なんの変哲もない、ある日の遠野家での出来事である。

「ねえ、どこかに遊びに行こうよ」

またいつものアルクェイドのおねだりが始まった。

「やだ」

即座に断る俺。

「行こうよ。ねえってばー」

一度断ったくらいでアルクェイドが諦めるはずがない。

アルクェイドは屋根裏部屋から降りてきて俺の傍に近寄ってきた。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
外伝
ある日の出来事
その2







「疲れてるんだよ。また今度な」

そう言って俺はベッドに寝転がる。

「何よ。年寄りくさい事言わないの。若いんだからもっと活動的になりなさいよ」
「若くたってゴロゴロする権利はあるはずだ」
「むー」

俺の態度に顔を膨らませるアルクェイド。

「だいたい、一昨日はゲーセンに行ったし、昨日は映画見に行っただろ。今日くらい休ませてくれ」
「一昨日は一昨日、昨日は昨日。今日という一日を楽しまなくちゃ」
「……なんだその青春マンガみたいな言い回しは」
「あ。ばれた?」

ぺろりと舌を出すアルクェイド。

「シエルに借りたのよ。学園マンガとかいうの」
「ふーん」

もしかして先輩もそれで学校の知識とかを得たんだろうか。

「そのマンガだと、主人公はヒロインに常に優しくしてくれるのよ。志貴も見習って」
「ヒロインは主人公に優しいもんだぞ。もっと俺をいたわってくれ」
「うー……」
「マンガはマンガ。現実は現実。目の前の真実を受け止めなくちゃ」
「わ。なんかさっきの言い回しに似てる」
「ちょっと意識してみた」

二人して笑う。

「志貴と一緒だったらどこでも楽しいよ。だから行こ?」

なおもこだわるアルクェイド。

「その理屈だと一緒に部屋にいたって問題ないわけだろ。はい、解決」
「ぶーぶー」

非難轟々である。

「金がかかるのは嫌なんだよ」
「お金くらいわたしが出すわよ」
「それでも嫌なんだって」

アルクェイドに頼りきりというのも情けないじゃないか。

「じゃあ、お金がかからなきゃいいのね?」
「……まあ、そういうことになるなあ」

そうするとせいぜい選択肢は公園で散歩くらいだと思うんだけど。

「じゃあ、ピクニックに行こうよ」
「はぁ?」

いきなりピクニックと来たか。

「ピクニックったって行くまでに電車とか色々あるんだぞ」
「近場なら問題ないじゃない」
「そりゃそうだけど。そんなピクニックとか出来るような場所あったか? このへんに」
「うん。ほら、すぐそこに」

アルクェイドは窓の傍に歩いて行く。

「どこだよ」

俺もアルクェイドの隣に並んだ。

「ここよ」

真下を指差すアルクェイド。

「……庭、か?」
「うん」
「なるほど……」

ちょっと感心してしまった。

遠野家の庭は、これでもかってくらいに広い。

しかし普段はそんな敷地内を散歩する事なんかないから、内部に関してはほとんど知らなかったりするのだ。

「何があるのか探すだけでも楽しそうでしょ?」
「だなあ」

灯台下暗しとはこのことか。

「わかったよ。お前のアイディアに屈するとしよう。行ってやる」
「ほんとっ?」
「ああ」

庭を歩くくらいなら気分転換にもなるし、のんびり出来そうである。

「じゃ、行くとするか」
「あ。ちょっと待って」
「ん?」
「えーと。一時間くらい後にしない? わたしちょっとやりたいことがあるのよ」
「?」

自分から遊びに行こうとか言い出したくせに、なんなんだろうか。

「それに、志貴疲れてるんでしょ。ちょっと休憩してからのほうがいいじゃない」
「まあ……な」

それは確かにその通りである。

「じゃあそういうことで。一時間後、玄関で集合にしましょ」
「わかった」
「またね、志貴」

アルクェイドは意気揚々として窓から飛び降りていった。

「……変なやつ」

まあアルクェイドが変なのは今に始まったことじゃないし、大して気にしないで俺はグータラした一時間を満喫した。
 
 
 
 

「おーい、アルクェイド」

時間になったので俺は玄関でアルクェイドを呼んだ。

「あ、志貴」

木に持たれて休んでたのか、木陰からアルクェイドが駆けてきた。

「なんだ。リュックサックなんて持ってきたのか」
「うん。雰囲気出るでしょ」
「そうかもな」

まあ格好がいつもの格好だから、ほんとにおまけ程度のものではあるけど。

「えへへー」

本人が満足そうなのでそれは言わないでおいた。

「で、庭ったって広いぞ。どこか目的地を決めないと」
「うん。あそこの木なんてどうかな」
「あれか……」

アルクェイドの指差したのは、遠野の屋敷でもひときわ目立つでかい木だった。

「あれならわかりやすいな」
「でしょ。さあ、れっつごー」
「ごー」

こうして俺たちのハイキングといえるかどうかもわからないハイキングが始まった。
 
 
 
 
 

「あ。志貴。見て見て」
「ん?」

アルクェイドが木の根っこの傍に座って何かを見ている。

「ほら、アリの行列」
「またずいぶんヘンテコなもん見つけたなあ」
「え? アリって行列作るものじゃないの?」
「いや、そういう意味じゃなくて、よくもまあアリの行列なんて見つけたなってこと」

普通に歩いてたらまずそんなもの目に止まらないと思うんだけど。

「わたし、目はいいもの。ね、これ追いかけてったら巣まで辿り着くかな」
「そんなことしてたら日が暮れるぞ」

子供の頃は本当に日が暮れるまでやっていたりした。

「ちぇ。あ、じゃあ、ここにキノコが生えてるけど、これを持って帰ろうか」
「キノコねえ……」

アルクェイドの指差しているそれは、どう見たって毒がありそうな色をしているキノコである。

「やめとけ。おまえなら平気かもしれないけど」

琥珀さんに渡しても妙な事になりそうだし。

「あー。志貴ってばわたしのことバカにしてる」
「はは、そんなことないって」

アルクェイドが頬を膨らませたので慌てて俺は離れた。

「もう。志貴のばかぁ〜」

ぶんぶん腕を振り回して俺を追いかけてくるアルクェイド。

「ははは、鬼さんこちら〜と」

俺は笑いながら逃げ出し、アルクェイドもくすくす笑いながら追いかけてきた。

我ながら妙に甘ったるい事をやってるなあと思う。

「お」

そんなことをやっているうちにやけに広い草原に出た。

「あ、もう着いちゃった」

その草原の中心に例のでかい木が生えている。

「まあ、庭だしこんなもんだろうな」

山だったら目に見えるところでも遠いだろうけど、ここはただの遠野家の庭なのである。

端から端まで往復とかやったら滅茶苦茶疲れるとは思うが。

「この場所、妙に魔力が安定してるわ……多分、遠野の家にとって重要な場所なんでしょうね」
「ふーん。俺にはあんまりわからない話だな。とりあえずのんびりできそうだ。それだけでいい」
「あはは、そうだね」

木陰に入り、木によりかかる形で座る。

「おまえも座れよ」
「うん」

アルクェイドも俺の隣にちょこんと座り込んだ。

「はー」

空を見上げれば透き通るような青空、白い雲。

「気持ちいいね……」

アルクェイドも風に髪の毛をなびかせていた。

「……」

なんていうか、幸せっていうのはこういう状態をいうのかもしれない。

「あ、そうだ。志貴、いいもの持ってきたんだ」

俺がそんな事を思っているとアルクェイドが思い出したようにリュックサックをごそごそやりはじめた。

「何か入ってたのか? それ」
「うん。じゃーん」

アルクェイドが取り出したのは茶色いバスケットだった。

「……ああ。琥珀さんに何か作ってもらったのか? 気が利くじゃないか」
「違うわよ。わたしが作ったの」
「そうか……ってえええええええっ!」
「な、なによ。そんなに驚かなくたっていいでしょ」
「いや……まさかおまえが料理を作るとは思わなかったからさ」

翡翠よりも料理と接点が無さそうなのに。

「志貴が喜ぶかなと思って。ピクニックって言ったらやっぱりこれでしょ」
「そっか。もしかしてやりたいことってこれだったのか?」
「うん。どう? びっくりした?」
「ああ。びっくりした。喜びはまあ、中身を見て見なきゃわからないけどさ」
「大丈夫よ。ちゃんと志貴の好物を聞いてきたから。ばっちりよ」
「そうかそうか……」

俺は期待しながらバスケットを開けた。

「げ」

そこには、いつかどこかで見たような光景が広がっていた。

「どう? 志貴」
「……アルクェイド。ひとつ聞きたいんだけど。俺の好物を聞いたのって……誰?」
「翡翠よ。梅のサンドイッチを喜んで食べてくれたって」
「……」

確かに、翡翠の作った梅サンドを食べた事はある。

だがそれは翡翠の初めてのちゃんとした(?)料理だったからだし、好意を無下にするのも悪いと思ったからだ。

もちろん梅は好物である。

だがしかし、梅がみっちりと詰まったサンドイッチをバスケット一杯に食べるということは苦行に等しい。

酸っぱいなんてものではなく、味が痛いのだ。

「ほら、遠慮しないで食べてよ、ねえ」
「あー……うん……」

だがアルクェイドのいたいけな瞳に勝てるはずもなく。

「飲み物は……あるんだよな?」
「もちろんよ。梅のジュース」
「はは……ははは」
 

俺は涙でぼやけてきた視線で、梅サンドイッチを手に取るのであった。
 

その日の夜、俺は意識不明で部屋に連れて行かれたらしいけど、イマイチよく覚えてはいない。
 

なんの変哲もない、ある日の遠野家での出来事である。
 


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