しゅたっ!
かっこつけてるつもりなのか、ネコアルクは高笑いしながら去っていった。
「重要な事を言わないで……まったく」
一体虎の穴には何があるというんだろう。
目の前にある広がる巨大な穴は、不気味な風の咆哮を立てているのであった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その21
「せ、狭い……」
洞窟の中は入り口からちょっと進んだだけでもうほふく前進でしかいけないような狭さだった。
四つんばいでじりじりと進んでいく。
「……ふう」
しばらく進むとやっと立ち上がって進める広さになった。
少し休んでから先へと進む。
ひょいひょいひょいと。
段差は急だったがこの体ならどうということもない。
「大した事ないじゃないの」
意外なほど順調に私は洞窟内を進んでいった。
「……もうちょっとね」
何度か四つんばいで進む場所はあったけれど、それ以外は大した仕掛けもなし。
だんだんと周囲も明るくなってきた。
出口が近いのだろう。
「ん?」
いやに広い空間に出た。
「出口じゃないのね……」
丁度てっぺんに穴が開いていて、そこから光が差し込んでいたのだ。
「……」
そしてその広い空間の中央に、洞窟にはそぐわない建物があった。
「……道場?」
ネコアルクが意味ありげに言っていたのはこの道場の事なのだろう。
道場という文字の前にも何か書かれているけどそれは私には読めなかった。
一体どうしてこんなところに道場が?
「まあ、私には関係ないわね……」
世の中には変な事をする人物がいるものなのである。
知得留先生とか知得留先生とか知得留先生とかみたいに。
「……あら?」
横から迂回しようとして気がついた。
その道場は壁に密着して作られていて、横から通るというのは無理なようだ。
「中を通れって事なのかしら」
そういえばネコアルクが虎の穴を抜けるのは大変だと言ってたっけ。
「……」
ここで中途していても仕方がない。
「たのもー!」
私は門を開けて中へと入っていった。
「うふふふ。久々のお客さんね」
「……あ、あら?」
道場の中にはクガ……もといダイテイト温泉でパフォーマンスをやっていたブルマの子がいた。
「貴方、どうやってここに?」
「全てはブルマの力だよ。体はブルマで出来ていた」
「……はぁ?」
何を訳のわからない事を言っているんだろう。
「ねえ、この道場突破に挑戦するんだよね?」
「挑戦?」
「そう。勝負に勝たないと先には進めないよ」
「勝負……ねえ」
この子と戦えばいいのだろうか。
「……?」
と返事をして気がついた。
「貴方、私の言葉がわかるの?」
今の私は猫又姿のはずなのに。
「全てはブルマの力だよ」
「……そ、そうなの」
なんだか不思議な感じのする子である。
「まあいいわ。何の勝負をするわけ?」
「もちろん道場なんだから剣道勝負。決まってるでしょ」
「……別に決まってはないと思うんだけど。そもそも貴方剣道なんて出来るわけ?」
「ううん。勝負するのはわたしじゃなくて、師しょー」
「師匠……」
「さあ、来てくださいっ!」
ブルマの子が叫ぶと、奥の戸棚ががたんと揺れた。
「とうっ!」
そして中から出てくる謎の物体。
「あなたがわたしへの挑戦者ねっ!」
びしっと私を指差すそいつ。
「……ネコアルクの同類かしら?」
等身は今のわたしとほとんど同じ。
違うのは着ている衣服のトラ模様と耳の形だろうか。
「師しょーはここいら一帯のネコアルクを取りまとめているトラの穴の主。略してタイガー!」
ブルマの子が意気揚々として叫んだ。
びしっ!
即座に竹刀でのツッコミが入る。
「いったぁ……何するんですか師しょー」
「タイガー言うなぁ! 弟子一号。わたしは……」
「師しょー。それ以上言うのは色々とマズいです」
「え……まずいの?」
「はい。バレバレですけど一応は」
「むぅ……仕方無いわねぇ。世知辛い世の中だわ」
「……」
会話の内容は何が何やらさっぱりだけど、ブルマの子の師匠がこのちんちくりん生物なんだろうか。
「あらら? あなた何やらとっても失礼な事を考えたわねっ?」
私がそんな事を考えているとタイガーという生物が私を睨みつけてきた。
「え? いえ別にそんな事は」
思いっきり考えてたんだけど。
「お姉ちゃんにはなんでもわかるんだからー! さあ、正直に告白なさいっ」
「誰がお姉ちゃんですかっ。貴方と私は赤の他人ですっ!」
「そ……それもそうね。つい癖で……」
ぽりぽりと頬を掻くタイガー。
「とにかく剣で勝負よっ! 剣道五段のわたしに勝てるかしらっ?」
「師しょーは強いんだぞー!」
「……む」
姿形はマヌケなものの、確かにその構えは隙がないように見えた。
「わかりました。いいでしょう」
相手にとって不足はなさそうだ。
「ならば剣を構えなさい!」
「ええ」
私は腰に携えた剣を……
「あ、ちょっとすいません」
「何よ? 怖くて辞退するのかしら?」
「いえ、ちょっと元の姿に戻らないといけないので」
どういう理屈かはわからないが、猫又姿になってしまうと人間の時に持っていた武器がなくなってしまうのだ。
人間に戻ればまた戻っているのだけれど。
これも魔法のせい?
「むー。なんでもいいから早くしなさーい」
「はいはい」
とにかく幸せの果実を食べれば元に戻るのだ。
がぶり。
「あう」
ぱたん。
「……戻った」
食べる量が僅かだと気を失うのも一瞬みたいだけど、きちんと効果はあるみたいだった。
腰に剣もちゃんとある。
「ちょ、ちょっと何よそれ! ヒキョーよ、ヒキョー!」
ガーガー叫び声をあげるタイガー。
「見苦しいですよ。貴方が勝負をすると言ったんでしょう?」
そう言って剣を構える私。
「うぬぬぬぬぬぬ……」
顔を真っ赤かにしているタイガー。
「こんのぉ! 覚悟なさい!」
そして私に勢いよく向かってきた。
「……チャンス!」
普通に戦ったら多分私はタイガーに勝てなかっただろう。
だが逆上している今なら隙をつく事が出来る。
卑怯? 違う、これは知略である。
……ってどこかの琥珀みたいな事を思わず考えてしまったけれど。
「面っ!」
私の一撃がタイガーの頭に直撃した。
「ふにゃー……」
へろへろと崩れ落ちるタイガー。
「し、師しょー」
そんなタイガーに駆け寄る弟子一号。
「へんなのに看板とられたー!」
タイガーはわんわん泣き出してしまった。
「……いや、別に看板まで取るつもりはありませんけど……」
「師しょー。落ち込まないで下さい。師しょーは敵に負けたんじゃありません。己の弱さに負けたのです」
「余計駄目じゃないのよー!」
「で、では……先に行きますよ?」
私は揉め事が起こる前にそそくさとその道場を立ち去るのであった。
続く