きらりと歯を光らせて笑う七夜(仮名)。
「……あの、アルクェイドさん? あれが七夜ですか?」
「ちょっと……ううん、全然違う気がしてきた」
単にかっこよさげな単語を羅列しただけの変な人に見えるんですが。
「と、とにかく、志貴はなんかおかしくなってるのよっ。正気に戻さなきゃっ」
「……それについては同意いたします」
「さあ、殺し合おうかっ?」
この兄さんを正気に戻すには戦うしか道はないようだ。
これが……正真正銘最後の決戦ですっ。
「ダウンタウン月姫物語」
その26
「先手必勝! こんのぉっ!」
アルクェイドさんが七夜に向けて飛び蹴りを放つ。
「遅いっ!」
ガッ!
七夜はそれをあっさりと避け、さらにアルクェイドさんの背中へ一撃を加えた。
「いっつぅ……やってくれるわねっ!」
「やれやれ。さすがに頑丈だな」
まさかあの兄さんの体にアルクェイドさんの攻撃を避ける身体能力があるだなんて。
「アルクェイドさんっ! 一人で突っ込んでも駄目です! ここはさっきのように連携攻撃をっ!」
「ほう?」
「了解っ! サポート宜しくっ!」
「……せいっ!」
私は地面に檻髪を広げた。
「範囲内にいるものは全てを私に略奪される……!」
これなら兄さんなどあっという間に。
「ちょっとちょっと! わたしまで巻き込む気っ?」
「……あ」
うっかりしていました。
まあアルクェイドさんは頑丈なわけですし、ちょっとくらい略奪しても……
「物騒だな秋葉。そんな怖い力を俺に向けるだなんて」
七夜は不敵に笑った。
そして次の瞬間私の視界から消えていた。
「え、ちょ……」
「寝てろ」
「きゃああっ?」
体が宙に浮く。
慌てて体を丸め、受身を取る。
どんっ。
どうやら私は七夜に掴まれ叩きつけられたようだ。
「死ね」
「!」
慌てて体を反転させその場から移動する。
「ち。意外としぶとい……」
私の倒れていたであろう場所に鋭利なナイフが突き刺さっていた。
「冗談じゃありません」
こちらは素手だというのに向こうは凶器持だなんて。
「卑怯ですよ! 素手で勝負しなさい!」
「なに? はは……はっはっはっはっはっは」
私が叫ぶと七夜は大きな声を出して笑っていた。
「冗談は止めて欲しいな。こちとらバケモノ二人を同時に相手してるんだ。ナイフくらい持たせてくれないと困る」
「だ、誰がバケモノよっ!」
「……いえ、あなたは立派なバケモノだと思いますが」
「ま、ここにいるのはみんなバケモノさ。さて……」
七夜がナイフを構える。
空気が変わった気がした。
「吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」
「な……」
「さあ、殺しあお……」
「……バッカじゃないの?」
「う?」
アルクェイドさんは呆れた顔をしていた。
「貴方なんて怖くもなんともないわ。妹も言ってたけど、ただかっこよさげなセリフを羅列しているだけじゃない。貴方なんて」
「言うね。この俺を目の前にして……」
七夜のこめかみがぴくぴくと動いている。
「そんな響きだけの言葉に頼って……恥ずかしくないの?」
「き、貴様――!」
アルクェイドさんへ向けて駆ける七夜。
「本当の殺人貴はね。余計な言葉なんて喋らないんだから」
次の瞬間七夜は空中を吹っ飛んでいた。
「な、何やってるんですかアルクェイドさん! 変になってるけどあれは兄さんなんですよっ!」
あんな高さから落下したら、無事では済まないだろう。
「……あ、そっか」
「あ、そっか……じゃないですよおおおおっ!」
慌てて兄さんの体の落下地点へと駆ける私。
けれど、間に合いそうになかった。
「兄さん――っ!」
私は目を閉じた。
「よっと……」
「っ?」
聞き覚えのある声。
「シ、シエルっ?」
「シエル先輩ですってっ?」
目を開く。
そこにはシエル先輩が兄さんの体を抱えて立っていた。
「やれやれ。間に合いましたね。ヒーローは遅れてやってくるものです」
「誰がヒーローですかっ! わたしたちを襲ってきたくせにっ!」
「そうよそうよっ。わたしが助けようとしたのにっ!」
二人して先輩に非難の声を浴びせる。
「……先に遠野君を助けた事を感謝して欲しいんですが」
「そ、そうです! 兄さんは無事ですかっ?」
「ええ。大丈夫ですよ。気は失っていますけどね」
「……」
兄さんの体を地面へ降ろすシエル先輩。
「でも、目が覚めたらまだあの七夜である可能性があるわけよね?」
「……確かに」
そうなるとまた厄介な事になってしまう。
「いえいえ。もう大丈夫です。解毒薬を作ってきましたので」
「げ、解毒?」
「ええ。これをごくんっと」
兄さんの口を強引に開かせ、謎の液体を流し込むシエル先輩。
「ガハアッ!」
「吐いたっ?」
「だ、駄目ですっ! 無理やりにでも飲んでもらわないと!」
じたばた悶える兄さんの体。
「……」
「う、動かなくなっちゃったけど……大丈夫なの?」
「え、ええ。く、薬が効いて眠ったんでしょう。あは、あはははははは」
苦笑いしているシエル先輩。
「……どうやらシエル先輩は事情を知っているようですが。説明して頂けませんかね?」
「そうよ。全然わからないわよ。志貴はどうしてこうなっちゃったの?」
「それは……」
「それはわたしのほうから説明させて頂きます」
「……翡翠?」
屋上の入り口に立っている翡翠。
そして。
「終わったみたいだね。どうやら」
「お疲れさまです。さすがは真祖と秋葉ですね」
「シオン……それに一子さんも……」
つまり久我峰以外の冷峰四天王全員集合である。
「全て終わりました。みなさま協力ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる翡翠。
「一体これはどういうことなの……?」
「納得してないで説明しなさいってば」
アルクェイドさんがむっとした顔で叫んだ。
このままではさっぱりわけがわからない。
「……どこから話したものでしょうか」
翡翠は遠くを見るような目をしていた。
「わたしが気付いたのは……志貴さまを起こしにいった時の事でした」
続く
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