私は村へと戻り再び情報収集を開始するのであった。
なに? 腕を磨いて戦いなおすせばいいんじゃって?
冗談じゃありません。こんな寒い場所でそんな修行するだなんて真っ平御免ですから。
「って……誰に言い訳してるのよ私は」
苦笑いしつつ、ひたすら皆に聞いて情報を集める私だった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その38
「岬の家についてなら、黒猫白猫のおみせの子が詳しかったと思うけど」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、聞いてみるといいよ」
「ありがとうございますっ」
店の子というのは多分白いリボンの子の事だろう。
レンって子はかなり無口な感じだったし。
「……ただあの子が教えてくれるかどうかよねえ」
とにかく聞いてみなくては何も始まらない。
「すいません」
さっそく建物の中へ。
「……?」
ところが誰も出てくる様子がなかった。
「変ね」
奥の方にいるんだろうか。
「うう、なんてことだ……」
「ん」
奥の方からあまり聞きたくない男のうめき声が聞こえた。
「うう、うううう」
「……」
何も聞かなかった、見なかったことにして帰ろうか。
がつっ!
「……しまった」
つま先が棚にぶつかってしまった。
「帰ってきたのかっ!」
ものすごい勢いで振り返る久我峰。
そう、うめき声をあげていたのはコイツなのだ。
「……なんだ、秋葉さまですか……」
私の顔を見て大きくため息をつく。
「なんだとは失礼ね。表に誰もいないみたいだけど、どうしたの?」
「それが、困った事になりまして、はい」
「困った事?」
「ええ。ウチの看板娘二人がですね、店を出たっきり戻ってこないんです」
「ふぅん」
まあこんな男と一緒にいたら逃げ出したくもなるだろう。
「きっと北東にあるナナヤの森に入ってしまったに違いありません!」
「……ナナヤ? ナナヤですって?」
ナナヤといえばブンケに知られた最強の戦闘一族。
そしてそれは兄さんの出生の地でもあった。
「ええ。それがどうかしましたか?」
「じゃあここは……」
もしや兄さんの生まれた土地なの?
「秋葉さま。お願いです。二人を助けてはくれませんか」
「……」
「森にはバケモノがウロウロいるし、わたしは心配で心配で……」
「ええ、わかったわ。私に任せておきなさい」
もしかしたらその森に兄さんの手がかりがあるかもしれない。
魔法使いの事もあの子たちに聞かなくてはいけないし。
「さすがは秋葉さま、心が広い。助けていただいた暁にはタップリとお礼を……」
まだ何か言っている久我峰を無視して私はそのナナヤの森へと急いだ。
「……ここね」
雪を被った木々が連なった森。
雪が音を吸収するせいでとても静かだった。
「人の気配がしないわ……」
私の雪を踏む音だけが響いている。
ざわ、ざわざわざわ。
「?」
しかし私の背後から奇妙な音が聞こえてきた。
人の気配はおろか、動物の気配すらないのに一体……
「……って!」
なんということだろう。
振り返ったそこには、木が意思を持ったかのごとく動いていたではないか。
「琥珀のサボテンと同じ原理ねっ!」
違うのはあの時と違っていかにもファンタジーのバケモノって見た目くらいだ。
「せいっ!」
しかしこんな奴はネロとの戦いなどを得て成長した私にとっては敵ではない。
剣の攻撃で真っ二つにしてしまう。
「ふっ……」
剣を仕舞って再び歩き出す。
ざわ、ざわざわざわ……
「え……」
ざわざわざわざわ……
「ちょ、ちょっと!」
その辺りの木々が、倒れた木に呼応するように動き出したではないか。
「数でかかってくるのは卑怯よっ!」
私は大慌てで駆け出した。
一匹一匹は弱くても、こう数が多くてはとても相手をしていられない。
「……はぁっ……はぁっ」
しばらく駆けて振り返ると、どうやら振り切るようが出来たようだった。
「なんなのよこの森は……」
本当に兄さんの生まれ育った場所なの?
「……ん」
気付くと遠くに海が見えた。
そしていかにも怪しげな地下への入り口も。
「きっとここね……」
私はその階段を降りていった。
「ぐす、ぐすぐす……」
「はぁ。泣いてたってしょうがないでしょ?」
地下の小さなスペースにその二人はいた。
「こんなところにいたのね」
話しかけると白いリボンの子が振り返る。
「……ああ。アキバさま」
「誤解を招くような言い方をしないで下さい。アキバじゃありません! ア・キ・ハさま!」
「大した違いじゃないでしょ?」
「大アリです!」
バだとなんだかそっち系の人みたいじゃないのっ。
「……ぐすっ」
「ねえ……その子、泣いてるの?」
見ると白リボンの子の後ろでレンが目を赤くしていた。
「ちょっとね。あの久我峰のオヤジにセクハラされて」
「せ、セクハラっ?」
あの男、やはり懲りて無かったのか。
「お店に帰りたくないって駄々をこねてるのよ」
「……」
こんな幼子に一体何をしでかしたんだか。
「店の売り上げが少しでも落ちると荒縄で縛り上げられて……あんな事やこんな事も……」
リボンの子がそう言うとレンは顔を伏せてしまった。
「な……なんて非道なっ!」
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
やはりあの男はもっと懲らしめておくべきだったのだ。
「わたしは別によかったんだけどね。ああいう男からはエサが取りやすいもの」
大きなため息をつくリボンの子。
「エサ?」
「つまりは欲望ね。私とこの子は夢魔。夢を見せるのが仕事よ。目的は欲望を、精を食らう事」
「欲望……精……」
たしかにあの男はその権化と言ってもいいだろう。
「でもまあ、アレが外道ぶん質は悪かったし、いいかげん飽きてきたしね。潮時かなとは思ってたの」
「私が倒してしまっても問題ないわね?」
「構わないわ。食事のためとはいえ、アレに体を撫で回されるのは苦痛だったもの」
「……そう……」
まさに究極の女性の敵、久我峰。
全身全霊を持って懲らしめてやらなければ。
「やってやるわ!」
「……ありがとう。アキバさま」
「アキバさまじゃなくてアキハさま!」
私は二人を連れて村へと戻った。
「おお、どこへ行ってたんだ! 心配したぞ!」
店に入ると久我峰がどたばた走ってきた。
「……」
レンと久我峰の間に割って入る。
「おや、どうなさいました?」
「久我峰! あなたこのコたちに酷い事をしてるそうね!」
そうして久我峰を怒鳴りつけた。
「な、なにを仰います。手前どもは何も……」
「話は全部この子たちから聞いてるのよ!」
「……」
睨み付けると二、三歩後ずさりをする久我峰。
「……チッ! バレてしまったなら仕方ありませんねぇ……」
そうして下卑な笑みを浮かべている。
「覚悟は出来てるんでしょうね!」
私は剣を抜き、久我峰に向けた。
「ふっふっふっふ。秋葉さま、わたしを今までのわたしと同じとは考えない事ですな……」
「なんですって?」
「これがわたしの力です!」
そう言った次の瞬間、久我峰の体が黒い霧に包まれていた。
「こ……これは!」
ネロ・カオスの混沌?
「あなた、ウロボロスの……!」
「そうです! ウロボロスの力を得たわたしに勝つことが出来ますかな!」
混沌に包まれ異形のモノの姿となった久我峰。
「上等よっ!」
私は久我峰に向かって駆け出した。
続く