メカヒスイが奥へと歩いて行った。
「しかし本当にびっくりですね。こんなところで秋葉さまと会うなんて」
「……本当よ」
出来れば縁を切りたいくらいだったのに。
「これも運命ってやつですか?」
「勘弁して……」
私はすっかり琥珀のペースに巻き込まれてしまうのであった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その14
「安心して下さい。アルクェイドさんはご無事ですよ」
くすくす笑いながらそんな事を言う琥珀。
「……なんだ、そうなの。どうせなら亡き者にしてくれればありがたかったのに」
「またまたそんな事言ってー。ほんとは心配してるんでしょう?」
「誰が心配なんてするものですか」
あんな人、一緒にいてもやかましいだけです。
「それよりも兄さんです。貴方、兄さんの行方を知らない?」
私がアルクェイドさんを追うのは兄さん探しの抜け駆けをされない為なんだから。
「志貴さんの事はちょっとわからないですねぇ。確かにわたしのところに来た事はありますが……」
「……そう」
兄さんはふらっと現れてふらっといなくなる印象が強い。
琥珀でも行方を掴むのは難しかったか。
「貴方で捕まえられないくらいなら安心ね」
それならアルクェイドさんが簡単に見つける可能性も低いわけだ。
まあ、私も条件は同じなのだけど。
「ちなみにアルクェイドさんのほうは城下町アリマに戻られました」
「アリマに?」
その割にアルクェイドさんの姿はどこにも見当たらなかった。
入れ違いになってしまったんだろうか。
「しかも、わたしの作ったウロボロス退治の「クスリ」を持ってです」
「……なんですって?」
ウロボロスを退治するなんてそんな都合のいいアイテムが?
兄さんを探している限りはウロボロスとは付き合う羽目になりそうだ。
どうやらアルクェイドさんに先をこされてしまったようである。
「オ待タセイタシマシタ」
そこにメカヒスイが現れた。
「ありがとうメカヒスイちゃん」
「……何よ、これ」
琥珀のほうにはごくごく普通のお茶なのに、私のほうにはさも怪しげなクスリが差し出される。
「これがウロボロス対策のクスリです。これを飲めばもはや怖いものなど何もありません!」
「……」
「本当ならものすごーく高価なものなんですが。他ならぬ秋葉さま相手ですし……」
意味ありげに笑う琥珀。
「タダ」
無駄に言葉を強調して。
「にしておいてあげますよ。ささ、ぐぐいとお飲みになって下さいな」
私にそれ飲む事を薦めてきた。
「……そんな」
怪しい。いかにも怪しい。
いくら私と琥珀が知りあいからって、タダでくれるだなんて。
これ以上の怪しさは他にないんじゃないかってくらいだ。
「ささ、秋葉さま」
「……飲めるもんですか」
私はそのクスリを遠くへやった。
「何故飲まないんです? このわたしが信用出来ないんですか?」
「当たり前よ」
ついさっき果実で騙されたばかりなのに、こんなものを信じる私ではない。
「見てくださいこのわたしの澄んだ瞳を! わたしが嘘をつく人間に見えますか?」
「そんなもの滅茶苦茶怪しいわよ!」
とは言ったももの、これを飲まない限り話が進まないような気もしてきた。
「……どうしよう」
いや、やはり止めるべきだ。
「ああもう情けないですね秋葉さま! なんて根性なしなんでしょう!」
すると琥珀がそんな事を言った。
「なんですって?」
「アルクェイドさんは何のためらいもなく飲んだというのに……」
「あの人は何も考えて無いだけでしょう?」
「まあそうとも言いますけど。ともかく! そんなんじゃ志貴さんだって呆れちゃいますよ」
「……っ! 言わせておけば……」
琥珀ときたらこの私に向かって。
「上等よ! 飲んでやろうじゃないの!」
私はクスリの蓋を開け、中の液体を一気に飲み干した。
ごくり。
見た目とは裏腹に爽やかな喉越し。
「……ん」
するとみるみるうちに力が沸いてきた。
「こ、これは?」
メカヒスイとの戦闘で受けた傷もあっという間に治ってしまう。
「おおー! さっすが秋葉さま! やはり一国の主ともなると違いますねー!」
ぱちぱちと拍手までして私を褒める琥珀。
「……そんな大げさな話じゃないでしょ」
とは言っても悪い気分ではなかった。
「これならウロボロス退治も志貴さん探しもばっちりなはずです!」
「そ、そう?」
「もちろんですとも! さあ、行って下さい戦いの大海原へ!」
「わかったわ。任せておきなさい! おーっほっほっほほ!」
私は自身満々で館を後にした。
「……うふふふふふ。どうやらうまくいったようですねー」
「おーほっほっほっほ……ほ?」
笑いながら道を歩いているとどこかで見たような姿を見つけた。
「あっ!」
危うく忘れるところだった。
「見つけたわよ弓塚さん!」
そう、それは私のお金を盗んだツインテールの弓塚さっちんだ。
「わ、わあっ! こんなところまで!」
大慌てで逃げ出す弓塚さん。
「待ちなさい!」
ここで会ったが百年目、引導を渡してあげるわ!
「……あっ!」
必死で逃げた弓塚さんだったが、アンバーの館の傍にある井戸前に追い詰める事が出来た。
「こ……こうなったら!」
ぽいと袋を井戸に投げ捨てる弓塚さん。
「ちょ、何を!」
「悔しかったらここまでおいでーっだ!」
そして自らもその中へと入っていく。
「こら! 待ちなさい!」
慌てて後を追いかける私。
軽率な行動だったと後悔したのは落下し始めてからだった。
「しまった……!」
井戸といえば水。
そして私は泳げない!
「……!」
落下して行く途中、壁の出っ張りにうまく乗った弓塚さんの姿を見つけた。
「こんの……!」
慌てて手を伸ばしてももう遅い。
重力に従い私の体は落下していく。
じゃぼん!
そしてついに水の中へ。
私の体はどんどん沈んでいく。
頭まで沈んでも、足がつく様子はまったく無かった。
どうやらこの井戸は相当深くまで掘られているらしい。
もがいても、どうにもならなかった。
さらに深くへ沈んでいく私の体。
ああ、こんなところで私の人生は終わってしまうのか。
兄さん、先立つ不幸をお許し下さい……
トオノの為に鐘は鳴る 完
「……ブクブクブク」
何故だろう。
ゲームオーバーになったはずなのに、終わる気配がまるでない。
「……?」
というよりも、普通に呼吸が出来ている。
水の中のはずなのに。
これは一体どういうことなの!
もしや死後の世界?
それともバグ?
あまりの事態に私は錯乱状態に陥ってしまうのであった。
続く