屋上への扉を勢いよく開く。
「うふふ」
夕暮れの屋上に彼女は立っている。
そして彼女は言った。
「全国の皆さんの予想通り、わたしが悪の大ボスの琥珀です!」
「ダウンタウン月姫物語」
その23
「あれだけ引っ張っておいてあっさり出てきたわねえ」
アルクェイドさんが呆れた顔をしている。
「あはっ。登場パターンが単純ですか? 悪かったですねー」
「話して貰おうかしら? 貴方がこんな事をした理由を」
そう尋ねると琥珀はくすくすと口元を隠して笑っていた。
それからびしっと私の顔を指差す。
「わたしはヒロインぶってるあなたたちが許せないんですっ!」
「は? 誰がヒロインぶってるですって?」
「あー。わかるかも。妹って自分を悲劇のヒロインだとか思ってそうだもんね」
琥珀の言葉にやたら感心しているアルクェイドさん。
「納得するんじゃありません! それに『たち』ですよ。貴方も入ってるんです!」
「それは許せないわね」
「でしょう?」
「わたしはぶってるんじゃなくて本当にヒロインなのよっ!」
私は思わずひっくり返りそうになってしまった。
「……何をほざきやがりますか貴方はっ!」
「ほ、ほんとにヒロインなんだもん……一部じゃ影薄いけど」
「……よくわからないですが何か嫌な思い出でもあるんですか」
一瞬腹が立ったけれど、落ち込んでいる姿を見たら強く文句が言えなくなってしまう。
「今こそあなたたちを倒し、次のゲームは『お茶目な策士琥珀さん』です。えへへっ」
「何が次のゲームなんですか」
「そんな事させないわっ! あなたいつも最後にいいとこ持ってくくせに!」
「……何故あなたちは会話が成立しているんです」
私の知らない謎の世界があるのだろうか。
「さあ来なさい! タイマン勝負です!」
琥珀は再び私の顔を指差し、そんな事を言った。
「ふん、上等じゃないですか」
タイマンでこの私に勝とうなんて思い上がりもいいところです。
「えー? 妹が戦うの? わたし見学?」
不満の声を洩らすアルクェイドさん。
「ならば、貴方にはどこかにいる兄さんを探すと言う重大任務を与えましょう」
「あ。それならいいや。じゃねー」
「……」
アルクェイドさんは私の提案をあっさり承諾して下へと降りて行ってしまった。
「いいんですか秋葉さま? 先に志貴さんを見つけられたらどうするんです?」
「ふん。琥珀が誘拐したのならそう簡単に見つけられるはずないでしょう」
せいぜい無駄な苦労をすればいいんです。
「あはっ。秋葉さまなかなか酷い事しますねえ」
「貴方に言われたくないわよ。さあ、始めましょうか?」
「ええ。そうですね……と行きたいところですが」
「何よ。まだ何かあるの?」
「そもそもわたしがどうやって志貴さんをさらったのかとか聞きたくありませんか?」
「……」
確かにそれは気になるところだ。
けれど。
「どうして自分からそんな事を言い出すの?」
「あはっ。ネタ晴らしはラスボスの特権ですよー。色々あったけれど実はこうだったんだって」
「つまり……話したいわけね?」
「はい。半分はそのためにラスボスやってるようなものですから」
またずいぶん下らない理由である。
「なら聞かないで倒してあげましょうか」
「あん、意地悪言わないで下さいよー」
「……わかったわよ。話せばいいでしょ」
「あはっ。さすが秋葉さまです」
どうせ琥珀を倒せば終わりなのだ。
聞いてから倒したっていいだろう。
「まずですね。秋葉さまを倒そうという事を常日頃考えていたんですが。普通にやったらわたしが犯人だってばれちゃいますよね」
「ええ。普通ならまず最初に貴方を疑ったでしょうね」
今回そうならなかったのは兄さんがさらわれたという出来事が最初にあったからだ。
途中ダブルドラゴンがさらったとかいう偽情報を与えてくれた琥珀を、愚かにも私は信用してしまっていた。
もし藤堂を速攻でぶちのめしてしまっていたら、琥珀が真の黒幕だという事実に気づく事がなかったかもしれない。
「そこでわたしは今回の計画を考えたんです。まず最初に買い物途中で志貴さんがさらわれたって翡翠ちゃんが言いに行ったでしょう?」
「ええ……っていうか貴方あの時いなかったじゃないの。何故それを知っているの?」
「それはもちろん」
ごそごそやって何かを取り出す琥珀。
「じゃーん。翡翠ちゃんのフリフリカチューシャ〜」
「……読めたわ。あれは貴方の変装だったのね」
「ご明答。さすがは秋葉さまです。志貴さんだったら絶対に気付きませんよー」
「いえ、あの時変装した貴方が現れた時に気付くべきだったわ」
琥珀の悪巧みには散々苦渋を飲まされているからパターンもある程度知っているつもりだったんだけど。
そこに気付かなかったのは大きな不覚だった。
でも、ひとつの答えさえわければ後を推理するのは簡単だ。
「貴方は不良を手配してから兄さんが買い物へ行くよう仕向け、それから翡翠へと変装をした」
「ええ。そして秋葉さまは志貴さん一人で買い物へ行かせるのは不安だからと翡翠ちゃんを一緒に行かせたんですね」
「……翡翠を一緒に行かせたつもりだったんだけど、それは貴方の変装だったと」
「はい。後は簡単ですね。翡翠ちゃんのフリしてれば志貴さんも無理は出来ませんし」
「翡翠が巻き込まれたら大変だものね。本物だったら」
「ええ。志貴さんは翡翠が助かるなら……とあっさり捕まってくれましたんで、そのまま冷峰学園まで行っていただきました」
そう。琥珀が翡翠の格好をした事で、私と兄さんは思いっきり琥珀の罠にはまってしまったのだ。
もし琥珀がいつもの格好のままで兄さんがさらわれたなんて言ってもまず私は信用しなかっただろう。
自分は信用されていなくても翡翠は信用されている。
そこを利用した作戦だったわけだ。
「これで本当に兄さんがさらわれたという状況が出来た。私は兄さんを助ける為に冷峰学園へと向かった……と」
「その通りです。それから先は語る必要ありませんよね」
「いえ。あの翡翠が貴方の変装だったのならわからないことがひとつあるわ」
「おや。まだありますか?」
私からの質問があることが琥珀には嬉しいようだった。
「私を倒すつもりだったんでしょう? なら何故一緒にアルクェイドさんもついて来させたの? 私一人だったほうが倒しやすかったんじゃない?」
「……」
一瞬琥珀の顔色が変わった気がした。
「それはアルクェイドさんの存在も将来的に厄介だなと思ったからです。二人倒せれば言う事ありませんからね」
「そう」
琥珀の言葉はそれは一応筋が通っているけれど、今の表情は気になった。
まだ何か裏がありそうな予感がする。
「さて、そろそろいいですかね。冥土の土産が多すぎても困るでしょう? 秋葉さま」
「大丈夫よ。そんなもの持って帰るつもりはないから」
これ以上情報を聞き出すのは無理のようだ。
「さあ、決着をつけるとしましょう」
やはり真実というのはボスを倒してから明らかになるものだろう。
「わたしを今までの琥珀だと思わないほうがいいですよ〜?」
そう言って琥珀は傍に置いてあったほうきを取った。
「何故わたしが姿を現したと思っているんですか? それは秋葉さまを倒す技が完成したからなんですよ」
ほうきを横にして胸の前へ。
「ひょいと」
「……え?」
次の瞬間信じられない事が起こっていた。
「う、浮いて……?」
そう、ほうきが浮いているのだ。
まるで魔法の力でも使っているかのように。
「てややーっ!」
琥珀はそのほうきに飛び乗り宙を舞った。
「な……な……」
そしてその琥珀の周囲を取り巻くようにそこいらじゅうからメリケンや木刀、パイプにタイヤなど様々な道具が浮かんできたのである。
「うふふふふ……これぞ必殺『琥珀の術』ですっ!」
続く
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