そう、ほうきが浮いているのだ。
まるで魔法の力でも使っているかのように。
「てややーっ!」
琥珀はそのほうきに飛び乗り宙を舞った。
「な……な……」
そしてその琥珀の周囲を取り巻くようにそこいらじゅうからメリケンや木刀、パイプにタイヤと様々なものが浮かんできたのである。
「うふふふふ……これぞ必殺奥義『琥珀の術』ですっ!」
「ダウンタウン月姫物語」
その24
「何が琥珀の術よ……馬鹿馬鹿しい」
なんて強がってみたけれど、この状況は結構危険だ。
「ふ。いいんですか? そんな口をきいて。今のわたしはこんなことも出来ちゃうんですよ?」
琥珀が私に向かって指を振る。
すると右側に浮かんでいたダンベルが私の方へ向けて凄い勢いで飛んできた。
「……っ」
後ろに飛びのいてそれを避ける。
めしっ。
コンクリートの地面にめり込むダンベル。
「こーんな威力のある攻撃が出来ちゃうんですからー」
「……」
そう、琥珀は浮かんでいる道具を私へ向けて飛ばす事が可能なのだ。
しかもその数はひとつやふたつではない。
今のような単発攻撃なら回避出来るけれど、もし同時に攻撃されたら避けられるかどうか。
「ふふふ、自分の置かれている状況がわかりましたか?」
「ええ……これはピンチね」
私の勝てる可能性は限りなく低いようであった。
「どうしますか? ひざまずいて謝れば許して差し上げなくもないですよ?」
「そうね。謝るのが最善の方法でしょうね」
「謝っちゃいますか?」
「……」
もちろん私の選択は決まりきってる。
「ですが断ります」
「え?」
「当主が使用人になめられたままでいるわけにはいかないでしょう。今一度立場ってものをわからせてあげるわ」
「そうですかー。秋葉さまはもうちょっと賢いと思っていたんですけれどもー」
にこりと笑う琥珀。
「なら遠慮はしませんっ。やっちゃいますよーっ。あくのぱわー、受けて下さいっ!」
「上等ですっ!」
私は普段抑えている力を全て開放した。
この状態ならば琥珀の飛んでいる場所まで行くなんて容易いはず。
「せいっ!」
地面を蹴って琥珀へと向かう。
「あはっ。無駄ですよー」
「……くっ?」
けれど様子がおかしかった。
力を全て開放すれば琥珀のところに届いたはずだったのだ。
なのに。
「届かない……っ?」
琥珀のいる高さの半分程度の位置で私は落下しはじめてしまった。
「わからないんですか秋葉さま? 秋葉さまが紅赤朱となった時のパワーは、わたしの感応能力で増強されていたものだったんですよ?」
「……っ!」
私とした事が迂闊だった。
そう、琥珀が敵である琥珀が私の力の増強などするはずがないのだ。
「増強してない秋葉さまの力はその程度なんです。わたしの偉大さが少しはわかりましたか?」
「だ、黙りなさい!」
感応者による強化がないとこうも違うだなんて。
「さあ行きますよ秋葉さまっ。タイヤ、メリケン。鉄パイプ!」
「くっ……」
着地したところに三箇所からほぼ同時に道具が飛んでくる。
「こんなものっ!」
ばしっ!
まずタイヤを受け止め、それを盾代わりにしてメリケンと鉄パイプを防ぐ。
「おや、やりますね。でも……木刀っ!」
ばこっ!
「痛ったあっ……!」
後頭部に木刀が激突してきた。
先端が当たったわけじゃないからそこまでのダメージではないけれど、痛い事には変わらない。
「よくもやったわねっ!」
「ふっふふ。こんなのはまだ序の口ですよ」
右から左から、前から後ろからあらゆる道具が私目掛けて襲いかかってきた。
「……ふん」
もう今ので大体の動きは読んだ。
きちんと迎撃すれば大した脅威ではないようだ。
「獣を焦がす……せいっ」
タイヤを投げ捨て、バックステップしながら地面全体に檻髪を広げる。
「燃え尽きなさいっ!」
私の叫びに応じて檻髪が火柱のように立ち上がった。
ゴウッ!
これで私付近の道具は完全に無力化。
「まだまだですっ!」
「……」
今度は再び背後から道具を飛ばしてきたようだ。
「甘いわね」
私は腕を下から上へ動かした。
ゴウッ!
地面から空へと向けて伸びる檻髪の槍。
「月を穿つ……気分はよくて?」
槍に触れた道具はそこで勢いを失い、地面へと落下して行く。
「へ、へっちゃらですよーだ」
まだ琥珀の周囲にはいくつかの道具が浮かんでいた。
「鳥を落とす……それっ!」
髪の毛を伸ばすように檻髪のイメージを飛ばし、それらをも落としていく。
「……あ、あれ?」
「これで終わりみたいね」
そしてついに浮遊しているのは琥珀だけとなった。
「さあ降りて来なさい琥珀! 全て奪いつくしてあげるわっ!」
「誰がそんな事言われて降りますかっ。それに、これで勝ったと思ったら大間違いですよ?」
「攻撃する手段がないのによくそんな口が利けるわねっ!」
「ふ」
そこで不敵な笑みを浮かべる琥珀。
「な、何よ」
「なるほど秋葉さまは一度叩き落とした道具はもう使えないとお思いのようですね?」
「……っ!」
その言葉の意味する事ははっきりしていた。
「いくら落としたって無駄なんですよー」
琥珀がマリオネットを操るようなポーズを取る。
手に怪しい光が集中し、それに呼応するように再び道具たちが空を舞い始めた。
「何度でも浮かび上がらせて攻撃可……能……?」
自慢げな琥珀の口調に戸惑いが混じった。
それはそうだろう。
「あ、あれ、秋葉さま?」
さっきまで地面にいた私がいないのだから。
「それくらい予想してたわよ。一度くらいで攻撃が終わるはずないってね」
「はっ!」
私は先ほど投げ捨てたタイヤを掴んでいた。
そしてそのタイヤも例外なく琥珀の呼びかけに応える様に浮遊したのだ。
そう、私の体ごと。
「覚悟なさい琥珀……!」
そして距離調整も完璧。
「わ、え、ちょ、タイム……!」
「聞く耳持ちませんっ!」
がしりと琥珀の腕を掴む私。
「……っ?」
しかし。
その腕の感触は奇妙なものであった。
「こ、これは……」
「あはっ。ひっかかりましたねー」
「!」
下から声が聞こえた。
その声は聞き間違えようのない、琥珀の声だった。
「まさか……してやられたというの?」
「秋葉さま。誰を相手にしているのか、理解なさってなかったようですねー」
ほくそ笑んでいる琥珀が地面に立っている。
そして私が掴んだ琥珀の腕の感触は硬く、まるで機械のようであった。
「メカ琥珀は一体だけじゃなかったんですよー。そして」
そう、宙に浮かんでいたのはメカ琥珀だったのだ。
琥珀は、最後の最後にまで策を仕込んでいたのである。
「……っ!」
慌てて手を離す。
だが既に遅かった。
「メカ琥珀、だいばくはつ〜」
再び閃光が私を包みこんだ。
続く
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