途方にくれている私の視線の先に、一匹のモンスターが見えた。
あれは私がこの国に来たばかりの頃に見たものだ。
今だったら正真正銘ただの雑魚と呼べるだろう。
「……ちょっと」
私の頭の中に浮かんできたアイディアは、実に品の無いものであった。
「進みたいなら……噛めと」
あいつを噛んで麻痺させ踏み台にしろ……そういうことである。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その33
「……っ」
冗談じゃない。
私はケダモノじゃないのだ。
そんな噛みつくだなんてはしたない真似。
「出来るわけないじゃない……!」
そのモンスターはぬめぬめしていて触るのも嫌なくらいなのに。
駄目、無理。絶対出来ない。
「……」
別の方向に進んでみよう。
方角的には戻る事になるが仕方がない。
急がば回れだ。
「ほら、ちゃんとあるじゃないの」
おあつらえ向きに上へと続くはしごがあった。
「ここを上ればきっと……」
はしごを上り、道なりに進んでいく。
「……同じ場所じゃないの」
そこはさっき私がいたフロアだった。
違うのは、私のいる場所が高くなったということだけど。
「向こう側へ飛ぶには遠すぎるし……」
他に方法はないのだろうか。
あとひとつあれば進めそうなのに。
何かあるはずだ。私の気付いていない何かが。
つんつん。
「……なんですか、うるさいですね」
「……」
横を見ると、私のすぐ傍で雑魚がうねうねしていた。
「キャアアアアアアアアアアアーッ!」
無我夢中で腕を振り回す私。
ざしゅっ!
私の爪が雑魚の体に突き刺さった。
「……!」
すると雑魚が奇怪な動きを始める。
「な、なに……」
一旦離れて様子を伺う。
「……」
雑魚はぴくりとも動かなくなってしまった。
「これ……は?」
もしかして、麻痺してる?
つんつん。
「……」
突いてみても反応がない。
「い、いけるわ!」
どうやら爪のほうにも噛みついた時と同じ効果があるらしい。
噛みつくなんて真似しなくてよかったのだ。
「心配して損したわ……」
何事もやってみなければわからないということか。
っていうかあのネコアルクがいけないのよ。噛みつかなきゃ駄目みたいな言い方するからっ。
「んっ……!」
とにかく固まった雑魚を押してみたものの、この姿じゃぴくりとも動かなかった。
「……しょうがないわね」
果実を食べて元の姿に戻り、端へと雑魚を押していく。
どんっ。
雑魚が地面に落っこちた。
「……よっと」
私も後を追って下に降りる。
そして雑魚の上に乗っかり、上の入り口に向かってジャンプしてみた。
「えいっ! えいっ!」
駄目だ。高さが足りない。
あとちょっとで届きそうなのに。
私が雑魚を落としたところが微妙にくぼんでいて、予定の高さよりも低くなってしまったのだ。
「失敗したわ……」
下を良く見てから落とすべきだった。
「どうすればいいのかしら」
上を眺めながら考えていると、もう一匹雑魚がうろついているのが見えた。
「……ふぅん」
あれを使えばうまくいくかもしれない。
そうとわかればさっそく実行しよう。
私は水のあるところまで引き返し猫化してきた。
そして再び戻ってくる。
「……」
さっきの雑魚も麻痺が解けたのか、上手い具合に元の場所に戻っていた。
「まず……」
上にあがって雑魚二匹を麻痺させる。
果実を食べて元に戻り、一匹の雑魚を下へ落とす。
「……よし」
上手い具合にくぼみの手前に落とすことが出来た。
「次に……」
果実を食べて元に戻り、私も落下。
「んしょ……っと」
窪みに落ちないギリギリの場所に雑魚を置いておいた。
「それから……」
ジャンプして上り、もう一匹の雑魚を下に落とした雑魚の上を狙って落とす。
どんっ。
上手い具合に重ねることが出来た。
これで登ることが出来るはずだ。
私自身も重なった雑魚の上に落ちる。
図にするとこんな感じだろうか。
「これでよしっと」
壁の入り口目掛けてジャンプ。
「とうっ!」
見事、私は入り口にたどり着くことが出来た。
「ちょろいもんですね」
今の私の体質でなければ攻略できたかどうかはわからないけど。
とにかく進めたんだからよしとしよう。
さらに奥に進んでいく。
「……」
今度は地面全体にトゲが生えていた。
どうやらここの主はよほど私を奥に進ませたくないらしい。
「っていうかこの仕掛けシエルさんが作ったものじゃないわよねっ?」
とりあえず後で文句を言っておこう。
「……」
ばさばさばさばさ。
上を見るとコウモリが飛んでいた。
「……はぁ」
さっきの水場で汲んできた水を被り、猫化。
「せいっ!」
爪で引っかき麻痺させる。
どんっ。
上手い具合にトゲの上に落ちた。
麻痺したコウモリは固くなっているようで、トゲも刺さっていない。
「よっと」
元に戻ってコウモリを台として使い、奥へと進む。
どうやらコツが掴めて来たようだ。
『この先スパイス畑』
「……やっと到着ね」
そしてようやく広い場所にたどり着いた。
「む。また性懲りもなくスパイスを取りに来たか」
周囲を見回していると渋い声が聞こえてくる。
「出たわね……混沌の男」
そこにいたのはウロボロスの手先、混沌の男だった。
「ほう。貴様は……」
男は私の顔を見てにやにやと不気味に笑っていた。
「代行者を釣るつもりが予想外の相手がかかったようだ。だが、それならそれで相手をせねばなるまい」
「やるっていうなら相手になりますよ」
今の私ならこいつに不覚は取らないはず。
「いや、わたしが相手をする必要はない……出でよ!」
男はコートを開き、中から黒い物体が飛び出してきた。
「こ、これは……!」
連なった節々のあるてかてかと黒く光る体、尖った牙。
不気味な黒いムカデが宙を舞っていた。
「貴様の相手をするのはこいつだ」
「……っ」
ムカデがこちらへ迫ってくる。
「せいっ!」
私は胴目掛けて剣で攻撃を仕掛けた。
カキインッ!
「んなっ……」
ところが私の攻撃はあっさり弾かれてしまった。
「シャアアアッ!」
「……っ!」
慌てて間合いを離す。
腕がびりびり痺れてしまっていた。
なんて固さなんだろう。
「どうした、その程度なのかね?」
不敵に笑う混沌の男。
「……っ」
このムカデにだって弱点はあるはずだ。
そこを狙えばきっと勝てるはず。
スパイシーネコアルクが言っいてたじゃないの。
「尻尾以外の部分は固くて食えん」
つまり尻尾を狙えば!
「シャアアアーーッ!」
迫ってくるムカデの牙をかわし、尻尾めがけて剣を振る。
ざしゅっ!
「ギァアアアアアアア!」
「な、何っ!」
混沌の男が叫び声をあげた。
「……いけるっ!」
私はひたすらに尻尾目掛けて攻撃を始めるのであった。
続く