言われなくてもわかる。
「羽居ぃっ!」
「えへへ、大正解ー」
私の背後で羽居がにこにこと笑っていた。
「トオノの為に鐘は鳴る」
その44
「何しに来たのよっ!」
思わず叫んでしまう私。
「何しにって……秋葉ちゃんのお手伝いー」
「……」
正直に言うと、大抵の場合はこの子が手伝ったほうが効率が悪くなる。
だが羽居にはそれを言わせない力がある。
なんせ彼女には悪意なんかかけらもないのだから。
「羽居。聞いてたのかい?」
蒼香が尋ねる。
「うん。穴掘りの人を探すんでしょ?」
「……ええ、それで掲示板に書きこもうとしていたんですが」
「わたしが描くよー」
笑顔でそんな事を言う羽居。
「……羽居がねえ」
何を任せても心配なのよね、この子。
「いや、案外こういうヤツが字を書いたほうがいいのかもしれんぞ?」
蒼香はにやにや笑っていた。
「……そう?」
「ああ。おまえさんだと固い文章書きそうだからな」
「う……」
確かにそれは否定できなかった。
「書いておいてやるから、その間適当に声をかけてきたらどうだい?」
「頑張るよー」
「……そうね……」
掲示板をいじっている最中は私にも被害が来ないわけだし。
「お願い出来るかしら?」
「うん、任せてっ」
私は羽居に掲示板を任せ、その辺の人たちに声をかけてみることにした。
「穴堀りぃ〜? ヤダね」
「……」
「この町に真面目に働こうなんて奴はもういないよ」
「……そう」
聞いた意見はろくでもないものばかり。
あげくの果てには。
「モエモエっ。メイドカフェで〜すっ。いかがですかぁ? ご主人サマー?」
怪しげな店の店員が怪しげな接客をしていた。
一体あれのどこがどういう風にメイドだというんだろうか。
メイドにミニスカートなんて言語道断。
客層もなんだかいかにもオタクって感じの人ばかりみたいだし。
「どうなってるのよこの町は……」
イライラしながらも声かけを続ける。
しかし結果は散々なものであった。
「はぁ……」
憂鬱な気分で羽居たちのところへ戻る。
「秋葉ちゃーん」
そこには底抜けに明るい笑顔の羽居が待っていた。
「……はぁ」
気が抜けるというかなんというか。
「どう? 出来た」
「まあ見てくれよ」
「……」
掲示板にはでかでかとしたポスターが貼られていた。
バイト募集である そなたもリッチになってはみぬか!
簡単な仕事で夢のような高収入を! 連絡先 ○○○ー××××
「……コレはどこの誰?」
「誰って秋葉ちゃんだけど?」
「誰がいつこんな口調でしゃべりましたかっ!」
何なのよこの時代錯誤というかずれた感じの口調は。
「……というよりも何なの! この詐欺広告そのものの文句は!」
甘い言葉に誘われて来てみたら騙されましたの典型みたいな文句である。
「いやでも金を掘るんだろ? 当たればでかいじゃないか」
「それはそうだけど……」
こんな文句にひっかかる人間がいるんだろうか。
いや絶対にいない。
「わたしはいい文句だと思うんだけどなあー」
「……」
やっぱり羽居に頼んだのが間違いだったか。
「ちなみに連絡先はあたしのケータイ」
「……また世界観ぶち壊すアイテムが出てきたわね」
「ん?」
「なんでもないわ……」
どうせまたどこぞの知得留先生の発明品なんだろう。
突っ込んだらその時点で私の負けだ。
何に負けるのかはわからないけど。
「蒼香。誰かこう……役に立ちそうな知り合いいないの?」
私はため息をつきながら蒼香に尋ねてみた。
「ん? まあいるっていえばいるな。いないっていえばいないけど」
「……何なのよそれは」
蒼香の言い方は実に歯切れが悪かった。
「要するにさ、おまえさんの求めているのは、金を探し当てる能力だろ?」
「ええ、まあ……」
力仕事なんとかなりそうだから、ダウジングとか、地質調査とかそういうのが出来る人間が欲しいわけだ。
「でさ。金限定ってわけじゃないけど、こう……明日のテストの問題とかの予想が上手い奴がいたじゃないか」
「問題の予想?」
そんな人いたかしら。
「ほら、後輩の」
「……あ」
そうか、アレがいたか。
「でもこの町にはいないでしょう?」
「いや、それがな。今回の作品の題材が金発掘についてで、そこのメイドカフェで原稿やってるんだとさ」
「……ふうん?」
それはいい事を聞いたかもしれない。
「ちょっと行ってきてみます」
「そうかい。頑張れよ」
「掲示板はどうするのー?」
「……好きになさいっ!」
どうせ誰も来ないわよあんな文句じゃ。
「モエモエっ。メイドカフェっ。ご主人サマ、ご奉仕するニャン?」
「モ、モエー!」
「……」
そうか、あの中にいかなくてはいけないのか。
「……」
頭を抱えながら近づいていく私。
「いらっしゃいませご主人サマー。おひとりですかー?」
やたらアニメチックな声で話しかけてくるメイドその1。
「ええ。知り合いが来ているのよ。探したいの」
「かしこまりましたぁー。ご主人サマ一名はいりまーすっ」
「かしこまりましたぁー」
「……」
この光景を翡翠辺りがみたら烈火の如く怒りそうである。
メイドのたしなみがなっていませんとか。
逆に琥珀は大喜びしそうだけど。
「……中もまた胡散臭いわねえ」
壁はピンク塗りで、アニメやらなんやらのポスターが所狭しと貼り付けてある。
流れている歌は勿論アニメソング。
「これだからオタクは……」
「おおっ? あそこに黒髪のメイドがいるでござるよっ?」
「ほ、ほんとなんだな。でも、格好がメイドさんじゃないんだな」
「……」
声のしたほうを見るといかにもオタク代表な感じの太った人とやせた人のコンビがいた。
「オヌシはメイドでござるか? 違うならば帰るでござるよー」
「め、メイドカフェに二次元の女はいらないんだな」
「余計なお世話です!」
「お、怒られたでござるよ! しかしこれはこれで快感!」
「じょ、女王様カフェとか今度ブームになりそうなんだな」
「ふんっ!」
うっとうしいので無視して先へ進む。
ええと、あの子はどんな顔してたっけ。
いや。顔よりももっとわかりやすい特徴があったではないか。
頭のてっぺんにピンと立った妙な髪の毛が。
「……いた」
カウンター近くの椅子にその子は座っていた。
遠野……オレ、オマエの事が好きなんだ!
ええっ! そ、そんな有彦。俺困るよ!
……ただの、友達か。
……。
でも、それでもいいんだ。オレは一人の男としてオマエを……。
あ、有彦。おまえそこまで……
「うふ、うふふふふふふ」
「……やけに楽しそうねえ」
「はうっ!」
にやにや怪しい笑顔を浮かべていたその子は、私の顔を見た瞬間凍りついていた。
「とと、とととと、遠野先輩っ! 何故ここにっ!」
「さあ、どうしてかしらねえ。強いて言うならば貴方が妙てけれんなものを書いている予感がしたから……とか?」
極上の笑顔を見せてあげて、それから名前を呼んだ。
「……久しぶりね。瀬尾」
続く