「斬刑に処す。その六銭、無用と思え」

なんてどこか妙にかっこつけたセリフを吐いている男は七夜志貴。

わたしがマスターにしてあげた男である。

「終わった。帰るぞ」
「わかってるわよ」

そしてわたしは白レン。

白い服を着ているレンだから白レン。

名付け親はコイツなのだけれど、あまりに安易過ぎイヤになる。

いっそ赤い色の服でも着てやろうかしら。

「何をしている。置いていくぞ」
「うるさいわねっ!」

倒した代行者が目覚める前に、わたしたちはその場所を後にした。
 
 

「白いレンの憂鬱」







「しかしまあ、しつこいねやっこさんも」
「それが仕事なんでしょ」

わたしとコイツは本来在らざるべきモノ。

破片同士が手を取り合って、なんとか形を維持出来ている、とても不安定なものだ。

使い魔としてわたしはマスターが欲しかったし、コイツは力の供給源が欲しかった。

お互いにメリットのある契約だったのである。

あくまで理屈の上では。

「来るたびに始末するだけだがな」

しかしこの甲斐性なしときたら、追っての始末以外は何一つ出来ない駄目男なのだ。

正確には「できるけどやらない」のでそこが尚更腹立たしい。

「さあ、飯にしよう」
「わかってるわよ」

お陰でやったことなんかなかったおさんどんが普通に出来るようになってしまった。

路地裏にわたしの力で作られた擬似的な家。

あまりやりすぎると気付かれるので程々のものだけど、文句を言っていられる状況でもない。

「この家だって無ければ寒空の下で夜露を凌ぐのよ」
「それはそれで一興だな」
「……」

元々七夜志貴はわたしが作り出した可能性の延長線の偽者だ。

性格を調整しなかったのは失敗だったかもしれない。

「……出来たわ」
「なんだ、またカレーか?」
「文句言うなら食べなくていいわよ」

ある人物を具現化した際に最も詳しい情報を得られたのがそれなのだ。

「そりゃ食べるが。どうもね……」
「いいからさっさと食べなさい!」
「はいはい」

この食器だって洗うのはわたしなんだから。

毎度新しいのを作るのは力を使って効率が悪い。

「さてと。寝るかな」
「もう?」
「する事がないからね」

食事が終わったら四六時中眠っている。

これはわたしの情報の中に修行中の光景がないからだ。

「暗殺者として育った可能性」という結果はあるのに過程がないという矛盾。

ワラキアだってそこまで細かくは考えてなかっただろう。

つまり日常に関する情報が著しく欠如しているのだ。

「はぁ……」

今更ながらコイツをマスターにしたのは失敗だったかもしれない。

戦ってる時はかっこいいのに。

「……ば、バッカじゃない?」

自分の考えを慌てて否定する。

別にコイツじゃなくてもよかったんだから。

他にいいのがいなかったから仕方なく選んだのっ。

「……」

しかし気にいらない。

わたしが選んであげたというのに好き勝手してばかり。

「わたしも勝手にするんだから……」

わたしは夢魔レンの使われていない部分。

夢魔である以上は食べるものは同じ。

「貴方のユメ、頂くわ……」

とびっきりの悪夢にしてあげるんだから。
 
 
 
 
 
 
 
 

「そうは言ってもここは正直だぜ?」

俺は彼女に向けてねばついた液のついた指を見せつけた。

「い、いやぁ……」

それを見て顔を紅潮させる彼女。

俺の加虐心が満たされていく。

まあいじめてばかりというのもかわいそうだ。

「君がイヤだっていうのなら止めようか」
「あ……」

期待するような瞳。

彼女はおずおずと言葉を綴った。

「続きを……もっとして欲しいのぉ……」
「いい子だね」

俺はそっと白いレンの頬を撫で……

「な、なななななななな何よこれーっ!」
「ん?」

あらぬ方向から叫び声があがる。

そこには白いレンの姿が。

「……?」

はて、俺が押し倒しているのも白いレンのはずなのだが。

実際目の前で瞳を潤ませ呼吸を荒げているわけだし。

「何てユメ見てるのよ貴方っ!」
「夢?」
「そうよ! こんないやらしい……! どっか消えなさいい!」

あっちの白いレンが腕を振る。

すると押し倒していた白いレンが消えてしまった。

「なんだなんだ。どういう事だ?」
「これは貴方の夢なのよ!」
「夢」

なんだ、夢だったのか。

「俺が夢が見れるとは驚きだな」
「わたしと契約したおかげよ! 感謝なさい!」

そういうものなのだろうか。

「で、オマエはなんなんだ?」
「わたしは本物よ!」
「夢に本物も偽者もあるのか?」
「夢魔が夢に入れないとでも思ってるの!」
「ああ。すっかり忘れていた」

その辺りの事は俺にはどうでもいい事だったからな。

「〜〜〜〜っ!」

俺の返答が気に食わなかったのか、白いレンはわなわなと腕を震わせている。

「で、その本物がどうした? 俺はお楽しみの最中だったんだがな」

いいところで邪魔をされてしまった。

コイツが契約相手じゃなかったらバラバラにしていたところだ。

「それよ! 何であんな……」
「まだ前戯の段階だろう。始まってもないさ」

これからめくるめく官能の時間が始まる予定だったというのに。

「人の事を夢の中で勝手に犯さないでくれる!」
「どんな夢を見たって人の自由だと思うんだがな」
「そ、それはそうだけど……だからってあんな……わたしがあんな風になるわけないでしょう!」
「どうだかなぁ」

こういうのに限って案外夢中になるもんだが。

実際遠野志貴の記憶によると黒いのは凄いみたいだし。

「と、とにかく! わたしのあんな夢を見るのは一切禁止よ!」
「勝手だなあ」
「うるさいわねっ!」

まったく我侭なお姫さまである。

「言い訳になるかもしれないが、あんな夢いつも見てるわけじゃないぞ?」
「当然でしょ! あ、あんなの毎日見られたら……」

先ほどの反復になるが、俺は夢を見られるのだということすら知らなかった。

「オマエ、俺になんかしなかったか?」
「えっ?」
「夢魔は人に夢くらい見せられるよな」

自分で自分の力のおかげで夢を見る事が出来るようになったと言ったのだ。

何か細工された可能性は大いにある。

「そそ、それはまあ、なんていうか……」
「やったんだな」
「悪夢を見せようとしただけよ! 貴方が自分勝手だから!」
「悪夢ねえ」

実際は気持ちいい事をしていたんだからいい夢の部類だと思う。

「途中まではよかったんだがな。オマエの登場で悪夢になったな」
「ほ、本物のわたしより偽者がいいっていうの!」
「オマエだって黒いのの偽モノだろう」
「……っ」

言葉に詰まる。

「な、何よ、貴方だって……」
「知ってるさ。だがまるで別物だよ」

姿形は確かに似通っているが、思考は全くの別物だ。

「だったらわたしだってそうよ!」
「ああ、そうだな」
「〜〜〜っ」

論点がずれてきたようだ。

俺としてはそのほうが都合がいい。

「そ、そうよね……わたしなんてどうでも……いいのよね」
「ん?」
「……ぐすっ」
「おいおい」

どうやらこの子はものすごい勘違いをしているようだ。

「ひとつ聞きたいんだが」
「何よ」
「オマエはキライな相手の淫夢を見て嬉しいと思うのか?」
「どういう意味よ!」
「俺はオマエを抱く夢を見て嬉しかったんだが」
「……っ?」

白いレンの顔が真っ赤に染まる。

「オマエはそれを邪魔して、はしたない、二度と見るなと言った」
「そ、それは……」
「少なからず好意を持ってたんだが……そっちにはそういう気は無かったって事だろう?」
「……」
「だから悪夢だって言ったんだ」

違うのはこの目の前の白レンが本物で、現実でもそれは同じという事か。

「ち、違うの……」
「ん?」
「だから、その……」

俯いたままもじもじと指を交差させている。

「どういう事だ?」

残念ながら色恋沙汰の不器用さは本家遠野志貴譲りである。

こういうのはいまいちよくわからない。

「ほ、本物のわたしじゃなくて、その空想のわたしに夢中になってたのが許せなかったのよ!」
「ふむ。本物に意識を向けて欲しいと?」
「そうに決まってるでしょ! だって貴方は……」
「マスターだから?」
「……わたしが選んだ相手だからよ」

意味合い的にはほとんど同じだ。

けれど白いレンの言い方のほうがしっくりくるような気がした。

「すると、こういう事かな?」
「え?」

白いレンの肩に触れる。

「本物相手に、さっきみたいな事をして欲しいと」
「んなっ! だ、誰もそんな事!」
「そうか」
「……ど、どうしてもっていうのなら……」
「ふむ」

どうやら白いレンは、素直に本当の事が言えないらしい。

なるほど、俺に興味を持つわけだ。

「まったくしょうがないな」
「あ、貴方がしたいっていうから仕方なくなんだからね!」

実際俺も彼女とどう接していいのか戸惑ってた。

何かこう色々とすっ飛ばしてしまった気がするが……

ほんの少しだけ歩み寄れば済む問題だったのだ。

「つくづく救えないな」
「何よ」
「いや気にしないでくれ」

まあ人の人格なんてそうそう変わるもんじゃない。

俺は白レンに作られた存在だし、この子の望む通りに振舞うのが筋なんだろうが。

あくまで自分の意思として「七夜志貴」として振舞おうとしようか。
 

「殺したいくらいに愛してるよ、レン」
「う、うるさいわね、バカっ!」
 
 

*白レンは七夜が美味しく頂きました。
 




あとがき
七夜はツンデレ。白レンはツンデレ。
二人は似たもの同士。
かっこつけたがるところも実は案外ヘタレなところも。
つまり二人がくっつくのは運命だったんだよ! な、な(ry


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