再びタコを切り刻みながら進んでいく。
「……困りましたね。マスターに倒れられては出番が無くなってしまうではありませんか……」
「?」
穴を出る時にまた妙な声が聞こえた気がした。
「ほんと、変な場所ね……」
私はかけ足でその場から離れるのであった。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その32
「ん」
穴を抜け出ししばらく進んでいくと、いかにも何かありますといった感じのはしごがあった。
「もしかして……」
不安を抱きつつ下へ降りる。
「ボンソワール! 知得留です」
「……どうも」
そこには例によって例の如く知得留先生が待っていた。
「ホログラフィーにしては良く出来てるわね……」
まるで本当にそこにいるみたいだった。
「これが型月の技術です。お困りの際は是非相談下さい」
「はいはい」
適当にあしらいつつ宝箱を開ける。
中にはパワーストーンが入っていた。
「アイテムをきちんと揃えておかないとジャングルの敵に勝つ事は出来ませんよ」
「心配は不要です。盾も買ってきました」
と、つい言葉に反応してしまう私。
「律儀に言葉を返す必要なんてないのにね……」
プログラム相手じゃ会話がマトモに噛み合う訳がないんだから。
「この石はありがたく使わせて貰いますよ」
それだけ言って地下室から抜け出した。
「……ん?」
そういえば知得留先生はちゃんとジャングルの敵の事を知っていたみたいだったけど。
場所によって仕様が違うんだろうか。
「無駄なこだわりね……」
苦笑しつつ先へ進む。
タコの穴を二つほど抜け、ようやっとジャングルらしき場所にたどり着いた。
「はぁ……」
タコはさほど強くはなかったものの、大量に相手にしたのですっかり疲れてきってしまっていた。
「おや、珍しいですねー。こんなところに人が来るなんて」
「?」
顔を上げると半透明の女の子がふよふよ浮かんでいた。
奇妙なのはそこだけでなく、手と足が蹄で、尻尾がゆらゆら揺れている事である。
「う……馬の幽霊?」
「うわ。初対面でそんな失礼な発言をされるなんて」
女の子はあからさまに嫌そうな顔をした。
「す、すいません、つい」
疲れていたせいで相手を気遣う余裕がなかったようだ。
「わたしは第七聖典の精霊、ななこと言います」
「はぁ」
なんだかとろくさそうな名前だった。
「あなたはどうしてこんなところに来たんですか? ここは危ないですよ?」
「いえ、シエルさんという人にスパイスを取ってくるように頼まれまして」
「うわー……」
ななこさんは私を同情するような目で見つめてきた。
「な、なんですか?」
「いえ……苦労されてるんですね」
「な、なんだか誤解してるみたいだけど。私はアイテムとの交換をするために来たのよ?」
この人の口ぶりだと私がシエルさんの手下か何かみたいな感じである。
「そうなんですか……」
ななこさんはとても残念そうな顔をしていた。
「外は楽しいですかー?」
「え、ええ、まあ……」
「わたしなんか……うう、外に魔物が出ないためにずっとここで警備してて……」
「く、苦労されてるんですね」
多分この人はシエルさんの命令でここにいるんだろう。
「ほんとですよー。マスターってば開発が忙しいとかでちっとも手伝ってくれないんですからー」
そしてシエルさんに逆らえないと。
「……まあ、余裕があったら魔物も駆除しておきますよ」
あくまで余裕があったらだけど。
「ほ、ほんとですかっ? わたし思いっきり期待しちゃいますよっ」
きらきらと目を輝かせているななこさん。
「ま、まあ善処をするということで……」
「そういうことならどうぞ中へっ。頑張ってくださいっ。体力も回復してあげますんで」
「は、はぁ」
ななこさんが何やら呪文を唱えると、私の体力が一気に回復していった。
「どうぞ気をつけていってらっしゃいー」
ぶんぶん手を振って見送られ、ジャングルの中へ。
「……精霊ってほんとにいるのねえ」
ここは科学の島のはずだから、滅茶苦茶アンバランスな存在なのだけれど。
体力を回復して貰えたのは実にありがたい。
これならジャングル捜索もなんとか出来そうだ。
「さて、行くわよ」
草木を掻き分け奥へと進んでいく。
キシャー!
「っ?」
いきなり何か私へ向かって回転しながら突撃してきた。
「危ないわねっ」
ジャンプしてかわし、動きの止まったところで切りつける。
「せいっ!」
するとそいつは黒い霧のように散っていってしまった。
「……これは」
いつぞやの混沌の男の一部ということか。
「アレに占領されてるとなると……」
このジャングルを攻略するのはなかなか厄介そうだ。
良く見ると、見るからに体に悪そうな黒い物体を吐く花や、黒い蜂や蜘蛛が徘徊していた。
もはや完全にウロボロスの巣である。
「……これを放置するのはさすがにまずいわ」
何匹かの雑魚を倒して進んでいく。
「……」
そうして進んでいくと、水路に辿り付いた。
というか、落下したらそこが水の中だった。
「いよぅ」
そうして水から上がった野生のネコアルクがいた。
「……どうも」
一応挨拶をしておく。
「アチキはスパイスを求めるスパイシーネコアルク。だがスパイス畑にはバケモノがいてなー」
「バケモノ? このへんにいるようなやつですか?」
「もっとタチが悪い。ありゃ尻尾以外の部分は固くて食えんニャ」
「……食べる気だったんですか?」
「いや、軽いジョークだにゃー」
にゅふふふふと笑うネコアルク。
「すいません。何が面白いのかわかりません」
と私が苦笑いしていると。
「バカにするニャー。アチキらネコアルクは弱いモンスターなら噛み付いて痺れさすことが出来るんだぞー」
スパイシーネコアルクがぷんすか怒りながらそんな事を言った。
「そうなんですか?」
「おうともよ。野生をなめるなー!」
「……まあ、参考にはしておきましょう」
そんなはしたない真似したくないけど。
覚えておいて損はないだろう。
「はあ、スパイスへの道は遠く険しいニャー」
「……」
この島に生息してるだけあって、ネコアルクも相当に変だった。
「まあ、いいわ……」
ぼこぼこと水中を進んでいく。
例によって混沌の魚が泳いでいたので避けるのが結構しんどかった。
「……ふう」
水から抜け出し、ツルを伝って登っていく。
「……ぬ」
登った先の壁の上の方に、穴が開いているのが見えた。
「あそこが正しい順路かしら……?」
他にも道があるみたいだけど、それは明らかに引き返す方向みたいだし。
「飛べるかしら……」
猫又の姿なら何とか。
「せいっ!」
……届かない。
「ぬう……」
何度挑戦しても結果は同じだった。
「駄目だわ……」
何かの台があれば届きそうだけど。
そんな都合のいいものがあるわけがない。
「……」
途方にくれている私の視線の先に、一匹のモンスターが見えた。
あれは私がこの国に来たばかりの頃に見たものだ。
今だったら正真正銘ただの雑魚と呼べるだろう。
「……ちょっと」
私の頭の中に浮かんできたアイディアは、実に品の無いものであった。
「進みたいなら……噛めと」
あいつを噛んで麻痺させ踏み台にしろ……そういうことである。
続く