私は期待に胸躍らせ山を降りていった。
「……あら?」
しかし私の視界に入ってきたのは。
「これが……キシマ?」
実に寂れた田舎町だったのである。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その42
「……それにこれは……」
どこからともなくアルコールの匂いが漂ってくる。
「ウィー、ヒック!」
「……」
酔っ払いが私の傍を通り過ぎていった。
「なんなのかしら……」
人々の顔は憂鬱そうで、治安もとても悪そうである。
「……ねえ、そこの貴方……」
「金山に行ってもムダムダ―――ッ。ウィ〜、ヒック!」
「……」
情報を得ようとしても話になりやしない。
「まともな人間はいないのかしら……」
私の気分まで憂鬱になってきてしまった。
「あーっ!」
「?」
その空気にそぐわないような、無意味やたらと明るい声。
顔をあげるとそこには。
「げっ!」
思わずはしたない声をあげてしまった。
「やっぱり秋葉ちゃんだーっ」
「はははっははっはは、はね、羽居っ!」
その声の主は、かつて同じ学園に通っていた三澤羽居という子のものだったのだ。
「ひっさしぶりー」
「ちょっと! 離れなさい!」
人目もはばからず抱きついてくる羽居。
昔からこの子……羽ピンはどうも苦手だ。
なんていうか、思考がイマイチ読めないし、何より。
「離れなさいって言ってるでしょう!」
「えー?」
押しのけた衝撃でたゆんとゆれるその双丘。
なんて羨まし……ごほげほ。
「ん、懐かしい顔だなぁ」
「ちょ……蒼香まで?」
羽居の後ろにあった建物の中から同じく学園生活を共にした月姫蒼香が顔を出してきた。
「おまえさん、なんでこんなところに?」
「それはこっちのセリフです!」
「そんなもの決まってるさ。金山に来たからには目指すは一攫千金」
「大金持ちだよー」
「……」
なんとまあ子供の夢みたいな発想である。
まあ私もそれを期待してるんだからとやかくは言えないが。
「遠野こそ、金持ちなんだから今更こんなとこ来る必要ないんじゃないか?」
「色んな理由があるんですよ」
「そうなんだー。大変だね」
「……ええ」
私にとって羽ピンの存在も大変な理由である。
「でも、残念だな。金山に行くのは諦めたほうがいい」
蒼香はそう言ってため息をついていた。
「何故です?」
「最近になってあの山は危険だとわかったんだと。それで金山の採掘は禁止されてる」
「……それでも行かなくてはいけないんです」
そんな事は百も承知の上だ。
「相変わらず強情だね」
「そのせいでこの町も寂れちゃったらしいよー?」
「……なるほど」
金を目指してやってきたら、金山へはいけませんでしたでは気力も無くなるわけだ。
「金目当てにやってきた連中はみんな失業だとさ」
「私は兄さんと……ついでにアルクェイドさんのためにも金を手に入れなくてはいけないんです」
ん? 何か妙な気がする。
「私何か変な事言ってないわよね?」
「いや、そんな事言われてもな」
「何だか込み入った事情がありそうだねー」
「……ええ」
なんだか肝心な事を忘れてしまっているような。
「どのみち、今金山はウロボロスとやらに占領されて入れんよ」
「こんなところにまで……」
このままでは本当にこの国がウロボロスに支配されてしまう。
「でも、あの人たちの目的はお金じゃないみたいだね」
羽居が首を傾げていた。
「何故です?」
「この間、偶然聞いちゃったんだけど。何かわたしたちに知られたくない『ひみつ』が金山にあるんだって」
「……ならば尚の事行かなくては」
そんな重要な事を見逃すわけにはいかないじゃないの。
「無理だと思う。あいつら、人間を見ただけで追っ払うからね」
「それも問題ありません」
「?」
何言ってんだこいつとでも言いたげな蒼香。
「秘策があるんですよ」
さすがに猫又姿になれるんですとは口が裂けても言えなかった。
「まあ、よくわからんが頑張ってくれ。あたしらはもうちょっとこの町にいるからさ」
「何かあったらすぐ会いに来てねー」
「……ええ」
何にしても味方がいるのはありがたいことだ。
羽居は苦手だけど、悪い子ってわけではないし。
「頑張ってきますよ」
「これ、あげるねー」
「?」
羽居が手渡してくれたのは何の変哲も無いツルハシだった。
「なんですかこれは?」
「なにって、これで金を掘るんだよ?」
「……」
この子、本当にこんなもので金が掘れると思ってるんだろうか。
「あ」
パワーグローブをつけている私ならば可能かもしれない。
「ありがたく貰っておきます」
「うんっ」
そうして私は町を出、あるものを探し始めた。
「……ない」
どこにもない。
「水が……」
キシマの周辺は広い砂漠になっていた。
これじゃ蒸し暑いのは当然である。
「水……」
水があれば猫又姿になれる。
つまり人間ではないから金山にも入れるというわけだ。
その考えは間違ってないと思う。
思うのに。
「水……」
猫又になる以前に喉が渇いてどうにかなってしまいそうだった。
「……敵も無駄に強いし……」
砂漠を這いまわるヘビ、ネロの作り出したものとそっくりなムカデまでうろついていた。
「はぁ……」
汗を拭いながら砂漠をさまよう私。
「……」
だんだんと目がかすんできてしまった。
そのせいなのか、兄さんに似た人の姿が見える。
しかもその人はごくごくと井戸の水を飲んで……
「……って井戸っ!」
井戸ってことは水があるって事じゃないの!
「どいてどいて!」
何も考えずに突っ走った私。
「……うわあっ?」
水を飲んでいた人が私に驚いたのか、その場から飛びのいていた。
「ちょ……!」
私はブレーキが効かず、そのまま井戸の中に落っこちてしまう。
ばしゃーん!
「……くうううっ!」
がぼがぼがぼがぼ。
水の中で大きく口を開き、飲み込む。
猫又姿のおかげで息も出来る。
水分もばっちり補給できた。
「なんて便利な体……」
使い慣れてくるとまんざらでもないなどと思うようにすらなってしまっていた。
「ぷはあっ!」
そうして回復したところでつるべを使って這い上がった私。
「兄さんっ?」
そして我に返る。
今ここで水を飲んでいたのは本物の兄さんだったんじゃ?
「……」
しかし周りには人の姿はなかった。
「マボロシだったのかしら……」
いや、マボロシにしては声まで出していたではないか。
「この砂漠の……金山のどこかに……」
兄さんはいるのだ。
そう信じたい。
「待っていて下さいよ!」
気力のみなぎった私は気合を入れて金山を目指すのであった。
続く