水の中のはずなのに。
これは一体どういうことなの!
もしや死後の世界?
それともバグ?
あまりの事態に私は錯乱状態に陥ってしまうのであった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その15
「……っ?」
足が何かに触れた。
恐る恐る目を開く。
「……こ、これは……」
水の中だ。
どうやらここは井戸の底のようである。
「どうなってるの……?」
私は普通に呼吸が出来ていた。
「……変だわ」
もちろん呼吸出来ていることも変なのだが。
周囲の光景がいつもと違って見える。
それは井戸の底だからとかそういう意味じゃなくて、なんかこう……視線が低いような。
しゃがんだ状態での目線より低いかもしれない。
「……ま、まさか!」
私の体は水の中で息の出来る生物に変わってしまったのだろうか。
琥珀のあの怪しげなクスリを飲んでしまった後だ。
何があったっておかしくはない。
「カ、カエルとかじゃないわよね!」
私は自分がヌメヌメのカエル姿になっているのを想像して寒気がした。
冗談じゃない。
たとえ助かったってあんな姿になってたんじゃ!
慌てて体中を触ってみる。
「……?」
なんだろう。頬を触る手がぷにぷにしていた。
もしやスライムにでも……って違う。
私にはしっかり足が生えているじゃないの。
「って!」
その足を見て驚いた。
ぬいぐるみか何かのような大きな足。
手についているのは大きな肉球。
そして決定的なのは、私の頭の上についているとがった耳。
「これは文化祭でやった――!」
って何の話だかよくわからないけど。
「猫又じゃないの!」
鏡のように光る岩に写った私の姿は、ディフォルメされた猫又姿であった。
「服まで変わってるし……」
どういう原理なのか知らないけど和風の着物に変化している。
「……妖怪だから呼吸出来るのかしら」
その自分の滑稽な姿を見たら逆に冷静になってしまった。
これくらいファンタジーの世界ではよくあることなのだろう。
無いかもしれないけど。
「……」
とにかくここにいたってしょうがない。
上に登るのは無理そうだし、他の道を探してみよう。
少し歩くと金貨の入った袋が落ちていた。
言うまでもなく、弓塚さんに盗まれたものである。
「慌てて落としたのね……」
けれど今更こんなものが戻ってきたって。
「豚に真珠、猫に小判じゃないの」
まさにことわざそのまんまであった。
「……今度会ったらタダじゃおかないわよ!」
許すまじ、弓塚さつき!
などと腹を立てつつ先に進む。
浮き沈みしながら進んでいくと、例のハートストーンやら何やらを発見した。
「こんなもの、今の姿じゃ……」
役に立たないと思いつつも、つい持っていってしまう。
「ああもう!」
水の中というせいなのか、いやに高くジャンプが出来たりした。
「……ん」
さらに進むと井戸の釣瓶が見えた。
「これを使えば……?」
中に入り込み、紐を軽く引っ張る。
釣瓶はするすると上へ上がっていった。
「……ここは」
出てきた先はどこかで見た景色。
「ここは城下町の井戸の前じゃないの……」
琥珀のところの井戸とここの井戸は地下で繋がっていたらしい。
「……そういえば」
ここの井戸の前には例の変な生き物がいたはずだけど。
「あ……」
いた。
そいつはひょこひょこ私に向かって歩いてくる。
人間の姿の時だったら投げ飛ばしてたけど、今の私はそいつとほとんど同じ等身になってしまっていた。
「何よ」
先手を打って声をかける。
「妹……あなたもついにネコアルクになってしまったのね……」
「失礼ね! 私は貴方みたいな変な生き物に妹などと……」
妹?
「ま、まさか」
そんな失礼な呼び方をする知り合いが一人いた。
「そうよ……貴方のライバル、アルクェイド」
「……!」
なんてことだ。
あの生物の正体がアルクェイドさんだったなんて。
「……妹、わたしの無様な姿を見て笑ってもいいわよ……」
アルクィエドさんは大きな目を細めて遠くを見ているようだった。
「いえ、それは私とて同じよ。笑うに笑えないわ」
人間でいた時投げ飛ばしたくなったのは、アルクェイドさんが正体だったからだったのか。
「妹を置いてった報いかしらね。だからなんとか妹だけでも無事で……って思ったけど駄目だった
「あ、アルクェイドさん」
「人間の貴方には言葉が通じなかったみたいなのよ」
なんてことだ。
うっとうしく付きまとっていたのは、私に危険を伝えようとしてくれていたからだなんて。
「それがネコアルクになった貴方とこうして話してるなんて、皮肉な話よね」
「……そのネコアルクというのは何なのですか?」
さっきから何度かその単語を聞いたけど。
「ブンケに生息するレアな生き物らしいわ。今のわたしたちみたいな姿をしてるのよ」
「そうなのですか」
「この姿でさまよっている間に、野生のネコアルク何匹かと仲良くなったの」
「こんなのが何匹もいるんですか」
大量にネコアルクがいる光景はさぞシュールなことだろう。
「妹はなんか感じが違うけどね。多分ミケとペルシャみたいな違いでしょ」
「なるほど……」
よくわかるような、よくわからないような。
「とにかく……ありがとうございました。アルクェイドさんが私の事を心配してくれているとは思いませんでした」
「別に大した事じゃないわよ」
敵ながら、アルクェイドさんはこういうところが凄いと思う。
「それにしても、元凶は琥珀よね。よくも私たちをこんな姿にしてくれて……」
思い出すとまた怒りがこみ上げてきた。
「許せません!」
思わず大声で叫んでしまう。
「まあまあ、そうカッカしないでよ妹。この格好、見た目は悪いけど案外便利なのよ」
「……そうなんですか?」
「ええ。体は小さいけどジャンプ力はまあまああるし、空中浮遊も出来るわ」
「空中浮遊?」
「こんな風に」
アルクエィドさんはジャンプすると、なんとも形容しがたい動きで空を飛び始めた。
強いて擬音で例えるなら、うにょうにょびろーんといった感じ。
「……あまりやりたくはないですね」
「その気になればラウンド中ほぼ永久に飛んでいられるわよ」
「意味のわからない事を言わないで下さい」
多分その技を私が使う事はないだろう。
「それと水の中でも平気よね。私は普段から大丈夫だけど、妹にとっては驚きだったんじゃない?」
「ええ、どうして呼吸できるか不思議でした」
「……野生のネコアルクが言うには、コレの種族も『真祖』らしいのよ」
「真祖……」
真祖というのはアルクェイドさんの事であり、万物の頂点だとかなんとか言われている存在だ。
「まあ本家の私に言わせてみればまるで別物もいいとこなんだけど。割と凄い生き物ってのは確かね。ビームとか出せるし」
「本当に生き物なんですか?」
ビームってそんな、さっきのメカヒスイじゃないんだから。
「……ちょっと話題が逸れたわね。話を戻すわ」
「ええ」
「それで、なんでかわからないけど、ウロボロスの連中がやたらとネコアルクに親切なのよ」
「はぁ……」
「町人たちが話してるのを聞く限りだと、なんか天然記念物らしいからそれで優しいのかも」
「天然記念物に優しい悪の軍団ってのもねえ」
なんだか迫力に欠ける気がするけど。
「まあとにかく、この姿なら警戒もされないし、フジョー城を探るにはうってつけよ」
「! つまり兄さんを探しやすくなると?」
「そういうことね。だからある意味では琥珀はわたしたちに協力してくれたのかもしれないわ」
「……それはどうなのかわからないけどね」
琥珀の意図している事なんてわかるはずがなかった。
もしかしたらただ面白いという理由でこんなことをしたのかもしれないし。
「とにかく今のわたしたちがするべき事は、志貴を探す事よ」
「そうですね……こんな姿じゃモンスター退治というわけにもいきませんし」
「既に手懐けた野生のネコアルクたちがフジョーに潜入してるわ。わたしたちも向かいましょう?」
「……わかりました」
互いの肉球に触れ合う二人。
つまりは握手だ。
ここに奇妙なパーティが完成するのであった。
続く