私は歓喜で不覚にも涙が出そうになってしまった。
「みなさん、ありがとうござい……ま……」
そして気持ちが緩んだ瞬間、意識は一気に闇の中へと溶けていった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その52
「……はっ」
「あ。起きた?」
気付くと私はベッドの上だった。
そしてベッドの脇にはミスブルーとレン二人の姿が。
「……終わったんですよね」
「ええ。軋間は大人しくなったわよ」
と壁際を指差す。
「げっ!」
思わず叫び声をあげてしまった。
というのは、その軋間の頭にコントローラーがついていなかったからである。
「ああ、安心して。もう戦う気はないそうだから」
「え?」
「……俺の負けだ。あのような兵器があるとは思わなかった」
むすっとした顔でそんな事を言う。
「そもそもこの軋間が暴走したのは紅赤朱の力が暴走したからなのよ。それが押さえられれば問題はなかった訳」
「今はコントロールできていると?」
「認めたくはないけどアレのおかげでしょうねえ」
「……キシマックスコントローラーですか」
あれを取り付けたおかげで今は制御出来ているというのか。
「そ。誰が作ったんだかわからないけど。スゴい代物よ」
「あの人はそういうの得意そうですから……」
シエル先輩は好きなものならとことん突き詰めそうな感じがする。
「ねね。コレあたしが貰ってもいい?」
ミスブルーの口調はアルクェイドさんを連想させるようだった。
「何に使うんです?」
「そりゃ軋間が使いっぱ……もとい、健全な生活を送るためによ」
何かろくでもない言葉が聞こえた気がする。
「俺は森で静かに暮らしていたいのだがな」
「あまーい。アンタ、散々村をぶっ壊したんだから、せめてそれを直すまではいてもらうわよ」
「……仕方あるまい。自分で巻いた種だ」
「な、なんだかえらく聞き訳がいいですね」
さっきまで戦っていた人物と同じ人間だとは思えなかった。
「滅多な事で力の暴走などはさせん。人との会話など容易い事だ」
「……でもミスブルーに封印された時点では暴走していたんでしょう?」
それはつまり力のコントロールが上手くいってなかったって事なんじゃ。
「その件だが。蛇の姿を見てから意識がなくなった」
「蛇?」
それってまさか。
「ウロボロスでしょうね」
ミスブルーがそんな事を言った。
「ウロボロスがこの国の魔物とも言える軋間を操って利用しようとしたと考えてもおかしくはないわ」
「そんな昔から行動をしていたっていうんですか?」
「本格的に暴れだしたのは最近になってからだけど、確かに不穏な空気はあったのよ。じゃなきゃこんな辺鄙な村になんているもんですか」
「ブルー。世話になってる村にその言い草はないんじゃない?」
くすくすと笑う白レン。
「っと失言。あたしもまあ、魔法使いって立場上そーいうのは見逃しちゃいけないわけで。取り合えず軋間の監視はしてたわけだけど」
「ウロボロス退治には向かわれないんですか?」
「あっちはもっとちゃんとした教会の連中が行くでしょ。組織ってのはメンドーなのよ」
「はぁ」
っていうかこんなワガママでいいかげんな人を所属させている組織ってのは凄い気がする。
「む、何か失礼な事を考えなかったかしらん?」
「……気のせいです」
敵に回すよりは味方に入れておいたほうがマシとでもいったところだろうか。
「ま、いいわ。それで、あたしたちは村の復旧を手伝うつもりだけど貴方はどうするの?」
「……ああ」
その言葉でやらなくてはいけない事を思い出した。
「トウサキに金を持って行かなくてはいけないんですよ」
「へぇ? それはどうして?」
「かくかくしかじか……」
大雑把に事情を説明する私。
「なるほど。そりゃ大変そうねえ」
「ええ。どうやって運んだものか困っていたんです」
魔法使いっていうくらいなんだから何かいいアイディアでもないんだろうか。
「それならうってつけの荷物運びがいるじゃないのよ」
「誰です?」
「ん」
「ニャ?」
指差した先にはネコアルクが。
「いやあんたじゃなくて」
ミスブルーが指差していたのはその後ろにいた軋間だった。
「社会復帰の弟一段の活動として……どよ?」
「力仕事なら得意とするところだ。引き受けよう」
「わお。たのもしーいっ」
「……手伝ってくれるのならありがたいですが」
ほんとにあの金を運べるのかしら?
「これを運べばいいんだな」
「……ええ」
そんなこんなで金の塊のところまで来た私と軋間。
「一応クサリは借りてきましたけれど」
「貸してもらおうか」
軋間はひょいひょいと素早い動きで金の塊を縛り上げてしまった。
「どれ……」
そして残った部分を引っ張る。
ズズズ……
「うそっ!」
片手で動かしたっ?
「大した事はない」
「……」
不意をついたとはいえ、よくこんなヤツに勝ったわね私。
「さあ行くぞ、女」
「……遠野秋葉です」
「遠野?」
軋間は一瞬その無愛想な表情を歪めた。
「どうかしましたか?」
「いや……懐かしい名を聞いたような気がしてな」
「はぁ」
「気にするな。行くぞ」
「あ。ちょっとっ」
ずるずる金を引きずりながら歩いていく軋間。
そんな光景を見た魔物たちが逃げていくような有様である。
そして何のトラブルも無くトウサキに辿り付いた。
「少し待っていて下さい」
「了解した」
町の中に入る。
「シオン! シオンはいるかしら!」
そして私は大声でシオンを呼んだ。
「約束の金を持って来たわよ!」
だだだだだっ!
ものすごい勢いでシオンが現われた。
「それは本当ですか秋葉!」
「ええ。超特大のやつよ」
「素晴らしい! これであの格好から開放……いえ、どこですか? どこにあるんですか!」
「まぁそう慌てないでよ。あんまりにも大きくて村の中に持って来れないの」
「ん……なんかあったん?」
「ああ。一子さんも丁度いいところに」
騒ぎを聞きつけたんだろう。一子さんが鐘撞き堂のほうから歩いてきた。
「村の外に金を持ってきたんです。一緒に見に来てください」
二人を引き連れ村の外へ。
「おー。ワンダフルじゃないか」
塊を見て不敵に笑う一子さん。
「素晴らしい……! これなら満足してくれるはずです!」
シオンの目もきらきらと輝いていた。
「この金、全部買い受けます!」
「そうですか。ならばその代金で村の鐘撞き堂を直していただけますね?」
「当然です! 春を告げるベル。10個でも20個でも作り直してみせますよっ!」
「そいつぁ頼もしいな」
一子さんが豪快に笑っていた。
「頼みますよシオン」
「ええ。責任を持って仕事を成し遂げしましょう」
「……どうやら俺の役目は済んだようだな」
じゃらりと鎖を下ろす軋間。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気にするな。機会があったらまたケンカを売りに来てくれ」
「そ、それは遠慮しますが。遊びに行くくらいなら構いませんよ」
「……フッ」
そこで軋間ははじめて嬉しそうな笑みを浮かべ、去っていった。
続く