俺たちは部屋でただひたすらに退屈を満喫していた。
「琥珀さんもいないし……」
今日はアルクェイドと仲良くお留守番である。
「ねえ、何かして遊ぼうよ」
「何かたってなあ」
俺には琥珀さんほどの遊びのレパートリーは無いぞ。
「じゃあしりとりしよっか?」
何故かこういう時のアルクェイドの提案は異常に子供っぽい。
「うどん」
「もう、志貴ってばー」
今日はまったりと過ごす事になりそうである。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その16
「ちぇ、つまんない。シエルでも呼ぼうかな」
「やめとけ。先輩だって忙しいんだ」
暇そうなアルクェイドとは違うんだから。
「……何か仕事でもしたらどうだ?」
俺はほとんど思いつきでそんな事を言ってみた。
「仕事?」
「そ。仕事」
「わたしに何か出来ると思う?」
「……あんまり思わない」
「失礼ねー」
正直な意見を述べたのにアルクェイドは憤慨していた。
「じゃあ聞くなよ」
っていうか尋ね方が否定を希望しているようにしか聞こえなかったのだが。
「こう、魔物退治とかの仕事ないかしら?」
「あるわけないだろ。ファンタジーやメルヘンの世界じゃないんだから」
まあコイツ自体がファンタジーでメルヘンな存在なのだが。
「だいたい前にメイドやったじゃない」
「まあそれはそうだけど」
あれはほとんどごっこみたいなものだったしなあ。
真面目にやってたら一週間も持たなかった気がする。
「あ。いい事思いついた」
「……なんだよ」
「ふふーん」
その表情は何故か琥珀さんのそれを連想させた。
「ちょっと出かけてくるわね」
「どこへだ」
「内緒〜」
「……」
さて、有彦のところにでも遊びに行って来ようかな。
「ちゃんと待っててよ?」
「……はいはい」
どうやら逃げられないようだった。
「まったく……」
一体何をするつもりなんだか。
「じゃーん」
「メイド服……」
それは翡翠が着ているお馴染みのメイド服だった。
「翡翠のところから借りてきたのか?」
「そうにゃん」
「何がにゃんだよ」
「にゃん?」
「にゃ、にゃん……」
格好はメイド服なのだが、何故か頭には猫耳がついていた。
「これは琥珀に貰ったにゃん」
「……琥珀さんか……」
また余計なものを。
「志貴はこういうの好きかなーって」
「い、いや、それはまあ……」
男だったら猫耳に興味を示さないはずがなかろう。
猫は可愛い。女の子も可愛い。
セットで効果倍増!
うむ、正しい理屈だ。
「今日はこの格好でご奉仕するにゃん」
「……」
なんか昔そんな事言ってるマンガあったなあ。
「面白いにゃん?」
「ま、まあ、うん、なかなかいいじゃないかな」
これはかなり新鮮な気がする。
「最近いちゃいちゃしてなかったにゃん。寂しいにゃん」
なんて言いながら喉をごろごろ鳴らすアルクェイド。
「うぐっ……」
思わず体に手が伸びてしまいそうだ。
まあ二人っきりだからいちゃいちゃしようがえろえろな事をしようが何も問題はないのだが。
何かこうアルクェイドと意図したとおりに事が運ぶのは癪な気がする。
「そ、そんなにいちゃいちゃするもんじゃないだろう?」
「そんなぁ〜」
俺がそう答える見るからにしょぼんとしてしまう。
「あ、いや、その」
「じゃあご奉仕してあげないにゃん」
「……べ、別に構わないさ」
「この格好で何もしてあげないにゃん?」
「……」
それはものすごい拷問の気がする。
「わかったよ。じゃあしりとりしよう」
面白い事でもないけど時間は潰れるだろう。
「にゃん?」
「さっきやろうって言ってたじゃないか」
「わたし、すぐ負けちゃうにゃん?」
「なんで?」
「にゃん」
「あー」
語尾になんでもにゃんがつくからか。
「にゃにすればいいにゃにゃにゃ……」
噛んだ。
「うわ、志貴かっわいー」
それにアルクェイドが素の反応を示す。
「え、いや別に狙ってやったわけじゃないんだけど」
「志貴がやってやって」
そんな事を言って俺の頭にネコ耳をつけてきた。
「……」
「ほら、言ってよー」
男がにゃんなんて言ったってなあ。
「こ、こんにちわにゃ」
それでも言ってしまう辺り、押しへの弱さがよくわかる。
「やん、かわいー!」
「……」
アルクェイドは目をキラキラさせていた。
わからん。全然意味がわからん。
「どこがかわいいんだよ」
気持ち悪いだけじゃないか。
「それは志貴が男だからよ」
「……なるほど」
いやでも女の子がにゃんにゃん言ってても女の子は可愛いと思うんじゃないか?
よくわからない考えになってしまった。
「はい、次々」
「次って言っても……にゃ」
「もっと自然に〜」
「自然には難しいにゃ」
「きゃーっ」
アルクェイドはやたらと喜んでいる。
「ははは……」
なんだかそれを見て俺も楽しくなってきた。
「まったくしょうがないにゃ」
「調子に乗ってきたわねっ」
「そんなことは無いにゃ」
「あはははっ」
「ニャハハハハハハ」
しばらくアルクェイドとネコ語の俺のトークが続く。
「やん、もうー。すりすりしちゃうんだからっ」
「こ、こらっ」
アルクェイドは俺を抱き締めて頬を摺り寄せてきた。
「だって可愛いんだもん志貴」
「やめろってば」
くすぐったいが悪い気分ではない。
「あ、そうだ」
「ん」
なんて事を考えているとアルクェイドが体を離してそんな事を言った。
「何だよ」
「にゃは?」
「な、なんだにゃ?」
意外と細かい。
「猫耳だけでもこんなに可愛いんだから」
「……にゃ、にゃ」
なんだか嫌な予感がする。
「メイド服も来てみればさらに!」
「冗談じゃないぞ!」
そんな気持ち悪い事誰がするかっ!
「ほら、志貴。いい子だからー」
「……や、やめろって」
じりじりとにじり寄ってくるアルクェイド。
「痛くしないからー」
「お、大人はみんなそう言うんだ!」
きっと無理やりやらされるに決まってる!
「あ! あんなところに秋葉が!」
「えっ?」
なんてつられて後ろを向いてしまった時にはもう遅い。
「しまっ……」
「つっかまえたー!」
俺はアルクェイドに拘束されてしまっていた。
「つ、捕まえられたって着ないぞ!」
「あら、志貴忘れたの?」
そう言ってにこりと笑うアルクェイド。
「わたし、魅了の魔眼ってのがあるんだけどなー」
「ちょ、待て、落ち着け。冷静に話し合おう」
そんな物騒なもの使われたら……
「志貴はメイド服が来たくなーるメイド服が来たくなーる」
「そ、そんな怪しい催眠術みたいなやり方で……!」
メイド服なんか……
メイド服なんか……
メイド服……いいかも!
「よし、着るぞ!」
「やったあ。さっすが志貴ね!」
「たっだいま戻りましたー」
「おかえりー」
「……」
琥珀さんの明るい声が聞こえる。
俺は布団に突っ伏しているので声しか聞こえなかった。
「おやぁ? どうしたんですか? 志貴さん元気が無いんですけど」
そんな俺を心配してくれるらしい琥珀さん。
「んー? 別に何もなかったわよ? ね? 志貴」
「……」
その問いに対する答えは決まりきっていた。
「何もなかったよ……何も」
それが全てを幸せにするための魔法の言葉であった。
続く
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