こういう時、うまい言葉を見つけられない自分が歯がゆい。
自分なりに感謝の言葉を考えて、なんとか口に出すことが出来た。
「俺、シエル先輩が先輩でいてくれて本当によかった」
「――――」
先輩の目が一瞬大きく見開かれた。
「……ずるいですよ、遠野君は」
「え」
そして次の瞬間、その目から大粒の涙が零れ落ちていた。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その43
「せ、先輩……泣いて……るの?」
「泣いて……?」
自分の頬を触り、先輩はきょとんとしていた。
「あ、あれ、なんで、わたし……」
先輩は何故自分が涙を流しているのか理解できていないようだった。
「お、俺、なんか変な事言った……かな」
「……」
何も答えない先輩。
しばらく先輩は黙り込んでいた。
「……少しだけ、愚痴を言わせてください」
やがてぽつりと呟くように言う。
「う、うん」
「わたしは遠野君のことが好きでした。いえ、好きです。今も」
「……」
涙目の先輩にそんなことを言われてしまうとくらりとくる。
しかしそれ以上に俺は罪悪感を抱いていた。
何にしたって女の子を泣かせるのはよくないことだ。
「しかし遠野君には彼女がいます。だからわたしは身を引こうとしました」
「うん……。そうだね」
「……いっそ遠野君がわたしに冷たくなってくれたほうがよかったんです。なのに、なのに。遠野君はずるいんです」
先輩の声は怒りと悲しみの混じった声だった。
涙もとめどめなく流れ続けている。
「遠野君が優しすぎるからっ! 優しすぎるから身を寄せたくなってしまうんじゃないですかっ!」
そう言って先輩は俺に抱き付いてきた。
「せ、先輩……」
自分の顔がみるみる熱くなっていくのがわかる。
「ほら、わたしは遠野君を困らせています。邪魔な女だと突っぱねてくださいっ。そのほうが……そのほうがすっきりしますっ!」
「で、出来ないよ俺。先輩にそんな事……」
それはこの前俺と先輩で話した事の再現だった。
「それがずるいって言うんですよっ。遠野君のバカっ! バカァッ……」
「ご、ごめん」
「謝らないでくださいっ! 悪いのはわたしなんですからっ……うっ……ぅ」
先輩は俺の胸で泣き続けている。
「先輩……」
俺はただそっと肩を抱いてあげることしか出来なかった。
「……帰ります」
どれくらい時間が経っただろうか。
目を赤くした先輩がぽつりと一言呟いた。
「う、うん」
手を離す。
「その、都合のいい話かもしれませんが、今の事は忘れてください」
「……うん。なるだけ努力する」
「ごめんなさい。ほんとに、都合のいいことばかり言ってしまって」
「いや、先輩は悪くないよ。俺が……」
先輩は手のひらを俺に向けて言葉を止めさせた。
「それ以上は止めておきましょう。堂々巡りです。もう暫く時間が経てばわたしももうちょっと区切りがつくと思いますので」
「……先輩」
「では、また」
「う、うん。また……」
シエル先輩は駆け足で俺から去っていった。
「……」
俺はなんともいえないもやもやした心境だった。
「……戻ろう」
踵を返す。
すると、門の近くの木の影から見知った顔が顔を覗かせていた。
「アルクェイド……見てたのか」
俺が声をかけるとアルクェイドはばつが悪そうな顔をしてひょこひょこ歩いてきた。
「ご、ごめんね。見るつもりはなかったんだけど……志貴が遅いからちょっと気になって……」
「……」
沈黙。
「……シエル、泣いてたね」
「ああ」
「何か……あったの?」
おずおずと尋ねてくるアルクェイド。
「……難しい話なんだよ。けど、おまえも一応関係者だ。俺のわかってる範囲で話そう」
俺はアルクェイドと部屋に戻り、長い、長い話を始めた。
恋とか愛とかいうものは説明するのがとても難しい言葉だ。
世の中では簡単に使われてるしそこいらじゅうに溢れている気がするけど、じっさいそれを人に説明しろと言われるとややこしいことこの上ない。
しかもそれをアルクェイドにわかるように説明しなくてはいけないのだ。
「……ほんとに難しいのね」
俺の腕を枕にしながらアルクェイドが呟く。
「ああ」
「シエルも一緒に愛するなんて無理……だよね。やっぱり」
「……」
そんなことをアルクェイドが言い出すなんて意外だった。
「俺はおまえで精一杯だ。先輩もアルクェイドも、なんて器用なことは出来ないよ」
でも、だからこそ俺はきっぱりと言い切った。
「志貴……」
ぎゅっとアルクェイドが抱き付いてくる。
「……ありがと」
「別に礼を言われるような事じゃないよ。俺自身の意思なんだから」
俺はつくづく不器用な男だ。
先輩の言うとおり、先輩に気が無いのなら突っぱねるのが本当の優しさだったのかもしれない。
シエル先輩に対して中途半端な態度を取り続けていたからあんなことになってしまった。
「あー……駄目だなあ、俺」
ひたすらに頭を掻きちらす。
「考えすぎないほうがいいよ。時間が経てばきっと解決してくれる。シエルはわたしなんかよりずっと考え方が大人だもん」
「そうかな」
「そうだって」
「サンキュー。だいぶ楽になった」
一人で悩んでいたらもっと辛かっただろう。
俺もだいぶアルクェイドに救われているのだ。
「うん」
アルクェイドがくすりと笑った。
なんていうか、久しぶりにこいつが俺の彼女なんだなと実感してしまった。
「……寝るか」
なんだか色々と考えるのが面倒になってきた。
一度眠ればさっぱりするだろう。
「でもお風呂入ってないでしょ?」
「いいんだよ、一日くらい」
「そっか。じゃあ一緒に寝てもいい?」
「何もしないぞ?」
「いいの。一緒に寝たいだけ」
多分それは俺に気を遣ってくれてるんだろう。
「……好きにしろよ」
俺は好意に甘えることにした。
「うん」
そうして二人は手を繋ぎ合い、なんだか初々しいカップルみたいな一夜を過ごすのであった。
「じゃ、行ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃいませ志貴さま」
前日にどんなことがあろうとも平然と次の日はやってくる。
ああ、明日になんかならなきゃいいのに、なんて歌詞があったけど、俺の気分はまさにそれだった。
「どんな顔して先輩に会えばいいんだろう……」
ひたすらに気分が重かった。
「……それからおまえ、ついてきてどうする気だ」
背後をずっとつけてきている怪しい影に話しかける。
「え? わ、わたしは散歩よ。散歩」
アルクェイドはそらぞらしく口笛を吹いてみせた。
「ったく。尾行するったってもっといい方法があるだろ?」
「だって、ばれない方法でやったって志貴に悪いし」
「ま、まあなぁ」
こいつが本気を出したら俺に気づかせずにあらゆることをやってのけてしまうだろう。
「……シエルが気になるのよ」
「やっぱりそれか」
俺が話した事で、アルクェイドは先輩に対する遠慮というか同情というか、そんな心境になっているようだった。
「今回は本当に先輩辛そうだったからな……」
正直、先輩があんなに取り乱した姿は始めてみた。
もしかしたらもう先輩は学校へ来なくなって、埋葬機関の仕事だけに生きる……
「あ、遠野君。おはようございます」
「ん、おはよう……って、え?」
ものすごい普通に先輩が挨拶をしてきた。
「こらこら駄目ですよアルクェイド。遠野君はこれから学校なんです。大人しく家で待ってなさい」
「し、シエル?」
アルクェイドも目を丸くしている。
「あのう、先輩?」
「あ、いえ、無理に明るく振舞ってるわけじゃないんですよ。昨日思いっきり泣いたらなんだかすっきりしちゃいまして。セブンにも説教されちゃいましたし」
「……ななこさんに?」
「ええ。そんな落ち込んだマスターはマスターらしくないですよ。もっとしっかりしてください、って」
「そ、そうなんだ」
「さすがにセブンに説教されては立ち直らざるを得ませんでした。やはりわたしは頼りになる先輩像がしっくりくると思いませんか?」
「い、いや、そりゃ、まあ……そうだけど」
もしかしたら俺にとってはアルクェイドであるように、先輩にとってのななこさんはベストパートナーなのかもしれない。
とするとそれは百合になるのだろうか。
謎である。
「だから、これからはよりよい遠野君の先輩を目指します。それならわたしがナンバーワンですからねっ」
「は、はあ」
ああ、先輩の変な真面目癖がまた発動しまったようだ。
「でも、頼りにしてるよ先輩」
何にせよシエル先輩が一番頼りになる先輩というのは間違いないのである。
「任せてください。アルクェイドに飽きたらわたしに乗り換えてもいいですからね」
「むっ」
途端にアルクェイドが俺に抱き付いてきた。
気になるだのなんだの言ってたくせに、いざ取られると危険を感じるとこうなってしまうらしい。
「あはは。冗談ですって」
くすくすと笑う先輩。
「では、これからもよろしくお願いします」
「あ、うん」
差し出された手を握り返そうとすると。
「よろしくね、シエル」
アルクェイドのほうがその手を握ってしまった。
「あら……あはは」
それを見て笑う先輩。
「え? 何がおかしいのよ」
「いえいえ。これからもよろしくお願いしますね、アルクェイド。わからないことがあったら何でも聞いてください」
「ん。そうするわ」
「ははは……」
どうやらこれからシエル先輩はアルクェイドにとっても頼りになる先輩になりそうである。
完
五部書く前になんかまた文庫版でも書こうかなと思ってたりします。
文庫、WEB何か希望などありましたら↓でお願いします〜。
感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。