コハクは窓から外の景色を眺める事が多くなりました。
外ではアキハやシキ、ヒスイたちが楽しそうに遊んでいます。
「……」
コハクはただじっとそれを眺めている事しか出来ませんでした。
「コハク」
「……はい」
マキヒサがいたからです。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その64
「……」
ギシキをするようになってから、コハクには楽しい事なんて何にもありませんでした。
毎日が辛く、悲しい。
いいえ、もう悲しいとすら感じなくなっていました。
コハクは考えたのです。
人形になれば痛くない、苦しくない、悲しくない。
「……」
もともと大人しかったコハクはさらに喋らなくなってしまいました。
「……」
そんな日が続いていたある日のことです。
「あ」
コハクは窓の外を見て驚きました。
庭でシキとアキハがケンカをしているのです。
シキが暴れ、ヒスイも困っているようです。
「マキヒサさま」
コハクは慌ててマキヒサを呼びに行きました。
しかし全ては手遅れだったのです。
「どうした……!」
「!」
庭には赤い水たまりが出来ていました。
血で出来た真っ赤な水たまり。
泣き叫ぶアキハとヒスイ。
そして……
「……」
コハクは自分が泣いている事に気付きました。
「おかしいな」
まるで自分の事でないように呟きます。
「……おかしいな」
コハクは涙を止める事が出来ませんでした。
「シキはカンキンすることにした」
マキヒサはあばれたシキをひどく怖がって牢屋に入れてしまいました。
「……」
アキハもヒスイも、あれ以来大人しくなってしまいました。
トオノの屋敷はとても静かです。
「……」
コハクは思いました。
わたしは構わない。
けれど、アキハやヒスイがそんな顔をしているのは寂しい。
「マキヒサさま」
コハクは尋ねました。
「シキさまにもマモノがとりついてしまったんですか」
マキヒサは頷きました。
「しかし、いくらなんでも早すぎる。あれは……」
やはりマキヒサはひどく何かを恐れているようです。
「コハク」
「はい」
マキヒサは言いました。
「シキとギシキを行え」
「……」
「そうすれば、アキハとヒスイも安心だろう」
「……はい」
コハクは頷き、牢屋へと向かいました。
「シキさま」
牢屋にはボロボロの格好のシキがいました。
傷だらけで、今にも倒れてしまいそうです。
コハクはマキヒサが自分には傷を治す力があると言っていた事を思い出しました。
「……なんだ」
シキは気だるそうに尋ねました。
「わたしとギシキを行いましょう」
それはとてもイヤな事だけれど、しなければシキは死んでしまうかもしれません。
「イヤだ」
シキはそう答えました。
「何故です」
「オヤジと同じ事をするなんて真っ平ゴメンだ」
「……!」
コハクはとても驚きました。
「知って……いたんですか」
「……」
「何をしているかまでは、アキハとヒスイは知らない」
それは自分は全てを知っているんだという意味のようでした。
「ただ、アキハもヒスイもオヤジの事はキライだ。コハクをいじめるから」
「……」
コハクはひどくショックでした。
自分がそういう事をされている事は、知られたくなかったのです。
「いつかフクシュウしてやるんだ」
シキの目がぎらりと光りました。
「……」
この時、コハクの心にあるひとつの感情が芽生えました。
それは悪魔の囁きだったのかもしれません。
「……マキヒサさまを……」
数年後、マキヒサは死んでしまいました。
どうして死んでしまったのかははっきりしていません。
ただ、シキもアキハも、ヒスイもコハクもすっかり成長していました。
もしかしたら寿命だったのかもしれません。
「コハク」
成長したシキは言いました。
「オレたちのクニを作ろう!」
「クニ?」
「そうだ、フジョーを復活させるんだ!」
「はい!」
コハクは昔より活発になっていました。
昔のヒスイを真似しているうちこうなったのです。
そしてシキのマモノを退治するために、魔法やクスリの勉強もしていました。
懐かしいフジョーの国。
マキヒサもコハクとの約束だけは守ってくれたのか、名前がブンケと変わった他はまるで変わっていませんでした。
「きっといい国が出来るぞ」
「そうですね!」
もしかするとコハクにとって一番幸せな時期だったかもしれません。
しかしその幸せも長くは続きませんでした。
「う……ぐっ」
「シキさま!」
シキの中に潜むマモノが悪さを始めたのです。
「……ギシキを行いましょう!」
コハクは言いました。
「それじゃあいつと同じだ」
シキは必死で否定していました。
コハクにはそれがとても嬉しく、また悲しい事でもありました。
なのに。
なのに。
ある日のシキは明らかに様子が変でした。
「おい女」
コハクの事を女と呼びます。
「……な、なんでしょう」
恐る恐るコハクは尋ねました。
「犯らせろ」
シキはマモノに支配されてしまったのです。
不幸中の幸いなのか。
「ぐっ……うう……う」
コハクの力のおかげでギシキの後シキは元に戻りました。
「オレは……オレは……」
「シキさまは何も悪くありませんよ」
悪いのはマモノ。
自分に言い聞かせるつもりでコハクは言いました。
「……頼むコハク」
シキは言いました。
「マモノを倒す方法を探してくれ」
「はい」
コハクは頷きました。
「もしも……駄目だった時は」
シキはコハクと約束をしました。
「それ……は」
「頼む」
「……はい」
それからコハクは魔法使いに弟子入りし、様々な修行を行いました。
その魔法の腕は、いつしかブンケの伝説の魔女として噂されるようになりました。
一方ではお姫さまの仕事として、魔法の力を持った鐘を作らせました。
これはマモノの力を封じる事の出来るとても凄いものなのです。
「これが完成すれば……」
鐘はほとんど完成していました。
力の弱いマモノならば、これだけで追い払う事が出来るほどのものです。
しかし力の強いマモノにとってはただ耳障りなだけの存在でした。
トオノと同じくマモノの力を持つというキシマが暴れだし、魔法使いに封印されました。
そしてシキの中のマモノもまた、激しく暴れだしました。
「シキさま……!」
「オレはもう駄目だ」
シキは言いました。
「だから自分で自分を封印する」
それはコハクと共に学んだ魔法のひとつでした。
「その間に約束を……」
「……」
コハクが答えない間に、シキは封印の中に消えていきました。
「約束……」
コハクは約束を守らなくてはいけなかったのです。
「トドメだっ!」
ブンケに住む中でも最も殺しに長ずるナナヤの末裔。
かつてトオノにいたこともある彼ならば確実に殺す事が出来る。
「約束……これで守れますよね?」
オレが完全にマモノに囚われたら、オレを殺してくれ。
頼んだぞ、コハク。
「……四季さま」
続く