一子さんも同じように笑っていました。
「……まるで少年漫画ですね」
私には理解出来ない世界です。
「いざじんじょーに……」
「……勝負っ!」
そして二人の戦いは始まりました。
「ダウンタウン月姫物語」
その8
「シッ!」
「……っ! せいっ!」
一子さんのストレートをアルクェイドさんがかわし、カウンター気味に蹴りを放つ。
「よ……っと」
一子さんは上半身の動きだけでその蹴りをかわしてしまった。
咥えていたタバコが口から落ちる。
「へぇ、やるわね」
「……とりあえずさ。ルール決めないか? どっちかが戦えなくなるまでってんだと、あたし不利みたいだし」
不利だし、と言っている割には自信満々の顔なのが不思議です。
「ん。そうね。体力勝負じゃつまんないもんねー。どうしよっか? ダウンしたら負けとか?」
「それだとすぐに終わっちまうだろ? 先に二回ダウンしたほうが負けって事でどうよ」
「いいわ。もしくは降参したら終わりね」
「降参する気なんてないくせにさ」
「あ、ばれた?」
あははと笑うアルクェイドさん。
こんな状況でも緊迫感は微塵もありません。
「……んじゃ、改めてまして」
「いつでもいいわよ」
「……」
「……」
「?」
アルクェイドさんも一子さんも構えたまま動く様子はありませんでした。
「ちょっと……どうしたんです?」
「……」
沈黙。
「こ、答えてくださいよ」
「むー。静かにしててよ。ちょっとの油断が命取りの緊迫状態なんだか……」
「……シュッ!」
「わっ」
ドガッ!
一子さんの拳をかろうじて腕で防ぐアルクェイドさん。
「ワン、ツー、スリーッ!」
「ちょ、タンマタンマ……ずるい、ずるい……っ!」
アルクェイドさんは完全に防戦一方です。
「も、もしかして私のせい……?」
私の声に気を取られたアルクェイドさんは不意をつかれてしまったと。
「い、いえ、私の声に気を取られたアルクェイドさんのほうがいけないんですっ」
そうです、真剣勝負の場で気を抜く人が悪いんですよっ。
「シャッ!」
「うあっ……」
一子さんのアッパーで一瞬アルクェイドさんのボディががら空きになる。
攻撃には絶好のチャンスだ。
だが何故か一子さんはそこに攻撃を仕掛けず、後ろへステップを踏んだ。
アルクェイドさんの顔に一瞬戸惑いが映る。
そして次の瞬間。
「食らいなっ……!」
メキィッ……!
ものすごいスピードで突進した一子さんの膝がアルクェイドさんの腹部にめり込んでいた。
「う……あっ」
たまらずその場に膝をつくアルクェイドさん。
「これでワンダウンだな」
「……うーっ! 今のは妹が邪魔したのが悪いんだからねっ」
そう言って悔しそうな顔を私に向ける。
「し、知りません」
思わず顔を背ける私。
「……うう、お腹いたい」
「全力で突進するだけのシンプルな技だが……威力はあるだろ。名付けてニトロアタックってとこかね」
「ニトロアタック……」
「ほんとは追い討ち可能な技なんだけどね。2ダウンルールにしたからその必要ないし」
「つ、次は当たらないんだからっ」
悔しそうな顔をしているアルクェイド。
「そりゃ楽しみだ」
「……」
あのアルクェイドさんにまともに攻撃を当てるとは、この一子という人はかなりの実力者のようです。
「アルクェイドさん。後がありませんよ。頑張ってくださいねっ!」
「わかってるわよ。そう簡単にやられないんだからっ」
アルクェイドさんが負けたら私がこの人と戦わなくてはいけません。
正直かよわい私では勝てる気がしませんので。
「……じゃ、ラウンド2といきますか」
「いくわよっ」
「む」
アルクェイドさんの姿が視界から消える。
「……後ろか」
ガッ!
「うわ、防いだ?」
いきなり一子さんの真後ろに現れたアルクェイドさんでしたが、その攻撃はあっさり防がれてしまいました。
「気配がばればれだっつーに。もうちょっと工夫しな」
「む……ならこういうのはどう?」
そう言ってなんの変哲もないパンチを繰り出します。
「これがどうした?」
一子さんがひょいと身をかわした瞬間。
「てやっ!」
「っ?」
アルクェイドさんの高速アッパー。
「むっ……」
一子さんのガードがはじかれる。
この状況はもしかして。
「行くわよっ! ニトロアタックっ!」
アルクェイドさんは先ほど一子さんが使った技をそのままやり返すつもりのようです。
「うわ……っ」
しかししょせんは付け焼刃。
あっさり一子さんにかわされてしまいました。
「え、ちょ、ちょっとちょっと……っ!」
スピードの乗ってしまったアルクェイドさんはそのまま止まる事が出来ずに。
めきょ。
壁にめり込んでしまいました。
「……バカですね……」
まったくギャグマンガじゃあるまいし。
「ふ、ふふふ、ははは、あっはっはっはっはっは」
そんなアルクェイドさんを見て大笑いしている一子さん。
「うー……なんで避けるのよ」
「そりゃ当たったら痛いからね。ニトロアタックは避けられると致命的な技なんだよ。覚えておきな」
「こ、今度はちゃんと当てるんだからっ!」
「いや、それはない」
「え? なんで? い、今のダウンしてないわよ? 壁にめりこんだだけなんだからっ?」
「いや、そうじゃなくて……あたしが降参するからなんだけど」
「降参? なんで? もっとやろうよ?」
目をぱちくりさせているアルクェイドさん。
「まあまあ、いいじゃないですか、勝ちを譲ってくれるというのなら」
私も驚きの展開でしたけれど、とにかく勝ちは勝ちです。
「どうして降参するのよ?」
「一応面目も果たしたし、十分楽しんだからね」
「面目?」
「あああたしは雇われた身なんでね。詳しい事は言えないが……あんたらを倒してくれとある人に言われてね」
そう言ってタバコに火をつける一子さん。
どうやら本当にこれ以上戦うつもりはないようです。
「それは冷峰の人間ですか?」
「それも言えんね。とにかく、あたしは足止めしか保障せんよと答えておいた。先方はそれで構わないと言った。そしてあたしはあんたらを足止めしたと」
「なるほど」
途中で戦いをやめたって足止めした事には変わりはないと。
「他にもあたしみたいなやつを何人か雇ってるようだから、注意しなよ。あたしみたいに甘いのは少ないだろうからさ」
「んー。あなたくらい戦ってて楽しい人が他にもいればいいんだけど」
「あんたも噂に聞く強さだったよ。また次に戦えたらいいな」
「あはは、そうねー」
手を握りあう二人。
戦いの末芽生えた友情というものでしょうか。
「……じゃ、そういうことでそろそろ行くわ。なんかしらんがあたしのファンとかいうのが集まってるみたいだしさ」
「ファ、ファン?」
「おう。弟に会場の準備はさせてるから大丈夫だとは思うが。出来てなかったら半殺しだな」
誰だか知りませんが弟さんは大変そうですねえ。
「じゃー、またな」
こうして一子さんは去って行きました。
「結局謎のまま去っていったわね」
「……何者だったんでしょう」
タダモノではないというのは間違いないのですが。
「案外あの有彦とかいう人のお姉さんだったりしてね」
「まさかそんな、あり得ませんよ」
いくらなんでも……ねえ?
続く
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