ぺこりと頭を下げる翡翠。
「一体これはどういうことなの……?」
「納得してないで説明しなさいってば」
アルクェイドさんがむっとした顔で叫んだ。
このままではさっぱりわけがわからない。
「……どこから話したものでしょうか」
翡翠は遠くを見るような目をしていた。
「わたしが気付いたのは……志貴さまを起こしにいった時の事でした」
「ダウンタウン月姫物語」
その27
「その日の志貴さまはおかしかったんです」
「その日……ってことは、今日以前からおかしかったのね?」
「はい。十日ほどになるでしょうか」
「……そんなに」
そんなにもの間、兄さんの異変に気付けなかっただなんて。
「志貴さまは秋葉さまの前では普段どおりの自分を演じておられたようです」
「……」
少しショックだった。
「話を続けても宜しいでしょうか」
「……ああ、うん、構わないわよ」
とにかく今回の事件の真相を知る事が先決である。
「その日、普段ならばわたしがいくら起こしても起きない志貴さまが、部屋に入ったときには既に起きていらしたんです。
わたしは驚きましたが、それを表情に出さぬよう気をつけ挨拶をしました。
すると志貴さまはこう言われたのです。
『おはよう翡翠。今日も可愛いね』と」
「……あのね翡翠。私はノロケ話を聞きたいんじゃないのよ?」
確かに兄さんそんな事を言うだなんて変な事ではあるけど。
「は、はい。大丈夫です、続きがありますので」
翡翠はこほんと咳払いをして、再び話し始めた。
「その言葉にわたしは本当に驚いたのですが……驚いたのは、志貴さまの表情がまるで違っていた事です」
「どう違ったの?」
「普段と違い、引き締まった表情をしていたんです」
「……あの兄さんが?」
あの何考えてるんだかわからないぼけっとした表情しか出来ない兄さんが、きりっとしてるだなんて。
「想像出来ないわね」
「わたしは何度も見た事あるけどねー」
「……ぬう」
腹の立つアルクェイドさんの言葉はこの際無視しましょう。
「そして、その表情のまま志貴さまは言いました。『俺は番長になる』と」
「なんですかその少年漫画の悪役みたいなセリフは」
いや、少年漫画でもそんなセリフ言わないだろう。
「ですが志貴さまは本気のようでした。そして、一人で笑っておられたんです」
「……とにかく、原因はわからないけど兄さんはおかしかったのね?」
「はい。わたしは最初、姉さんが何か怪しい薬を使ったのではと思い、尋ねに行きました。ですが姉さんは心当たりがないと言うんです」
「琥珀が……」
倒れたままの琥珀を見る。
「志貴さまは部屋に篭り、この周辺の不良を束ねる計画を立てておりました」
「なんかイメージ沸かないわね。あの志貴がそんな事するなんて」
アルクェイドさんは首を傾げていた。
「はい。わたしも信じられませんでした」
「どうしてすぐに私に話さなかったの?」
「秋葉さまに心配をかけたくないと姉さんが強く願ったので黙っておりました。申し訳ありません」
頭を下げる翡翠。
「……それも妙な話ね」
琥珀は厄介ごとが大好きなはずなのに。
「さて、そこでそろそろわたしの出番なわけです」
するとシエル先輩がそんな事を言った。
「どうしてシエルの出番なのよ」
「はい……志貴さまの異変を探るため、シエルさまに協力を申請したんです」
「え? だってシエルって冷峰四天王やってたんじゃ……」
「人の話は最後まで聞いてください。わたしは翡翠さんに依頼され、遠野君の素行調査を行いました。確かに、遠野君はおかしかったんです」
「どうおかしかったんですか?」
「ええ。『斬刑に処す』などの言葉を一人で、しゃべり、笑っていたり」
「……」
それはものすごく不気味だ。
「ナイフを研いだりもしていました。とても普段の遠野君からは想像出来ない姿でしたね」
シエル先輩はなんともいえない表情をしていた。
「でも、ふと気付いたんです。この症状は、どこかで見た事のあるものだと」
「え?」
「なになに?」
「セイカクハンテンダケという茸がありましてですね」
「……セイカクハンテンダケ?」
はて、どこかで聞いたような。
「性格反転……ってことはっ?」
「そうです。おそらく遠野君はその茸を食べておかしくなってしまっていたんですよ」
「そんな……マンガじゃないんだから……」
「しかし事実です。それは今日遠野君と戦った秋葉さんが一番良く知ってるでしょう?」
「……確かに」
普段ぼへーっとしている兄さんが反転したというのなら、きりっとしたり戦闘的になったりするのも頷ける。
「先ほど飲ませたのがそれの解毒薬だったんですが……作るのに時間のかかる代物だったんですよ」
「ちなみに調合法は私が提供しました」
自慢げな顔をしているシオン。
「しかし、解毒薬を完成させたとて、性格の反転した遠野君は素直に飲んでくれないでしょう。そこで……」
「わたしたちは志貴さまの番長になるという計画の手伝いをするふりをして、機会を狙う事にしたんです」
「その組織こそが……冷峰四天王だったんですよ」
「そして、わたしたちは真祖と秋葉に志貴を倒してもらうため、戦いながら冷峰学園へ誘導したのです」
「そんな裏があっただなんて……」
戦っているときはまったく考えもしなかった。
「……ちょっと待って。あの……久我峰はなんだったの?」
あれは本当にただ不愉快なだけの敵だった。
「ああ。あれは琥珀さんがですね。一人くらい完全な悪役がいないと駄目だろうと手配してくれたみたいです」
「……なるほど」
琥珀なら私があれを嫌がる事を知ってただろうしね。
「……ってことは……琥珀も兄さんを元に戻す計画に協力していたってことなの?」
「いえ、正確に言えば計画の発案者自体が姉さんなんです」
「琥珀が……」
黒幕だと思っていた琥珀が、兄さんを元に戻すためにわざわざ悪役を演じていたって事なの?
「でもさ。四天王はともかく、琥珀は本気でわたしたちを倒そうとしてなかった?」
アルクェイドさんが尋ねる。
「確かに……」
メカヒスイといいメカ琥珀といい、完全に私たちを倒そうとしてるとしか考えられなかった。
「そのあたりはちょっとわからないですね……今さっき解毒剤が完成して、届けに来たんで」
先輩も首を傾げている。
「わたしにもちょっと……」
翡翠も困惑した表情をしていた。
「少し時間を下さい。考えればあるいは……」
シオンは何やら考え込んでいる様子。
「……あたしはもう帰ってもいいかな?」
一子さんはヒマそうだった。
「え、ええ……別に構いませんが」
もうさすがにこれ以上事件は起きないだろうし。
「う……ん」
「お?」
すると、男性の声が聞こえた。
ここにいる男性なんて一人しかいない。
自然とみんなの視線が集まった。
「兄さん?」
「あ……れ?」
そう。兄さんが意識を取り戻したのである。
続く
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