するとあからさまに目線を逸らせる先輩。
滅茶苦茶怪しい。
「カレーを食べた直後に走るとお腹がもたれませんか? わたし胃薬持ってますよ?」
琥珀さんがそんな事を言った。
「あ、すいませんわざわざ。辛さ300倍はさすがに辛くてちょっと……」
「……」
「……シエル先輩」
「はっ!」
冷ややかな視線がシエル先輩に集中するのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その38
「ほ、本当にすいません、反省してます、はい。次に事件が起きたらわたしが解決しますので」
「平和ボケもいいけど程々にしなさいよシエル?」
普段と立場が逆転しているアルクェイドとシエル先輩。
かなり奇妙な感じである。
「ただでさえ減給食らってるんだから」
「げ、減給はされてませんっ! ……増えてもいませんけど」
「大変ねえ」
真祖にいいところを持っていかれ、なおかつ生活環境に同情される代行者。
「あ、あはは……」
心境はさぞ複雑なことであろう。
「もう事件は起きないでしょう。そう何度も起きてはたまりません」
「うーん、わたしとしてはもう二つ三つイベントが起きて欲しいところですが」
「勘弁してくれよ」
思わず苦笑してしまう。
「イベントねえ。何かあったのかい?」
「おわっ」
いきなり背後から聞こえる声。
「イ……イチゴさん、お願いですから気配を消して人の背後に立つのは止めて下さい」
「ん、悪い。なんか盛り上がってたみたいだったからな」
「ど……どの辺からいました?」
怖いけど尋ねてみる。
全然気付かなかったぞ俺は。
「それは秘密」
にやりと不適な笑いを浮かべるイチゴさん。
「勘弁してくださいよ……」
「いや、冗談。ほんと今さっき来たばかりだよ。多分」
「……多分って」
「あはっ、イチゴさんそれくらいにしておいてあげてくださいな。わたしは見ていたから知ってます」
「……」
証明してくれる人がこの人だと余計に胡散臭いのは気のせいだろうか。
「む。そこにいるは人ごみに紛れてあたしを置き去りにした女」
「いやですねえ。たまたまはぐれただけですよ?」
「そうかい……ふふふ」
「うふふふふふふ」
「いや、そこ黒いオーラ放ち合わないで下さい」
ある意味アルクェイドvsシエル先輩より怖い対戦カードである。
「誰が黒いって?」
「志貴さんそれは酷いですよー」
「え、い、いや、その」
イチゴさんに睨まれ、琥珀さんに非難される。
「……ごめんなさい」
怖いので大人しく謝っておいた。
「弱いわねえ、志貴」
「うるさいなあ」
この二人を敵に回す事がどれだけ恐ろしい事かわかってないのだ、こいつは。
「ま、つまらん話はこれくらいで終わるとして……どうするね? まだ動物見ていくかい?」
すぐに謝ったのが効いたのか、機嫌を戻してくれたらしいイチゴさん。
「そうそう、わたしたちキリンを見に行くつもりだったのよ」
「キリン……そういえばヤツはまだ描いてないな」
その目がきらりと光る。
「奴はまだって事は他の動物の絵も描いてたんですか?」
「ああ。ラフだけどね。10枚ちょいは描いたかな。まともなのは家で仕上げるさ」
「へぇ。後で見せてくださいよ」
「気が向いたらね」
「わたしだって絵くらい描けるわよ。そんな自慢する事じゃないわ」
見るとアルクェイドがやたら不機嫌そうな顔をしていた。
「ん、ああ悪い。イチャイチャしすぎたかね」
そう言って俺をアルクェイドへ押し出すイチゴさん。
「やっぱりキリンはいいわ。そこの着物策士とカレーメガネ。あんたら描いてやるからあたしについてきな」
「さ、策士?」
「カレーメガネ……」
顔を見合わせる琥珀さんとシエル先輩。
「ぷっ」
あまりに的を得た呼び方に噴出してしまった。
「もう、遠野君っ?」
「あ、いや、すいません」
なんだか謝ってばかりだな、俺。
「……はぁ。策士と呼ばれるのはわたしにとっては名誉ですから何も言いませんけれど」
「文句はないだろ? それじゃあ進んだ進んだ」
「イチゴさん、美人に描いてくださいねー」
「……カレーとメガネくらいしか特徴ないんでしょうかわたし……」
イチゴさんを先頭にして二人は去って行った。
「気を利かせてくれたのかな?」
にこりと笑ってそんな事を言うアルクェイド。
「は? 何の?」
「……それ、本気で言ってる?」
「いや、冗談だって」
つまり俺とアルクェイドが二人きりになれるように仕向けてくれたってことだろう。
「志貴が言うと冗談に聞こえないのよね」
「俺も自分で言ってて思った」
「あはは、何よそれ」
「いや、だってさあ……」
いつも通りのバカ話をしながら俺たちはキリンの檻へと向かっていった。
それから先は特に目的もなく二人でぶらぶらと動物園を歩いた。
キリンはもちろんのこと、ヘンテコな鳥やゴリラ、サル、チンパンジー、エトセトラエトセトラ。
派手な事件も何もなく、本当にただ動物を見て回るだけ。
「かわいいねー」
「ああ」
それはとても楽しかった。
「いや、和んじまったな」
「動物って見てるだけで飽きないわよね」
「まあな」
もちろん動物ののんびりした動きや仕草を見るのが楽しかったというのもある。
しかし、アルクェイドと一緒に見たからというのが俺にとっては一番大きかったようだ。
二人で回ってみて特にそう感じた。
「なあ。今度はさ、みんなでじゃなくて二人でどっか行くか?」
俺がそう聞くと、アルクェイドは胸元あたりで掌を空に向けて広げた。
「……雨、降らないかな」
「あのなぁ」
「ウソウソ。冗談だって」
「おまえが言うと冗談に……」
「……ってやり取りさっきしたわよね?」
そう言ってにこりと笑うアルクェイド。
「う」
してやられたってわけか?
「もちろん志貴と行くんだったらどこでもいいわよ。どこだってきっと楽しいもん」
「そうだな」
そうして二人はそこでするのが当然のようにキスをした。
「はーい美女の皆さん忘れ物はないッスねー。帰りの車も乾有彦の軽快なトークでお楽しみくださいウォンチュー」
帰路の車内には無駄にハイテンションな有彦がいた。
顔に馬の蹄のような跡がある事には触れないでおいてやろう。
「どうでしたか皆さん動物園の感想は」
「なかなか楽しかったですね。また来たいです」
俺のプレゼントしたペンギンのぬいぐるみとアルクェイドに貰ったばけねこのストラップを持ってご満悦の秋葉。
それ以上何かを欲しがらなかったのは奇跡ともいえる。
「そうですねー。設備も充実していましたし、文句ありません」
動物園に来たのにも関わらず、例の300倍カレーレトルトパックを土産にしたシエル先輩。
「……街に戻ったら正義の仕事をちゃんとしてくださいね」
「け、警察だって非番はあるんですよ」
ある意味で一番はっちゃけてたのはこの人かもしれない。
「姉さん、帰宅したらすぐに写真の現像の手配をお願いします」
「わかってるよ〜。光の速さで現像してあげるっ」
「無理だから無理だから」
「エト君……待っていてくださいね」
エト君ストラップを胸元で軽く握っている翡翠。
私服の翡翠も新鮮だったし、何より楽しんでいる姿を見れたのがよかった。
「いやー、刺激とトキメキが盛りだくさんでしたね今回は」
「そう?」
琥珀さんに関してだけ言えば、普段と何ひとつ変わってないように見えたんだけど。
「そうですよ。わたしは羽を伸ばせて楽しかったです」
とても満足しているようだし、よしとしよう。
「……翡翠ちゃんのトキメキ表情集、今度お見せしますよ」
「それは素晴らしい」
うん、やっぱり何も変わってなかった。
「アルクェイドはどうだった?」
聞くまでもないけど一応尋ねてみる。
「……」
「あれ?」
返事がないので振り返ってみる。
「……んー……」
「……寝てるのか」
アルクェイドは両目を閉じて壁に寄りかかっていた。
「遊び疲れたって感じでしょうね」
「まるで子供なんだからなあ」
思わず苦笑いしてしまう。
「あたしだって運転しなくていいなら寝たいんだがね」
「いや、イチゴさんは頑張って運転して下さい。全員の命がかかってますんで」
「へいへい」
しかしまあ、真祖の姫君がこんな一般のワゴンに、しかも無防備な姿で眠っているなんて誰も信じないだろうなあ。
「んー……志貴〜」
どうやら彼女は夢の中でも俺の事を考えているらしい。
「まったく幸せな人ですね……」
「ああ、それは多分間違いない思う」
「は?」
「いや、なんでもないよ」
こんな事恥ずかしくて言えないけれど。
俺が今幸せなんだから、こいつも幸せに決まってる。
二人はいつも共にあるんだから。
完
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