一昨日はバレンタインであれやこれやと大変だった。
昨日はチョコの味はどうだった云々とアルクェイドや秋葉や翡翠や琥珀さんや先輩に詰め寄られ大変だった。
しかもアルクェイドに至ってはただの10円チョコである。
さらに色々とそんな事を有彦に愚痴ったら殴られるし。
昨日一昨日と俺の生活は散々なものだったのである。
だが今日は特に何も無い。
平和な一日になる予定であった。
だけど。
「わたしを捨てると不幸な事が起こりますよー。さあそんなことになりたくなかったら言うことを聞いてください」
今俺の部屋には、得体の知れない馬の女の子がいるのであった。
「遠野君さんと馬子さん」
「……なんでこんなことになっちまったんだろう」
大きく溜息をつく。
「それは遠野君さんがわたしを拾ってしまったからです。まったくもう、完全に予定が狂ってしまったじゃないですか」
馬の女の子(馬子さんと仮名をつけてみる)はそう言ってぷんすかと怒っている。
ちなみにどのへんが馬なのかと言うと手足が蹄なのである。
それ以外はほんとに普通の女の子だ。
ちなみになかなか可愛い。
「拾って……ってあれを?」
部屋の隅に置いてある鈍器を見る。
「そうです。あんな物騒な物体を拾おうとするなんてどうかしてますっ。うう、我ながら言ってて悲しいですけど」
どうやらアレがこの子の本体らしい。
「……そんなこと言われてもなあ」
その鈍器は有彦の家の傍を歩いているときに見つけたものである。
「……なんだ、あれ」
素人が見てもわかるくらい、武器って感じの武器。
なんていうか、アルクェイドでも倒せてしまいそうな感じのする代物である。
「どれ……」
男としてやっぱりそういう武器には興味があるのでなんとなく手に取ってみた。
そして先っちょをいじったりしているうちに指を傷つけてしまう。
その途端。
「駄目って言ってるのにー……ああ、聞こえてくれないーっ!」
と、馬子さんが出てきたわけだ。
「な、なななななな……」
その時の衝撃といったらもう。
マンガで突如魔法の精とかが出て来たりするのがあるけど、それを現実に見てしまったわけである。
「……あ、あれ? ひょ、ひょっとしてわたしが見えてたりします?」
こくこく。
「そ、そんなっ! 予定外ですっ! どうしてくれるんですかっぁ!」
馬子さんは半泣き状態で俺に迫ってきた。
「どどど、どうしろと言われても」
「そんなことは決まってます」
びっと蹄の手を俺に突きつけて。
「わたしを具現化した責任、取ってもらいます」
てなわけで馬子さんが俺の部屋にいるわけなのだが。
「言うことを聞けと言われてもなあ……」
「遠野君さんはわたしの言うことを聞くべきです。いえ、聞かなくてはいけないんですっ」
何故馬子さんは名乗っていない俺の名を知っていてしかも「遠野君さん」と変な呼び方をするんだろう。
ひょっとしてアレか。魔法の力とかで名前を知ったんだろうか。
「だってそうでしょう? わたしは他の人に拾われるつもりだったのです。それなのにあなたが拾ってしまうなんて。こんなに悲しいことはありません」
俺がそんなことを考えていると、馬子さんは相変わらずの主張を続けていた。
俺が拾ったのはとてもいけないことだと。
「じゃあ、他の人だったら誰でもよかったの?」
「いえ。ある特定の人に拾ってもらわないといけなかったんです」
「だったら、その人の所に自分で行くなりなんなりすればよかったのに」
「それが惜しくもあそこで魔力が尽きてしまったんですねー。あ、にんじんもう一本いいですか?」
「……どーぞ」
とりあえず責任を取る第一歩としてにんじんを用意しろと言われたので用意してみた。
信じられない話だけどこれで魔力が補充できるらしい。
その数ざっと10数本だったのだがもう無くなりかけている。
「じゃあ魔力とやらが回復したらまたあそこに置いてあげるから。自分でなんとか目的の人のところまで行ってくれよ」
「いえ。あの作戦はまた誰か別の人に拾われてしまう可能性がありますし。……そもそも目的の人が拾ってくれないかもしれないと思ってきてしまいました」
そう言ってやたらと悲しそうな顔をする馬子さん。
そういう顔をされるとどうにも困ってしまう。
「……わかったよ。言う通りにする。俺は何をすればいいんだ?」
我ながらこういうところがトラブルに巻き込まれてしまう理由だと思うんだけど、性分なので仕方が無い。
「ふ。どうやらわたしの威厳に恐れをなしたようですね」
馬子さんはやたらと自分に都合のいい解釈をしていた。
「それでいいから。なに?」
「む。何か投げやりですね。いけませんよ物事は真面目にやらなくては。……えーと、渡して欲しいものがあるんですよ」
ぶつくさ言いながらも俺に指示をする馬子さん。
「渡して欲しいもの?」
「はい。えーと、わたしの本体のどこかに箱があると思うんですが」
「箱……」
鈍器の周辺を探してみる。
「……これかな?」
少しくぼんだところに綺麗にラッピングされた箱が入っていた。
鈍器とこの箱の組み合わせはなかなか奇妙である。
「あ、それですそれ。わたし頑張って包装したんですよー」
あの手じゃさぞかし苦労したに違いない。
しかしそれを微塵も思わせないようなにこやかな笑顔。
その笑顔はアルクェイドに通じるものがある。
「へえ。これを渡せばいいのか」
「はい。宜しくお願いします」
「誰に?」
「……えーと、プライバシーの問題で名前は伏せさせていただきたいんですが」
「それじゃあ見つけられるかわからないんだけど」
「いえ、わかりやすいからすぐ見つかると思うんです。出来れば家のポストにでも放り投げておいてください」
「アバウトだなあ……」
「大丈夫ですよ。遠野君さんと同じ学校の人ですから」
「あ、そうなんだ」
それなら見つけられるかもしれない。
「えーとですね。死ぬほど意地悪でオーボウで口が悪くてキチクで……」
をい。
「……ちょっと待って。この中身爆弾とかそういうんじゃないよね」
「はい。大丈夫ですよ。食べても命に別状はないと思います」
「……」
やばい、なんか俺鉄砲玉に任命されてるような気がする。
「うおおおおっ!」
「わーっ! 遠野君さん何するんですかーっ!」
プレッシャーに耐えかねて箱のラッピングを解いてしまう。
一体中身はなんだというのか。
「……チョコレート?」
なんと中身は何の変哲もないチョコレートであった。
「そーですよ。ただのチョコレートです。うう、せっかく綺麗にラッピングしたのに無駄になっちゃったじゃないですかっ!」
馬子さんは非常に憤慨していた。
なるほど、馬子さんは2/14のバレンタインデーにチョコを渡したかったらしい。
「だ、だってさっきの話を聞いてるぶんじゃすごい悪人みたいじゃないかそいつ」
「ちゃんと続きがあるんですよ。そう見えるけど、実はとってもいい人なんです」
「……」
死ぬほど意地悪でオーボウで口が悪くてキチクなヤツがいい人だとはとても思えない。
「ま、まさか毒入りチョコっ?」
「違いますよっ。遠野君さんこんな可愛い女の子がそんな恐ろしいことすると思いますかっ?」
「……自分で可愛いって言われてもなあ」
まあ事実可愛いんだけど。
「とにかくこれはまっとうなチョコです。ちゃんと渡してください」
「そんなこと言われても。もうちょっと身体的特徴をあげてくれないと困る」
「えーとですね。髪の毛がオレンジの人です」
「……」
やばい。知り合いでものすごく思い当たるヤツがいた。
「……乾有彦?」
試しに聞いてみる。
「な、何故それをっ? い、いえ違いますっ! えと、合ってるんですけど違いますっ!」
有彦で間違いないらしい。
なるほど、確かに有彦ならさっきの言葉が当てはまる。
「わかった。死ぬほど意地悪でオーボウで口が悪くてキチクなヤツだけど実はいい人だと言えるようなやつだね? 探してみるよ」
「あ、はい。……えと、お願いします」
何故馬子さんと有彦が知り合いなのかはわからないけど、まあ敢えては聞かないことにしよう。
「……じゃ、今から行ってくる」
「え? 今からですか?」
「ああ。もう14日は過ぎちちゃってるから早いほうがいい」
「え、ええっ。そんなぁ。過ぎてたんですか? うわぁ、タイミング悪いなー」
「大丈夫だって。あのバカならなんでも喜んで食うから」
「そ、それも微妙ですよっ……」
戸惑う馬子さんを尻目に俺は外出の準備をしてドアを開けた。
「……ああ、そういえば」
そうだ、聞いておかなきゃいけない。
まさか本当の名前が馬子さんじゃないだろうし。
「君。名前は?」
「ああ、そういえば言ってませんでしたね。わたしは――」
「あーりひーこーくーん。あーそーぼー」
だだだだだだ、ばたんっ。
「アホかオマエはっ!」
「おお、珍しく家にいたのか有彦」
最近は有彦の家に来てもいないことが多いので適当な呼び方をすることが多かった。
イチゴさんに大爆笑されることもあるけどそれはそれでおいしいのでありだ。
「実は渡したいものがあるんだ」
「……なんだぁ。妙に改まって」
「これを……」
丁寧にラッピングし直した箱を差し出す。
「遠野。俺はそういう趣味はないぞ」
一歩退く有彦。
「おまえこそアホかっ! 女の子に頼まれたんだよっ!」
「なにいっ! それを早く言えっ!」
言うなり箱をかっぱらう有彦。
「……おっ。チョコレートかっ!」
「ああ。14日に渡すつもりだったが間に合わなかったらしい」
「ほうほう。……うん、美味い! これを作った女の子は間違いなく美人だなっ!」
どういう理屈だそれは。
「まあ可愛かったけどさ。確かに」
「だろ? 何て名前だ? どんな子だ? スリーサイズはっ?」
ガッツポーズを取ったりなんだりで非常にうっとおしい有彦。
「スリーサイズなんかわかるかっ! 聞いたのは名前だけだっ!」
「名前だけで十分だ! さあ!」
「ななこだ」
「……あ?」
ぴたりと有彦の動きが止まる。
「ななこだ」
「……そりゃ、なんかの間違いじゃないのか?」
そして確かめるように聞いてきた。
「いや、ななこだ。セブンじゃなくてななこですよーとか言ってた」
「ソイツ、手と足が馬だったりするか?」
「不思議なことにその通りだ」
「……」
黙りこむ有彦。
「あー、なんだ。ソイツとおまえがどうして知り合ったのかはわからんが、早めに縁を切ったほうがいい」
「俺もそう思う」
「……あとどっかで見たような人が回収に来るけど知らないふりしておけ」
「肝に銘じておく」
「そうか」
「……」
「……」
奇妙な沈黙。
「じゃ、帰るわ」
「おう」
そう言って一歩を踏み出そうとしたとき。
「遠野」
有彦に呼びとめられた。
「なんだ?」
「形はわりいがまあマシな味だったと言っといてくれ」
「了解」
そうして俺はその場を去った。
「死ぬほど意地悪でオーボウで口が悪くてキチクなヤツだけどオレンジの髪で実はいい人に渡してきたよ」
「ほ、ほんとですかっ?」
ななこさんはやたらと驚いた顔をしていた。
「ほんとだって。目の前で食べてたし」
「そ、そうですか……ど、どうでしたか? 何か言ってましたか?」
「ああ。形はわりいがマシな味だったって」
「そうですかー。よかったぁ」
それを聞いて満面の笑みを浮かべて笑うななこさん。
その笑顔だけで俺が協力した価値はあったとすら思えた。
「あとどっかで見たような人が回収に来るけど知らないふりしておけって俺に言ってた」
「そうでしょうねー。わたしマスターに内緒で抜け出しちゃいましたし。三日も見つからなかったのが奇跡です」
どうやらななこさんは2/13から逃亡していたらしい。
「とにかく遠野君さん、どうもありがとうございました」
そう言ってふかぶかと頭を下げる。
「いや、いいって。それよりその遠野君さんっていうの止めて欲しい。遠野君か遠野さんにしてくれよ」
「え? 遠野君さんって『遠野君』が名前なんじゃないんですか?」
「まさか。誰がそんなこと言ってたの?」
「いえ、マスターがいつも遠野君は……と言っていたものですから」
「遠野君……?」
はて、ななこさんのマスターとやらは俺の知り合いなんだろうか。
「どうぞ、持って行ってください」
「くれぐれもこのことは内密に……」
「何のことですかね? ただ俺はよくわからない鉄の固まりを拾っただけですよ」
「……ありがとうございます」
有彦の言ったとおり、しばらくしてどこかで見たようなスーツ姿のお姉さんが鈍器を回収にやってきた。
「ああ、えと、唐突な話なんですが」
「……なんですか?」
「馬の女の子と普通の人間……いや、オレンジの髪のやつで。その恋愛って成立しますかね?」
「……」
お姉さんは一瞬なんともいえないような顔をしたがやがてこう言った。
「するんじゃないですか? 肉体とかではなく、それは気持ちが大切なものですから」
「そうですか」
「ええ。……多分ですけど」
なんとなく鈍器が赤みを帯びたように見えた。
「いや、つまんないこと聞いてスイマセンでした」
「いえいえ。それでは」
そしてお姉さんは去っていった。
「……有彦も大変だなあ」
姿が見えなくなってから呟く。
まあ俺も人のことは言えたもんじゃない。
真祖の姫に義理の妹、埋葬機関の戦闘のプロにメイドさんが二人。
「ホワイトデーまでに……なんとかならないよなぁ」
これから有彦と共に厄介なものに惚れた、惚れられたもの同士としてさらに仲良く出来そうだと。
そんなことを思うのであった。
完