そう言った次の瞬間、久我峰の体が黒い霧に包まれていた。
「こ……これは!」
ネロ・カオスの混沌?
「あなた、ウロボロスの……!」
「そうです! ウロボロスの力を得たわたしに勝つことが出来ますかな!」
混沌に包まれ異形のモノの姿となった久我峰。
「上等よっ!」
私は久我峰に向かって駆け出した。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その39
がきぃん!
「んなっ……」
振り下ろした剣が混沌によって弾かれてしまう。
「ふふふふ、そんなものは効きませんなぁ!」
「……っ」
この硬度、ジャングルで戦ったムカデ並だ。
「さあ、この無敵の防御力を得たわたしにどう立ち向かうのです?」
「……」
この狭い店内じゃ足を使うことも難しい。
かと言って正面からの戦いではラチがあかない。
「来ないならばこちらから行きますよっ?」
にゅわっ!
「!」
久我峰の腹の辺りから漆黒の触手が何本も伸びてきた。
「マニアに嬉しい触手プレイといきますかっ?」
「気持ち悪い事を言わないでっ!」
剣でそれをなぎ払う。
「チィッ!」
「……ふぅん」
どうやらヨリシロの久我峰から離れると混沌の硬度は落ちるようだ。
「ならばこれでどうですっ?」
どどどどどと足音を立てて迫ってくる久我峰。
「そんなスピードじゃ……」
避けるのも楽勝。
私はひょいとその場から離れた。
「おやおやいいんですか秋葉さま?」
「!」
「ちょ……!」
久我峰はそのままレンに向かって突進していったではないか。
「さあお穣ちゃん。おじさんといいコトしようねぇー」
「……っ!」
ぶんぶんと大きく首を振るレン。
「……流石に不愉快になってきたわね」
白リボンの子がレンの前に立った。
「あなた、消えなさい」
そう言って手を前にかざす。
「……鏡?」
「そんなものがっ!」
久我峰は構わず突進していく。
「……!」
そして鏡に激突。
鏡の割れる音が響き……
「え?」
鏡は割れていなかった。
それどころか久我峰の姿すらない。
「これは……?」
「この中にいるわよ」
くすくすと笑う白いリボンの子。
「……」
鏡の中を覗きこむ。
「んなっ……」
そしてそこに久我峰はいた。
何故か鏡の久我峰は恍惚とした表情をしている。
「この鏡の中は欲望の世界。アイツは今、自分の妄想の中で幸せに浸ってるところよ」
「あなた、一体……?」
どうしてこの子はこんな事が出来るんだろう。
「わたしは……そうね。白レンとでも呼んで」
「白レン……」
そのまんますぎる名前だった。
「何か今失礼な事を考えたでしょう」
「い、いえ、そんな事は別に」
「……まあ、いいわ。難しい理屈はやめましょう。アイツを今、鏡の中に閉じ込めた。重要なのはそこ」
「どうするんです? まさか一生鏡の中?」
「嫌よそんなの。こんなヤツ飼っておく趣味はないもの」
それはまあ確かに。
「だから、今のうちにこいつにくっついてる混沌を倒して欲しいのよ。本体の意識がなければ混沌も機能しないでしょ」
「……倒すってどうやって……」
剣を鏡に刺せばいいんだろうか。
「だから、こう魔力でぱぱっと」
「そんな事は出来ません」
「マスターは出来たわよ?」
「……マスター?」
そうだ、思い出した。
そもそもそれを聞くためにこの子たちを探してたんだっけ。
「そのマスターの事について聞きたいんだけど」
「コイツをどうにかするのが先よ」
「……」
確かにこの子の言う事のほうが正論である。
くいくい。
「?」
振り返るとレンが私の袖を引っ張っていた。
「……」
そうして身振り手振りで何かを伝えようとしている。
「レン、貴方がやるの?」
こくこく。
「……なるほど、個人的恨みもあるわけだしね」
「……」
レンは何も言わなかった。
「どうするの?」
「……」
胸の前で手を重ねるレン。
そうしてその手を離すと中央に紫色のオーラが浮かび上がってきた。
「泡沫の夢……か。なるほど、いい選択だわ」
それを見てくすくすと笑う白レン。
「……」
紫色のオーラが鏡に吸いこまれていく。
ぼっ!
「んなっ」
鏡が一瞬で闇に包まれた。
「うふ、うふふふふふふふふ……」
そして二人の少女がその闇の中へと消えていく。
「……」
姿は見えないが、音だけははっきりと聞こえてきた。
どこすかぼこめきごきょがきゃめしっ。
「生きてる?」
「多分ね?」
終わった後には、ボロゾーキンのようになった久我峰と、すっきりした顔の二人がいた。
「コイツはトウサキに連絡して引き取ってもらいましょう」
一子さんだったらこの厄介者も上手く扱ってくれるはずだ。
「わっかりましたー。よいしょっと……」
村の警備員によって久我峰は連行されていった。
「久方ぶりに綺麗な空気が吸えるわね」
「……」
二人は体操着もやめて、場所に相応しい温かそうな格好に戻っていた。
「よかったわね」
「一応お礼を言っておくべきなのかしら?」
「いえいえ、当然の事をしたまでです。それより聞きたい事があるんですけれど」
「マスターの話でしょ?」
「はい」
それがわからないと金山への道が開けないのだから。
「あなたのマスターっていうのは、この村にいた魔法使いね?」
私は単刀直入に聞いた。
「そうよ。レンのご主人サマは違うんだけどね。わたしがスカウトされたんでついてきたの」
「そう」
レンの主人というのも気になるけど、今は魔法使いのほうが大事だ。
「それでその魔法使いは、北の岬に……」
「正解。あの人があそこにいるから、わたしたちもここにいたわけ」
「……」
レンもこくこくと頷いている。
「帰りを待ってろって言われて店をやってたんだけど、エサが足りなくて困ってたのよ」
「そこに久我峰が現れて?」
「ええ。嫌なヤツだったけれど、前に言った通り欲望は人一倍だったから。まさかウロボロスの手先だったとは思わなかったわ」
「そうね……」
いつ久我峰はウロボロスの一員になったんだろう。
どうしようもない下衆だから、金で擦り寄ったとかそういう感じなんだろうけど。
別に知る必要も無いか。
「で、アキバさま?」
「……アキハです」
「エサの供給源もなくなっちゃったことだし、マスターを連れ戻してくれると助かるんだけど」
私の反応を見てくすりと笑う白レン。
やっぱりこの子性格が悪い。
「言われなくてもその魔法使いのところへ行きます。ただ、入り口にやたらと強いネコアルクがいて通れないのよ」
「ああ、アレはリアクト仕様だから」
「リアクト?」
「こっちの話。気にしないで」
よくわからないけど、多分そっちの業界用語か何かなんだろう。
「それならいいものをあげる。レン?」
「……」
ちりんちりん鈴の音を鳴らして駆けて行くレン。
そして奥から何やら妙なものを持ってきた。
「どこぞの科学者が置いていったものなんだけどね。動物の言葉がわかる翻訳機らしいわ」
「へぇ……」
どこぞの科学者の正体とやらは聞かなくてもわかった。
「ちなみに道具の名前はバイリン知得留」
「……すごいセンスね」
そう、知得留先生の形をしたマスコットみたいなものが、翻訳機の正体だったのである。
続く