とうっかりタイトルを言ってしまったのが最後。
「さっすが志貴さん。よくわかっていらっしゃるー」
「しまった」
せめて何の歌?とでもすればよかったのだ。
いやそれでも駄目だけど。
「あっれーはだっれだー、だっれだ、俺だーっ」
「……」
「アレは琥珀の転校生」
「伝説の熱血マンガですよね」
「伝説なのかどうかは知らないけど熱いマンガだってのは知ってる」
むしろ暑苦しいくらいである。
「もえろファイヤーっ、たったっかえー」
「いや主題歌はもういいから」
しかもなんで最初に戻ってるんだ。
「この主題歌も知ってる人少ないんですよねー。なんせ史上初のOLAですもん」
「オリジナルレーザーアニメーション……」
これはオリジナルアニメ作品としては史上初の試みだった。
のだがまるでヒットせず作者自らがネタにまでした伝説の商品である。
ただ主題歌と内容は素晴らしく、後にビデオ版がリリースされている。
よって見たい人はレンタルビデオ屋にいけば見れるかもしれない。
主題歌も一部カラオケには収録されている。
「……いかん」
そんな事を考えていたら見たくなってしまった。
「見たいですよね?」
「うっ」
「うふふふふふ」
くそう、これじゃ琥珀さんの思うがままじゃないか。
「ぜ、全然興味ないよ」
「ほんとですかー?」
「ああ」
俺がそっけない態度を取ると、琥珀さんは少し俺から距離を取った。
「滝沢キーック!」
「のわっ!」
軽くジャンプしてのキック。
むろん大した痛さではない。
「たっきざわー!」
ばしっ。
走りながらすれ違いざまに一撃。
「国電パンチ!」
「うごおっ!」
今度は背中にパンチ。
「うふふ、どうですか志貴さん」
「……っ」
これらは作中で主人公滝沢昇が使っていた技である。
けれどそんな事よりも。
琥珀さん可愛いなあ。
とか全然違う事を考えてしまっていた。
琥珀さんはそりゃ子供っぽい面もあるけど。
こうもあからさまに子供そのものな行動をされるとなんともはや。
「もう一回いきますよー! 滝沢国で……」
「殺虫パンチ」
ぺちん。
「あうっー」
俺の軽い一撃でへなへなと座りこんでしまう琥珀さん。
「駄目ですねー。普通にやってたら殺虫パンチには勝てませんよー」
「城之内ゴールデンビクトリーフィニッシュじゃ負けるからね」
「ええ、それなら勝てるんですけど」
ダメージなんかあるわけないのであっさり立ち上がる。
「……で、何を話したいの?」
しょうがないので俺は琥珀さんに付き合う事にした。
「ありがとうございますー」
好きな作品の話だったら辛くもなんともないしな。
「ええとですねー。志貴さんは炎の転校生のキャラで誰が好きですか?」
「週番の金沢」
「一番最初にやられる人ですか?」
「いや冗談だけどさ」
さすがは琥珀さん。この程度の知識なら余裕でついてこれるようだ。
「どうだろうな。出てくる人はみんな好きだけど」
「あ。それはなんとなくわかります。敵も味方も味のある人ばかりですからね」
「琥珀さんは?」
「わたしは脇役が好きです」
「あー」
一話しか出てこないような脇役でも、ものすごい個性があったりするのがこの作品の凄いところである。
「戸影兄とか?」
「そうですそうです。剛路中性子とかも好きですねー。あと絹川孝広くんとか」
「……マニアックすぎだってば」
わかる俺も俺だけど。
「あの誰だっけ。破壊防御使う……」
「城崎ですねー。両方滝沢キックにやられちゃいましたけど」
「そうそう。あいつ地味に好き。いかにも悪役って感じが」
「悪役といったら伊吹くんでしょうー。手にはめるものをハイそうですかとはめるだけだったらサルにだって出来るぜっ!」
とグローブヌンチャクの真似をする琥珀さん。
「あはは。伊吹は技少ないけどかっこいいよな」
「心に棚を作れ!」
「それは俺がすごい好きな言葉」
特に琥珀さんとか琥珀さんとか琥珀さんによく当てはまる言葉だと思う。
「あとは必殺技ですねー。滝沢全力キック! ハンドレッド滝沢キック!」
「無駄にバリエーション豊富だからね」
細かいものをあげていけばキリがないくらいだ。
滝沢〜だけでも20くらいはあるだろう。
「あと炎の転校生で忘れちゃいけない要素があると思うんですけど」
「なに?」
炎の転校生は血と涙と汗と青春、暑苦しい、勢いのありすぎるマンガである。
「いいえ、作者さんが言っているじゃないですか」
「……えーと?」
何か言ってたっけ。
「あ」
一つ思い当たる事があった。
それもやはり別のマンガで作者がネタにしていることなのだけれど。
いや、でもそれは……
「必殺!」
「のわっ?」
俺が考えているうちに琥珀さんは俺を羽交い絞めにしてきた。
「ま、まさか必殺暗黒流れ星っ?」
いやでもあの技は高い場所からやるから効果があるんだし。
「技北スパーク!」
「のおおお……!」
説明しよう。
技北スパークとは交い絞めにした相手の肩や腕に口をつけ、静かーに息を吐き出し、その異常な暖かさに相手は狂乱する「まさに地獄の必殺技」である。
が、それはオッサンがやるからこそ効果があるわけで。
年頃の女の子な琥珀さんがやったってそれはむしろ嬉しいだけである。
「まだわからないんですか志貴さん?」
「い、いやわかってるけどさ……」
もうひとつの特徴。
それはベタベタ過ぎる恋愛話だ。
作者曰く、内容が恥ずかしい! 身悶えするほどに……だ。
「しっきさーん」
「うっ」
くるりと体を反転させられる。
「好きよっ」
好きよ好きよ好きよ好きよ好きよ好きよ好きよ好きよ好きよっ
琥珀さんにキスされた瞬間、滝沢のように俺の頭の中ではそのセリフがループし続けていた。
「あはっ……こんなんどうでしょう?」
イタズラっぽく笑う琥珀さん。
「こ、琥珀さん……」
俺の理性はもう崩壊寸前だった。
「で、提案なんですがー、わたしが炎の転校生として志貴さんの学校にー」
「それは却下」
けど一瞬で冷めた。
「……うわ、そこはオッケーを出す展開ですよ?」
「そんなんされたら困るよ」
ただでさえいっぱいいっぱいなのに。
「それよりもさ」
「なんです?」
「結婚しよう」
「はい」
二人で顔を見つめあう。
「園次郎と虹のおねーさんの結婚話は驚いたよね」
「ですねー。まさに電撃結婚ってかんじで」
とまあネタで誤魔化してみたけど。
いつかはそういうことにもなるのかなぁ。
「志貴さんにも身悶えするような熱い性活をご提供しますよ?」
「……き、期待してるよ」
負けるな! 戦え遠野志貴!
いつか琥珀さんに頼られるようなしっかりした男になるその日まで!
完