「……あ、あれ? ちょっと? これ、ま、またああああぁぁぁぁっ?」

そしてその声がまた一気に遠ざかっていった。

ちゅどーん!

遥か地下へ落下した音が。

「さて……行きましょうか」

不安要素はたくさんありますがとにかく行かなくてはいけません。

兄さん、どうか無事でいてくださいねっ。
 

「ちょ、ちょっと待ってっ! 置いてかないでよ、ねえってばー!」
「知りませんっ!」
 
 


「ダウンタウン月姫物語」
その14









「ねえ待ってよ妹ー。ちょっと休んでいこうよー」
「そんな暇はありません。冷峰学園はすぐそこなんですよ」

星の丘東商店街。

ここを抜ければすぐに冷峰学園なのです。

「だからこそ最後の休憩地点で準備を整えるべきでしょ」
「……ぬう」

アルクェイドさんにしてはまともな意見です。

私はまるで戦ってないからあまり体力は消費していないのですが、この先何が起こるかわからないのですから。

「わかりました。少しだけですよ」
「やったぁ。ねえどこに行く? 喫茶店? パン屋さん? テックバーガー?」
「……無駄に詳しいですね、あなた」
「薬屋さんでドリンク買いこんでおこうか? いざってときの『げんきいっぱつ』とか」
「薬……ねえ」

ある人物のせいで薬というものにはあまりいいイメージがないのですが。

栄養ドリンクは社会人の切り札と聞いた事があります。

もしかしたらすごい力を得る事が出来るのかも。

「ドリンクを飲むだけでしたら一瞬ですから構いませんよ」
「じゃあ薬屋さんね。早く早くー」
「……」

この人、なんでもいいから買い食いがしたかっただけなんじゃないでしょうか。

「どれにしよっか?」
「好きにしていいですよ。私はびた一文出しませんから」
「じゃあこれっ。『どっくんどりんく』!」
「……よりによって一番怪しそうな名前のものを選びましたね」
「いいじゃない。こういうインパクトのある名前の方が効き目高いわよきっと」
「まあ、それは確かにそうですが」

裏面を見るとやたらと栄養成分が入っているようだった。

「けってーい。買ってくるわねっ」

アルクェイドさんはビンを二本持ってレジへ駆けていった。

「ん?」

あの人二本も飲むつもりなんでしょうか?

「はい。あげる」

すぐに戻ってきて私にビンを差し出すアルクェイドさん。

「……奢ってくれるの?」
「うん。いらなかった?」
「いえ、ちょっと驚いただけです」

お風呂の時もそうでしたけれど、どうしてこの人はあっさり私の為にお金を使うんでしょうか。

もしかして私が兄さんと同じように貧乏だと思っているとか?

いえ、妹はお嬢様と言っていたのですからそれはあり得ません。

「何故?」

思わずそう口にしてしまった。

「何故って? 別に深い意味はないわよ。一緒に飲みたいなーってそれだけ」
「……」

どうやら深い考えはなかったようです。

けれど、そういう無意識の善意と言うものは案外嬉しいものです。

「ありがとうございます」

私は軽く頭を下げました。

「やめてよくすぐったいなぁ」

照れくさそうに笑うアルクェイドさん。

「……」

どうもこの人といると調子が狂ってしまいますね。

「飲み終わったらさっさと行きますよ」
「はーい」

ビンの蓋を開ける。

今度は牛乳と違って跳ねる心配もない。

「んぐ、んぐ、んぐっ」
「……だから親父臭いんですよ貴方は」

何故腰に手を当て首を上向きにするんでしょうか。

「この飲み方が一番美味しいのよ」
「……どう飲んだって味は一緒です」

控えめに一口。

こういう栄養ドリンクの味と言うのはかなり独特のものがあります。

どくっ。

「うわっ」

飲んだ瞬間全身に電気が走った気がした。

「どっくーんときた?」
「……は、はい」

続けてもう一口飲んでみたけれど、もうその刺激はなくなっていた。

「な、何だったんでしょう今のは」
「どっくんどりんく」
「いえ、そういう事を聞いているのではなくてですね」
「飲み終わったのなら行きましょ」
「……」

ぺちっ。

「いったあ。なんでぶつのよ」
「条件反射です」

兄さんはよく平気でこの人といられますね。

いえ、兄さんだからこそ平気なのでしょうか?
 
 
 
 
 

「さて、ついに辿り着きましたよ」
「結構大きい学校なのねえ」

ついに私たちは冷峰学園に辿り着きました。

「この学園のどこかに兄さんが……」

待っていてくださいね、この秋葉が助け出してみせますから。

「ちょっと待って妹。校門の前に誰かいるわ」
「……シエルさんの言っていた門番ですか」

あのシエルさんが気をつけろとまで警告した存在。

かなりの強敵の予感がします。

「お待ちしておりました」
「……って翡翠じゃないのっ! なんであなたがここにいるのよっ!」

冷峰学園の校門前に立っていたのは他でもない翡翠でした。

「これがわたしの使命だからです」
「翡翠。あなたが兄さんがさらわれたと私に伝えに来たのよね。そのあなたが敵に回ると言うの?」

門の前には翡翠以外の姿はなかった。

つまり彼女が冷峰学園の門番ということである。

「中へ入る事はこのわたしが許しません」
「……そう。あくまで邪魔をするというのね」

私は拳を強く握り締めました。

「ちょっとどうするの妹?」
「例え翡翠であろうとも私の行く手を邪魔するのであれば容赦しませんっ!」
「参ります」

翡翠が私へ向けて駆けてくる。

「ていっ!」

私はその足を止めるため右ストレートを放った。

「……」

くわぁーん。

「……いったああああああっ!」

私の右拳は翡翠の出したフライパンを直撃していた。

「うわ、痛そう」
「秋葉さま、真剣勝負ゆえ手加減はいたしませんので」
「じょ、上等よっ!」

拳を押さえながら立ち上がる。

「……」
「うあっ」

翡翠の顔が目の前にあった。

「お覚悟を」

私の頭を掴み、同時に自分の頭を後方へと下げる。

「ちょ、ちょっとタイ……」

ごんっ☆

本当に星が見えた。

ぐわんぐわんと頭が揺れる。

「あ、あなた頭に鉄でも仕込んでるんじゃないでしょうね……」
「これはわたしの必殺技ですので」
「ひ、必殺技?」
「はい」

びしっと私の顔を指差す翡翠。

「名付けて頭突きスペシャル。秋葉さまを昇天です」

全身の力が抜けてしまった。

「みんなネーミングセンスというものがないのかしら……」
「威力を如実に現してみました」
「……」

名前はろくでもないけど翡翠の頭突きは本当に危険だ。

何度も食らったら意識を失ってしまうだろう。

「さあ、行きますよ秋葉さま」
「……上等ですっ!」

けれど私は負けるわけにはいきません。
 

遠野の当主にメイド如きが敵わない事を思い知らせてあげますっ。
 

続く


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