秋葉は不満げに口を尖らせていた。
「あ……う、えと、なんだろう」
自分で言っててよくわからなかった。
「はぁ……もういいです。帰って下さい。アルクェイドさんの件はわかりました。後日みんなに話す。以上」
「わ、わかった。それじゃ」
これ以上ここにいると秋葉を怒らせてしまいそうだ。
俺は大慌てで部屋を後にした。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その43
「アルクェイドっ」
部屋のドアを開ける。
「ん……おかえり」
アルクェイドは俺のベッドの上に寝転んでいた。
「ていっ!」
「きゃあっ?」
その上に飛び乗ってしまう。
「ちょ、どうしたのよ志貴」
「いや、ちょっとな」
改めて確認したかったのだ。
俺は。
「やっぱり俺はおまえが好きだよ」
「は?」
自分でも唐突だなと思う言葉に目をぱちくりしているアルクェイド。
「だから、隠すのは止めた」
「ちょ、ちょっと……それってどういう事?」
「みんなに話すんだよ。俺とおまえが付き合ってるんだって事」
「ほんとに?」
呆けたような表情で尋ねてくる。
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「本当に本当。明日にでもみんなを集めて話す」
「……そっかっ」
アルクェイドはにこりと笑ってくれた。
「ああ」
やっぱりこいつも気にはなっていたんだろう。
「志貴、ちっともそういう事言わないんだもん」
「なんか恥ずかしいじゃないか」
それと同時に今の関係が壊れてしまうんじゃという恐怖もあった。
けどいつまでも逃げてたって駄目なんだ。
「前向きにやっていこう」
「……えへ」
肩を振るわせて笑うアルクェイド。
「えへへへへ……」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「ううん、なんか嬉しくて」
「……アルクェイド?」
違う、アルクェイドは笑ってるんじゃない。
「あれ……おかしいな」
アルクェイドの頬を伝う、一滴の雫。
「嬉しいんだよわたし、ほんとに……あれ?」
ぽろぽろと零れ落ちる涙。
アルクェイドは自分が泣いていることに戸惑っているようだった。
「そうか……」
こいつはいつもと明るく振舞ってたから気付かなかったけど。
「……ごめん」
本当はずっと苦しかったのかもしれない。
自分は本当に彼女という存在なのか。
「志貴……志貴っ」
強く俺を抱きしめてくるアルクェイド。
「色々ごめんな、ほんとに……」
俺は本当に不甲斐ない男だった。
こんな俺を好きになってくれたアルクェイドの為にも。
いや、他のみんなのためにも。
「幸せにならなきゃな」
「……うん」
ってこれじゃ結婚報告をするみたいじゃないか。
そこまではまだ考えて……
「……志貴?」
「ああ、いや何でもない」
いずれはそういう事になるんだろうか。
今の俺にはそこまで考える事は出来ない。
けど確かなのは俺がどうしようもなくアルクェイドの事が好きで、こいつもきっとそうだろうという事だ。
「きっと上手くいくよ」
絶対になんとかしてみせる。
「うん」
アルクェイドに体を引き寄せられた。
「志貴……」
「……アルクェイド」
そして俺たちはそうする事が当然のように唇を重ねるのであった。
「……って訳で俺とアルクェイドは付き合ってるんだ」
翌日の昼下がり。
みんなを呼び出して俺はアルクェイドと付き合ってる事実を告白した。
「……」
非常に気まずい沈黙。
「な、何か質問ある?」
などと我ながら空気の読めない事を言ってしまった。
「……それはいつ頃からなんですか?」
最初に口を開いたのは秋葉だった。
「あ、え、ええと……いつだったかな?」
アルクェイドに目線を向ける。
「気付いたらそうなってたっていうのが正しいんじゃない?」
「……だなあ」
告白とかそういうのは一切無かった気がする。
本当に気付いたらそうなっていたのだ。
だからこそアルクェイドも不安がっていたわけで。
「そうでしょうね……」
ため息をつく秋葉。
「既にラブラブだったんですねー。わたしたちの入り込む余地なんてなかったんですかー」
茶化すように琥珀さんが笑って見せるが、周囲は誰も笑ってはいなかった。
「あ、あはは……」
やっぱりみんな怒ってるのかなあ。
「志貴さま……」
翡翠がおずおずと俺の前に歩いてきた。
「う、うん」
「おめでとうございます」
「へ?」
それは予想外の言葉だった。
いや、祝福してくれるのは嬉しいんだけど。
「わたしは志貴さまの将来を案じておりました……女性の気持ちに粉微塵も気付かない志貴さまに相手が出来るのかどうか」
なんだか凄い言われようである。
「……否定できない自分が嫌だ」
それがまるっきり事実だから笑う事は出来なかった。
「そうですよ、おめでたいことですよねっ。ねっ?」
ぱちぱちぱちと手を叩く琥珀さん。
「……」
「……」
秋葉とシエル先輩はぶすっとした顔をしていた。
秋葉は昨日話したからまだいい。
問題はシエル先輩のほうだ。
シエル先輩の立場上、どう考えてもこれを認めるとは……
「ま、世の中色んな恋愛がありますからね。いいんじゃないですか?」
「……あれ?」
そんなにあっさり?
「ちょ、シエル先輩?」
この言葉に驚いたのは秋葉だ。
多分秋葉もシエル先輩だけは否定すると思っていたんだろう。
「シエル、ちょっと本気?」
アルクェイドですらこの発言に驚いているようだった。
「……はぁ、困りましたね。では『そんな事は絶対に許しません、どうしてもというならわたしと勝負してください!』とでも言えばいいんですか?」
「い、いや、言わなくていいけど」
「なら何も問題はないじゃありませんか」
「や、だって……」
思わずアルクェイドと顔を見合わせてしまう。
「ま、これはあくまでわたし個人の意見であって埋葬機関の立場としてはそんな事は絶対にあり得ないし許してはいけないことなんでしょうけどね」
「埋葬機関?」
「……あ」
しまったと言わんばかりに口を押さえるシエル先輩。
先輩が埋葬機関の人間であることは俺とアルクェイドしか知らないのに。
「ま、まあとにかく二人が付き合っていようがなんだろうがわたしには一切関係ない話なんですっ」
あのシエル先輩がこんな基本的なミスをするなんてあり得ない。
外見上は平静を装ってるけど内心ではかなり動揺しているのかも。
「……まあ……私としても昨日聞いて肯定してしまったわけですし……今更否定する気も……」
シエル先輩のほうをちらちら見ながらぶつぶつ呟いている秋葉。
「……ってことは……誰も反対する人間はいない……ってことか?」
「……」
返事はない。
だがそれは明らかに肯定を意味していた。
「これからは大手を振ってアルクェイドといてもいいんだな?」
「目の前で堂々といちゃつかれるのは勘弁願います。不愉快ですから」
渋い顔をしつつも認めてくれる秋葉。
「ああ、わかった」
これからはアルクェイドと一緒にいられるのだ。
「やったなアルクェイドっ!」
「うんっ!」
二人で熱く抱きしめあう。
「だからそれを止めなさいと!」
「いいじゃないですか、秋葉さま、今まではこういう事も出来なかったんですから」
「……むぅ」
「あはははっ」
「はははははっ!」
「……鬱陶しい事この上ないんですけど」
「聞こえてないですよ、あれは」
今なら断言できる。
俺とアルクェイドは、とんでもなく幸せだって事を。
完
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