しばらく考えていたソイツは可笑しそうに笑った後、恭しく頭を下げ、こう名乗るのだった。
「アカシャの蛇とでも呼んでもらおう」
「トオノの為に鐘は鳴る」
その60
「アカシャの……蛇?」
「そう。もっとも通り名だがね」
「聞いた事ないわ。大したヤツじゃなさそうね」
このプレッシャーの強さだから、タダモノじゃないとは思うのだけど。
「そうか。それは残念だ」
大きくため息をつくソイツ。
「君の事は良く知っているのだがね。遠野秋葉」
それからまたニヤリと笑ってみせた。
「!」
全身から汗が吹き出た。
「ど、どうして私の名前を!」
「さあ。どうしてだろうな」
「……っ!」
駄目だ。
こいつと話していると……気持ちが悪い。
この不快感はなんなんだろう。
「これ以上話を聞く必要はありません!」
一刻も早く決着をつけたかった。
スネークキラーをそいつへ向ける。
「やる気か。なら」
蛇は小さなナイフを取り出した。
ざしゅっ!
「なっ!」
そして何を思ったのか、それを自らの首へと突き刺した。
大量の血液が地面へ広がっていく。
「……ふふ、ふふふふふ」
「え……!」
普通の人間だったら間違いなく死んでいる。
だがそいつは可笑しそうに笑っているではないか!
「さて……と」
「なっ……」
広がった血液が怪しくうごめき、刀の形へと変わっていく。
「互いに剣で勝負というのも趣があっていいだろう?」
「……そ、そんなこけおどしでっ!」
ガキィンッ!
剣がぶつかり合う。
弾けた衝撃で血の一部が跳ねた。
「痛っ……!」
その血に触れただけで頬が切れてしまった。
「この血は全てが武器なんだよ」
「……っ!」
その言葉の意味する事を悟って大きく飛びのいた。
ブシャアアッ!
「……」
私のさっきまでいた場所を大量の槍が貫いていた。
「……冗談じゃないわ」
この物話ってギャグじゃなかったの?
「さて、どんどん行こうか」
「くっ……!」
広がった血による四方八方からの攻撃。
私はあっという間に追い詰められてしまった。
「ぐっ……」
壁際、文字通り後がない。
体力もこのままじゃ危険だ。
どうしよう?
「何かアイテムは……」
この状況を打破出来るような。
そんな便利な物が……
「……あった!」
私はポケットの中からそれを取り出した。
シエル先輩から受け取った笛だ。
ピンチの時に呼んでくれと。
今がまさにその時である。
「それは……させるか!」
ビシッ!
「あっ!」
腕を打たれ、笛が転がっていってしまう。
「……」
「レン!」
レンが転がって行った笛を咥えて飛んだ。
「キサマ!」
レンへ向けて血刀を伸ばす蛇。
「させません!」
私はスネークキラーでそれを弾いた。
「……!」
そしてレンが笛を思いっきりならす。
ピイイイイイーッ!
「……ちっ!」
アカシャの蛇は私たちから離れ、天井を見上げた。
ぱっぱらーぱっぱらーぱぱぱぱー
「……なに?」
このびっくりするほどやる気のなくなる音は。
『おまたせいたしましたー!』
「これは……」
ドゴンッ!
天井に大きな穴が開いた。
「来たか……」
「……」
しゅたっ。
その穴から華麗に着地する法衣姿の女性。
「誰が呼んだか、誰が呼んだか弓のシエル」
「……誰もそんな名では呼んで居ませんが?」
っていうかこの人はシリアス担当だと思ってたんだけど。
ギャグ派に切り替えたんだろうか。
「久しぶりだな、エレイシア」
「……貴方にその名で呼んで欲しくはありませんね。ミハエル・ロア・バルダムヨォン」
「……っ」
いや違う。
そうでもしなければ殺意を抑え切れなかったんだろう。
「秋葉さん、下がっていて頂けますか」
「は、はい」
シエル先輩は今まで見た事のないような怖い表情をしていた。
「……」
レンが私に抱きついてくる。
「……大丈夫よ」
まさかあの人があんなに感情的になるなんて。
余程因縁のある相手なんだろうか。
「今日こそ貴方の存在を抹消して上げます」
「出来るかな、君に」
「……」
アカシャの蛇。
ミハエル・ロア・バルダムヨォン。
おそらくロアというのがこいつの本当の名前なんだろう。
「行きますよ!」
いきなり法衣を脱ぎ捨てるシエル先輩。
「ほう……」
「……あれは?」
シエル先輩の体中に光り輝く刺青が浮かんでいた。
そして。
「第七聖典か……」
「これならば貴方でも!」
見るからに破壊力のありそうな重火器。
「よかろう。やってみるがいい」
「食らいなさい! コード……スクエアッ!」
ゴッ!
「きゃあっ!」
風とともに衝撃が響く。
「ガハアッ!」
ズガガガガガガガガッ!
そしてひたすらに続く爆裂音。
「……すごいわ」
完全にシエル先輩のペースである。
私が苦戦したロアをものともしていなかった。
「ふはははは、やるな。ずいぶんと修行を積んだらしい」
だがロアは血を武器にしているだけあって、いくら流血していようがダメージが大きいというわけではないようだった。
「いかんねエレイシア。トドメを刺すなら一気にやらなくては。その武器なら簡単だろう?」
体はボロボロなのに、何事もなかったかのように歩いてくる。
「……ちいっ」
シエル先輩が一旦距離を取った。
「望み通りにしてあげればいいじゃないですか! 一気にトドメを!」
思わず叫んでしまう。
「……駄目なんです。肉体を抹消したところで、ロアを倒す事は出来ませんから」
先輩が悔しそうに呟いた。
「え?」
「ロアは転生して人間の体を乗っ取る死徒なんですよ」
「そ、そんなっ?」
「この肉体を消されようが復活など容易いのだよ」 ロアの傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「どうやらわたしを完全に抹消する方法は思いつかなかったようだな?」
「ぐっ……」
「せ、先輩……」
「まだ……間に合いませんでしたか」
「……?」
天井を見て呟くシエル先輩。
先輩は何かを待っているの?
「そこまでよっ!」
ばたんっ!
「……えっ?」
聞き覚えのある懐かしい声。
懐かしいと思うほどに久しぶりに聞いた気がした。
「真祖の姫君……」
ロアが言葉尻の上がった喚起のような声をあげていた。
「アルクェイド・ブリュンスタッドここに参上!」
続く