もう一度尋ねる。
「……わかりました。いずれはわかる事ですし……お話しましょう」
啓子さんは覚悟を決めたかのように頷いた。
「ありがとうございます」
それにしても。
あのスカポンタンな兄さんがウロボロスを倒せるはずなんてないのに。
何か私の知らない秘密が兄さんにあるんだろうか。
……まさかね。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その4
「実は……」
「実は?」
啓子さんは周囲を見て誰もいない事を確認した後、厳かにこう言った。
「志貴さんは、魔を退ける退魔の一族の生き残りなのです」
「……は?」
のっけから啓子さんの言っている事は意味がわからなかった。
「だって、兄さんは……」
「志貴さんは秋葉さまと血の繋がっていない兄妹ですよね」
「……それは」
それは確かに事実だ。
兄さんは私の父親が養子として招きいれた、義兄なのである。
そもそも「遠野志貴」という存在自体がほとんど知られていないのだから、この事実を知っている人間となるとそれこそ数名。
「志貴さんの出身はブンケ王国のナナヤなんです」
「そんな……あの兄さんが?」
ナナヤの一族。
それは人間の限界を超えた最強の戦闘術を身につけた云々とかいうとんでもない連中である。
「認めたくないかもしれませんが、事実なのです」
「……」
あの虫も殺せないようなへっぽこな兄さんがそんなところの出身だったなんて。
でも、思い当たる事は確かにあった。
兄さんが常に持っていた短刀の名が七つ夜。
あれはナナヤの武器だったんだろう。
……というよりあんなわかりやすいアイテムを持っていたのに気付かなかった私のほうがどうかしてる。
「わたしたちは志貴さんが立派な勇者になるためのサポートをしてきました」
まさか兄さんがアリマに預けられていたのにそんな理由があったとは。
「成長した志貴さんは本当に立派な勇者になりました。そして少し前に凶悪な魔物を退治し、遠野へと帰られたのですが……」
しばらくして兄さんは旅に出てしまった。
一緒に生活できたのは本当に僅かな時間だけである。
「恐らく新たな魔物の気配を感じ取ったのでしょう。再びブンケへ戻ってこられたのです」
「……その新たな魔物がウロボロスだと?」
「はい。退魔の一族である志貴さんは、その役目を果たすべくフジョー城に向かいました」
「……」
なんてことだ。
美女に目がくらんだとばかり思っていた兄さんがそんな真面目な理由で動いていたななんて。
これじゃ兄さんが物語の主人公みたいじゃないの。
「まずいわ……」
もし兄さんがフジョー城の姫を助けてしまったら。
「なんてすてきなかた。どうかわたしとけっこんしてください」
「すばらしい。みりょくてきな、うつくしいじょせいだ。はい、よろこんで」
みたいな展開になってしまう。
「冗談じゃありません!」
私も一刻も早くフジョー城に向かわなくては。
「啓子さん。有益な情報をありがとう。私もフジョー城へ向かいます」
「そ、そんな。秋葉さま。危険です!」
「何を言っているの。私とて遠野の当主! バケモノに不覚はとりません!」
「……そう……ですか。わかりました。ご武運をお祈りしております」
ぺこりと頭を下げる啓子さん。
「……さて」
急がないと。
「ちょっと待って!」
「……何?」
じっと黙っていた都古が私を呼び止めた。
「……悔しいけど、あたしの力じゃお兄ちゃんを助ける事が出来ない……だから」
そう言って強引に私に何かを手渡してくる。
「これは……『回復のワイン』?」
「あたしの代わりに頑張って!」
都古はそのまま走り去ってしまった。
「……」
不覚にもぐらりときた。
ずっと兄さんと暮らしてきた都古。
あの子とて、兄さんを想う気持ちは同じ。
その想いを私に託してくれるというのだ。
「わ、私は今猛烈に感動しています!」
「……え?」
「いいえ、わかりました。みなまで申さなくて結構です。ワインの代金といってはなんですが、これを受け取ってください!」
私は懐から金貨の詰まった袋を取り出した。
1000000Gは入っているものである。
「そ、そんな! このような大金を受け取るわけにはいきません!」
慌てた様子で袋を押し返す啓子さん。
「全然構いませんよ。兄さんが世話になったお礼です。それに……」
ごそごそとポケットを探る。
「まだこんなにあるのです!」
出てきたのは同じような金貨の詰まった袋。
「ですから心配はいりません。それで都古に美味しいものでも食べさせてあげなさい」
「あ……ありがとうございます!」
深々と頭を下げる啓子さん。
「いえいえ……」
私は華麗にその場を去っていった。
いい事をすると気分がいいわね。ふふふ。
「えーと……」
町の出口へたどり着いた。
さてフジョー城に行くにはここからどう進めばよいのだろう。
「秋葉さまー!」
「ん」
振り返ると啓子さんと都古が走ってきていた。
「忘れていました。これを差し上げます」
出てきたのは大きな日記帳だった。
「これを使えばどこでも記録が出来ます」
「そんないいものを……ありがとうございます」
頭を下げる私。
「使い方はスタートボタンを押してカーソルを合わせてAボタンです」
「……身も蓋もないわね」
「そう言われましても……原作通りなので」
「それじゃ仕方ないか……」
自分で言っててよくわからない会話だった。
このへんはあまり気にしないほうが幸せだろう。
「……ところでフジョー城へはどう行ったら?」
「ここを出てまっすぐ北へ行けばフジョー城です」
「ありがとう」
「では、わたしたちはアリマへと戻ります」
「……そういえばあなたたちはどうしてここに?」
啓子さんたちが住んでいるのはアリマであって、この町ではないはずなのだけど。
「いえ、都古が秋葉さまが来るはずだと言って聞かなくて……」
苦笑いをしている啓子さん。
「……」
都古としては私に文句を言いたかっただけなのだろうけど。
結果としてその行動が私に有益な情報を与えてくれたわけだ。
「都古にお礼を言っておいて下さい」
「そんな、とんでもない……」
「……ふふ」
多分あの子は不器用なだけなんだろう。
私と都古は案外似ているのかもしれない。
「では行くわ。何から何まですまないわね」
「そんなもったいないお言葉。何かありましたら声をおかけください」
「ええ」
啓子さんに見送られ町を出る。
「アキハー!」
しばらく歩いていると町のほうから都古の声が聞こえた。
「頑張ってー!」
「……」
私は振り返りはしなかったものの、手を振ってそれに応えるのであった。
続く