわけにはいかんな……」
「……」
間近だとその番人の放つ邪悪な波動がひしひしと肌に伝わってくる。
戦わずに済めばそれに越したことはないのだけれど。
「いくら欲しいですか?」
試しに交渉してみる。
「なんでも金で解決しようというその根性……気に食わんな」
「……まぁそうですよね」
そんな簡単に折れてくれるはずがないのだ。
「ならば実力で通させて貰います!」
「やってみるがいい……!」
男のコートから黒く不気味な腕が現れた。
「このっ!」
まずは私の先制。右から切れ込む。
「ぬっ……」
巨体なだけあって動きは鈍く、簡単に攻撃を当てる事が出来た。
「やるな、だが……これでどうだっ!」
ぎょわっ!
「!」
黒い腕が長く伸び上がり、私の足を直撃した。
「よくもやったわね……!」
足をやられたせいで機敏な動きは出来なくなってしまった。
その場に足を踏ん張り全力でなぎ払う。
「ぬっ……!」
よろめく番人。
「チャンス!」
ここぞとばかりに追加攻撃を仕掛けようと踏み込んだ。
「甘いわ!」
「きゃあっ!」
どてっ腹に直撃を受けてしまった。
「ごほっ……」
冗談じゃない。
この人は本気で……強い。
「けど諦めるわけにはいかないんです!」
兄さんに会うまでは!
ずばっ!
肩から胸へかけての斬撃。
「うぬ……!」
よろめきながらも反撃してくる番人。
どんっ!
「……っ!」
一瞬視界がぼやけた。
「とどめだ!」
番人の声が聞こえる。
「こん……のぉっ!」
私はほとんど無意識に攻撃を放った。
散々アルクェイドさんと戦い、幼い頃兄さんと学んだ動きが自然と出たんだろう。
「……!」
その一撃が番人の胴体を貫いた。
「この太刀筋……そうか……なるほど……」
番人はよろめきながら何かを呟いていた。
「そういう事ならば……この敗北も仕方あるまい」
「貴方、何を言っているの?」
「……フッ」
番人は意味ありげに笑ってみせた。
「私は既に滅んだ混沌の一部」
「混沌……?」
「あの人間と同じ太刀筋……遠野といったか」
「遠野……まさか! 兄さんですかっ?」
「……」
番人の体が崩れ落ちる。
「……ウロボロスがある限り、わたしは何度でも甦る。また会う事もあるだろう」
それだけ言って番人の姿は跡形も無くなってしまった。
「……何度でも……甦る」
既に滅んだ混沌の一部と番人は言った。
「もしかしたらかつて兄さんが倒した魔物……?」
この国で兄さんが何をやったのか。
私は何も知らない。
「それが何故復活を……」
そしてその混沌をも操るウロボロス。
「……謎は深まるばかりね」
これはなんとしてでも兄さんをとっ捕まえなくてはいけないようだ。
「とにかく」
そのためには情報を得る事が最優先だ。
「このスイッチを動かせば……」
架け橋が降り、城下町への道のりが開けるはず。
がちゃ。
スイッチを降ろす。
ごんごんごんごんごんごんごんごん。
振動と共に怪しげな装置が動いていた。
そして音が止まる。
「……これで橋が架かるはずね」
外に出て確かめてみよう。
「……ええと」
城の傍には親切に看板があった。
『東 城下町アリマ』
「アリマ……」
かつて兄さんが過ごした、都古や啓子さんの住んでいる町である。
「兄さんの情報を仕入れるにはもってこいよね」
もしかしたら手厚い歓迎を受けるかもしれない。
何せ遠野はブンケに多大な援助をしているのだから。
特にアリマとは付き合いが深いのである。
「楽しみね」
私は期待に胸躍らせながら歩き出した。
「……ん」
少し進むと橋が見えた。
「これが問題の……」
近づくと丁度橋が架かっているところだった。
「ジャストタイミングね」
まるで私の来るのを待っていたかのようである。
「あーっ!」
「?」
橋の下から誰かの叫び声が聞こえた。
「ウロボロスしか架けられないはずの架け橋をどうやってっ?」
「この声は……」
さっきのツインテールの人だろうか。
「さては遠野の当主とか言って……ウロボロスの手下だったんだねっ?」
「ねえ、ちょっと?」
声はすれども姿は見えず。
ばしゃばしゃばしゃばしゃっ。
「あっ……」
ようやく姿を見つけた時には向こう岸に渡ってしまった後であった。
「ねえ、貴方ー」
「急がなくちゃっ!」
「……」
ツインテールは猛ダッシュで村の方へ去っていってしまった。
「何なのかしら、あの人……」
何かとんでもない勘違いをしていたみたいだけど。
「……ま、いいわ」
探し出して誤解を解けばいいだけだものね。
遠野の当主が来たとあれば、すぐに町人は協力してくれるだろう。
「さてと」
当主たるもの、優雅に町へ向かわねば。
私は華麗なる貴族の歩き方で城下町アリマへと進むのであった。
続く