俺と有彦は放課後の教室でぼーっと空を眺めていた。
「で、何でオレらは傘持ってないんだろうな?」
「朝はいい天気だったからな……」
翡翠に傘はお持ちですかと念を押されたのに。
大丈夫だよと言って来てみりゃこれだ。
「……せめて美女と一緒だったらなあ」
大きなため息をつく有彦。
「そりゃこっちのセリフだよ」
「……はっはっは」
「ははは」
ため息が同時に響いた。
「梅雨の放課後」
「オマエのほうはメイドさんが向かえに来るんじゃねえの? 翡翠ちゃんだっけ?」
「どうだろ」
多少帰りが遅いくらいにしか考えないんじゃないだろうか。
「ほら俺無断外出、外泊の常習犯だったから」
「オマエ何気にオレより悪い奴だよな」
きししししと不気味に笑う有彦。
「あー、翡翠ちゃんで思い出したが」
「なに?」
「もうすぐ夏だよな」
「……それは一体どんな関連性があるんだ?」
「ばっか」
やれやれと首を振る。
「夏と言えば水着! 水着といえば美女だろう!」
「バカはオマエだ」
消しゴムを投げつけたら無駄に派手な動きでかわしてくれた。
「って訳だ。夏はみんな海に行こうぜ」
「みんなってのはアレか。お前も数に入れろと」
「当然だろう。えーと、誰だ? まずは秋葉ちゃんだろ? 翡翠ちゃんに琥珀さんに……」
「海なんか行くのかなあ」
秋葉の事だからプライベートビーチとか持ってそうな気もしなくもないが。
「アルクェイドさんにシエル先輩……」
「いや聞けよ」
「そうだ。有間の都古ちゃんもいたな」
「……オマエってそういうとこ無駄に気が効くよな」
こいつの力は女性に関してのみ最大限に発揮される気がする。
「おうよ。理想郷のためなら努力は惜しまんぜ」
「しかしオマエ、ロリコンだったのか?」
「ばっか。そんな事言ったら都古ちゃんにフルコンボ喰らうぞ?」
「……それは怖い」
本当にやられそうでぞっとしなかった。
「水着はどんなのが似合うかな?」
「誰に?」
「いや誰でも」
「うーん」
アルクェイドとかはビキニが似合いそうだよな。
なんせばいーんでぼいーんだし。
「……秋葉が怖そうだけど」
「遠野が何を想像したのかだいたいわかるのが嫌だな」
「はっはっは」
これはまあお約束。
「シエル先輩が以外に派手派手してそう」
「お。いいね。普段とのギャップってヤツか」
「いや……」
先輩の場合むしろ活発に動くからというかなんというか。
「で翡翠ちゃんはスク水だよな」
「何故に?」
「基本だろう。清楚にスク水。最強キャラだ」
「うーん」
試しに想像してみる。
真っ青でぴちぴちのスクール水着。
青い空、白い雲、広い海。
水を浴びて輝く青いスクール水着。
胸には大きく『ひすい』の名前が。
時には恥らいつつ食い込みを直したり。
「……ロマンだ」
「だろう?」
思わず有彦の手を取ってしまう俺。
「問題は翡翠がそんなもの持ってるわけないって事だけど」
「ばっか。姉のほうがいるだろう」
「あー」
なるほど琥珀さんならそのへんのマニアックなもんも所有してそうな気がする。
「その姉の琥珀さんも清楚系で責めたいとこだな」
「清楚かぁ?」
琥珀さんはどっちかといえば……ごほげほ。
「だっておまえ、琥珀さんが派手派手だと色んな意味でやばいぞ?」
「ぬ」
「一瞬でも目を奪われたら最後だ」
「……」
気付いたら人気の無い岩肌に連れ込まれて。
「たまんねえなぁ」
「ないない」
心の中ではあるあると叫んでいたのは秘密だ。
「都古ちゃんもスク水といきたいところだが」
「だが?」
「ここはマニアックに競泳用水着を推したい」
「……言いたい事はわかるが理解はしたくない」
「何を言ってるんだ遠野。オレは単に泳ぎやすさを追求してだな」
「はいはいよかったね」
迂闊に絡むと厄介なので適当に流しておく。
「……ただ問題はだ」
「問題は?」
「秋葉ちゃんがどんなものを着るかだ」
「……」
秋葉の水着か。
「……」
「都古ちゃんと一瞬悩んだろう」
「何を?」
「何がとは言わん」
「……」
窓の外を見る。
「梅雨だなあ」
「ああ」
雨はざあざあと降り続けていた。
「まあとりあえずだ」
「うん?」
「いつ行く?」
「確定事項なのかよ」
「おまえに拒否権はない」
「有彦に決定権もないぞ。きっと決めるのは秋葉だ」
「……最大の難関だな」
「だろう?」
なんせ水着だからな。
秋葉にとっては色々と問題があるわけだ。
いや何がとは言わないけど。
「アルクェイドさんを呼ぶのを止めるか」
「多分どっかで感付いて無理やりついてくると思うけど」
「だよなあ。あのスタイルは捨てがたい」
「いや、会話になってないし」
「……中和剤が必要だな」
「聞けよ」
再び消しゴムを投げたがかわされてしまった。
「アルクェイドさんと秋葉ちゃんの間に翡翠ちゃんを入れよう」
「スク水翡翠を中央に? 危険じゃないのか?」
構図的にとんでもないものが出来上がりそうなのだが。
「……あー、そういやそうだった。やばいな。核融合反応すら起きかねん」
「意味がわからないんだが」
こういうセリフを真顔で言えるからコイツは凄いと思う。
「姉貴を混ぜるか?」
「一子さんを?」
「ああ」
「……それはそれでまた問題が」
「あんなヤツだぜ?」
「それはお前の視点だからだよ」
天然アルクェイドにお嬢さま秋葉。
その間に姉さん系の一子さんが入るとなれば。
「カンブリア大爆発だぞ?」
「……おまえの例えのほうが意味がわからんぞ」
「俺もそう思う」
窓の外を眺める。
雨はまるで止む様子がなかった。
「濡れて帰るかなあ」
「好きにすればいいさ」
「二人で濡れて帰るか?」
「勘弁してくれ」
なんだそのある特定の層だけ喜びそうなシチュエーションは。
「あー、海いきてえなあ」
「水着姿が見たいだけだろう?」
「水着といえば……」
「無限ループは却下」
「はっはっはっは」
有彦はさも可笑しそうに笑っていた。
「帰るわ」
「マジでか?」
「迎えが来たんでな」
「ん?」
窓の外を見ても誰もいなかった。
「違う違う」
廊下のほうを指差す有彦。
「翡翠」
そこには翡翠が立っていた。
「だからあれほど申し上げましたのに」
「ごめんごめん、ほんと、反省してる」
翡翠と相合傘で歩いている俺。
持って来てくれた傘は有彦に貸してやったのだ。
「……これはこれで嬉しいですけれど」
「ん?」
「何でもありません」
翡翠はくすりと微笑んでいた。
「ところで乾さまとはどんな話をされてたんです?」
「う」
青い空、白い雲。
はじけるスクール水着。
「ああ、うん。う、海に行きたいなあってね?」
「海ですか」
少し考える仕草をする翡翠。
「皆で行ってみたいですね」
「そ、そうだね。あは、あはははは」
純粋な瞳がとっても痛く感じた帰り道であった。
完