「そう……」
ついに来たのだ。
ボスの部屋まで。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その59
「カギはかかったまま……か」
どうやら兄さんはまだ来ていないようだ。
途中で追い抜いてしまったのだろうか。
「……」
ここで待っていればいずれ兄さんは来るだろう。
けれど、待っているのは私の性分ではない。
「どうせだから、兄さんが来る前にやっつけてあげますっ!」
後から来た兄さんをバカにしてあげるんだから。
がちゃっ。
カギを開け、扉を開く。
「……」
大広間。
いかにもボスが待っていますという空気が漂っている。
「……ZZZZ……」
そして部屋に入った途端にを粉々にするような巨大なイビキ声が聞こえてきた。
「これは……ボスの……イビキ?」
イビキが聞こえるということは、まだ眠っているということである。
「チャンスだわ……」
隙をついてこのスネークキラーを使えば。
正義の味方っぽくないとか、そういう事は今は考えない。
とにかく、兄さんを見返す……もとい、ブンケ王国の平和を取り戻すことが先決なのだ。
「……ZZZZ……」
耳を塞いでも聞こえるような大きなイビキ。
やはりボスというからには巨大な蛇なのだろうか。
「……」
レンはかなり不愉快そうな顔をしていた。
私よりも耳がいいせいだろう。
「もう少しよ……」
音が近くになってきていた。
「……ZZZZ……」
そして、ついにそのイビキの主の姿が見えた。
「え?」
真っ黒い色をした、小さな蛇が。
「……まさか、アイツが?」
あのただの蛇がラスボスだっていうの?
「……」
いやいや、姿が小さいからといってバカにしてはいけない。
ボスというくらいだから、それはもうとんでもない力を持っているんだろう。
口からビームでも吐いてくるかもしれない。
「……ネコアルクも似たようなことやってたわね……」
それで食材にするつもりだったんだろうか。
「……ZZZZ……」
目の前に来てもソイツは起きる気配がなかった。
「……」
無言で剣を抜く私。
そしてソイツに向けて構えた。
ぴくっ。
「!」
気付かれたっ?
「誰だ……わたしの眠りを妨げるのは……」
そいつの声はいかにも三下っぽい甲高い声だった。
「……黙りなさい。このチビ蛇。たかが蛇の分際で偉そうな口を聞くんじゃありません!」
ずばっ!
「グオッ! な、なにをする!」
「……弱い」
ネロの装甲だって気合を入れなければ切り裂けなかった。
けれどこいつはどうだろう。
大して力を入れて無いのにもかかわらず、ダメージを受けているようだった。
「このわたしを侮辱するのか! おのれ! 許さんぞ!」
「生意気言うんじゃありません!」
ざしゅっ!
「ぐわああ! く、曲者だ! ものども、であえ!」
「無駄です! 誰も来ませんよ!」
途中にいたウロボロス兵は全部倒してきたんだから。
「……しかし本当に弱いわね……」
最後のボスがこんなのだったなんて。
なんだか気が抜けてしまう。
「……どうしようかしら」
いっそ剣を使うのはやめて、素手で戦ってみるか。
「お、おのれ……」
「お嬢さまヤクザキック!」
どごっ!
「こ、こら! よせ!」
「……なるほど、最後の大ボスが強いとは限らないわけね」
言うなればコイツは久我峰のようなヤツだったのだ。
人に命令するのは上手いけど、本人自身はてんで駄目。
「さてどうしてあげようかしら」
久我峰と同じだと思ったらだんだん腹が立ってきた。
「き、きさま……」
「このっ!」
ずばっ! ずばっ! ずばっ!
「や、やめろというのに!」
鮮やかな三連斬。
もはやコイツはフラフラの状態である。
「……なんだか弱いものイジメをしてる気分になってきたわね……」
こんなのだったら、ネロがボスだったほうがまだよかった気がする。
「まあ、いいわ。ブンケ王国のために……滅びなさい!」
私は力を込めて最後の一撃を放った。
ずばっ!
「ギャ、ギャアアアアアアアッ!」
そして大きな断末魔を上げて、蛇は動かなくなった。
「……」
え? 終わり?
「ほんとに終わりなの?」
そんなまさか、打ち切りのマンガだってもっとマシな展開になるわよ?
現実はこうでしたというアンチテーゼ?
「……」
レンは目をぱちぱちしていた。
「……えーと」
こういう場合どうしたらいいんだろう。
高らかに勝利でも宣言すればいいんだろうか。
「か、勝った……私はついに勝ったんだわ!」
幾多もの苦労を乗り越えてついに……!
トオノの為に鐘は鳴る 完
「……まるっきり打ち切りマンガそのものね」
スネークキラー。
シエル先輩の第七聖典。
春を告げるベル。
兄さんの行方。
全てが曖昧で、無駄に終わってしまった。
「……帰りましょう……」
とにかくみんなに勝った事を伝えよう。
きっと喜んでくれるはずだ。
「……!」
「どうしたの? レン」
見るとレンが全身総毛だったような顔をしていた。
「何をそんなに驚いて……!」
愕然とした。
私が倒した蛇。
そいつは混沌と同じように黒い霧になって消えていったではないか。
いや……違う。これは混沌そのものだ。
「……まさか!」
こいつは偽者っ?
「ようやく気付いたようだな」
「!」
背筋が凍りつくような寒気を感じた。
それと同時に私の中にある感情が沸き起こっていた。
嫌悪と恐怖、様々な不の感情が入り混じったモノだった。
「……あなた……が……」
そこにいたのは、髪の長い一人の男だった。
見た目はただの男にしか過ぎない。
しかし、その男の発する気配が只者ではないことを証明していた。
「……ウロボロスを束ねる者だ。最も、わたし以外は雑兵であり操り人形に過ぎないがね」
今までの相手とは……桁が違う。
ネロ・カオスでさえもこいつには遥かに及ばなかった。
「さて勇敢な君の名前を聞いておこうか」
「……っ」
私は思わず後ずさっていた。
レンも私の後ろへと回る。
「どうした?」
「近づかないで……!」
本能なのか、コイツには絶対に近づいてはいけないと感じていた。
「先ほどとはずいぶん威勢が違うじゃないか」
「……名乗るなら、そっちから名乗ったらどうなのよ!」
「なるほど。それも一理ある」
しばらく考えていたソイツは可笑しそうに笑った後、恭しく頭を下げ、こう名乗るのだった。
「ならばアカシャの蛇とでも呼んでもらおうか」
続く
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