「あー。あとそのメイドさんはどうしたんだ?」
「……よくわかりませんが襲ってきたんです。気を失っていますが放置するのも怖いので」
「それならあたしが預かってやろうか?」
「いいの?」
「暇だしね」
「ならお願いするわ。どうせしばらく目を覚まさないでしょうし」

事情を聞くのが後になってしまいますが仕方ありません。

兄さんを助けるというのが最優先なのですから。

「了解。ま、せいぜい頑張りな」
「任せておいて」
 

待っていてください兄さん、あと少しの辛抱ですよ!
 
 

「ダウンタウン月姫物語」
その17









「……妙ね」
「何がです?」

校内を進んで行くとアルクェイドさんがそんな事を呟やきました。

「変よ。ここって学校でしょ?」
「ええ。そうですけれど」
「なんで生徒がいないの?」
「……はっ」

言われてみればそうです。

「さっきから全く生徒とすれ違ってない……?」
「ううん。この学園に入ってから、一人も生徒を見ていないのよ」
「確かに……」

蒼香はライブのために呼ばれてきたと言っていたけれど。

そのライブの観客という人間すら私たちは見ていないのだ。

「これって何かの罠?」
「どうなんでしょう……集団で私たちに襲いかかってきたほうが効率がいい気がするのですけれど」
「まあ、罠のひとつやふたつあっても当然よね。敵のアジトなんだもん」
「ええ……」

人が全くいない校舎というものは不気味なものがあります。

かつんこつんと二人の足音だけが響いて聞こえる。

「階段……登る?」
「ええ。兄さんがいるのは上の方でしょう」

結局一階では一人の生徒も見つけられなかった。

「二階も誰もいなかったらどうしよう?」
「どうしようと言われましても」

不安がだんだんと募ってくる。
 
 
 
 

「……いないね」
「どうして……」

二階の教室ひとつひとつ教室を確かめていっても生徒の姿はなかった。

それこそ猫の子一匹だ。

「神隠しってやつかな」
「そんなバカな話あるわけないでしょう」
「んー。ちょっと前にあったんだけどねー。怪しい気配はないし……原因不明ね」
「……」

一体何なんだろうこれは。

私たちだけが別の世界に紛れ込んでしまったかのようだ。

「……ん」

不意に後方へ振り返るアルクェイドさん。

「どうしたんです?」
「音がしたのよ」
「音?」
「ええ。階段のほうね」
「私には全然聞こえませんでしたが」
「わたしの耳は特別なのよ。行ってみましょう」
「あ、ちょっと」

慌ててアルクェイドさんを追いかける。

「動かないわねえ。わたしたちを待ってるのかしら」
「新たな刺客という可能性もありますね」
「それならそれでいいんだけど。人がいなきゃ話が進まないわ」
「……ですね」

誰もいない教室を調べていたってラチがあかない。

「そこの貴方ッ! 一体何者っ!」

アルクェイドさんが階段へ向けて声をかける。

「出てきなさい!」

私も続けて叫んだ。

「あ〜。秋葉ちゃんだ〜」

がく。

思わず転んでしまいそうになった。

その声が全身の力の抜ける声だったからだ。

「名前呼んでるけど……また妹の知り合い?」
「……ええ」

姿を見なくてもわかる。

それはある意味蒼香よりも苦手な人物だ。

「羽居……なのね」
「そうだよ〜三澤羽居だよ〜」

階段から出てきたのは蒼香と同じく浅上寮で同室だった羽居だった。

クールで切れる蒼香と違ってこっちは能天気。もっというと天然ボケ。

「どうしたのよ。蒼香の付き添いでもしにきたの?」
「うん」

多分この子は勝手についてきたんだろう。

私が遠野の家に帰ろうとした時も途中までついてきていたし。

ぼーっとしてるように見えてそういう時ばっかり素早いのだ。

「……それと手に持ってるそれはなに」
「これは木刀〜」
「見ればわかるわよ。そういう事を聞いてるんじゃなくて」

羽居はいつも変な道具を持っているけれど、今日のそれはなお不可解だった。

一体全体何を思って木刀なんだろう。

「これは〜秋葉ちゃんをこらしめるためだよ〜」
「……は?」

こらしめる? 誰を?

「羽居。もう一度言ってくれるかしら」
「秋葉ちゃんをこらしめるために用意したの〜」
「ねえ。私が一体何をしたっていうの?」

この至極全うな人生を歩んでいる私に恨まれる道理などないのですが。

「えっと〜。お兄さんやメイドさんをいじめたりしてるんでしょ?」
「……あながち間違ってないわねぇ」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい」
「あ〜。やっぱりそうなんだ〜。駄目だよ秋葉ちゃん。仲良くしなきゃ〜」
「だ、騙されちゃ駄目よ羽居。この人は適当な事を言ってるんですからっ!」

羽居はこんな性格なものだから、普通だったら信じないような事をあっさり信じてしまうのだ

「う〜ん。やっぱりここはわたしの必殺技で秋葉ちゃんを改心させてあげなきゃ」
「……ちょっと貴方。人の話聞いてるの?」
「そうね。妹は改心したほうがいいかもしれないわ」
「そうだよね〜。秋葉ちゃん、覚悟してね〜」
「私の言葉だけスルーしないで下さいっ!」

ひとつの考えを持ってしまうと他の意見がちっとも通らない。

羽居の悪いところである。

「ここから先は行かせないよ〜だ」
「ええい……邪魔するなら仕方ありませんねっ!」

ここは相手をするしかないだろう。

「食らいなさい!」

といってもまさか羽居相手に本気は出せない。

私は軽くパンチを放ってみた。

素人の羽居ならこれでもやっつけられるはず。

「行くよ〜棒術スペシャル〜」
「……ん?」

羽居は木刀を持ってくるくる回転し始めた。

「ま、まずい」

これはさっきの蒼香の時と同じだ。

迂闊に攻撃すると手痛い反撃を貰ってしまう。

「くっ」

私は慌てて手を下げた。

「近づけないでしょ〜。どう〜まいった〜?」
「……ぬう」

確かにこれでは手も足も出ない。

「でも……」

私は何もしなくていいような気がしてきていた。

くるくるくるくる。

羽居はなおも回転し続ける。

「攻撃できないでしょ〜」
「ええ。近づけやしないわ」

くるくるくるくる。

「……う〜」
「羽居。その辺で止めておいたら?」
「だ、駄目だよ〜。止めたら秋葉ちゃんに攻撃されちゃ……ああああ」

羽居はみるみるうちにバランスを崩して。

こてん。

その場に転んでいた。

「何? どうしたの?」
「……目を回しただけよ」

あれだけ回転していればそうなるに決まっている。

「きゅ〜……」
「空しい戦いだったわ」

戦いと呼べるかどうかすら疑問だった。

「どうするの? この子に事情聞いてみる?」
「無駄でしょう。時間をロスするだけですよ」

精神が疲れてしまうだけである。

「う〜……藤堂さんが……秋葉ちゃんが不良になっちゃったって……言ってた……がんばら……なきゃ」

すると目をぐるぐる回した羽居がそんな事を言った。

「なんですって?」
「きゅ〜」

もう一度聞こうとしたけれど、既に羽居の意識はなくなってしまっていた。

「これではっきりしたわね。この子たちを連れてきたのも藤堂ってやつだったのよ」
「そう……みたいですね」

まさか蒼香と羽居まで利用するだなんて。

「ふ、ふふふ……これはきつい仕置きが必要なようです」
 

藤堂……覚悟していなさいよ!
 

続く


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