意を決して生徒会室に入る。
中には遠野先輩が待っていた。
先輩はわたしに向かってきっぱりと言い切った。
「イベントを欠席なさい!」
修羅場モードとは!
ちゃんとスケジュールを組んでやっておけばもっと楽だったのにも関わらず!
時間がなくなって、やむを得ず睡眠時間を削ってでも〆切までに間に合わせなくてはいけない状況の事を言う!
「逆境アキラ」
「そ、それは決定ですかっ!」
「……」
先輩はわたしに背中を向けた。
「いい。瀬尾。貴方が同人活動とかいうものに現を抜かすのは別に構わないわ」
「……」
「でもね、質の悪い本に高いお金をかけるのは無駄だと思わない?」
「じゃ、じゃあ」
「当日に新刊がないのに座り続けるの?」
「そ、それは……」
想像するだけで恐ろしい。
そして悲しすぎる。
「そんなみじめな目に遭ってまで同人を続ける事もないでしょう。ゆえに欠席なさい。私の独断よ!」
「い、印刷代を! 印刷代を削るほうにして下さい!」
「馬鹿を言いなさい!」
「っ!」
ふっ飛ばされたと錯覚されるような怒声。
「帰りなさい。貴方と話す事はなにもないわ」
「……」
「貴方のサークルの場所には羽居と蒼香をいさせるわ。それで問題ないでしょう」
「ど、どうしてあの二人に……」
あの二人は何の関係もないのに。
「羽居なら新刊がなくても許されるでしょう。いざとなったら蒼香がいるわ」
「わ、わたしのサークルは個人サークルですよ! どうしたってひとりじゃ限界が……」
「普段の努力が足りないからそういう結果になるのよ。生半可な活動だったらやるのを止めなさい!」
「遠野先輩!」
「くどいわよ!」
「……」
これだ。
これこそが修羅場モードだ!
「これを破ったが最後、あなたの未来はないと思う事ね」
「……ふ」
「ふ?」
「うふふふふ、うふふふふ」
「せ、瀬尾?」
「遠野先輩!」
これを言ってしまったらもう後には退けない。
けれど言わなくてはいけないのだ!
「……つまり、クオリティを保った作品が完成すれば何の問題も無いという事ですよね?」
わたしは今大風呂敷を広げようとしている。
「どういうこと?」
「あ……いや……」
無責任に何の根拠もなく広げるわけにはいかないのだ。
でも!
「……!」
わたしの、新刊が見える!
「遠野先輩! 〆切二日前に完成品を見て見たいとは思いませんか!」
「なっ……」
目を見開く遠野先輩。
「正気なのっ? 今まだ出来ていないのにっ?」
「大丈夫です! 完成させます!」
本来のデットラインまであと五日。
つまりあと三日で完成させるということである。
わたしは先輩に背中を向けた。
「そうと決まったら一秒でも時間が惜しいです。即原稿にかかります!」
「……そう」
大きくため息をつく先輩。
「なら何も言わないわ。せいぜい頑張ることね」
「はい!」
振り返らずに答える。
「で、この茶番には一体何の意味があったのかしら?」
「いえ、そのモチベーションをあげる意味で重要な……」
ちなみに遠野先輩は同人の事なんかほとんど何も知らない。
逆境ナインの事も。
ただわたしが〆切に追われているという事をどこからか聞きいれてきたようだった。
「ふぅん?」
「か、完成したら見せるのは本当ですから!」
「……わかったわ。行きなさい」
「はい!」
てなわけで瀬尾晶、久しぶりの修羅場モード発動である。
『絶対に無理でも勝たなければならないんだ!』
『終わったら遊んでやる!』
壁に貼られているのは数々の名言。
「よしっ!」
気合を入れるためにハチマキを巻く。
「命のドリンク充電完了!」
修羅場モードのお供、栄養ドリンクも完備!
「よし!」
さあ書くぞ!
もう時間がないのだ。
ひたすら書きまくらないと!
「……」
ネタが出ない。
「……ううっ!」
考えても出ない。
「うぐっ!」
取り合えず書いてみても出ない。
追い詰められてるのにネタが出てこない。
「た、頼れるのは……自分だけ!」
ひたすらに書き続ける。
「ううっ……」
頭を掻きながらネタをひねり出し、面白くなるようにさらに組み立てる。
何故こんなに苦しい思いをしてまで書き続けるのか?
それは自分が好きな事だからだ。
「マンガはわたしの生きている証!」
己の好きな事に全力を果たせないでどうするの!
「やらずに後悔するよりやって後悔しろ!」
ならこんな修羅場モードになんてならずに日頃からやっておけば……
「それはそれ! これはこれ!」
今は目の前の原稿を片付ける事に専念するのだ。
「打つべし打つべし打つべし!」
魂を込めてキーボードを打ちつける!
「そういえばあの手があった!」
ネタの応用、活用、カ行変格!
「さらにこっちのも混ぜて……」
ギャグ、シリアス、ちょっぴりえっち!
楽あり苦あり。
山を越え谷を越え僕らの町へやってきた!
「違う!」
時間がなくても気に入らなかったらリテイク!
「あ、でもここは使えそうだから……」
ネタのストックは少しでも多いほうがいい。
面白くないことがネタという事もあるのだ。
「アッキラちゃーん」
「えっ!」
ノックの音。
一体誰がっ?
「手伝いにきたよー」
「は、羽居先輩っ?」
その聞くだけで癒されるような声は羽居先輩で間違いないはずだ。
「大正解ー」
両手にマーカーやペンを抱えた先輩の姿。
「大変そうだな」
「そ、蒼香先輩までっ」
まさかこのわたしを手伝ってくれる人がいるなんて!
「まあ手伝える事ったってたかが知れてるけどな」
「十分です!」
その気持だけで嬉しい。
やる気がみるみる充電されていく。
「ではそこの原稿のベタ塗りとトーン張りをお願いします!」
「まっかせてー」
「……出来るのか? おまえさん」
「たぶんー」
「……」
だ、大丈夫! きっとなんとかなる!
かたかたかたかたっ、かたかたかたかたっ。
休む事無くテキストを打ち続ける。
「……うー」
やりすぎて腕が痺れてきたのでしばしの休憩。
「いける……!」
このスピードならば完成できる。
テンションも高いおかげで内容もかなりの改心作だ。
「こっちも終わったぞ」
「素晴らしいです!」
蒼香先輩の習得の早さが際立っている。
「できたー!」
そしてその絶妙のフォローにより羽居先輩も的確な処置を行ってくれていた。
「最高ですよ!」
これなら出来る!
わたしの本が、ううん、みんなで作った改心の作品が!
「保存!」
うっかり保存忘れちゃったというミスを防ぐためにちょくちょく保存。
「変換!」
文字を入力して、一気に変換。
シフトキーを押しながら左に移動して、右で範囲をセンタ苦
「は?」
戦宅
「……え」
動かない。
「動かない……!」
「ど、どうしたんだ?」
「右矢印が効かないんです……!」
わたしは文字をまとめて変換する時に矢印キーとシフトキーを使って範囲を選択している。
マウスを使えば済む話だと思うだろう。
だが普段やりなれてる動作が出来ないというのは、作業を行うにあたってあまりにも致命的。
「……こ、これが……!」
これが逆……もとい修羅場モードだ!
「どうしよう……!」
どうするんだわたし!
間に合うのか作品!
果たして瀬尾晶の運命やいかに!
続く