「待っていて下さい皆さん、今助けに行きますからね!」

私は颯爽と駆けだした。
 

「……まあ、あくまで傷を癒してからですけど」

助けに行って返り討ちにあったのでは笑えない。

私はイケイケ玉に触れながら体力を回復し、体を休めるのであった。
 
 



「トオノの為に鐘は鳴る」
その27



「……っく……せ、狭い……」

再び猫又姿で狭い通路を這いつくばって進む。

ばきっ! どごっ!

「……?」

穴の出口のほうから何かがぶつかりあうような音が聞こえてきた。

「これは……」

穴を出る。

がんっ!

「……下ねっ」

階段を駆け下り音のするほうへと向かう。

「きゃあっ!」
「弓塚さんっ!」

私が見たのは吹っ飛ばされる弓塚さんの姿だった。

「……!」

そしてふっ飛ばした相手は。

「ふん……他愛もない」
「混沌の男……!」

かつて架け橋のスイッチを守っていた混沌と同じ男であった。

「冗談じゃないわ」

この姿じゃ相手にならない。

果実を食べ、即座に人間に戻る。

「む……貴様は」

私に気付き、視線をこちらへ向ける混沌の男。

「そ、その先に地下牢があるのっ!」

起き上がった弓塚さんが私の隣に並んだ。

「今度は牢屋の番人ですか……出世したものですね」

混沌の後ろにはドアがあった。

「なるほど。私の一部が貴様に倒されたようだな。アレと私は同じにして異なるもの」
「は?」
「説明するつもりはない。今の私に課せられた役目はこの入り口を守る事」

混沌はそう言って黒い腕を伸ばした。

「いいでしょう。相手をしてあげます!」

今の私はかつての私とは違うのだ。

銀の剣を手にし、戦いの経験も積んできた。

こんな奴なんて相手にならないはず!

「この……っ」

まずは剣を抜き……

「遅い」
「なっ!」

ギィン!

攻撃を慌てて盾で防ぐ。

「早い……っ?」

その早さは以前の混沌との比ではなかった。

「貴様に倒されたのはごく一部。真の混沌の力はあのようなものではないのだ!」
「……っ」

ざしゅっ!

攻撃の戻り際を狙って深く切り裂く。

「……ほう」
「舐めないで頂けますか」

確かに以前より遥かに強いけれど、対処出来ない程ではなかった。

「こ、このっ……!」

混沌の一瞬動きの止まったところへ弓塚さんが向かっていく。

「弓塚さんっ」

私は慌ててそれを引き止めた。

「え、な、なにっ?」
「手を出さないで下さいね。貴方では足手まといです」
「そ、そんな……」
「はあっ!」
「……危ないっ!」
「っ!」

ぶおんっ!

私と弓塚さんの間を混沌の腕が伸びていった。

「わかったでしょう。ですから早く!」
「……」

弓塚さんは一瞬戸惑った表情で立っていたが、すぐに遠くに逃げていってくれた。

「せいっ!」

混沌の攻撃の間を縫って少しづつダメージを与えていく。

「なかなかやるな……だが」

混沌は不敵に笑うと右腕を掲げてみせた。

「?」

その腕が何かの形へと変わっていく。

「……は?」

それは何か妙な魚の姿だった。

ぱくぱくと口を動かし、エラが激しく動いている魚。

「これが何を意味すると思う?」
「……緊迫感が台無しになったのはわかります」

どう考えてもシリアスな場面には相応しくない物体であった。

「この魚はToxotes jaculatorと言ってな」
「……」

そんな学名っぽいことを言われても私には何の事やらまるでわからない。

「獲物を水で落として捕らえるという性質を持っている」
「!」

私は慌ててその場から飛びのいた。

ビシュッ!

大量の水が私のいた場所に降り注ぐ。

「どうした? 何故そう水を恐れるのだ?」
「……あなた……」

どうやらこいつは私が水に浸かる事で猫又になることを知っているらしい。

「水中で我の一部たる混沌に触れただろう」
「!」

そうか、あれで気付かれてしまったのか。

「この水には殺傷力はない。しかし貴様にとっては脅威となる」
「……っ」

戦いの最中であの姿になってしまっては、負けるのは目に見えていた。

「くらえっ!」

魚が口から水を吹き出してくる。

「……っ!」

私には逃げることしか出来ない。

「そら、後がないぞ」
「しまった……!」

気付いた時には私は壁際に追い詰められていた。

「飲み込まれるがいい!」

駄目だ、逃げられない。

私に向けられて一斉に水が……

「こ、こんのおっ!」

どんっ!

「!」

その瞬間、私と混沌の間に誰かが割り込んできた。

突き飛ばされた私の体に水はかからなかった。

今の声は……

「弓塚さんっ?」

水を全身に受けているそのシルエットは、確かに弓塚さんそのものだった。

「……貴様!」

混沌が怒りに満ちた叫び声を上げる。

「今だよっ!」
「!」

そうだ、今がチャンスなのだ。

「せいっ!」

私は大きく踏み込んで混沌の胴体を凪いだ。

「……ぐっ!」

混沌の体が大きく崩れ落ちる。

「何故だ、貴様は……」

弓塚さんのいた方向を見ながら何かを呟く混沌。

「あなたは……」

弓塚さんと混沌の間には何か関係があるの?

「……えっ?」

水を全身に受けていたはずの弓塚さんの姿がない。

「あ……あれ?」

そこにいたのは、ずぶ濡れで目をぱちくりしているネコアルクの姿だった。

ツインテールの。

「……ゆ、弓塚さん?」
「わ、わたし、あれ……どうしてっ? ええええっ!」

ぺたぺたと自分の体を触ってわめいている。

どうやら弓塚さんの変化した姿で間違いないようだ。

……語呂が悪いから猫さっちんとでも言おうか。

「琥珀に騙されたのよ、貴方は」
「ええっ?」

多分ネコアルクの言葉がわかるとかいうクスリに変身する効果も混ぜたんだろう。

私に飲ませた時と同じように。

「混沌が驚いたのもこれね……」

私の事は知っていたけれど、いきなり弓塚さんが変身したから動揺したわけだ。

「そんな……うわぁあああん!」

その場に座りこんでわんわん泣き出す弓塚さん。

「かわいそうに……」

吸血鬼の上に兄さんに想いは伝わらず、そのうえネコアルクの姿にされてしまったと。

生半可な不幸さじゃない気がする。

「……」

かける言葉も見つからず、気まずさから私は弓塚さんに背中を向けた。

「ん」

振り返った先、混沌のいた場所にカギが落ちている。

「これは……」

ハートのマークのついた鍵。

試しにドアに差してみるとすんなりと開いた。

この先では町人たちが助けを待っているはずだ。

「さあ弓塚さん、泣いている場合ではありませんよ」
「……ぐすっ」
 

猫さっちんの腕を引っ張りながら私は奥へと進むのであった。
 

続く



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