どうせ元凶はあの人だろう。
「それで、ですね」
「うん」
「世間の流行に遅れてはいけないと思いまして」
うん、現時点で遅れてるから。
ツンデレがブームだったのは果たしていつの話だったろうか。
「私が兄さんを実験台にしてツンデレをやってみようと思います」
「そ、そうか……」
そんな事しなくたって秋葉は十分過ぎるほどに。
「べ、別に兄さんのためにやるわけじゃないんですからねっ!」
ツンデレっ娘じゃないか……
「ツンデレっ娘世にはばかる」
「完」
「何か言いましたか?」
「いや」
これもうオチついてるじゃないか。
「別にやらなくてもいいんじゃないか?」
これ以上続けたって面白い事なんかないぞきっと。
「ですから兄さんのためにやるとは言っていないでしょう。これはあくまで私の勉強のためなんです」
「うん、だからもう秋葉は十分ツンデレをマスターしてるから」
ジョブマスターどころか人に奥義を教えられるレベルだと思う。
「兄さんはツンデレが嫌いなんですか?」
「う」
その質問はとても困る。
それにノーという事はもうほとんど秋葉を全否定してるようなもんじゃないか。
「そ、そんな事はないけど」
駄目だ。俺には秋葉を説得する事は出来そうもない。
「……わかったよ。好きなだけやればいいじゃないか」
よく考えたらまるっきりいつもの秋葉を相手にするだけだもんな。
それどころか、デレの要素だってあるのだ。
「ようやく観念しましたね」
ふふんと笑う秋葉。
「では受けてください! 私のツンデレを!」
その言い方だとツンデレが必殺技か何かのように聞こえなくもない。
「って……」
大きく振りかぶっている秋葉。
「待て、落ち着け、話を……」
ぶおんっ!
伏せた俺の頭の上を秋葉の手が通り過ぎる。
「何故避けるんですか!」
「何故じゃないだろ! 何するつもりだったんだ」
「……ビンタですけど」
「なるほど。そういうことか」
恐らくそうなんじゃないかという予感はあったのだが。
「おまえはツンデレを全然わかってない」
あの琥珀さんが正しい情報を伝えているわけがないのである。
「……琥珀にはめられたという事ですか?」
「一体何を聞いたんだよ」
「ツンデレはやたらと攻撃を仕掛けたがるものだと……」
「……」
あながち間違ってないのが嫌だ。
「だいたい、そんな事されて俺が喜ぶと思ったのか?」
「アルクェイドさんやシエルさんによくされているじゃないですか」
「……好き好んで攻撃されてるわけじゃない」
「そうだったんですか?」
「おいおい」
一体俺はどういう目で見られていたんだろうか。
「では正しいツンデレというのはどういうものなのですか?」
「……おまえそのものだよ」
「よく意味がわかりませんが……」
そりゃそうだろう。
自覚してるツンデレなんて希少だからな。
俺から言わせてもらえば、ツンデレの萌えポイントは好きな人の前でツンな態度を取ってしまった後に自己嫌悪をしているところで……
「兄さん?」
「はっ!」
いかん、これじゃ俺がツンデレマニアみたいじゃないか。
「べ、別に覚えなくたっていいじゃないか。どうでもいいだろ?」
「よくありません」
「なんで?」
「……琥珀が言うにはですね」
「うん」
「ツンデレは男性にとってものすごく効果的なアプローチのひとつであるという話を聞きまして」
「……」
まあ間違ってはいないが。
狙ってやるもんじゃないと思うんだがなあ。
「いやちょっと待て秋葉」
「なんですか?」
「誰かにツンデレでアピールするつもりがあるって事なのか?」
これは兄としては由々しき事態だ。
まさか秋葉にそんな相手がいたなんてなぁ。
「……別に今はそういう人はいません……が」
「なんだ」
「何だとは何ですか!」
「ああ、いや、安心したってこと」
「え?」
何故か顔を赤らめる秋葉。
「やっぱり心配じゃないか、色々と」
「引っかかる言い方ですね」
「それは勘弁してくれ」
色々の部分を語ってしまったら、俺は秋葉にどんな目に遭わされるやら。
「まあ、将来的に必要なのではないかと考えたわけです」
「必要なのかなあ……」
「ライバルだって多いんですよ?」
「さいですか」
この情熱をもっと他のことに注げばいいのに。
ああ、そのセリフは琥珀さんに言うべきか。
「えーと、じゃあ俺はどうすればいいのかな」
「正しいツンデレを教えてくれればそれで結構です」
「……」
ここでそれは秋葉そのものだよと言ったらどうなるだろう。
また会話がループになってしまう。
ならば具体的な例をあげるべきなのだろうか。
「たとえばの話だけど」
「はい」
「俺が秋葉を好きだとしよう」
「……例えばですか」
「いや、そんな怖い顔しないで欲しいんだけど」
なんでそんなに睨まれなくちゃいけないんだ。
「ま、いいでしょう。それで?」
「うん。内心は好きだと思っているんだ。けど、それは決して口には出さないんだよ」
「何か態度でアピールするんですか?」
「いや、逆」
「逆?」
「極端に言えば……だけど。秋葉の事なんか好きじゃないぞって言っちゃうんだ」
「好きなのにですか?」
「そう。本音が言えないんだよ」
「……」
それを聞いた秋葉は何やら考えるような仕草をしていた。
「それのどこがいいんですか?」
どうやらまったく同じ行動をしていることの自覚がないらしい。
「なんって言ったらいいのかな。こう、態度はあからさまに好きっぽいのに嫌いって言っちゃう感じ?」
「あからさまに嘘だとわかるということですか」
「……まあそれは終盤のツンデレだけど」
序盤はそれこそツンしかないわけだ。
「よくわかりません」
「俺もよくわからない」
本来のツンデレの定義はもっと別のものだったはずである。
それがいつの間にか、好きだけど素直になれない……みたいな感じに変わっていったのだ。
「ただひとつ言える事はさ」
「ええ」
秋葉は間違いなくツンデレだぞ。
なんて言えるわけないので。
「秋葉は今の秋葉のままで十分すぎるほど魅力的だよ」
自分にしてはこれでもかってくらいに気が利いてるんじゃないかって言葉になった。
「……」
それを聞いた時の秋葉の嬉しそうな顔ったらもう。
ああ、秋葉もこんないい笑顔が出来るんだなあって。
素直に嬉しかった。
ところが典型的かつパーフェクトツンデレっ娘である秋葉は、すぐにむっとした顔をしてこんな事を言った。
「べ、別に兄さんに魅力的なんて言われても、嬉しくなんてありませんっ!」
「今度こそ完」
「何か言いましたか?」
「い、いや……」
この後、してやったりな顔をした琥珀さんが現われるまでひたすら無限ループは続くのであった。
完