翡翠は自宅で待機しているはずだったのに。
ここにいたこと自体がおかしいんです。
「うーん」
「そういうのは本人に聞くのが一番ですね」
「気付くまで待つって事?」
「担いでやって頂けませんか? 体育館あたりで寝かせて気付くのを待ちましょう」
「いいわよ。そのかわり雑魚敵の相手は任せるからね」
「上等です」
私たちは冷峰学園の門を開き、体育館へと進むのでした。
「ダウンタウン月姫物語」
その16
「とりあえずここに寝かせておきましょう」
体育館の倉庫のマットに翡翠を寝かせてやる。
「気を失った女の子を体育倉庫へ。もしわたしたちが男だったらヤバヤバなシチュエーションね」
「何をバカなことを言ってるんですか」
「冗談よ。でも、血気盛んな男子生徒が翡翠を見たらどうなるかわからないわよ」
「……確かに」
ここは敵の高校。何が起きるかわかったものじゃないのです。
気を失っている翡翠を置いていくのはあまりにも危険。
「……やはりアルクェイドさんが翡翠を担いでいてください。連れて行きます」
「そうね。そうしましょ」
再びアルクェイドさんが翡翠を抱え、先へ進もうとしたその時。
「てめえら。体育館に土足であがるとはどーいうつもりだ?」
謎の影が私たちの前に立ちはだかった……らしかった。
「なに? 冷峰学園の生徒? 邪魔するならただじゃおかないわよ」
「ちょ、ちょっと。前が見えないんですが」
らしかったというのは翡翠を担いでいるアルクェイドさんが倉庫の入り口で止まっているせいで姿が確認できなかったからだ。
「別に邪魔するつもりなんてないさ。靴を脱げといってるだけだ、あたしは」
声から察するに女子生徒らしいのだが、口調はひどく荒っぽい。
しかもどこかで聞き覚えのあるようなないような。
「どいてくださいっ!」
アルクェイドさんの横を無理やり通り抜ける。
「お? こいつは懐かしい顔だね」
そこにいたのは。
「……蒼香? 蒼香じゃないの?」
浅上女学院で同じ寮室だった月姫蒼香であった。
「どうしておまえさんがこんなところに?」
「それはこちらのセリフよ。蒼香。まさか冷峰に転校してきたとかいうんじゃないでしょうね」
「なに? 妹の知り合いなの?」
「え、ええ……まあ」
翡翠といい蒼香といい、どうしてここにきて私の身近な人間ばかりが現れるのでしょうか。
もしや藤堂の作戦?
「で、だ。さっさと靴を脱ぎな。体育館は土足禁止だよ」
ぎろりと私を睨み付ける蒼香。
「……それで靴を脱いでいる途中で攻撃を仕掛けてくるつもりなんじゃないでしょうね」
翡翠の件もある。知り合いだからといって油断は出来ない。
「そんなに攻撃して欲しいんだったらしてやらなくもないけど」
「上等ですっ!」
こういう時は先手必勝に限ります。
私は蒼香の目掛けてパンチを放ちました。
「……ほい」
「え?」
拳をあっさり跳ね除ける蒼香。
「よ……っと」
そしてそのまま私の体が宙を舞った。
ずだんっ!
「いっ……たあ」
「大車輪投げ……と。それから」
蒼香が跳躍する。
その軌道は、私の真上に落下する位置だ。
「ちょ……!」
慌てて体を捻らせる。
げしっ。
「ち」
かろうじて追撃を回避できた。
蒼香はそんなに重いほうじゃないけれど、全体重を乗せられたらたまったもんじゃない。
「危ないじゃないですかっ!」
「おまえさんが靴を脱がんのが悪いんだろうが」
「靴くらいで人を殺そうとしないでくださいっ!」
今度ははじかれないようフェイントを交えて蹴りを放ってみた。
「人間ドリル」
きゅるるるるる!
「きゃあっ!」
高速回転する蒼香の体に私の足は弾かれてしまった。
「に、人間ドリルってまた恐ろしくセンスないわね……」
「負け惜しみはそれだけかい?」
「……くう」
駄目だ。格闘技を習っている蒼香となんとなく攻撃を放っている私ではレベルが違いすぎる。
「し、仕方ありません。使いたくはなかったですが」
ここは檻髪を使って一気に決着をつけてあげましょうっ。
「食らいなさい赤……」
「お。あそこにおまえさんの兄貴発見」
「え?」
「なーんて」
「しまっ……」
ぶおんっ!
私の体は再び宙を舞った。
「さてと」
「……くっ」
体が動かない。
このままでは蒼香の追撃を受けてしまう。
「それじゃあ」
「……!」
もう駄目だ。
覚悟を決めて目を閉じた。
しゅ、しゅ。
「……?」
目を開けると私の靴を脱がせている蒼香がいた。
「これでよしと」
靴を放り投げ、代わりに上履きを履かされてしまった。
「そ、蒼香。どういうつもりなのよ。情けをかけたつもり?」
「……はぁ」
深々とため息をつく蒼香。
「あたしゃ最初から靴を脱げとしか言ってないだろう? 反撃したのだっておまえさんが攻撃仕掛けてきたからだっつーに」
「え……」
「戦うつもりなんてなかったって最初から言ってるんだよ」
「……なんてこと」
私は敵でもない相手に攻撃を仕掛けて捻られてしまったということですか。
「で、質問に答えて欲しいんだが。なんでおまえさんがここにいるんだい?」
「兄さんがここの生徒会長の手の者によってさらわれてしまったんです。助けて欲しくば私一人で来いと」
「ほほう、そいつは面白いなぁ」
「冗談で言ってるんじゃないですよ?」
「わかってるって。おまえさんが兄貴関連で嘘を言うとは思えんからね」
にやりと笑う蒼香。
「ぬう」
蒼香はこう人の心を見透かした事を言うから苦手だ。
「じゃああなたは敵じゃないわけね?」
アルクェイドさんが尋ねる。
「えー、どちらさま?」
「赤の他人です」
「んー。なんだろ。まあ妹の知りあいってことでいいのかな」
「……全然一人で来てないじゃないか」
呆れた顔をしている蒼香。
「この人が勝手についてきてるんですよ」
「まあなんでもいいけどさ」
「……それで貴方はどうしてここにいるの?」
今度は私が尋ねてみた。
「ここの地下でライブだったんだよ。生徒の憩いとかいうんで月に何度かやってるんだけどさ」
「そういえばバンドやってたわねあなた」
「ああ。ここの設備は結構優秀でね。呼ばれたら即かけつけるようにしてるんだ」
「ってことは冷峰学園については結構詳しい?」
「あたしゃ地下会場については詳しいけどね。他はよく知らん。上に来たのは気分転換だし」
「……そうですか」
まあそう簡単に情報が手に入るとは思っていませんでしたけれど。
「何か変わった事とかありませんでした?」
「んー。客がダブルドラゴンが帰ってきたとか云々で騒いでたかな。それくらいだよ」
「ダブルドラゴン……」
「琥珀が志貴をさらったとか言ってたやつね」
「ええ」
「多分校舎内にいると思うけど」
「……それだけわかれば十分よ」
後はそいつらをとっちめて兄さんを取り返すだけです。
「あー。あとそのメイドさんはどうしたんだ?」
「……よくわかりませんが襲ってきたんです。気を失っていますが放置するのも怖いので」
「それならあたしが預かってやろうか?」
「いいの?」
「暇だしね」
「ならお願いするわ。どうせしばらく目を覚まさないでしょうし」
事情を聞くのが後になってしまいますが仕方ありません。
兄さんを助けるというのが最優先なのですから。
「了解。ま、せいぜい頑張りな」
「任せておいて」
待っていてください兄さん、あと少しの辛抱ですよ!
続く
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