上空から聞こえる兄さんの声。
血まみれの体。
外れたメガネ。
そして兄さんの目はぎらぎらと鋭く輝いていた。
「これが……モノを殺すということだ!」
そして空中からの斬撃がロアを薙いだ。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その67
ゴッ!
「きゃっ……!」
周囲を噴煙が包み込む。
「うわあっ!」
「兄さんっ?」
その中から兄さんが吹き飛んできた。
「大丈夫ですかっ?」
「……なんとか」
倒れたままで呟く兄さん。
「アイツは倒せなかった……けど」
「倒せなかった?」
「ふ……ははははははは! 残念だったな!」
再びロアの姿が浮かび上がってくる。
「防御壁が……」
「一箇所だけだけどな。完璧に殺しきってやった」
兄さんの言う通り、ロアを覆っていた魔力の壁に穴が出来ている。
「あそこを狙えば……倒せるはずだ」
「私が……ですか?」
「スネークキラーなら……」
「兄さんっ?」
「妹っ! 志貴の事構ってる場合じゃないわよっ!」
キィン!
「っ!」
私の間近を火花が走った。
「我が力……ヒヒヒ……とくと目に刻……キザキザキザメ!」
「アイツ人格が壊れてきてるわ! 見境なしになってきてる!」
「確かに時間はなさそうですね……」
屋根がみしみしと嫌な音を立て始めている。
「頼んだわよ妹!」
「秋葉さん!」
「秋葉さま!」
「……行きますっ!」
私はロアに向けて剣を構えた。
「ヒヒヒヒ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「……」
まさに無差別攻撃を続けるロア。
その動きのせいでバリアの穴が動き回る。
「……っ」
落ち着け私。
動きは単純だ。
その動きを見切って……
「そこっ!」
「グ、グアアアアアッ!」
スネークキラーの一撃を受け、ロアの姿が激しくぶれた。
「……っ!」
「いいわよ妹! その調子っ!」
一旦間合いを離し、再びタイミングを計る。
「もう一撃……!」
再びロアに向かって駆ける私。
「キサマアアアアアッ!」
「!」
暴走するロアから私へ向けて放たれる光弾。
ダメ、避けられな……!
「秋葉ぁああっ!」
「え……」
私を庇うように前に立った影。
それは……
「四……季……」
「……すまなかった」
どさり。
地面に倒れ動かない四季。
「そんな……」
こんな時にそんな言葉……!
「シネエエエエエッ!」
「っ!」
ロアに向けて剣を構える。
「滅ぶのは……貴方よっ!」
ざんっ!
「がっ……」
金色に輝いたスネークキラーが。
完璧にロアを貫いていた。
「わ……が……ね……が……い……」
ロアの体が崩れていく。
「えい……えんの……いのち……」
「終わりね、ロア……」
アルクェイドさんがロアに近づき、何かを呟いた。
「……何を?」
「別れの言葉よ……」
「……」
そしてロアの姿は完全になくなった。
「終わった……んですかね」
いまいち実感が沸かない。
「間違いありません。ロアは……消え去りました!」
珍しく感情を露にして喜ぶシエル先輩。
「やりましたね秋葉さまっ!」
同様にはしゃぐ琥珀。
「……」
それを見ていてようやっと自分が勝ったんだなという実感が沸いてきた。
「そうだ……!」
四季と兄さんは……!
「ご安心ください」
「翡翠!」
「看護は万全です」
言葉の通り、二人には的確な治療がされているようだった。
「ワイン一番絞りの力です」
「そう……」
よかった。
本当によかった。
「めでたしめでたしね!」
ぱっと両手をあげるアルクェイドさん。
「ほら、みんなばんざーい!」
「ば、ばんざい?」
「はは……ばんざーい」
力無く、しかし笑顔で手を挙げる兄さん。
「まったくもう……」
どうしていつもこの人はこうなんだろう。
「ばんざーい、ばんざーい!」
いつの間にかみんなでばんざいをしあって、大声で笑った。
全ては終わったのだ。
それから。
「わたしは協会へ報告に戻ります。秋葉さんたちの活躍は高く評価される事でしょうっ」
シエル先輩は嬉々として協会とやらに戻っていった。
型月の事はどうするのかと聞いたら。
「後継者が育ってるから問題ありません。彼女たちがこれからの型月を育てていくのです」
と、嬉しそうな、どこか寂しそうな顔をしていた。
「お気をつけて」
「はい!」
知得留先生も含めて、色々とお世話になった。
「ありがとうございました」
「ふふふ。秋葉さんも遠野君とのこれからの事……頑張ってくださいね?」
「なっ……」
最後に聞いた耳打ちの事は忘れよう。
「ここに残るの?」
「はい。ブンケ王国を統べる者としてやることはたくさんありますからっ」
「わたしも微力ながら手伝いをする所存です」
琥珀と翡翠はブンケ王国を復興させるためにブンケに残った。
「……琥珀、悪巧みは程ほどにね」
「おやおやなんのことやらー」
「姉さん……」
まあ、この二人なら大丈夫だろう。きっと。
そして残った人たちはというと……
「アルクェイドさんっ! 今日こそ決着をつけてあげます!」
「ふふーん。今のところわたしの負けはないんだけど?」
「わ、私の一勝は貴方の今までの勝利くらい価値があるんですっ!」
「うっわー。ひっどい理屈ー。志貴ー、なんとか言ってよー」
「……なんとかってなあ」
私と兄さんはトオノで暮らしている。
時折こうやってアルクェイドさんが邪魔しにくるが、それ以外は平和だ。
「……」
「ほら、レンなんか呆れてそっぽ向いてるぞ」
「それは日向ぼっこをしているだけです」
レンはアルクェイドさんと一緒に行動している。
不思議と波長が合うようだ。
「おいおい、何の騒ぎだ?」
それから。
「四季兄さん」
「……なんか気持ちわりいな、その言い方」
「いい加減慣れてください」
四季……もとい四季兄さんも私たちと一緒に暮らしている。
ロアに乗っ取られていた後遺症で、まだ元気とは動けないけれど、そのうちきっとよくなってくれるだろう。
「四季もなんとか言ってくれよ。秋葉にさ」
「いやいや、元気なのが一番だろ?」
「ですよね?」
「……まったく、どうかしてる」
兄さんの言葉にみんなで笑う。
「な、なんだよ」
「いえいえ」
なんの変哲も無い日常。
けれどそれこそが本当の幸せと言えるのではないだろうか。
「隙ありっ」
「あ、こらアルクェイドさんっ!」
「ちょ、ばか、やめろってー!」
私の一瞬の隙をついて兄さんを抱え上げるアルクェイドさん。
なんでこう兄さんは隙だらけなの!
「兄さんを離しなさい! ちょっと! 四季も手伝って!」
「今度は呼び捨てかっ! ああ! 兄さんは悲しいぞおっ!」
「ああもうっ……」
「冗談だ! 手伝うぞ秋葉っ! 猫魔人の手から志貴を助けだすんだ!」
ひとつ、断言出来ることは。
「誰が猫魔人だニャー!」
「ノリノリじゃないですかっ……!」
私は今、とても幸せだということである。
そして、これからもずっと兄さんや、四季兄さんと共に……
お し ま い
かちゃん。
私はゲームの電源を切った。
「なに……よ……」
それはもしかしたら、あり得たかもしれない光景。
「……もう……いないのに……」
けれどそこにあるのは悲しい現実。
ゲーム機の裏に書かれたかすれた文字。
とおの しき
これは遺品だったのだ。
遠い昔。
皆が皆、何も知らずに幸せだった頃の。
もう、視界がぼやけてそれすらも見えない。
「四季……にいさ……ん……」
涙が溢れてくる。
止める事が出来ない。
私はただひたすらに泣き続けた。
続く