なんだかいつもと雰囲気が違う私たちだけど。
多分それは銭湯という特殊な場所の空気がそうさせるものなんだろう。
そうです、ええ、そういうことにしておいてください。
「……ところでアルクェイドさん、あなたそっちのケがあるとかそういうことありませんよね?」
「そっち……ってどっち?」
「いえ、なんでもないです……」
「ダウンタウン月姫物語」
その11
「んくっ……んくっ……ごく……ぷはあっ!」
「……親父臭いですよ、アルクェイドさん」
「いいのよこの飲み方が美味しいんだから」
お風呂から上がったらこれが必需品なのよとコーヒー牛乳を飲み始めたアルクェイドさん。
「妹も飲んでみなさいって。すっごい美味しいよ?」
「……ぬう」
私の手には奢って貰った白牛乳が。
「後でにしますよ」
「勿体無いなあ。湯上りが一番美味しいのに」
「いいからさっさと服を着てくださいっ!」
アルクェイドさんは下着のみの格好でそんなことをしているのです。
「わかったわよ、もう」
ぶつくさ言いながら服を着始めるアルクェイドさん。
「……服がちょっとべたつくのはしょうがないかなぁ」
「それはどうしようもありませんよ。……といいますかあなたいつも同じ服着てるじゃないですか」
この人ときたら会うたび会うたび同じ格好なのです。
「違うわよ。同じ服を何着も持ってるの。そんな同じ服ずっと着てるわけないじゃない」
「ややこしい事してるからでしょう」
まあ、私も同じような形の服ばかり持っているので強く言えはしないのですが。
「いいじゃないの。好きなんだから」
「……」
この人、多分好きなものなら一週間同じ食事メニューでも文句言わないんでしょうね。
まあ、食の嗜好に関してはどこぞの先輩もそうなのですけれど。
まったく子供そのものなんですから。
「ほら、何ぼーっとしてるのよ。早く行こうよ」
「……はいはい」
借りたタオルを返して暖簾をくぐる。
「あ」
そこで気がついた。
「どうしたの?」
「まだ牛乳飲んでませんでした……」
「駄目じゃないの。ビンはちゃんと返すんだからね」
「……貴方に言われなくてもわかっています」
さっさと飲んでしまおう。
「ん……」
ビンの蓋を引っ張る。
しかしこれがなかなか開かない。
「手伝おうか?」
「だ、大丈夫です」
かりかりとツメで先端をこする。
「あっ……」
蓋が一気にめくれてくれず、薄っぺらい紙がむけただけであった。
「下手ねえ」
「ちょ、ちょっと失敗しただけですっ」
がりがりと蓋をこする。
「それ、やりすぎると指突っ込むわよ」
「え……」
びちゃっ。
「きゃっ!」
思いっきり指先がビンの中へ入り込んでしまう。
顔にまで牛乳が跳ね飛んできた。
「うわ、わたしまで直撃食らった……」
「す、すいません」
跳ねた牛乳はアルクェイドさんの頬を汚してしまっていた。
「くっはぁー。いい風呂だったなぁネロ造よぉ。あの女共にやられたダメージもばっちり回復したゼェッ!」
「うむ。さすが日本の文化だ。絵画も素晴らしかった……」
なんだか見た事あるような人たちが男湯から出てくる。
「……お? おおおお?」
そのうちの一人が私たちに気付いたようだった。
「見ろよネロ造っ! 女共だっ! し、しかも白く濁った液体を顔にぶっかけてやがるっ!」
「ひ……卑猥な言い方をしないで下さいっ! これは牛乳なんですからっ!」
「ほう。つまりアレかっ! 俺のものをぶっかけてほしいと……」
「ロア助。その辺にしておけ。淑女の前でなんと無礼な」
どかばきぼこすかめきごきゃ。
「け、結局こうなっちまうんだな……ぐげほっ!」
今度こそ立ち直れないでしょう、こいつは。
「……そこのネロ造とか言ったわね。私たちの機嫌が変わらないうちにさっさとその下衆を連れて行きなさい」
「すまぬな……礼儀を知らぬヤツで」
「あ、え、ええ」
ロア助という男はどうしようもない下衆のようですが、こっちのネロ造と言う人は意外と話が分かるようです。
「あなたたちも冷峰の藤堂に命令されていたの?」
なのでそう尋ねてみた。
「いや、それがよくわからぬのだ。こいつと共に小林産業工場後付近を歩いていたのだが、それ以降の記憶が曖昧でな」
「小林産業工場跡?」
「昔は有名な会社だったのだがな。経営がうまくいかず倒産してしまったらしい」
「いえ、そういう事を聞きたいのではなくて」
「工場跡は緑町商店街を出てすぐのところにある」
「……ふむ」
てっきりあのチラシに騙された人たちだけが私たちを襲ってきたとばかり思っていたのですが。
「どうやらそこに何かありそうね」
「ですね……」
もしかしたら藤堂グループの開発した洗脳装置などがあるのかもしれない。
「行ってみましょう。引き返すのは癪だけど、気になりますし」
「そうね。ありがとネロ造。じゃあね〜」
「……」
ネロ造と別れ、道を引き返す。
「……ここですね」
「間違いないわね」
すぐにその場所は見つける事が出来ました。
塀は崩れ落ち、壁にも亀裂が入っている建物。
「さっきのマルカ運送といい勝負だわ」
「だからこそ怪しいんですよ」
マルカ運送の廃倉庫にも謎のツインテールがいましたし。
「ここにも誰かが隠れている可能性があります」
「わたしたちここ通り過ぎちゃったから、隠れてても意味ないだと思うんだけどね……」
「まあ……確かにそうなんですが」
普通に道を進んでいたらこんなところ通らなくていいですもんね。
「と、とにかく入ってみましょう」
「はいはい……」
敷地へ足を踏み入れる。
ざざざざ。
「え?」
その途端、工場内から男子生徒が駆け出して来た。
あっという間にわたしたちは囲まれてしまう。
「……やっぱりここは何かあるんですかね」
意見を求めようとアルクェイドさんの顔をみる。
ぞくり。
全身に鳥肌が立った。
アルクェイドさんの表情は、見た事もないような険しいものだったのである。
「そう……そういうことなのね……」
「ちょ、ちょっとアルクェイドさんっ?」
つかつかと一人歩いて行くアルクェイドさん。
周囲の男子生徒が襲いかかる。
「邪魔っ!」
ぶおんっ!
アルクェイドさんが手を薙いだだけで男たちは吹っ飛んで行ってしまった。
めきっ!
「うぁ……」
壁に叩きつけられた男のほうから嫌な音が聞こえる。
「あ、アルクェイドさん! やりすぎですよ! 急にどうしたんですか!」
「……」
アルクェイドさんは私の言葉を無視するように歩いて行く。
「ちょっと!」
仕方なく私は後を追いかけた。
暗い建物の中を躊躇する事なく進んでいくアルクェイドさん。
「なんてスピード……」
ただ歩いているだけのように見えるのに、走っている私が追いつく事が出来ない。
「なんでついて来たのよ」
「え?」
アルクェイドさんはいきなり立ち止まったかと思うとそんな事を言った。
「もう帰れないわよ、妹」
「そんな……訳がわかりません! ちゃんと事情を説明してください!」
「あの二人はわたしをここへおびき寄せるための罠だったのよ」
「……どういうことなんですか?」
「この工場には……法皇の結界が張ってあるの。わたしが入った瞬間発動させたんでしょうね」
「結界?」
「いるんでしょう! 出てきなさい!」
天井へ向けて叫ぶアルクェイドさん。
ひゅん。
そしてその人は降りてきた。
「待っていました」
「……そんなっ?」
この人まで冷峰の味方だというのですか?
「ずいぶんな小細工してくれたじゃないの」
ぎろりとその人を睨み付けるアルクェイドさん。
けれど彼女はそれを意にも介さないように笑っていた。
「ふっ。わたしが冷峰四天王のヘッド、シエルです」
続く
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