どこぞの科学者の正体とやらは聞かなくてもわかった。
「ちなみに道具の名前はバイリン知得留」
「……すごいセンスね」
そう、知得留先生の形をしたマスコットみたいなものが、翻訳機の正体だったのである。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その40
「ありがたく使わせてもらうわ」
バイリン知得留を懐に仕舞う私。
「ええ。こっちの件も宜しくね」
「善処はします」
「……」
二人に見送られ私は村を後にした。
「さてと……」
駆け足で北の岬へと向かう。
「にゅふふふふふふ」
入り口の前で不敵に笑っているネコアルク。
「……」
私はバイリン知得留のスイッチを入れて近づいていった。
「ん? なんだオマエ。また来たのか。帰れ、帰れー」
それのおかげでネコアルクの言葉がはっきりと聞き取れる。
弓塚さんも、琥珀なんか頼らずにこれを買えばあんな姿にはならなかっただろうに。
「話があるんです。聞いて下さいますか」
「……を? ヌシ、ネコアルク語が話せるとはこれいかに?」
私の言葉もネコアルクに通じるようになった。
「詳しい話は後です。その奥にいる魔法使いに合わせて下さい」
「ん? アレになんか用か? 用件を言え、用件をー」
「氷の洞窟があるでしょう? 先に進むための呪文を教えて欲しいんです」
「ふむふむ。じゃあアチキが聞いて来てやろう。待ってろよー」
「ええ」
ネコアルクは建物の中に入っていった。
「誰にも合わんし何も言いたくないだってさー。悪いけど帰ってくれニャいんか?」
「そこをなんとか」
「ワガママなヤツだなー」
「……お願いします」
腹が立つのを堪えて頭を下げる。
「仕方にゃい。ちょっと待ってろー」
再び建物の中に入っていくネコアルク。
「……」
よく考えたら、わざわざ帰ってくるのを待ってる必要なんかないじゃないの。
私も建物の中に入ってしまうことにした。
「あ、コラ! 外で待ってろって言っただろー!」
私の姿をみるなり迫ってくるネコアルク。
「ま、いいじゃないの。話だけでも聞いたげよっか? こっちいらっしゃいな」
「?」
なんていうか、予想していたよりも遥かに軽い感じの声だった。
奥へ進むとフカフカのベッドに寝転がった女性の姿が。
「あ、あの……」
この人が魔法使い?
「ネコアルクを門番にしとけば誰も来ないと思ってたんだけどねー。いや失敗失敗」
伸びをしながら起き上がる女性。
「……」
とても魔法使いは見えなかった。
「で、このわたしに何の用?」
「ええ、実は氷の洞窟の呪文を教えて頂きたくて……」
「あー。ダメダメ。あれは却下。教えたげない」
ひらひらと手を振って追い払うような仕草をされてしまう。
「何故ですっ? 理由を教えて下さいっ」
「うーんと。ちょっち昔の話なんだけどね。この辺にはナナヤっていう人殺し集団が住んでたのよ」
「……人殺しって……」
「ま、裏業界の話だから世間には認知されてないんだけどね」
豪快に笑う女性。
話の内容とその笑顔は実にアンバランスに見えた。
「んでね、その対抗勢力っていうかまあ同業者なんだけど。キシマって連中がいたの」
「キシマ……」
そういえば金山の傍の町がそんな名前だったっけ。
「そのキシマのある一人の男がね、暴走しちゃったんだわ。それでどちらの種族も仲良く全滅しちゃったわけ」
「全滅ってそんな……」
「ただその暴走した男だけは生きていた。誰もそいつを殺すことが出来なかったのよ」
「……その男はどうなったんですか?」
「わたしが氷の洞窟に封印したの。今は穴の中で氷漬け」
「穴の中で……」
「洞穴を通れるようにしたらその男が復活しちゃうかもしれないでしょ?」
「……」
確かにその可能性は大いにある。
「で、でも、また封印すればいいだけの話じゃないですか」
「嫌よめんどくさい」
「め、めんどくさいってあなた……」
「わたしは正義の味方でもなんでもないの。気が向かなきゃそんな事する必要はないわ」
「……」
どうして世界はこんな人に力を与えてしまったんだろう。
もっと正義感のあるしっかりとした人にこそ力を与えるべきなのに。
「だから呪文は教えられないわ。わたしは平穏に暮らしたいの」
そう言って魔法使いはベッドに寝転がってしまった。
「そ、そんな事を言わずに」
「ダメダメ。教えてあげない」
「お願いですっ」
「しつこいわよ。駄目だったら駄目」
「……兄さんの……遠野志貴とアルクェイドさんのためなんですっ!」
私は思わず叫んでしまった。
「…………志貴?」
兄さんの名を聞いてむくりと起き上がる彼女。
「それってもしかして、こうぬぼーっとしたやる気の無い?」
「……そ、そうです、うかうかしてると倒れてしまいそうで危なっかしい」
はて、どうして彼女が兄さんの事を?
「あと、アルクェイドって真祖の姫君よね?」
「ええ、そんな事を言ってました」
「なーんだっ。二人の知り合いならそうだって早く言ってくれればいいのに」
「……は?」
彼女は態度を一変させて私に擦り寄ってきた。
「あの、貴方は兄さんとどういった関係で?」
どうもこの人は警戒しなくてはいけない気がする。
「どうって……初恋の人?」
「っ!」
なんですって!
「や、冗談よ冗談。そうねー。色々と世話してあげた先生ってとこかな?」
私の殺気を感じ取ったのか、慌てて訂正する彼女。
「せ……先生?」
「そう。志貴がつけてるメガネをあげたのもわたしよ。あれは特殊なアイテムなの」
「そうなんですか……」
ふと気付いたら兄さんがつけていたメガネ。
ただ視力が悪くなったのかなくらいにしか思ってなかったのに。
「まあそんな話は今はいいか。洞窟の呪文よね?」
「え、ええ……」
本当は兄さんとの関係についてもう少し聞きたかったのだけど、今はそちらのほうが優先だ。
「お願いします。ええと……」
「ミスブルー。呼び辛かったら先生でもいいわ」
「……ではミスブルー。お願いします。呪文を教えて下さい」
「おっけー。ただし、条件があるわよ」
ミスブルーはそう言って私の顔を指差した。
「もしキシマの男が復活したら、貴方が倒す事。いいわね?」
「……倒すって」
ナナヤを全滅させた男を私が?
「む、無理ですよそんな」
「あらそう? じゃあ教えられないわね」
「……っ」
苛立ちで思わず拳を握り締める私。
「そんな怖い顔しないでって。もしかしたら復活しないかもしれないじゃない?」
「……」
「じょぶじょぶ。わたしの魔法はそう簡単には解けないって」
「だったら呪文なんかいらないじゃないですかっ」
そういう事をしたのは不安があるという証拠である。
「考えすぎ考えすぎ」
「……」
どうにも怪しい。
しかし承諾しないと進めないのも事実。
「わかりました……なんとかします」
「そ。じゃあ宜しくね」
ものすごく重要そうな事なのに、ミスブルーはどこまでも軽口であった。
ああもう、本当にこの人は魔法使いで兄さんの先生なわけ?
私はどうしてもこの人の言葉が信用できないのであった。
続く