そして突然琥珀さんは悪戯っぽい顔をした。
「でも、なに?」
「実はですねー」
そして次の琥珀さんの言葉は、本当に意外なものであった。
「今日、みんなで遊ばないかと提案したのは、アルクェイドさんなんですよ」
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その45
ばたん。
俺の部屋のドアを開ける。
「アルクェイドー」
名前を呼ぶ。
「なに?」
アルクェイドは屋根裏の入り口からひょいと顔を覗かせた。
「……それ、髪の毛が凄いことになるから止めたほうがいいぞ」
俺は笑いを押さえながらそう言った。
何度見ても面白いことになっている。
「え、えっ?」
ぱっと両手で髪の毛を押さえるアルクェィド。
その仕草が結構可愛い。
「とりあえず下に降りてこいよ。俺も首が疲れるし」
「うん」
アルクェイドはばふっとベットの上へ着地した。
「それで、どんな話?」
「ああ。さっき琥珀さんに聞いたんだけどさ」
俺はアルクェイドの隣に腰掛けた。
「琥珀に?」
それを聞いたアルクェイドの表情が少し変わる。
なんていうか、悪戯を見つかって怒られることを怯えているような子供の表情である。
「おまえ、今日みんなと」
「そそそ、そんなこと言ってないわよっ? みんなで遊びたいから時間を決めて琥珀と映画館付近に集合なんて決めてないんだからねっ?」
「……そんなことになってたのか」
「あっ……」
みるみるアルクェイドの表情が曇っていく。
「アルクェイド」
「ごごご、ごめんね志貴っ。別に志貴と遊ぶのが楽しくないとかじゃないよっ? 今日、志貴とデートしてて楽しかったし。このまま二人で遊んじゃおうかなって実は思ってたりしたしっ」
「……いや、そんな泣きそうな顔されても困る」
俺はぽりぽりと頬を掻いた。
「……怒ってないの?」
アルクェイドは俺の態度を見てきょとんとしていた。
「何を怒るんだよ」
「え、だって、わたし勝手にそういうことしたし……」
「いや、そもそも俺も最初はそう思ってたからな。みんなと遊びたいって」
結局はアルクェイドを選んだわけだけど。
「む。何よそれ。わたしはどうでもいいわけ?」
「……だあ、どっちなんだおまえは」
アルクェイドは言ってることが支離滅裂である。
「だ、だからその……志貴とも遊びたかったけど他のみんなとも遊びたかったし……でも言い辛いし……どうしたらいいかわかんなくなって、琥珀に相談したらそれがいいんじゃないかって」
アルクェイドはしどろもどろになりながらそんなことを言った。
「なるほど。それで途中までは俺とデートしてそれからみんなで遊ぶことにしたわけか」
「……うん」
「なるほどなあ……」
俺は腕を組んだ。
「ほんとに? ほんとに怒ってないの? 志貴」
アルクェイドは確認するように尋ねてきた。
「だから怒ってないって。あえて言うなら驚いてる」
「驚いて?」
「ああ。琥珀さんに聞いたときもびっくりしたけどおまえに聞いたらもっとびっくりした」
「……何を?」
「だから、みんなと遊びたいって」
そう言うとアルクェイドは頬を膨らませた。
「何よ。わたしがみんなと遊んじゃいけないっていうの?」
「い、いや、そういうわけじゃなくてさ。……おまえ、良くも悪くも俺にしか興味なかったじゃないか」
何をするにも志貴志貴志貴。
秋葉や琥珀さんや翡翠を邪魔者扱いするだけであった。
特に、先輩と遊ぶだなんてあり得ないことだったのだ。
だけど今日は、そのアルクェイドがみんなと遊ぶことを提案したのである。
「……うん。今でも志貴のことが1番だし、好きだよ?」
こいつはさりげなく恥ずかしいことを言ってくれるから困る。
「あああ、ああ。それで?」
「だけどね、ちょっと前にみんなで集まったじゃない? あの時はシエルとケンカしたけど……うん。楽しかったのよ」
「あー」
俺にとっては悪夢のような記憶である。
だけどまあ、確かにあれもみんなが集まった貴重な場であった。
「だから、もう1回くらいみんなで遊びたいなって思ってたの」
「それで琥珀さんに協力を頼んだのか」
「うん」
「なるほどな……」
琥珀さんは策略も好きだけど予想できない事態というのも結構楽しむタイプである。
珍しいアルクェイドの頼みを手伝ってみたくなったのもわかる気がした。
「なにがなるほどなのよ」
「いや、こっちの話」
かつてひとりぼっちだったアルクェイドは俺に会って(まあ正確にはその後いろいろあったけど)自我を持った。
それでもって俺に惚れて……まあ最初はほんとにただの興味だったんだろう。
俺の何がよかったんだかはわからないが、とにかくアルクェイドは俺の恋人になった。
お互いに肉体的には成長してるから付き合いは子供のそれではなかったけど、精神的にはほとんど子供と同レベルだったんだと思う。
つまりアルクェイドは俺を独占しようとし、他のものは突っぱねる。
子供が母親や父親を独占しようとするようなもんだったんだろう。
だけど子供はそのうち成長して友だちを作り、親一筋ではなくなる。
親としてはさみしいことかもしれないけれど、それはやはり嬉しいことなんだろう。
俺も今、そんな心境だった。
「なるほどなぁ」
もう一度呟く。
アルクェイドは友だちを求めていたのだ。
「だから何がなるほどなのよ」
アルクェイドはむくれていた。
「難しい話だからおまえにはわかんないよ」
「むー。わたしをバカにしてるでしょ」
「いやいやそんなことはないぞ」
自我の目覚めたばかりのコイツはまだまだ発展途中なのである。
だから説明したってきっと「ななな、何言ってるのよ志貴。わたしがそんなこと思うわけないでしょっ?」とか否定するに決まってるのだ。
子供は図星を指されるとムキになる。
なんだかこれからの俺の立場は恋人兼父親のようだ。
「おまえ、実はそんなにシエル先輩も嫌いじゃないだろ?」
だから試しにそう言ってみせた。
するとアルクェイドは。
「な、なに言ってるのよ志貴。あんなカレー女、わたしは大嫌いなんだからねっ!」
などとムキになって反論してくれた。
「そうか」
俺はそれを聞いて笑った。
「な、なによ志貴っ。変よ。絶対変っ」
「いや、俺はしっかりしてるよ」
アルクェイドが屋根裏部屋に住んでいることは絶対に秘密にしておかなきゃいけないと思っていたけど。
もしかしたら、秋葉とアルクェイド、先輩が分かり合える日が来るかもしれない。
俺はなんとなくそう思った。
「即刻駆除します」
「く、駆除ってゴキブリじゃないんだから……」
朝食の席。
冗談めいて秋葉に「もし屋敷のどこかにアルクェイドがいたらどうする?」と聞いてみたら答えがそれであった。
「兄さん。食事中にそんな不愉快な単語を二度と出さないで下さい。いいですね」
「……はいはい」
やっぱりみんなで楽しくなんていうのは俺の幻想だったんだろうか。
「……ま、まあ、ですね。その、時々遊びに来るくらいでしたら……認めることにしますから」
「え?」
「な、なんでもありませんっ! ああ、兄さん、早く食べないと遅刻しますよっ!」
「って、おまえのほうが食べるの遅いじゃないか」
「些細なことです!」
「ふふっ……」
琥珀さんがそんな秋葉を見て笑っていた。
「何を笑っているの琥珀?」
「いえいえ、ただの思いだし笑いですよー。秋葉さまは全くもって関係ございません」
「姉さん、それでは逆に挑発しているようなものです」
「えー?」
ほのぼのとした朝の光景。
いつか、みんなに認められる形でアルクェイドをここに入れてやりたい。
「志貴ーっ! 朝から遊びに来たわよーっ! どっかに行こっ!」
ってをい。
「あ、あ、あ、アルクェイド、なんでここにっ! 部屋に……ゴホッ、ゲホッ!」
部屋にじっとしてろって言っただろという言葉を言いかけて慌てて飲みこむ。
「だから朝から遊びに来たのよ。言ったでしょ?」
にこりと笑うアルクェイド。
どうやらコイツの設定ではコイツが朝いきなりおしかけてきたことになっているらしい。
「何を言ってるんですかあなたはっ! 今日は兄さんは学校なんですっ! あなたにかまけている余裕なんて粉みじんもありませんっ!」
秋葉が血相を変えて叫ぶ。
「秋葉、さっき時々なら遊びに来てもいいって……」
「昨日の今日で遊びに来るなんて却下です! しかもこんな朝早くから!」
「学校? いいわね。わたしもついていこうかしら?」
アルクェイドは笑顔でとんでもないことを言ってくれる。
「ちょ! アルクェイド! そんなの絶対駄目……」
「駄目に決まってるでしょうこのバカ猫ぉーっ!」
そんな声とともにばたんと扉が開いた。
「シシシ、シエル先輩っ? なんでここにっ?」
「遠野君を迎えに来たら出てこないんで不穏な空気を感じ取ったらこれですっ! おのれアルクェイドっ! 油断も隙もないっ!」
「ふん。シエルだってわたしと考えてることは同じだったくせに何を言ってるのよ、ばーかばーか」
「バ、バカと言いましたねっ! このわたしにっ!」
どこに持ってたんだか物騒そうな武器Aを引っ張り出す先輩。
「あなたたち! 人の屋敷で何を言っているんですかっ! 不法侵入ですよっ! 早く出て行きなさいっ!」
髪が真っ赤になりつつある秋葉がテーブルを叩く。
「あはっ、なんだか大変なことになってきましたねー」
琥珀さんはどこまでも楽しそうに笑い。
「志貴さま。そろそろ学校に行かないと遅刻してしまいますが……」
翡翠はあくまでも冷静に。
「は、はは、ははははは……」
アルクェイドが屋根裏部屋に住んでいることは絶対に秘密にしておかなきゃいけないと思っていたけど。
もしかしたら、秋葉とアルクェイド、先輩が分かり合える日が来るかもしれない。
……ようにしてください。
お願いです。
お願いですから。
俺は世界中の神様とヒョータンツギにそう祈るのであった。
ああ、余計かもしれないけどひとつだけ付け加えておこう。
今までは秋葉と先輩、それにアルクェイドがケンカしたら1時間以上は争っていた。
けれど、今朝はたったの30分で終わってくれたのである。
だから本当に僅かかもしれないけれど。
希望はあるのかもしれない。
第二部 完