おそらくガクガク動物ランドにも子供が参加して苦手なことに挑戦するというコーナーがあるんだろう。

だから翡翠はあっさりとその空気に溶けこんでいたのだ。

だが先輩は最初そんなことを知らなかったんだろう。

教えたのはもちろん……あいつだ。

「ね? 上手くいったでしょ」
「……ああ」

色々言いたいことはあったけど、俺もなんだか感動しすぎてしまって言葉が見つからなかった。

ただ、ひとつだけどうしても言いたいことがある。
 

「よくやったな……アルクェイド」
「えへへ」
 

アルクェイドは照れくさそうに笑うのであった。
 
 







「屋根裏部屋の姫君」
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「なるほど、毎日やっているんですか」
「はい。シエルさまもよろしければ是非ごらんになってください」

俺たちは客間でそのまま雑談を続けていた。

「これをこうすると……えーと」

アルクェイドは琥珀さんの教えてくれた『複数の個所を触る事で任意のセリフを言わせる事も可能』を実験している。

「うむ。それは確かにそうだな」

相変わらず渋い声を出す教授のぬいぐるみ。

「志貴、これでいくつだったっけ?」
「10個くらいじゃないかな」
「結構あるのねー。感心するわ」
「だなぁ」

みんなで色々と試していたのだが、それぞれのぬいぐるみにかなりのパターンの声が入っていた。

例えば教授のものを羅列すると

「それは一体どういうことなのだ?」
「ほほう。それは興味深い話だな。詳しく聞かせてくれ」
「む……それはちと違うのではないか?」

などなど。

レアなものとしては右手と背中に触れつつも頭を触ったときのやつで「ばけねこ、貴様……」というものである。

俺が見ていたときのがくがく動物ランドでも言っていたセリフだが、もしかしたら毎度のように言っているのかもしれない。

「結構暇つぶしになるんですよね、これ。調べるたびに新たな発見があって」

琥珀さんですら全てのセリフは熟知していないようであった。

「琥珀さんは一体どうしてこの番組を知ったんですか?」

そんなことを尋ねるのはシエル先輩だ。

ちなみにもう元の服装に戻っていたりする。

知得留先生スタイルが非常に似合っていたので少し残念だったりした。

まあでも来週の授業の時には着てくれるんだろう。

「あ、それは俺も気になるな」
「うーん。最初は単に名前のインパクトが凄かったからなんですけどね」

琥珀さんははにかんでいた。

「どういうセンスなんだか」

そんなことを言いながらも秋葉もちょっとガクガク動物ランドに興味を惹かれているようだった。

何故なら秋葉はずっとエクスカリバーの研究にご熱心だったからである。

「確かにインパクトあるよなぁ」

わくわくならともかくガクガクである。

子供でなくても、いやむしろ大人だったらなんじゃこりゃと目を惹かれるに違いない。

「実際ある程度大人の人もターゲットにされているらしいです。仕事で苦労しているご両親に子供の頃の純粋な気持ちを思い出してもらおうって感じで」
「うーん……」

確かに最初はわけもわからず馴染めない感じだったけど、琥珀さんや翡翠がここまで夢中になっているってことは、やはりいい番組なんだろう。

ぬいぐるみも心底こだわって作ってあるみたいだし。

「来週までに勉強しておきますよ」
「期待しておりますよー。ちょっと聞きかじっただけであの演技力なら、実際の番組を見ればパーフェクト知得留先生になれるはずですっ」
「あはは……まぁ期待しないで待っていてください」

口ではそんなことを言っても目は真剣なシエル先輩。

やるからには全力勝負の先輩だ。

来週は本当に完璧な知得留先生が見れるに違いない。

「期待してるわよ、シエル」

アルクェイドは笑顔で先輩の肩を叩いた。

「な、なんだかくすぐったいですね……」

先輩は照れくさそうに、だが嬉しそうに笑っていた。

「さて、次回への期待も高まったところで今日はお開きにしましょうか? もう晩御飯を作らなくてはいけませんし」
「あら、もうそんな時間?」

時計を見るともう六時になるというところであった。

「……いけない。洗濯物取り込まないといけませんね」

先輩は渋い顔をしていた。

「悪いな先輩。わざわざ来てもらって」
「いえいえ。こんなにいいものを頂いてしまいましたし」

知得留先生セットの入った袋を俺に見せるシエル先輩。

「ではこれで。皆さん、また来週」
「先輩、知得留先生のぬいぐるみを忘れていますよ」
「……ああ、すいません、ありがとうございます秋葉さん」

ぺこりと秋葉に会釈をするシエル先輩。

それから知得留先生のぬいぐるみへと歩いていく。

「おっちょこちょいねーシエル」

アルクェイドは秋葉に言われた言葉を早速引用していた。

「わ、悪かったですね。ついうっかり忘れただけです」

苦笑しているシエル先輩。

「……」

はて、俺も何か忘れているような気がする。

「ところで遠野君」
「あ、はい、なんですか?」

思い出そうとしたところで先輩に話しかけられた。

「ずっと気になっていたんですけれど、このノートはなんでしょう?」
「……あ」

そうだ。それだ。

「そうそう。それを渡さなくちゃいけなかったんだよ」

俺はテーブルの上に置いてあった数冊のノートをまとめて取ると、ひとつづつみんなに手渡していった。

「こっ……これは……」

驚愕の声をあげる各々方。

まあそれはそうだろう。

妙に丸っこい字と似顔絵、そしてその字は「メガネのシエル」とか「妹」「めいどひすい」などと書かれているのだから。

みんなそろって視線がアルクェイドに。

「な、なに? わ、わーっ。志貴ってばこんな絵描くんだー。なんだか下手っぴだね〜」

アルクェイドは「わたし」と描かれたノートを逆さまに眺めていた。

相当に慌てているようである。

「えー、あー、うん、これは多分俺が作ったらしいノートなんだけど。よかったらみんな、授業で使ってくれないかな」
「嘘をおっしゃいな、兄さん。兄さんが私のノートに『妹』なんて書くわけがないでしょう」
「……う」

そりゃまあばれるよなあ、やっぱり。

でも秋葉だって話を合わせてくれてもいいだろうに。

「アルクェイドさん、あなたが作ったんでしょう?」

そうしてアルクェイドの正面に立つ秋葉。

「そ、そうよ。わたしが作ったのよ。悪い?」

アルクェイドは顔を真っ赤にしていた。

「いえ。そうではなくて。この似顔絵も良く描けていますし。ただお礼が言いたかっただけです。どうもありがとうございます」
「……へ?」

一変、呆気に取られた表情へ。

「……」

かく言う俺も唖然としていた。

あの秋葉がお礼を、しかもアルクェイドに言うだなんて。

けれどそれは驚くことじゃない。

むしろ喜ぶべきことだ。

オモチャ売り場でアルクェイドの境遇を少しだけ聞いた秋葉は、やはり考えが変わったんだろう。

「あ、秋葉さま……熱でもあるんじゃ……」

けれどそんなことを知らない琥珀さんは珍しくうろたえていた。

まあ要するに、秋葉がアルクェイド相手にお礼を言うだなんてことはそのくらい驚くようなことだったわけである。

「琥珀。私は正常よ。あなたこそ熱があるんじゃないかしら?」

それどころか秋葉は琥珀さんをあしらう余裕まで身につけていた。

うーむ、人は心がけひとつでこうも変わるものなのか。

「姉さん、ここは素直に喜ぶべき場所だと思います」
「そ……そうだね。うん、はい。ありがとうございますっ。アルクェイドさんっ!」

琥珀さんはノートのお礼と秋葉のお礼の二つの意味を混めてなのか、アルクェイドの手をぎゅっと握って感謝をしていた。

「つ、ついでに作っただけなんだから。そ、そんなに喜ばなくたっていいい、いいのよ」

かなり照れくさそうなアルクェイド。

そりゃそうだ。

俺以外の人に何かをしようとしたことだってほとんど初めてだったし、俺以外に喜ばれることも初めてのはずだ。

「本当に良く描けています。ありがとうございます、アルクェイドさま」
「う、うん……ありがと、えへへ」
「上手く描けていますよ。ええ」

翡翠も先輩も似顔絵にとても喜んでいるようだった。

もちろん、喜ばれているアルクェイドも恥ずかしそうだったが本当に嬉しそうだった。

「シエルはメガネないほうが印象強かったからちょっと怖い顔になっちゃったのよ」
「……あはは、反省します」

さりげないような会話だけど、それは明らかに二人の関係が変わったことを意味している。

「では、これで失礼いたします。本当に今日は楽しかったです」

先輩は最後にぺこりと一礼して、帰っていった。
 

「……来週が楽しみですね」

そして先輩を見送った後で翡翠がそんなことを言った。

「ああ。ホントに楽しみだ」
 

俺は心からそう答えるのであった。
 




あとがき
第三部完です。
というのも三部のひとつのテーマが完結しましたので。
ひとつはアルクェイドの成長。
もうひとつはそれを取り巻く環境の変化。
後半はちょっと蛇足っぽい感じにもなってしまいましたが(w;
この完結は完全な終わりではなくひとつの区切りといった感じですので
四部も書くと思います。
このまま学校編を交えつつもまた別のテーマを。

あと文庫計画のほうも新たなエピソードを水面下で執筆中です。
100ページくらいのものを作ろうかなと。
こっちと並行して書いてたので混ざってしまいなんだかヘンテコになってしまったところも(苦笑
んで先ずはそっちを先にして、その後四部かなといった感じでしょうか。

最近なんだか多忙なので先の話になりそうですが気長にお待ち頂ければ幸いです。
ではでは。



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