どうやらまた琥珀さんのネタ話が始まるらしい。
「きゃー、いけない遅刻しちゃーうとパンを咥えて走る少女」
「ないね」
そんな奴はまずいないだろう。
「そして何より不思議なのがこのシチュエーションは大抵の方が知っているのに元ネタをほとんど知らないということです」
「……いつの時代からあったのかすらわからないもんなあ」
実際にそんな作品があったかどうかすら疑わしい。
「というわけで今日はそういった類の事柄を考えていこうと思います」
「遠慮しておくよ」
「ではまず」
「……俺の意見が採用されることもまずないよね」
「何の話です?」
「いや、なんでもないよ」
これもまた俺と琥珀さんの間ではありがちな事なんだから。
「ありがちな話」
「……いきなりオチっぽい事考えちゃったけど大丈夫かな」
ちゃんと続くのかこれ。
「志貴さん、変ですよ?」
「いや大丈夫」
まあきっとなんとかなるだろう。
「勝手に悩み出して自己解決する主人公」
「それは現実でもたまにいるんじゃ……」
いわゆる心配して損したと思う瞬間である。
「……あはは」
自分の事を言われたのだと気付いて苦笑する。
「何かありません?」
「んー」
さてどうしたもんか。
「ザマスって実際に言う人はいないよね」
「お金持ちのおばさまの基本ですねえ」
「なんでザマスになったんだろう」
「実は辞書にも乗ってるちゃんとした言葉だったりするんですけど」
「え? マジで?」
マンガの中だけの言葉じゃなかったのか。
「詳しい事はご自分でお調べくださいなー」
「な、なんかずるいなあ」
そんな事言われたら気になってしょうがないじゃないか。
「似た部類でチャイナ系のキャラクターがアルよというのがありますが」
「琥珀さんもやったことあるよね」
あの格好はよかったなあ。
「また着てあげましょうか?」
「あるの?」
「うふふふふふ」
意味ありげに笑う琥珀さん。
「これも諸説が存在するアル」
「あるんだ」
雰囲気作りなのかそれっぽい口調へ変わる。
「しかしそれを教えるのはあまり面白くナイね」
「そんな事言わないでさ」
「……とまあ、今のが答えなんですが」
「え?」
今何かしたっけ?
エセ中国人の真似をしただけじゃ?
「肯定はアル。否定はナイ。日本語はこれをつければだいたい通じます」
「……ん」
考えてみよう。
それを欲しいです。
それを欲しい……アル。
それはいらない。
それはいらナイ。
「あ」
なるほど確かにそうだな。
「とまあ中国の方がこういう覚え方をしたので〜〜アルよと言うようになったとか」
「へぇー」
「これも詳しく知りたければお調べになってくださいねー」
「……調べてわかるもんなのかな」
歴史の教科書には載ってない気がするが。
「では次行くアルよ」
「……はいはい」
「某キテレツに出てくるロボットナリが」
「いやそれバレバレだから」
伏せるならもっとちゃんとしなきゃ駄目だろう。
「頭がボールで胴体が風呂桶のロボットって言ったほうがよかったですかね?」
「いやそれは微妙にわかり辛いんだけど」
「ではネギボウズで」
「……いやコロ助でいいじゃん」
キテレツを出しておいて何故隠す必要があるんだか。
「いやー、バレバレでも敢えて言わないところが面白いといいますか」
「そういう変なこだわりはいいの。で。ナリだっけ?」
「はい。これは昔の日本語に由来してます」
確かに古文とかだとよく見る気がする。
「実際に江戸時代の人たちはああいう口調だったのかな」
「歌舞伎などの演技的なものでは残っていたでしょうが、実際には使ってた人はいないんじゃないですかねえ」
「かなあ」
「ちなみに忍者のよく使うござるは尊敬語です」
「尊敬語ときましたか」
なんか国語でそんなのならったような。
「忍者は依頼主よりは格下ですから、そういって相手に対しては〜〜でござるという口調を使わざるを得ませんよね?」
「なるほど」
「さらに丁寧になると〜〜でございます、となるわけですが」
「それは今でも使われてるね」
三階、おもちゃ売り場でございます……とか。
「勉強になりました?」
「うん」
まさかござるにもちゃんと元があったとは。
「まあ語尾ネタは結構キリがないんでこのへんにしておきましょう」
「そうだね」
他にもヤンスとかガスとかゲスとかにょろとか色々あるからな。
「マンガにありがちなシチュエーションですが」
「うん」
「メガネを外すと美形」
「あるねえ」
最近はそんなに見かけなくなったけど、昔はよくそういうキャラがいた気がする。
「でもわたしはココアよりレスカ派なんですよねー」
「……またマニアックなところをついてくる……」
確かにメガネ外したら美人の代表はあれで合ってる気がするけど。
「今は逆にメガネで美形でいうのが流行ってる感じがします」
「あー」
「某テニスマンガの……誰とは言いませんが」
「うん」
言われなくてもわかる。
「メガネ主人公も増えましたね」
「かもなあ」
そういう主人公は非力だけど、なにか凄い技を持ってたりとか。
「……いやいや」
その理屈だと俺が主人公になっちゃうじゃないか。
「どうかしました?」
「いやなんでもないよ」
自分が主人公になってしまうだなんて。
それこそまさにマンガかゲームの世界だ。
「朝起きたら見知らぬ美女が部屋の中に」
「ありがちですねえ」
「最初は仲が悪いけど、気付いたらラブラブに」
「王道にも程がありますね」
だがしかし、そこがいいのだ。
「王道といえば転校生ネタですねー」
「あるある」
そんなに転校してくるわけないだろってくらいに。
「まず先生が転校生が来る事を説明して、ざわめくクラス」
「うん」
「そして入ってくる主人公。この先の展開はバトルもの、恋愛ものなどによって変わってきますが。共通の事がひとつ」
「空いてる席に座れ?」
「はい。その通りです」
俺の答えににこりと笑う琥珀さん。
「端っこの席はともかくとして、真ん中の席が空いてるなんて事はまず無いでですよね」
「……無いね」
そんな事をする意味がわからない。
「だいたい、教室の中に空き机が増えた時点で転校生が来るってわかりそうなものなです」
「でもみんな驚くよね」
まあ何かしら反応がなきゃマンガにならないけど。
「話が前後しますが、恋愛ものの場合、さっきの『きゃーいけない、遅刻しちゃう』の子が同じクラスになる確立が100%ですね」
「確実だね」
「でも現実では遅刻しちゃうの子に会う可能性すらないわけで」
「転校生イベントも起こらない……か」
「残念なことですよね」
「いや」
そんな事がそこらじゅうの学校であったら逆に困るだろう。
恋愛ものならともかくバトルものだったりした日にはもう。
「というわけで志貴さんにサプライズを用意しました」
「……サプライズ?」
なんだかイヤな単語が出てきた。
「明日学校に行く途中で『きゃーいけない、遅刻しちゃう』という声が聞こえますので」
「聞こえたら全力で引き返すよ」
そのフラグを立てた瞬間、俺の平和な学園生活が終わってしまう。
「えー、駄目ですよー。それじゃいきなり転校生になっちゃうじゃないですかー」
「いや、誰も転校してこなくていいから。席空いてないから」
「大丈夫です。志貴さんの隣の席が何故か空いてます」
びしっと親指を立てる琥珀さん。
「さらりと恐ろしい事言わない!」
「我侭ですねえ志貴さん」
「どっちが!」
「……まあ、転校生ネタはいいですよ。今更学校って気にもなりませんし」
「はぁ」
よかった、思いとどまってくれたようだ。
「他にありがちな事といえば」
「……うん、なに?」
なんだか疲れてしまった。
「部屋に突如現われた美女」
「さっきも言わなかったっけ?」
「はい。それの続きです」
「続きねえ」
「その美女は」
突然しゅるしゅると服を脱ぎ出して。
「いやちょっと?」
「主人公を誘惑するわけです」
「いや、そんな展開あり得ないから」
どこのもてない男の妄想だよ。
「ですから、それを実践してみようかとー」
「ちょ、ちょっと」
これじゃまるっきりいつもと同じ……
「これぞ究極の王道というやつです」
「あ、あはは……」
こうして超ベタベタに。
俺は琥珀さんに美味しく食べられてしまいましたとさ。
完