なんの変哲もない、ある日の出来事である。

「なぁ、アルクェイド」
「んー?」
「ちょっと一緒に出かけないか」

それを聞いた途端アルクェイドはものすごい勢いで窓を開け、空を眺めた。

「よかった。雨も台風地震も雷も火事もオヤジも来てないわね」
「……俺がおまえを誘うのは天変地異よりもあり得ないことなのか?」
「全然そんな事ないわよ」

説得力皆無だった。

「……はぁ。行くの止めよっかな。アルクェイドのせいで行く気無くした」
「あん。冗談だって。うん。行こっ。どこでもいいから」
「どこでもよくないの。行くところがあるんだからさ」
「どこに?」
「それは着いてからのお楽しみ」

そう告げて俺たちは目的地に向けて歩き出した。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
外伝
ある日の出来事
その3




「ここだ」
「……ここって」

アルクェイドはその場所について目を丸くしていた。

「いつもの公園じゃない」
「ああ。いつもの公園だ」
「……なーんだ。期待させるからすごいとこに行くのかと思ったのに」
「甘いぞアルクェイド。なんの変哲も無く見える公園だがな……」
「何? 何か変わった事があるの?」
「まあな」

とりあえず俺はすぐ傍のベンチに腰掛けた。

「何かあるんだ。何々?」
「内緒。教えたらつまらないだろ? もう少し経ったら来るから待ってろよ」
「来る? 人かモノが来るの?」
「……しまった」

内緒とか言っておきながらヒントを言ってしまったじゃないか。

「妹が来るとか」
「それはとても楽しくないから却下だ」
「わたしは楽しいよ?」
「いや、楽しいのはきっとおまえだけだから」
「むー。じゃあ妹は違うのね」
「違う」

俺がそう言うとアルクェイドは妙に嬉しそうな顔をした。

「わかった。クイズね。わたしがこれから来る人を当てられたらわたしの勝ち」
「勝ったら何か景品でもくれってか?」
「うん。志貴が勝ったらわたしがキスしてあげる」
「……えらい不等価交換な条件の気がするんだが」
「む。何よ。わたしのキスは嫌だっていうの?」
「そういうわけじゃないけどさ」

まあいいか。どうせアルクェイドにこれから来るものがわかるはずないんだし。

「わかった、それでいいよ。おまえが当てられる前に来たら俺の勝ちってことでいいな」
「ええ。あとどれくらいで来るの?」
「……んー。早けりゃあと十分ってところじゃないか?」
「じゃあ急がなきゃいけないわね」

アルクェイドはそう言ってうんうんうなり出した。

「わかった。シエルね。学校帰りだから丁度いい時間でしょ」
「俺が学校帰ってから結構経ってるだろ。丁度よくもなんともない」
「むー……シエルのことだからカレー屋のひとつやふたつ寄ってるでしょ。帰るのはきっと今頃の時間よっ」
「それはあり得るかもしれないな」

今頃先輩はくしゃみをしているかもしれない。

「じゃあシエルで正解ね」

それを聞いてとんちんかんなことを言い出すアルクェイド。

「全然違う。先輩ならそういうことをするかもって言っただけだ」
「えー? じゃあえーと……琥珀?」
「なんで琥珀さんなんだ?」
「買い物帰りに会う約束をしてたとか」
「なるほど。それで公園で一緒に遊ぼうとしたと」
「うん。どう?」
「それは結構楽しそうだなあ」

今度琥珀さんに提案してみてもいいかもしれない。

「当たった?」
「いいと思うけどさ。今日は違う」
「ちぇ。じゃあ残りは翡翠ね」
「ところが翡翠も違うんだよなあ」

私服姿の翡翠と言うのも見てみたいけど、それはまた次の機会ということで。

「えー? じゃあ一体誰なのよ。あの有彦とかいう人?」
「……おまえと一緒にいるところに有彦呼んだら面倒だろう」
「えーと、じゃあ……んーと……」
「諦めろって。絶対答えは出てこないから」

身内の名前を挙げ続けている限りこいつの推理が当たる事はあり得ないのである。

「なんでよ」
「俺が待ってるのはおまえの知り合いじゃないからだよ」
「え?」
「だからおまえが正解するのはあり得ないの」
「……何よそれ。じゃあわたしって絶対勝てなかったんじゃない」

むーっと頬を膨らませるアルクェイド。

「勝手に勝負にしたのはおまえだろ? 俺は勝ち負けなんてどうでもよかったの」
「うー……」
「そう怒るなって。ほら、来たぞ。ほら」

俺は公園の入り口を指差した。

「何が来たって言うのよ」

公園の入り口には小さなワゴンカーが止まっていた。

「……おいしいクレープ屋さん?」
「そう。おいしいクレープ屋さんだ」

そのワゴンカーの横に書いてある可愛い文字がそれだ。

「あのワゴンカーの中でクレープを作ってくれるんだよ」
「へえ……」

二人して車の傍に歩いて行く。

「すいませーん」
「おうっ。毎度!」

俺が声をかけるとワゴンの中のお兄さんが迎えてくれた。

「いつも来てるの? 志貴」
「いつもって程じゃないけど結構愛用してるな」

このクレープ屋さんがこの公園に来るようになったのは最近のことだ。

おかげで俺のサイフはいつにも増して火の車である。

「今日は彼女連れか。にくいね。このこのっ」
「ええ、そんなとこです」
「彼女……」

アルクェイドは彼女と言われた事で大層嬉しそうだった。

「で。今日は何頼む?」
「いつものチョコ地獄で」
「あいよ」
「チョコ地獄?」
「見てればわかる」

お兄さんは慣れた手付きでクレープの生地を広げている。

香ばしい生地の匂い。

思わずごくりと生唾を飲んでしまった。

「へえ……」

食にあまり興味を持たないアルクェイドもデザートには弱い。

何が出来るんだろうという関心の目をクレープ生地に向けていた。

「ここにだな。こうして」

お兄さんがチョコの袋を取り出し、生地へ向けてどばーっと中身をぶちまけた。

「わっ。そんなに使っちゃっていいの?」
「だからチョコ地獄なんだよ」

普通のクレープ屋の三倍は入っていると思われるチョコレート。

だがその甘さがいいのだ。

「これをこうしてこうやって……と」

それから生クリームやらなんやらを中へばら撒いていく。

「巻いて、ほら出来上がり」

あっという間にクレープが出来上がった。

「まずはおまえが食べてみろよ」
「いいの?」
「ああ。だからおまえを呼んだんだからな」
「ありがと」

アルクェイドは宝石か何かを見るような目でクレープを見ていた。

「じゃ、食べるわね」
「おう」

そうしてぱくりと一口。

「どうだ?」
「……皮の味しかしないわ」

思わずひっくり返りそうになってしまった。

「も、もうちょっと食べなきゃ駄目だな。最初はそうだよ」
「うん……」

戸惑いながらも二口三口。

「あっま〜い!」

アルクェイドが大仰に叫ぶ。

「そのチープで大味な味付けがたまらないだろ?」
「うん……これ、凄いわ」

こんな甘さがこの世にあったのかというくらいの甘さだ。

「一度食うとはまっちゃうんだよな……」

途中喉が渇いてたまらないクレープなのだがクセになってしまう。

琥珀さんの芸の細かい料理を食べているせいで、こういう大雑把なものが新鮮に感じるのかもしれかった。

「これ、みんなに持って帰らない? きっと喜ぶわよ」
「それは考えたんだけどさ。俺、金ないし」
「大丈夫。わたしが持ってるわ。ほら」

アルクェイドは折り目のついていないピンの一万円札を取り出した。

「面目ない」
「気にしないでよ」
「いい彼女だねえ。よぅし。お兄さんオマケしちゃうぞっ」
「ほんとっ? やったね志貴っ」
「ははは……」
 

そうして人数分のチョコ地獄を家に持って帰った。

だが、琥珀さんはこんなもの認めないとぷんすか怒り出してしまい。

秋葉は虫歯になるから食べませんと文句たらたら。

翡翠だけはとても幸せそうにそれを食してくれた。

味覚オンチの翡翠だけが味方というのも悲しい話だったけど。

「また買いに行こうね。志貴」

アルクェイドはとても満足そうだった。
 

そして結局、ぶーぶー文句を言っていた先の二名もいつの間にやら完食していて、また買って来て欲しいという意をごにょごにょ伝えてきたけれど、それはまた後のお話。
 

なんの変哲もない、ある日の出来事である。
 


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