「……うーん」
夢。
夢を見ている。
これは間違いなく夢だ。
「うう……」
何故なら俺は今、巨大なラーメンどんぶりに押しつぶされているのである。
どんぶりからはほかほかと湯気が出ていて、しょうゆラーメンの匂いがした。
とても美味そうな匂いのだがそれよりも重くて熱い。
「だあ、早く目覚めろ俺っ」
そんな事を思っていたって俺の目覚めの悪さは俺自身が一番よく知っている。
目覚めろっ、目覚めろっ、目覚めろっ!
「屋根裏部屋の姫君」
外伝
ある日の出来事
はっと目を見開いた。
「あ。志貴おはよー」
「……何やってるんだ、おまえ」
俺の上にはアルクェイドが乗っかっていて、何やら袋ラーメンのようなものを開けて食べているのであった。
「何って、ラーメン食べてるんだけど」
「……そうか、それのせいであんな夢見たんだな」
夢の中での熱さと重さはアルクェイドのせいだったわけだ。
「?」
きょとんとしているアルクェイド。
「で、話を戻すけど、おまえはどうして袋ラーメンをそのままで食べながら俺の上に乗っているんだ?」
よく考えるとこれは騎乗位というやつで、なかなか絶景なのだが。
「ん、志貴にラーメン作ってもらおうと思って買ってきたんだけど、起きてくれないんだもん。しょうがないからそのまま食べてたの」
「……まあそこまでは理解しよう。だが何故俺の上で食べる必要がある」
「うん。だからついでに志貴を起こしてみようかなと思って」
「そんな斬新な起こし方しなくていい」
しかし乗っかられた時点で起きなかった俺もどうかしてる。
「面白いかなと思ったんだけど……」
アルクェイドはそんなことを言いながらラーメンを一口。
ラーメンからはパラパラと粉が落ちていた。
「まさか中のスープ粉袋開けてかけたのか? あんなもんそのまま食べたらしょっぱいだろうに」
「うん。しょっぱいね」
ぺろりと舌を出すアルクェイド。
「……おまえ、ばかだろ」
俺は溜息をついた。
「ええー? これってこういう風に食べられるものじゃないの?」
「全然違う」
「だって、この前志貴はそのままバリバリ食べてたじゃない」
「あれはお菓子。それは調理するやつ。似てるけど違うんだよ」
「なんだ。じゃあ志貴が起きてくれるまで待ってればよかった」
「ほんと、ばかだなあ」
「むー。ばかばか言わないでよ」
むくれるアルクェイド。
「とりあえず降りてくれ。重い」
「イヤ。わたしをバカ呼ばわりする志貴のいうことなんて聞いてあげないもん」
「あのなあ……」
まったく変なところで機嫌を悪くするんだからなあ、こいつは。
こんこん。
「ん?」
「志貴さま。おはようございま……」
「……あ」
扉を開けた翡翠と目があった。
「……」
アルクェイドに乗っかられている俺と。
「し、失礼しました!」
「翡翠! ちょっと待って! 誤解だ! 誤解―――」
ばたんっ。
扉は固く閉じられてしまった。
「……? なに? 今の翡翠? どうしたのかな」
「はぁ。後でどう説明すりゃいいんだよ……」
俺は頭を抱えてしまうのであった。
「しかし志貴さんが台所に立ってると新鮮な感じですねー」
「そうかな」
エプロンを纏った俺を見て嬉しそうな顔をしている琥珀さん。
「ラーメン、らーめんめん」
アルクェイドは椅子に座って上機嫌のようだった。
結局俺がラーメンを作ってやると言ったらあっさり機嫌を直してくれたのである。
「あはっ。嬉しそうですねアルクェイドさん」
「そりゃそうよ。志貴の手料理が食べられるんだもん」
「袋ラーメンだから料理の数にも入らないと思うけどな」
それでも一応刻んだ野菜を入れたりしてアレンジは加えておく。
昔はよく料理をやってたからな。
「ちなみに志貴さん。わたしもお零れにあずかれるんですよね?」
「うん。数はあるからね」
幸いにも5個でなんぼの袋ラーメンだったので、在庫は余裕だった。
「せっかくですから翡翠ちゃんと秋葉さまも呼んできましょうか」
「あーいや、翡翠はさっきちょっと色々あって……秋葉はアルクェイドと絡むと厄介だし」
「あらら。翡翠ちゃんとケンカでもしましたか?」
「いや、アルクェイドが俺の上に乗っかってるところをちょっと……別に何もなかったんだけどさ」
「ナニもなかったですか」
「う、うん」
なんか微妙に発音がおかしいような気もしなくもない。
「わっかりましたー。ではここはお姉さんがひとつフォローに行ってくるとしましょう。ラーメンは三分で出来ますよね?」
「え、あ、うん」
「はい。では待っててくださいねー」
琥珀さんはくるくる回りながらキッチンの外へ出て行った。
「なんだかなぁ」
「志貴。まだー?」
「はいはい」
袋を開けてそれぞれの鍋に麺と野菜を入れていく。
粉はラーメンどんぶりにあらかじめセット。
「薬味とかはどうする?」
「志貴に任せるわ」
「そうか」
適当に麺をかき混ぜながら隠し味をぱらぱらと。
この微妙なアレンジが味の決め手だ。
そしてだんだんと鍋が湯立ってきた。
「はーい、今戻りましたー」
「……失礼します」
ちょうどそこで琥珀さんと翡翠が戻ってくる。
「ジャストタイミング」
「そりゃあもうわたしの仕事は完璧ですからっ」
一体どんな説得の仕方をしたんだか。
「……」
翡翠は俺と目が合うとロコツに視線を逸らしていた。
ああ、やっぱり後でちゃんとフォローしないとなあ。
「とりあえず火を止めて……と」
どんぶりにそれぞれ麺を投下。
素早くスープをかき混ぜる。
「なんか懐かしいなぁ」
遠野家に来て以来、レトルトラーメンなんて食べるのは久方の気がする。
「……そういえば琥珀さん、レトルトは邪道とか言ってなかったっけ」
「志貴さんが作るならベツモノですよー。固い事言いっこなしです」
「いや、そんなに期待されてもなあ」
正直プレッシャーなのだが。
「大丈夫よ。志貴のラーメンはすっごい美味しいもん」
アルクェイドの笑顔を見るとなんだか自信が沸いてくるのだ。
「へい、遠野志貴流レトルトラーメンお待ち」
全員の前にどんぶりを置いた。
「いっただきまーす」
「……頂きます」
「あはっ、どんな味でしょうかね」
ずぞぞぞぞと麺をすする音。
「どう? 翡翠」
「……はい、美味しいです」
微笑む翡翠。
翡翠に美味しいと言われるのは嬉しいのか嬉しくないのか複雑なところである。
「これは中々の出来ですねー。レトルトなのにそれを感じさせません。志貴さんの技術……侮れないです」
こっちはこっちで俺に闘争心を燃やしているようだった。
「はぁ。どうだ? アルクェイド」
最後にアルクェイドに感想を尋ねてみた。
「うん。凄い。志貴のラーメン、やっぱりすっごい美味しいね」
まあ、この返事を聞けただけでもラーメンを作った甲斐はあったようだ。
「じゃ、今度はちゃんとしたラーメンも作ってやるからな」
「うんっ」
なんの変哲もない、ある日の遠野家での出来事である。
シチュエーションとか何かよさげなのがあったらお願いします〜。
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