「これを持って帰らないと、来た意味がないですからねー」
「……」

シエル先輩は満面の笑顔でそのへんのスパイスらしき植物を採取し始めていた。

「見てないで秋葉さんも手伝ってくださいよ」
「……」

この人、私を助けるためにじゃなくてただスパイスが欲しいだけだったんじゃないだろうか。
 

ついそんな事を考えてしまうのであった。
 
 


「トオノの為に鐘は鳴る」
その35



「このブンケ王国に凶悪な魔物がいたって話はご存知ですよね?」
「ええ、まあ……」

もぐもぐ、むしゃむしゃ。

「それれ、しょれをわらひとほおのくんがほいふを……」
「……すいません、話すのは食べ終わってからにして頂けますか?」
「あはは、すいませんねー」

シエルさんはもう何杯目だかわからないカレーを一気に飲み込んでしまった。

「……はぁ」

まったくもう。見ているこっちの方が気持ち悪いじゃないの。

「それで、その魔物……ネロ・カオスっていうんですが。わたしは教会からそいつを倒すためにブンケに来ていたんです」
「はぁ」
「元々わたしはそういう仕事をしていたんです。だからそういう意味で先輩だね……ってこれは遠野君のセリフなんですけど」
「なるほど……」

兄さんは幼い頃から修行してたらしいけど、実際に活動を始めたのは最近ということなのか。

「つまり、ネロ・カオスを追っている最中に兄さんと出会ったと」
「はい。ついでに言えばアルクェイドともですね。……ま、こっちは元々顔見知りでしたが」

そう言って苦笑いをするシエル先輩。

「アルクェイドさんと知り合いだったんですか?」
「正確に言えば敵です。アレが真祖だというのは知っているでしょう?」
「ええ、まあ……ですが」
「ですが?」
「具体的にその……真祖というのが何なのかはよく知らないんですよね」

敢えてそういう事を聞こうと思ったこともないし。

あの人がそう言うんだから多分そうなんだろう、くらいの認識しかなかった。

「……まあ、今は味方ですんで別に構わないんですが」
「?」

シエル先輩は妙に引っかかる言い方をした。

「あの人になにかあるんですか?」
「いえ、まあ性格があんなんですからね」
「……まあ、確かに」

なんとなく振り回されてしまう感じのする人ではある。

「で、まあとにかく、遠野君とアルクェイドとわたしでネロを倒したんですよ」
「……そしてそれをウロボロスが復活させたわけですよね?」
「ええ。混沌の一部を利用しているみたいです。ボスは余程の力の持ち主と考えていいでしょう」
「……」

今の私ではネロの一部相手にすら苦戦しているというのに。

果たしてウロボロスを滅ぼす事なんて出来るんだろうか。

「……って」

なんでそんな話になってるんだろう。

私は兄さんを探しに来ただけで、究極に言えばこんな国がどうなったって……

「……よくはないわね」

この国に来て色んな人たちに世話になってしまった。

そんな人たちを見捨てる事なんか、出来るわけがない。

「なにやら自己完結しちゃってるみたいですが、説明はこんな感じでよかったですかね?」
「え? あ、ええ、そうですね」

どうしてこの人が先輩なのかって話だったものね。

「シエル先輩は戦闘の方が専門だったわけですか」
「開発も得意なんですよ? 今だって第七聖典っていう武器を改造してて……」

きらきらと目を輝かせているシエル先輩。

「は……はぁ」
「あ、いえ、今のは極秘情報なんで忘れてください」
「別に構いませんけど……」

どうやらこの人は好きなものに関してはとことんこだわるタイプのようだった。

「私の頼んだアイテムはどうなったんですか?」
「ああ、そうでしたね」

口元を拭うシエル先輩。

「開発室へ行きましょう。既に用意してありますから」
「あ、はい」

言われるがまま後をついていく私。

「お疲れさまです」

シエルさんが通っていくとみんなが頭を下げていた。

「シエル先輩って本当に偉いんですね」
「ええ。初期から構想されてましたからね」
「……」

才能のある人って変わった性格が多いのかしら?

「ささ、どうぞどうぞ」

機械だらけの部屋に案内された。

壁際にはなんだかやたらと物騒な鈍器が置かれている。

「これが約束のアイテム。『スペシャルハイパーグローブ』です!」
「……」

シエル先輩が指差した机の上にあるもの。

「……ただの『ぐんて』に見えるんですが」

どこからどう見たって何の変哲もない軍手だった。

「バカな事を言わないで下さい。これは巨大な岩を簡単に動かせる優れものなんですよ?」
「……はぁ」
「さあ、これを持って言って下さいっ」
「……」

私は渋々ながらそれを受け取った。

「『ぐんて』を手に入れた……って感じかしら」
「だから軍手じゃないって言ってるでしょう!」

シエル先輩は苦笑いをしていた。

「まぁ、とにかくわたしは次の研究を始めます。ウロボロス対策は大いに越した事はありませんから」
「そうですか。頑張ってくださいね」

とにかく目的のものは手に入ったのだ。

さっそく岩の場所で試して見る事にしよう。

「今度はどんなものを作ったらいいですかね?」

そんな事を私に聞かれたって困る。

私は専門家じゃないんだから。

「あ……なら動物を操る機械なんていいんじゃないですか?」

急に思いついてそんな事を言ってみた。

ネロ・カオスがよく使ってくるのは動物による攻撃である。

操る事が出来ればそれを封じることも可能なのではないだろうか。

「なるほど。それは面白そうですね」

怪しく笑うシエル先輩。

なんだかどこぞの琥珀を連想するような笑いだった。

「またわたしの発明品が欲しければここに来てくださいね」
「そ、そうさせて貰います」

出来ればもう二度と来たくなかった。

「ではお元気で」
「ええ」
 

そうして私は株式会社型月を後にした。
 
 
 
 

「……ふう……」

船に乗ってトウサキへと戻る。

「お疲れさまです、秋葉」
「シオン」

波止場ではシオンが出迎えてくれた。

「どうでしたか? 収穫は」
「まあまあでしたよ」

手に入れてきたそれを見せる。

「……軍手……ですか?」
「やっぱりそう思うわよね……」

私だけがおかしいのではなかったのだ。

「もしそれが偽者だったらどうするのですか? また型月に行く事になりますよ?」
「い、嫌な事を言わないで下さい」

しまった。貰ったその場でテストをしておくべきだったのだ。

「……まったく、しっかりして下さい秋葉」

大きくため息をつくシオン。

「た、試してみればいいだけでしょうっ」

思わずかちんときた私は、軍手をはめてギルガメッシュ商店の塀の前に立った。

「な、何をするつもりですかっ!」
「決まってるでしょう」

それをそのまま押してみるのだ。

ごごごご……ごごごご。

「んなっ……」

シオンの驚愕した声。

「……凄いわ」

私も驚いていた。

まるで力を入れてないのに、あっさりと動いたではないか。

「ど、どうするんですかそんな事をして!」
「う、うるさいですねっ。直せばいいだけでしょう?」

つまり反対側に回って押してやれば元に……

「……どうやってです?」
「……」

私が押した壁のすぐ裏では、波が大きなゆらぎを作っていた。

「え、えへっ?」
「……似合わないですよ、秋葉」
「やかましいですねっ!」
 

こうしてギルガメッシュ商店の塀は、妙な形でそこに残る事となったのである。
 

続く



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