「……では、そろそろ就寝されたほうが良いと思います。明日に響きますから」

なんだかその言葉で急に現実に引き戻された気がした。

「ちなみに今何時?」

恐る恐る尋ねる。

「はい、今は……」

翡翠が腕時計を見ながら時間を言う。
 

「……徹夜したほうがいいかもなぁ」
 

苦笑するしかないような時間であった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
その40









「……」

結局、数時間でも寝たほうがいいという、普段無いような翡翠の強い口調に押されて寝ることになった。

そうしてベッドに寝転んではいるものの、もう目が冴えてしまっていてなかなか眠れそうに無かった。

「ねえ、志貴」
「んー?」

隣に寝ているアルクェイドが話しかけてくる。

アルクェイドも眠れないらしい。

もう上にあげさせるのも面倒なので、今日は同じ布団で寝てしまうことにした。

これなら勝手にどこかに行かれる心配も無い。

「……人間って大変なんだね」
「なんだよ。いきなり」
「うん。なんだか妹の話を聞いてたらちょっとそう思ったの」
「まあ……な」

人は群れなければ生きられない動物である。

そして俺たち遠野という群れに属している人間は、確かに裕福だろうが色々と制約を受けている。

遠野の家の人間はこうあるべきだ云々。

秋葉だって、望んで態度を取るようになったわけではないのだ。

そういった環境で生き残るために必要な手段だったんだろう。

そして、そこでは考えの相違によるストレスなんかも生じるのだ。

「付き合いたくも無い人間と付き合うだなんて、わたし信じられないよ」
「しょうがないだろ。それが大人ってもんだ」

この大人って響きはなんとなく胡散臭い。

大人と言う言葉は都合のいい言葉だ。

子供があのおもちゃが欲しいといえば、大人なんだから我慢なさい。

辛いことや悲しいこと、イヤなことがあっても大人なんだから我慢なさい。

大人っていうのは我慢できるようになれることなのかもしれない。

「わたしとシエルの付き合いみたいなものかなぁ」
「……どうだろうな」

正直分からない。

先輩は教会という群れに属しているからアルクェイドを倒そうとしている。

けれど、シエル先輩個人としては、アルクェイドのことをどう思っているんだろう。

そんなもの、ないのかもしれない。

あっても無視されるのかもしれない。

群れの中では個人の感情なんて、ほんの一部ですらない可能性のほうが高い。
 

「……人間って大変だなあ」

思わずアルクェイドと同じことを呟いてしまった。

「そう思う?」
「ああ」

考えれば考えるほどわからない。

突き詰めると、どこかヘンなことをしているような気がしてたまらない。

それが人間で、それが大人ってことなんだろうか。

「じゃあ志貴が大変だって思うことってどんなこと?」
「……そうだなあ」

そこには大抵アルクェイドが絡んでくる。

こいつには色々苦労させられてるのだ。

けれど。

「うーん……その時は大変だと思うし、いやだとも思うけど。後でよかったなあと思えることかな」
「何それ?」
「いや、なんでもない」

なんだか自分で言っていてよくわからなかった。

「おまえはそういうこと、あるのか?」

逆に尋ねてみる。

アルクェイドには悩みとかそういうのはまるでなさそうだ。

悩みが無いのが悩みとでも言おうか。

「うーん……わかんないなぁ」

やっぱり。

「わたし、志貴に会う前って楽しいこととかも何にもなかったから」
「う」

そういえばそうだった。

にわかには信じられないけど、こいつは俺と出会う前はそれこそロボットみたいなものだったそうだ。

ただ命令を忠実に遂行するだけの存在。

そのために真祖――アルクェイドは創られたのだ。

「ごめん」
「ううん」

アルクェイドはちょっと暗い顔をしていたが、その後に笑った。

「志貴に会ってからは色々あるよ? 嬉しいとか、悲しいとか、ずるいなーとか」
「ずるい?」
「うん。妹とかって毎日志貴に会ってるわけじゃない。だからずるいって」
「……」

そんなことを言われて俺はどう答えろって言うんだ。

「ま、まあ、でも、うん。おまえもこれからは屋根裏部屋にいるわけだしさ」
「うん。そうだね。だからすごく嬉しい」

ああ、こいつの一言一言はいちいち破壊力がありすぎる。

「……」

俺は寝返りを打った。

「でも、その妹にしても、色々苦労してるわけじゃない? そういうこと知ったら、あんまり妹のことずるいと思わなくなったの」
「ん……さっきの話か?」

アルクェイドのほうに向き直る。

「うん。妹だけじゃないな。きっとわたしは知らないけど翡翠や琥珀も苦労してるんだと思う」
「そりゃそうだ。誰だって苦労してる。でも、なんとなく他の人が羨ましく見えるもんなんだよ」
「そうなの?」
「ああ」

俺もかつて、ここに来る前には豪邸暮らしに憧れたことがある。

だが実際にそこで生活してみて、その窮屈さ、退屈さに驚いた。

なんでもそうだ。

その立場に立ってみなきゃわかるもんじゃない。

「……そうか。おまえは相手の立場でものを考えられるようになったわけか」
「え?」

正直今までのアルクェイドはかなり自己中心的であった。

自分がああしたいからこうする。

こうしたいからこうあるべきだ。

そうして俺が巻き込まれる。

相手の状況なんてお構いなし。

だけどそれは仕方の無いことだったのかもしれない。

アルクェイドは今まで一人だったのだ。

集団で生活したことなんかないのだから。

今日一日、みんなと生活したこと(と言えるかどうかはわからないけど)で、少し何かが変わったのだろう。
 

「どういうことなの?」
「いいことだよ。すごくな」

つまりアルクェイドが成長したということである。

「むー?」

不思議そうだった。

「じゃあ聞くけど。今は満足してるのか?」

逆にそう尋ねてみる。

「うん」

笑顔で断言してくれた。

このあたりは少し羨ましくもある。

「でもさ。あれだぞ。これからここで生活してるうちに色々不満が出てくる」
「そうなのかなぁ……」
「そうだって」

人はいつでも理想を求めるものだ。

そして現状に満足しないからこそ進歩がある。

「おまえの場合、まだまだ勉強することが多いしな」
「どういうことよ」
「そのまんまだ」
「何よ、志貴だってそうでしょ?」

言われて苦笑した。

「……そうだな。俺もまだまだ未熟だしさ。頑張らなきゃな、お互い」

俺も人から朴念仁、トウヘンボクと言われ続けている身なのだ。

精神的、人間的にももっと成長しなきゃいけない。

「ふーん」

アルクェイドは感心しているようだった。

「それってやっぱり大変なことだよね?」
「まあな」

口で言うのは簡単だけど、実行するのはなんとやら。

「なんだかおかしいね。大変だってわかってるのにそれに挑戦しようとしてるなんて」
「かもなあ。でも、そんなもんだろ実際。それで新しいことが出来るようになったりすれば嬉しいしさ」
「……そうだね。そうかも」

二人して笑う。

「そっか。妹は勉強したいから当主なんかやってるんだ」
「……いや、それはどうだかわかんないけどさ。好きでやってるって言ってたよ」
「そうなんだ」

やはり当主ならではのいいこともあるのだ。

「大変。面白いこともある。辛いこともある。それが人生ってもんかな」
「なるほどねー」

アルクェイドはやたらと納得していた。

「わたしはね、志貴」
「ん、なんだ?」

そこでアルクェイドは照れたような笑いを浮かべる。

「わたしは志貴と楽しいこととか苦しいこととか、ずっと一緒に感じられたら凄く嬉しいな」
「そうだな。そりゃあいい」

なんだかんだでアルクェイドといると退屈しない。

だからそういうことを一緒に感じられるなら俺も嬉しい。

「……ん?」

ちょっと待て。

楽しいこととか苦しいこととかをずっと一緒に感じる。

つまり、健やかなる時も病める時も。

「……結婚の文句みたいじゃないか」
「え? なに?」
「なんでもない、なんでもないっ」

変な考えをしてしまった。

こいつがそんなこと考えてるわけないじゃないか。

「……変な志貴」
「眠いからだよ」

話しているうちにだんだんとまぶたが重くなってきていた。

「そうだね。翡翠に早く寝ろって言われてたし……寝よっか」
「おう」

俺はそっとまぶたを閉じた。

「おやすみ、志貴」
「ああ。おやすみアルクェイド」

すると、アルクェイドが俺の手を握ってくるのを感じる。

「……いいでしょ?」
「ああ」

アルクェイドの手は暖かかった。
 
 
 
 

こうして俺たちは、同じ屋根の下で朝を迎えることになる。
 
 
 
 
 



あとがき
第一部完です。はじめての月姫SSだったのですがいかがだったでしょうか?
屋根君(略称)はまだ続く予定ですが、下にアンケートを設置したので宜しければお答え下さいませ。
今後の参考にさせて頂きますので。


アンケートです。 宜しければ送って下さいませ。
名前【HN】

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今後の展開
学校へ(平日編)   屋敷(休日編)

出番を増やして欲しいキャラ【いれば】

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