鉄格子の向こうに見覚えのあるツインテールが揺れていた。
「弓塚……さん?」
そう、そこにいたのはネコアルクになってしまった弓塚さんである。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その55
「ねえ、弓塚さんでしょう?」
「うにゃー」
「……」
バイリン知得留を持っていない今の私では、弓塚さんが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「そうだったら頷いてくれないですか?」
こういう場合、質問の仕方を変えるのが正しい。
「うにゃ」
こくりと頷いた。
「そうですよね。無事でよかった……」
「にゃー、にゃーにゃー」
「……ごめんなさい。何を言っているのかわかりません」
「うにゃ……」
弓塚さんの表情が変わるたびにツインテールがぴこぴこと動いて面白い。
「弓塚さん。お願いがあるんです。この牢を開ける事は出来ませんか?」
「……」
きょろきょろと周囲を見回す弓塚さん。
「にゃっ」
そして壁にかかっていたカギを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
それを受け取り開錠。
「さあ、脱出するわよ翡翠」
「は、はいっ」
「にゃー」
くいくいと指を振っている弓塚さん。
「何です?」
「他に何かないかと聞いているのではないでしょうか」
翡翠が尋ねるとこくりと頷いた。
「では、囚われているネコアルクたちを開放して頂けないでしょうか」
奴らのボスが目覚めるまでにあまり時間がない。
このままではネコアルクたちはエサにされてしまう。
「にゃーっ」
びしっと親指を立てて走っていく弓塚さん。
「頼みましたよっ!」
「うにゃっ」
あ。転んだ。
「……大丈夫かしら……」
しかし今頼れるのは弓塚さんしかいないのだ。
彼女を信じるしかあるまい。
「秋葉さま。脱出すると言っても見周りなどがいると思うのですが……」
「……ええ、そうね」
敵の本拠地で何のアイテムを持たずにうろつくのはさすがに厳しいだろう。
「まずは奪われたアイテムを探すわよ」
「かしこまりました」
私は翡翠と一緒に牢屋を抜けて走り出した。
「……出口のほうが先に見つかるなんてね」
私は壁際で出口へと続く道の様子を伺っていた。
「……」
そこには当然のように見張りの兵士がうろついている。
「アレは久我峰の使っていたのと同じ混沌の鎧……」
つまりはかなりの強敵ということである。
「秋葉さま、急がば回れという言葉もあります」
「……わかってるわよ」
そちらに進む事は諦め、上へ上へと進んでいく。
「き、きさまどうやって牢屋から! ええい、ここは通さんぞ!」
「雑魚は引っ込んでなさい!」
どごっ!
徒手空拳でもそのへんの雑魚ならなんとか倒せるようだ。
「お強くなられて……」
「まあ、色々あってね」
特に格闘に関してはアルクェイドさんに負けたくない一心で必死に学んだ。
まさかその経験がこんなところで役に立つなんて。
「世の中何があるかわからないものだわ……」
ブロックに上りながら先へと進む。
「……翡翠も意外と運動神経いいのね」
私の後ろに遅れないようしっかりとついてきていた。
「人は見かけによらないものです」
「なるほど……」
わかったようなわからないような。
「あ、秋葉さまあれを」
「ん」
翡翠が指差した先にはいかにも怪しげな宝箱があった。
「もしかして……」
この中に私のアイテムが?
がちゃっ。
「キシャー!」
「げっ!」
なんと宝箱はモンスターだった。
「ベタな展開ねっ……!」
思いっきり蹴り飛ばし、動きの取れなくなったところを手刀で切り裂く。
「えいっ!」
ごんっ!
そして翡翠のフライパンでモンスターは撃退された。
「翡翠……琥珀の悪影響受けたんじゃない?」
「どちらかというと都古さまのほうかもしれません」
「……ああ」
なるほど格闘少女に付き合っていれば活発的にもなるか。
「秋葉さま、またあそこに……」
「今度こそ大丈夫でしょうね?」
がちゃ。
「キシャー!」
「……ああもう!」
そんなことを三度か四度繰り返しただろうか。
「こ、今度こそ……」
期待を込めて宝箱を開ける。
がちゃ。
「キシャー!……あら?」
今度は宝箱が叫び声をあげることはなかった。
「これは私のアイテム……!」
そしてその中には奪われた私のアイテムが詰め込まれていた。
「あれもある、これもある……」
こうなれば勝ったも同然。
脱出するなんて容易いことである。
「……あら?」
でも何か足りないような。
まあ、いいか。
「さあ行くわよ翡翠!」
「かしこまりました」
私たちは来た道を引き返し、先ほどの出口へと通じる道へと進んでいった。
「貴様何故!」
「ひとつ!」
ずばっ!
「ここは通さん!」
「ふたつ!」
ざしゅっ!
「まだだ、まだ終わら……」
「みっつ!」
ごしかぁん!
「……ふっ」
剣を持った私にはウロボロス兵などものの数ではなかった。
「問題は……」
さっき一瞬だけ姿を見た混沌の鎧を着た兵士である。
「秋葉さま、あれを」
「……ええ」
そして階段の傍にそいつは立っていた。
「ほう、まさかここまで来るとはな」
「……え?」
違う、こいつは鎧を纏っているわけじゃない。
「ネロ……?」
「その通りだ」
鎧がぐにゃぐにゃと形を変え、ネロカオスの姿へと変わった。
「その娘は我らに必要なのだ。返して貰おうか」
「どういうことなのよそれは!」
「……姫の身代わりなのだ。我らが体を維持するのに必要とするな」
「……身代わり……?」
ってことは姫は捕まっていない?
いえ、それよりも体の維持とはどういう事なのだろう。
「口が滑ったようだ。始末させてもらおう」
ネロは私に向けて何本もの触手を伸ばしてきた。
「……っ!」
剣でそれを切り裂く私。
「なんだと?」
「残念だけど、貴方じゃ勝てないわ!」
このネロは今まで私の戦ってきた奴よりも相当に弱いようだ。
スピードもパワーもてんで大した事がなかった。
「せいっ!」
「バカ……なっ!」
一閃でその体が砕けちっていく。
「……ふん。口ほどにもない」
「秋葉さま、あれを」
「ん……?」
ネロが消え去ったところに何かが落ちていた。
「これはワープドア……」
そうか、何かないと思ったのはこれだったのか。
「……」
そしてもうひとつ。
「翡翠、ワープドアを使うわ。掴まってなさい」
「え? あ、はい……」
翡翠に私の腕を掴ませワープドアで脱出する。
「アキハ! ヒスイ! 無事だったっ?」
アリマに戻ると都古が私たちのところへ駆け寄ってきた。
「ええ。どこもケガはないわ」
「ご心配をおかけしました」
ぺこりと頭を下げる翡翠。
「さっきネコアルクたちが戻ってきたからもしかしたらって思ったの!」
「ネコアルクが?」
そうか、弓塚さんがうまくやってくれたらしい。
「あ。秋葉さーん。わたしだよーっ!」
「……弓塚さん。乾さんも」
噂をすればなんとやら。
弓塚さんと、松葉杖をついた乾さんが歩いてきた。
「みんなを助けてくれたみたいだな。ありがとう。感謝する」
「いえいえ。当然の事をしたまでですよ。それより……」
「それより?」
「翡翠の事を頼みます。私はフジョーへ向かわねばなりませんので」
「何をなさるのですか? 秋葉さま」
「……」
先ほどネロが落とした物をみんなに見せる。
「これはウロボロスのボスの部屋へのカギよ……」
クラブ型のカギ。
それはネコアルクたちを助けに行く時に見た門のものと完全に一致していた。
「それってまさか……」
「ええ。そういうことよ」
そう。ついにウロボロスとの決着をつける時が来たのだ。
続く