傍にいたのは琥珀とレン。
戦闘をしていた場所から遠くに運んでくれたようだ。
「今のは……琥珀の……記憶……?」
レンを触媒として記憶を覗けたのかもしれない。
私が知らなかった……いや、知っていながら直視しようとしなかった忌まわしき出来事。
四季はマモノに囚われた。
琥珀は四季を殺させるために兄さんを呼んだ。
それが事実ならば、今私たちが戦っているのは……!
「琥珀……兄さんは!」
「まだ戦われています」
「行くわよ! 兄さんと……四季を止めなくちゃ!」
「秋葉さま!」
琥珀を振り切り走る。
兄さんの元へ。
四季の元へ……!
「トオノの為に鐘は鳴る」
その65
「妹!」
「秋葉さんっ?」
「シエル先輩、兄さんは!」
「……押しています。大丈夫です」
「混沌すら殺しきった志貴が負けるわけないじゃないの」
キィン!
刃物がぶつかる音が聞こえた。
まだ決着はついてない!
「急がないと……!」
「ちょっとどうしたの妹!」
「二人を止めるんです!」
「そんな。どうして?」
「正体が……ロアの正体がわかったんです!」
「正体……?」
「……とにかく、止めに行きます!」
二人を押しのけ駆ける。
「兄さん!」
「あ、秋葉っ?」
「グ……ああっ!」
ロア……四季が片膝をつき、地面に倒れこむ。
「う……ぐっ……何故だ……何故こんなヤツに……!」
四季はもはや虫の息だった。
「兄さん、もう止めてください。その人は……私たちの!」
「……知ってる」
「え」
それは信じられない言葉だった。
「こいつは四季が乗っ取られた姿。琥珀さんに聞いた」
「そ、そんな! じゃあ兄さんは四季だと知っていながら殺す事を選んだというんですか!」
「……」
兄さんは何も答えてくれなかった。
「志貴……ゴホッ」
倒れた四季の口から血が吐き出される。
「四季!」
「秋葉、近づいちゃ駄目だ! そいつはもう……」
「う……ぐうっ」
黒い髪の毛が白髪へと変わっていく。
「あ……あ」
その面影は、まさに記憶の中にある四季の姿だった。
「秋葉……」
「わ、わかるんですかっ?」
「オレは……」
「駄目だ秋葉!」
「四季!」
私は四季に駆けよった。
「……ツイてるみたいだなあ? ああ?」
歪んだ笑みを浮かべる四季。
「え……」
全身の血液が凍りつくようだった。
コイツは……!
「秋葉!」
「!」
次の瞬間、私は大きく吹き飛ばされていた。
そして、私がいた場所には……
「に、兄さん!」
「はは、はははははははは!」
四季に体を貫かれた兄さんの姿があった。
「ふんっ!」
力を失った兄さんを投げ捨てる四季。
「兄さん……兄さん!」
「いや、危ないところだったぜ。コイツときたらオレの攻撃を全部殺しちまいやがるんだからな!」
「……!」
下卑た口調。
「オマエが来てくれて助かったよ、秋葉」
「貴方が……貴方が私の名を呼ばないで下さい!」
私はソイツに向けて剣を構えた。
「おっと。やる気か。実の兄であるこのオレに」
「……!」
コイツは、今までそんな事を一言も言ってこなかった。
私の迂闊な言葉がいけなかったのだ。
気付かせてしまったのである。
コイツが乗っ取った体が四季……私の兄であるということを。
悔しい。
自分の愚かさが本当にイヤになる。
優しかった頃の四季。
そんな甘い思い出に浸って現実を見ようとしなかったのだ。
「四季はもう……いないのね」
「そんな事はないさ。オレはロアであり四季」
「戯言を!」
もう惑わしの言葉には耳を傾けまい。
私はこいつを……ロアを倒す!
「行きます!」
今まで封印していた力を全て解放する。
「ほう……その力、紅赤朱か……」
「生きて帰れると思わないことね!」
この状態の私のスピードは……見切れない!
「せいっ!」
「ぬっ!」
キィン!
ロアの持っていた剣を叩き落す。
「やるな。だが……」
「滅びなさい!」
「……フン」
「……っ?」
ロアは何故か攻撃を避ける素振りを見せなかった。
ざしゅっ!
私の一撃がロアの肩を凪いだ。
「肉を切らせて……」
「!」
そうだった。
こいつはいくら血を流そうがダメージがないのだ。
「……っ!」
胴体を蹴り飛ばし間合いを離す。
「チッ!」
ブシャアッ!
刃のような硬度を持った血液が周囲に飛び散っていく。
「くっ……」
剣でなんとかそれらを防ぐ。
「いくらやってもムダだ。オマエじゃオレには勝てない」
「……っ」
兄さんがロアにダメージを与えることができたのは、兄さんの「モノを殺す力」があったおかげだったのだろう。
私ではこいつに……
「いいえ」
スネークキラーの真の力を解放すれば可能なはず!
そのために必要なのは……
「……兄さん、聞こえていますか」
正直な心。
「あき……は?」
頼りない兄さんの声。
まだ兄さんは生きてくれている。
それを確認出来ただけでなんだか落ち着けた気がした。
「私は……ずっと兄さんを探していました」
「何だ? 何を言ってやがる? 別れの挨拶か?」
にやにやと笑うロア。
「それは兄さんが心配だったから……というのは建前です」
本当は、私が兄さんと一緒にいたかったから。
「私は……兄さんが好きだから!」
こんなところで死んでもらうわけにはいかない。
私は勝たなくてはいけないのだ。
そのために秘めた思いを兄さんに伝えた。
これで……スネークキラーの真の力が……!
「……え?」
剣は何の反応も示さない。
「ど、どうして!」
私では駄目だというの?
「遺言は終わったか? お嬢サマ」
「……!」
ロアが血の剣を携えて近づいてくる。
「どう……すれば」
私にはわからない。
本当の気持ちを告白したはずなのに。
もう私に勝つ術は残されて……ない。
「死ね」
「……!」
ロアの剣が迫ってくる。
「秋葉さま! 右に」
「!」
声に従い体を動かす。
ぶんっ!
「琥珀……?」
そう、琥珀の声だ。
「ほう……オマエは」
興味深そうに目線を琥珀へ向けるロア。
「……お久しぶりです、四季さま」
琥珀は何の感情もない声で四季の名前を呼んだ。
続く