安堵の息を洩らすアルクェイドさん。
「……これで四天王はあと一人ですね」
黒幕もはっきりしたことだし、後は迷う事なく冷峰学園へ突っ込むだけです。
「今度はまともな相手がいい……」
「……私もそれを望みます」
次はどうか普通の相手でありますように。
「ダウンタウン月姫物語」
その10
「……にしてもずいぶん汗をかいてしまいましたね」
「しかも嫌な部類のやつよね」
「思い出したくないのでもう触れないで下さい」
「うん、そうする」
あんな男の事は忘れて気分一新といきたいのですが、体のベタベタ感が嫌でもあの男を連想させてしまいます。
「あ」
「なんですか?」
「あれ、お風呂じゃない?」
「……」
アルクェイドさんの指差した先にはいわゆる銭湯というものがありました。
「ちょっと入っていこうよ」
「冗談じゃありません。そんな大衆浴場など……」
「あ、そう? じゃあわたしだけ入ろっかな。妹はベタベタのままでいればいいわよ」
「ぬう……」
この際、変なプライドは捨てるべきでしょうか。
正直このまま状態でいることのほうが辛そうです。
「わかりました。入りましょう」
「言っておくけど、カード使えないわよ、こういうところ」
にこりと笑ってそんな事をいうアルクェイドさん。
「……う」
それはとても痛い。
カードは肌身離さず持っているけれど、現金の持ち合わせなんてほとんどないのだ。
「いいわよ。奢ってあげるわ」
「え?」
アルクェイドさんが私に?
「な、何か裏があるんじゃないでしょうね」
「ないわよ。気持ち悪いのは嫌でしょ。お互い」
「……ぬう」
この人が罠とかそういう高度な事を出来るとは思えませんね。
「どうする?」
「ありがたく好意を頂きましょう」
「おっけ〜」
「……って男湯に入ろうとしてどうするんですかあなたっ!」
「あれ? 銭湯って混浴なんじゃなかったっけ?」
「違いますっ!」
全く、なんでこの人の知識はこう中途半端なんでしょう。
「こちらです。行きますよさあ」
「はーい」
そんなわけでピンク色の暖簾をくぐって更衣室へと入りました。
「……予想以上にみすぼらしいわね」
なんていうか、本当に何十年も昔からあった建物という感じがします。
「そう? こういう雰囲気好きだけどなー」
「よくわかりませんね……」
建物と同様みすぼらしいロッカーを開ける。
「あ、そういえばタオルないけどいい?」
ロッカーの中を見てそんなことを言うアルクェイドさん。
「貸して貰えるのではないのですか?」
「タオルは有料だって。番台のおばあちゃんが言ってた」
「……すいません、借りていただけますか」
「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。女しかいないんだし」
「いいから、お願いします」
「はーい」
「……」
まったく恥じらいと言うものがないんですかねあの人は。
そりゃ銭湯というものが裸の付き合いである事は知っています。
けれど、あのアルクェイドさんと一緒に入るとなると……
「はい。借りてきたわよ」
「すいません」
アルクェイドさんが持ってきたのはバスタオルとフェイスタオルの二枚でした。
「気が利いてるじゃないですか」
この人にしては珍しい。
「ごしごしタオルは買わなきゃ駄目で高いから止めておいたわ」
そう言いながら上着を脱ぎ始めるアルクェイドさん。
ぶるんとその大きな双丘が揺れる。
まったくもって面白くない光景である。
「……あなたのタオルは?」
アルクェイドさんの傍には他にタオルがあるように見えなかった。
「わたしはいらないもん」
「……」
ぽいぽいと服を脱ぎ捨てて行くアルクェイドさん。
本当に腹立たしいけれど、この人のプロポーションは同性の私が見ても惚れ惚れするくらいだった。
「ほら、早く行こうよ」
そのアルクェイドさんが何ひとつ隠す事なく立っているわけで。
「……先に行っていてください」
コンプレックスのある私の姿を見せるのは恥ずかしかった。
「そう? じゃあ適当に遊んでくる」
「周りに迷惑をかけないでくださいね」
「はーい」
がらがらと入り口の扉を開けてアルクェイドさんは浴場へ入って行く。
「世の中不公平です……」
私は自分の胸を見てそう呟くしかなかった。
かぽーん。
「……へえ」
入った瞬間、奥の巨大な富士山の絵が目に入ってくる。
もわっとした蒸気に包まれていてなんだか幻想的な感じだ。
「さて……」
周囲を見回してみたけれど、あまりお客さんは入っていないようであった。
「……ふう」
思わず安堵の息を洩らしてしまう。
その理由は色々あるけれど、どれもこれも面白いものではない。
「やっほー、妹」
「……ぬ」
アルクェイドさんがぽたぽた水滴を落としながらこちらへ向かってきた。
その水滴がなんだか艶っぽく見えて思わず慌ててしまう。
「お風呂気持ちいいよ? ちょっと熱いけど」
「さ、先に体を洗ってから入るんですよ普通は」
これまた年季の入った椅子に腰掛ける。
「一応軽くは流したつもりだけど」
「ちゃんと石鹸を使ってください」
「注文が多いわねえ」
「一般常識です」
といってもアルクェイドさん曰くのごしごしタオルはありませんから素手で洗うしかないのですが。
石鹸を泡立て肩の辺りをこすり始める。
「タオル使えばいいじゃない」
「これは体を拭くためのものなんです」
もっというと体を隠すためのものでもあるのですが。
「……といいますかですね、あまり見ないで頂けますか。失礼でしょう」
私の姿をものめずらしそうに見ているアルクェイドさん。
「あ、ごめん。つい見とれちゃって」
「バカにしてるんですか?」
アルクェイドさんが私を見てそんな事を言っても嫌味にしか聞こえない。
「そんな事ないって。妹は黙ってれば可愛いんだから。肌もきれいだし、艶もあるし」
「……胸の大きさはあなたに敵いませんよ」
思わず自虐的なセリフを言ってしまう。
どうせ思っているのだろう。私の胸が小さいなと。
「そりゃ妹の胸が小さいのは認めるけれど」
ぐさ。
自ら言い出した事とはいえ、その言葉は深く私の心に突き刺さった。
「それは個性なんだから。妹は妹で魅力あるんだから自信持ったほうがいいと思うよ?」
「……それはどうもありがとうございます」
苦笑いして答える私。
「胸が大きい大きい言われるのだって嫌な事もあるのよ」
少し表情を曇らせたアルクェイドさん。
「変な男に怪しい目で見られたり……酔っ払いに絡まれたりとか……大変なんだから」
「……」
私はこの人をただの能天気バカだと思っていましたけれど。
この人もこの人で悩む事はあったのですね。
「……背中でも洗ってあげましょうか?」
「うわ、どういう風の吹き回し?」
「殴りますよ」
「冗談だってば」
二人で笑いあう。
なんだかいつもと雰囲気が違う私たちだけど。
多分それは銭湯という特殊な場所の空気がそうさせるものなんだろう。
そうです、ええ、そういうことにしておいてください。
「……ところでアルクェイドさん、あなたそっちのケがあるとかそういうことありませんよね?」
「そっち……ってどっち?」
「いえ、なんでもないです……」
続く
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