私は目の前の墓石に花を捧げた後、ひとりごちた。
兄さんと翡翠が先に来て掃除をしておいてくれたのでとても綺麗になっている。
「……そうですね」
墓前で祈りを捧げていた琥珀。
彼女はこの場所で何を思ったのだろう。
「……無礼を承知で聞きたいんだけど」
「わたしで答えられるかどうかはわかりませんが」
この無機質な感情のない声を琥珀の口から聞くのも久しぶりだ。
「四季は……幸せだったのかしら」
「トオノの為に鐘は鳴る」
その68
「そうですね」
音もなく立ち上がる琥珀。
「秋葉さまの心を満足させるような答えをお求めであるのならば、幸せだったでしょうと言いたいですが」
「違うと?」
「わたしにその意見を求めるのはちょっと残酷ですよね」
「……ええ」
完全に、とは言わないが琥珀の事情を私はある程度知っている。
だから私が墓参りに行くと言った時に彼女がついてくると言った事のほうが意外だった。
「ただ、わたしは思うんですよ」
「何を?」
「一歩間違えばここにいたのはわたしかもしれないなって。たまたまわたしは生き残っちゃったに過ぎないんです」
「……」
「全ての元凶はわたしと言ってもいいのかもしれないのに」
「琥珀」
琥珀はほんの僅かだけ私から離れた。
「けれど何の因果か、わたしは生きてしまっています」
「……貴方が生きていて悪い事なんかないわよ」
「秋葉さまのお話はたいへん興味深いものでした」
私が琥珀に話した事。
それはあの不思議なゲームの話だ。
全てを話し、それをもう一度証明しようとした時。
ゲームは全く違う物語になってしまっていた。
琥珀が言うには、これこそが本当の物語らしい。
「秋葉さまが見たものは、きっと四季さまが望んだであろう光景」
「ええ」
私や兄さん、四季が無事で、翡翠や琥珀も幸せな未来。
「もし本当に四季さまが魔物に囚われて悪い事をしていたならば……いえ、真実そうだったんでしょうね」
その話を一緒に聞いていた兄さんの反応が証明だった。
何故その事を知っているんだという驚愕の表情。
「兄さんは不器用ですからね」
「すぐ嘘がわかりますもんね」
多分兄さんはその事を隠しとおすつもりだったのだろう。
「悪いお兄さんは散々酷い事をしたのでやっつけられてしまいました。おはなしとしてはこのほうがわかりやすいですよね」
「……結局何が悪かったのかしら」
今はもう四季はいない。
どうしてあの時と悔やんだってどうしようもない。
「全てと言っては言いすぎかもしれませんが」
「それが真理かもね……」
もし四季が魔物に囚われなかったら。
もし誰かがそれに気付いていれば。
もし琥珀が。
もし私が。
「後悔するなとは言いません」
「ええ」
「ただ四季さまはそのような事を望んでいたのではないと思います」
「……そうかしら」
「どのような事があっても、四季さまは秋葉さまの事を大切に思われていましたから」
「……」
その言葉だけでも救われた気がする。
でも、それだからこそ尚更。
「私は……」
「秋葉さま」
私の言葉を遮る琥珀。
「真実を知ってもらいたかったというのはあると思います」
「……ええ」
「そして、あのゲームの本当のエンディングも、ハッピーエンドなんですよ」
「幸せな結末……」
めでたしめでたし。
物語の中にだけ許されたような言葉だ。
「最後に王子さまとお姫さまは結ばれます」
「そうなの」
「そしてライバルの王子さまは、直前に身を引いてくれるんですよ」
「どうして?」
「さあ、どうしてでしょう」
琥珀はたまにこういう意地悪な言い方をしてくる。
「身を引いた王子は四季さまであり、結ばれた王子は志貴さんと言えるかもしれませんね。そして……」
「お姫さまは貴方だったわよ。腹黒い魔法使い兼お姫さまなんてお似合いの役で」
「キャラクター的にはそうですけど」
ほんの僅かに笑顔を浮かべる琥珀。
「四季さまにとってのお姫さまは秋葉さまでしたよ」
「……」
「とにかく、ですね。四季さまは秋葉さまに幸せであって欲しいと思っているはずです」
「……琥珀?」
琥珀はなんともいえない表情をしていた。
「あ、いえ、あくまで願望ですけどね」
多分それは願望ではないのだろう。
四季が琥珀に伝えた事があったのかもしれない。
多分琥珀と同じように、恐ろしく捻くれた言い方で。
ああ、そういえばあの人は―――
「好きな子に意地悪するようなタイプだったわね……」
よく兄さんや私をからかって遊んでいた。
特に兄さんに対して。
お気に入りだ、なんて言いながらやってることはイタズラばかり。
「……ふふ」
「どうかしました?」
「いえ、ちょっとね」
つい感傷に浸ってしまった。
「帰りましょうか」
「そうですね」
備えた線香も、既に尽きている。
「では四季、また……」
「ごゆっくりお休みになって下さいね」
互いに別れの挨拶を告げ、歩き出す。
「琥珀」
墓地を出る事になってふいに思いついた。
「なんですか?」
「四季は私の幸せを願っているって言ったけど、ちょっとだけ違うと思うわ」
「といいますと?」
「ゲームの最後はハッピーエンドなのよね?」
「ええ、王子さまとお姫さまが結ばれて……」
ごくありふれた幸せな結末。
けれど。
「それを祝福してくれる人がいるでしょう?」
「……あ」
それは今まで苦楽を共にした仲間であったり、世話になった人物でもあるだろう。
「幸せっていうのはね、周りの人にも伝わるものなのよ」
私は子供の頃を除いてゲームなんかやったことはなかった。
確かに四季との思い出のある品ではある。
けれど、そのゲームについてもっとも詳しいのは琥珀や兄さんだ。
「だから、琥珀や兄さんにも幸せになって欲しいってメッセージでもあったと思うのよ」
底抜けに明るく、妙な事ばかりしている登場人物。
物語はとても……そう、とても楽しいものだった。
それはもしかしたら私も望んでいたかもしれない世界。
「都合のいい解釈ですね」
「恨んでいたのなら、枕元にでも現われるでしょう?」
「……確かに……そうですね。あの人だったら……きっと……」
琥珀の笑うっているような、泣いているような声。
私は後ろを向かないことにしてあげた。
というよりは、自分のみっともない顔を見られたくなかった。
「幸せに……ならなきゃね」
四季のぶんまで。
「そうですねっ」
私は今生きている。
だからそれを感謝して、しっかりと頑張らないと。
「秋葉さま、その為にはですね」
「なに?」
ふと気付くと琥珀はいつもの口調に戻っていた。
涙を拭い振り返ると、そこには満面の笑み……ではなく、本当にいつもの怪しい笑みを浮かべた琥珀がいた。
「やはり志貴さんと結婚してしまうのが一番の早道かと」
「なっ……ど、どうしてそういう話にっ!」
「ハッピーエンドじゃないですかー」
「そんな、急に……」
「まあ、あせることはないですよ。というか志貴さんがアレですし」
「……そうね」
私の気持ちに兄さんが気付いてくれるまで、どれくらいかかるのだろう。
進もうとしてい道は苦難の道のようだ。
それでも四季は見守ってくれますか?
「……」
私の頭を柔らかい風が撫でてくれた。
「そう……ですか」
「どうしました? 秋葉さま」
「いえ……」
私は歩き続けよう。
琥珀や、翡翠と共に。
兄さんと共に。
祝福の鐘を天高く響かせるために。
トオノの為に鐘は鳴る おしまい
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