もはや私は動く事も叶わなかった。
意識が薄れていく。
「レも……チョッピリ……キ モ チ イ イ ……」
ばたり。
世界が真っ白になった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その13
「……」
ここはどこなのだろう。
私は見た事の無い場所に立っていた。
確かあの変な果実を食べて気が遠くなって……。
「ハッハッハッハ」
どこかから誰かの笑い声が聞こえた。
「あれは……」
聞き覚えのある声。
「妹。まだこんな所でモタモタしてたの?」
そして見覚えのあるシルエットが目の前に現れた。
「あなたもしや……」
もやが晴れ、その人物がはっきりと見える。
「ゲッ!」
私とした事がはしたない声をあげてしまった。
「あ、アルクェイドさんじゃないの!」
「ハッハッハッハッ!」
妙な抑揚をつけて笑うアルクェイドさん。
「妹がもたついてる間に志貴はわたしが助けておいたわ」
「なんですって!」
「相変わらずノロマよね、妹。まあとにかく……」
アルクェイドさんの隣に兄さんが現れた。
抱きつかれ、でれでれとだらしない顔をしている兄さん。
「これで志貴はわたしのモノよっ!」
「……!」
「ハッハッハッハ」
「そんな馬鹿な事があるものですか!」
あの兄さんがそんな簡単に……!
いや、あの兄さんだからこそアルクェイドさんみたいなタイプは危ないんだけど!
「こ、これは夢です……夢に違いありません!」
こんなことがあってたまるものですか!
シャゲー! シャゲー!
「な、何よこの音は!」
私の頭の上からやかましい音が聞こえてきた。
それと同時に、アルクェイドさんの姿は消えてなくなってしまった。
「えっ……」
我に返った時にはさっきの森の光景と。
「目標、補足」
ロケットを噴射させて飛ぶ謎のロボットがいた。
「この世界観をぶち壊しにする物体は……!」
どこかで見た事がある気がするけれど。
シャゲー!
そいつは問答無用で私に突っ込んできた。
「……上等じゃない!」
突撃を盾で受け止め体を切りつける。
ガキィッ!
「……っ!」
メカだけあって、剣での攻撃はさほど聞いていないようだった。
「ビーム」
「ちょ!」
ギュイン!
私の真横をピンク色のビームが通り抜けていった。
「だぁから! そういう世界をぶち壊しにする攻撃は止めなさい!」
こっちは木の盾に銀の剣。
かたや出てくるところを間違えたとしか思えないメカ。
「やってられないわよ!」
ほとんどヤケでメカを切りつける。
「エラー」
「何がエラーよ!」
がん! どご!
「リトライ」
「やり直しなんてさせないわよ!」
ごん! ばき!
「……アキハ、アキハ」
「……っ?」
そいつが私の名前を呼んだ事に驚き攻撃を止めてしまった。
シャゲー!
「あ、こら!」
メカはものすごい勢いで逃げていった。
「待ちなさい! 逃げるなんて卑怯よ!」
トドメをささないとまた出てきそうじゃないの!
私は慌ててそいつを追いかけていった。
シャゲー……
「!」
メカが飛んでいった先には見るからに怪しげな家が立っていた。
「ひょっとすると……」
いいえ、間違いないだろう。
その家の前の看板にはこう書かれていた。
『偉大なる正義の魔女 ほうき少女まじかるアンバーの館』
「自分でこういう事書く人いるのかしら……」
いるのよねえ、こういう自分で自分の事をわかってない輩が。
「……」
なんだろう、何故か目線を感じる。
「まあ……いいわ」
とにかく私はその館に足を踏み入れた。
「ふっふっふっふふ……うふふふふのふ」
入るなり怪しげな笑い声が私を出迎える。
「我こそは偉大なる魔女」
大抵においてこういう胡散臭い輩は無駄な演出が好きなのだ。
「まじかるアンバァー!」
ぼんっ!
煙と共に人の影が現れる。
「我が館に断りもなく入って来たのはどなたですかー……おや?」
「……」
正直に言おう。
私は今すぐ引き返したかった。
「も、もしかして……秋葉……さま?」
ほうき少女まじかるアンバーが私の呼ぶ。
これは別に魔法でもなんでもない。
さっきのメカが名前を知ってたのもある意味当然だったのだ。
「……久しぶりね……琥珀」
偉大なる正義の魔女という肩書きの人物は、思いっきり私の知り合いであった。
「お、お久しぶりですねー。遠路はるばるこんなむさ苦しいところに何の御用ですかー?」
最初は偉そうな態度だったのに、一気に卑屈になる琥珀。
「そういえば貴方もブンケの出身だったものね……」
しかもフジョーの傍で生まれ育ったとか聞いた気がする。
「ええ。遠野のお屋敷では色々お世話になりました」
琥珀は妹の翡翠と共に遠野で働いていた事があるのだ。
どうしても故郷に帰らなければならないと言われ、ヒマを出してあげたのだけれど。
「まさかこんな事をするために仕事を辞めたわけ?」
「こんな事なんて言わないで下さいよー。わたしの本業こっちなんですから」
「……世を惑わす胡散臭い詐欺師?」
「違います。正義のために力を使う魔法使いです」
「……」
琥珀という人間を知っている私にとって、その言葉は胡散臭い以外の何者でもなかった。
なにせ三度の飯より悪戯好きという人間だ。
私も散々おちょくられた。
「……で、その正義の魔法使いさんはいきなり人を襲うロボットを使うのかしら?」
壁の傍にはさっきのロボットが黙って立っていた。
「そうです! 秋葉さまこそ酷いですよ! わたしの可愛いメカヒスイちゃんをいじめて!」
「……メカヒスイ? メカヒスイっていうのこれ……」
そうか、このロボットは翡翠に似せて作られていたのか。
動いていた時は早すぎてよくわからなかったけれど。
なるほと止まっているところを見ると翡翠とても良く似ていた。
「株式会社型月製の最高傑作です」
「……会社名なんてどうでもいいわよ」
私とその会社が関わる事なんて永遠にないだろうし。
「そんな事より私は貴方に聞きたい事があるの」
「はぁ。なんでしょうか」
わざとらしくとぼけてみせる琥珀。
「とぼけないで」
「わかっていますよ。ウロボロスを倒す方法ですよね?」
「ええ。知っているとか豪語したみたいね……」
琥珀が言ったとなると、狼少年の疑惑が強くなってきたけれど。
「ちなみにアルクェイドさんも聞きに来ましたよ」
「……そう」
ちなみに琥珀とアルクェイドさんも顔見知りである。
なんかこう遠方まで出てきて身内に会うってのも複雑な気分だ。
「それでアルクェイドさんはどこへ?」
「さーて。それは……ヒ ミ ツ です!」
「……帰るわよ」
「あん、ノリが悪いですよ秋葉さま」
苦笑いしながら私を引き止める琥珀。
まったく、琥珀ときたらちっとも変わっていやしない。
「ところでどうでしたか? 幸せの果実の味は」
「……やっぱりあの怪しげな木はあなたが作ってたのね! あんなもの、どこが幸せの果実なのよ!」
アレは食べると気を失う毒りんごじゃないの。
おまけに変なユメまで見てしまったし。
「違いますよー。あれこそはストレス解消できる夢見る果物です。これでストレッチ体操でも始めればバッチリですね」
「……遠慮しておくわ」
そんなものに頼らなくたって私の美貌は保たれているんだから。
「いいからアルクェイドさんの行方を話しなさい!」
「はぁ。仕方ないですね」
大きくため息をつく琥珀。
「ちょっと長くなりますんでお茶を入れましょう。メカヒスイちゃん。お願いできる?」
「了解シマシタ」
メカヒスイが奥へと歩いて行った。
「しかし本当にびっくりですね。こんなところで秋葉さまと会うなんて」
「……本当よ」
出来れば縁を切りたいくらいだったのに。
「これも運命ってやつですか?」
「勘弁して……」
私はすっかり琥珀のペースに巻き込まれてしまうのであった。
続く