「名付けて頭突きスペシャル。秋葉さまを昇天です」

全身の力が抜けてしまった。

「みんなネーミングセンスというものがないのかしら……」
「威力を如実に現してみました」
「……」

名前はろくでもないけど翡翠の頭突きは本当に危険だ。

何度も食らったら意識を失ってしまうだろう。

「さあ、行きますよ秋葉さま」
「……上等ですっ!」

けれど私は負けるわけにはいきません。

遠野の当主にメイド如きが敵わない事を思い知らせてあげますっ。
 
 


「ダウンタウン月姫物語」
その15









「頭突きなどされる前に仕留めてしまえばいいんですっ!」

足元へ向けて手刀を放つ。

これで転ばせる事が出来ればしめたもの。

「無駄な事です」
「……っ!」

またフライパンを取り出してきたので私は慌てて手を下げた。

「どうしました。攻撃しないのですか」
「ぬう……」

道具による防御というのはシンプルですがなかなか戦い辛いです。

迂闊に殴ればこっちがダメージを食らってしまいますし。

「ならばこちらから行きます」
「うわっ!」

しかも翡翠はそのフライパンを振り回してきた。

これで殴られたらかなり痛そうです。

ぶおんっ!

「くうっ……」

かろうじて攻撃をかわしていく。

だがこのままではいつかダメージを食らってしまうだろう。

「妹。あなた遠距離攻撃が得意なんだからそれで戦えばいいじゃないの」
「そ、そうでした」

そうです。私には檻髪という必殺遠距離攻撃があるんです。

ぶおんっ!

「……よしっ」

攻撃をかわして間合いを取る。

「食らいなさい! 赤……」
「……遅いです」
「え」

気付いたらまた翡翠の顔が目の前にあった。

翡翠にこんな機敏な動きが出来たっていうの?

「失礼します」
「ちょ、ま……」

ごんっ☆

「……星が……星が回ってる……」
「あーあ。全然駄目ね」
「う、うるさいですよ……少し黙ってなさい……」

鋼鉄のフライパンによる攻撃と防御。

機敏な動作。

そして必殺の頭突きスペシャル。

「悔しいですが認めざるを得ませんね」

今の翡翠は間違いなく強敵です。

「お覚悟を」

フライパンを構える翡翠。

「でもね……その武器さえ奪えばっ!」

私はフライパンを持った翡翠の手を掴みました。

そして翡翠の腕から力を略奪する。

「あう……」

握った力が弱まり、あっさりとフライパンを奪う事が出来た。

「武器さえなければこちらのものです!」
「うわー。妹ひきょーう」
「武器を使ってるほうが卑怯なんですよっ!」

こっちは素手でずっと戦ってきたんですから文句を言われる筋合いはありません。

「……武器ならまだまだあります」

そう言ってスカートの裾からおたまを取り出す翡翠。

「おたまね……そんなものじゃダメージは与えられないわよっ!」

フライパンと比べてあからさまにパワー不足の武器だ。

これなら恐れる必要もない。

「逆にフライパンでへこませてあげますっ!」

フライパンを持ち上げ思いっきり振り回す。

「……無駄な動作です」

翡翠がふわりとした動作でフライパンを避ける。

「おたまです」

こんっ。

「あたっ」

肩を軽く叩かれる。

「この……」

反撃を試みようとした矢先にまたまた翡翠の顔が。

「ちょ、ちょっとまたこのパタ……」

ごんっ☆

「……そんなことばっかりやってると……いつかバカになるわよあなた」
「わたしは妹の方が先にバカになりそうな気がするなぁ」
「一々うるさいんですよあなたはっ!」
「ふーんだ。わたしだったら楽勝だもん」

にやにや笑いながら私を見つめるアルクェイドさん。

まったくなんて不愉快な人なんでしょうっ。

「頭突きスペシャルは無敵です。これを破らない限り秋葉さまに勝ち目はありません」
「ぬう……」

確かにこの頭突きを防がなくてはラチがあきません。

しかし遠距離攻撃の檻髪も封じられ、接近戦では翡翠に分があるこの状態。

どう勝てというんでしょうか?

「ア、アルクェイドさん!」

こうなったら恥も外見もありません。

とにかく勝たなければ兄さんを助けられないのですから。

「ん? なに?」
「ど……どうすれば翡翠の頭突きスペシャルを防げるんですかっ?」
「その質問の答えを聞かせるわけには行きません」

しゅしゅしゅしゅ。

「わ、うわ、ちょ、ちょっと!」

おたまの連続攻撃をなんとかかわしていく。

「んー? どうしても知りたい?」
「もったいぶらないで早く教えなさいっ!」
「はぁ。つまりね。目には目を、歯には歯でいけばいいのよ」
「といいますと?」
「妹も頭突きで対抗っ! 相打ちKO! ……ってのは?」
「ああもう! あなたなんかに聞いた私がバカでしたっ!」

まったく参考にもなりやしないじゃないですかっ!

「あんな翡翠の頑丈なものと対抗したら私の頭がどうにか……」

頑丈なものと対抗したら頭がどうにかなってしまう?

「……」
「秋葉さま、お覚悟をっ!」
「いたっ!」

おたまが脇腹に突き刺さった。

たかがおたまといえどもこれは痛い。

思わず脇腹を抑えてしまう。

「秋葉さま、これで終わりにして差し上げます」
「くっ……」

翡翠が私の側頭部を掴む。

そして今までで最大限に頭を後方へ引いた。

つまり最大の威力で頭突きを当てるつもりなのだ。

けれど、それがいけなかった。

「勝ちをあせったわね……!」

翡翠の両手は私の頭を押さえている。

つまり私がどう動こうとそれを防ぐ事は出来ないのだ。

「なっ……」

私は、手に持っていたフライパンを翡翠と私の顔の間に挟んだ。

そして翡翠の動きは止まらない。
 

くわぁーん!
 

持っている手に凄い振動が響いてきた。

そしてそれ以上の衝撃を翡翠の頭に与える事が出来たという事である。

くらり。

後ろへよろめく翡翠。

「頭を……ダメージです」

はたり。

そして地面へと倒れるのであった。

「か、勝った……」
「ずいぶん苦戦したわねえ」
「……それだけ強敵だったんですよ」

本当に、翡翠がここまでやるとは思えませんでした。

「わたしの助言、役に立ったでしょ」
「ぬう」

確かにアルクェイドさんの言葉がなければこの防御は考えなかったでしょう。

目には目を歯には歯を。

鉄のような翡翠の頭には同じく鉄をぶつけるのが一番だったんです。

「……そ、その、ありがとうございます」

癪ですが一応礼を言っておきました。

この人に借りを作るのはもっと嫌ですもんね。

「えへへー」

にぱっとした笑いを見せるアルクェイドさん。

「……まったく」

どこをどうしたらこんな笑い方が出来るんでしょうね。

「でも、この子どうしてわたしたちに戦いを挑んできたのかしらね」
「それは私にもわかりませんよ」

翡翠は自宅で待機しているはずだったのに。

ここにいたこと自体がおかしいんです。

「うーん」
「そういうのは本人に聞くのが一番ですね」
「気付くまで待つって事?」
「担いでやって頂けませんか? 体育館あたりで寝かせて気付くのを待ちましょう」
「いいわよ。そのかわり雑魚敵の相手は任せるからね」
「上等です」
 

私たちは冷峰学園の門を開き、体育館へと進むのでした。
 

続く


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