これが逆……もとい修羅場モードだ!
「どうしよう……!」
どうするんだわたし!
間に合うのか作品!
果たして瀬尾晶の運命やいかに!
「逆境アキラ2」
「きゃああああああ!」
「ど、どうした?」
「うわああああああ!」
「あ、アキラちゃん落ち着いてよー」
「ああああああああ!」
「叫んでばかりじゃ解決しないだろ!」
「はっ!」
蒼香先輩の言葉で我に返る。
「一体何があった!」
「……バックアップ……」
「バックアップ?」
「ま、まさか……」
「忘れたみたいです、バックアップ……!」
話は数時間前。
「パソコンショップに行ってきます!」
右矢印キーの死んだパソコンではとてもじゃないけど効率が悪い。
わたしはノートパソコンを使っているので、キーボードの死イコール全体の修理なのである。
うう、この後印刷代の支払いが待っているというのに。
「それ持っていって大丈夫なのか?」
「はい。データは外付けHDに移植してありますから!」
ちょっと使い勝手は悪いけど、昔使っていたもうひとつのノートパソコンで作業する事にしたのだ。
「そうか、じゃあ気をつけて行ってきな」
「はい!」
そしてパソコンショップに修理を頼んで帰寮。
しばらくはパソコンを使わない作業をしていたので忘れていたのだ。
「肝心のデータを別のフォルダに保存していた事を……!」
データの保存場所を二箇所にしてあったのがまずかった。
一箇所を保存して、それで安心してしまったのだ。
「うあああああ!」
まさかあのデータを全部打ち直し?
そんな事をしていたらとてもじゃないが間に合わない。
「落ち着け!」
蒼香先輩が机を叩く。
「いいか、頼んだのはついさっきだ」
「で、でも……!」
もうすぐ日付が変わろうという時間。
「こんな時間じゃ……!」
パソコンショップはもう閉まっているだろう。
「だから、明日開店した瞬間に回収に行けばいい。まさかもうメーカーに発送されたってことはないだろ」
「あ! そ、そうか!」
そういえば修理に三週間かかるとか言ってたし!
「今はパソコンを使わん作業のほうを完成させよう」
「はい! ありがとうございます!」
わたし一人だったら完全にパニックになっていただろう。
「不幸中の幸いだねー」
「あ、あはは……」
なんてバカな事をしたんだろうと思う。
ちゃんとデータの確認をしておくべきだったのだ。
だが、そんな当たり前の判断すら出来なくなってしまうのが修羅場モードの恐怖。
右腕が二本生えていたり、キャラの口調が間違っているなんて茶飯事なのである。
「よしっ!」
今度はもうそんなミスはしないぞ!
そう決意して作業を再開する。
かちっ。
時計はちょうど日付の変わった事を示していた。
〆切まであと四日!
「すいません、昨日パソコンを預けたんですけど!」
パソコンショップ第一号の客はなんともはた迷惑な人物だった。
「バックアップ取るの忘れちゃって!」
その迷惑な人物のパソコンを店員さんが奥に探しにいってくれて。
「こちらでよろしいですか?」
「はい! ありがとうございます!」
わたしのノートパソコンは無事手元に帰ってきた。
が、このパソコンではキーボードが効かない。
ならばキーボードを用意すればいいのだ。
「すいません、USBキーボードってありますか……!」
コーナーに案内される。
「……これってノートパソコンで使えますかっ?」
「ものによっては配置がおかしくなってしまう場合が……」
「ええっ!」
それはすごくまずい。
買ったのに使えないなんて事になったら最悪すぎる。
「か、確認とか出来ないんですかね?」
「メーカーに連絡を取っていただくしか……」
「……!」
そんなところで余計な時間を食っている暇はない。
今は一分一秒が惜しいのだ。
「わ、わかりました!」
今使っている物とほぼ同じサイズのものの空箱を持ち、レジへ。
「お願いします!」
「少々お待ちください」
裏へ消えて行く店員さん。
「……申し訳ありません、そちらは在庫が……」
な、なんですと!
「時間を居ただければ入荷いたしますが……」
だからそんな余裕はないのに!
「ほ、他に! 同じようなものはありませんか!」
こうなったらもうなんでもいい。
似たようなキーボードがいくつか取り出された。
「うう……」
出来ればあれがよかったんだけど、四の五の言ってられない。
「これで!」
それにしても値段が書いてないのが恐ろしい。
いったいどれくらいの値段なのか……
「1980円です」
安!
最初に買おうと思っていたやつより遥かに低コストだった。
これは案外運が向いてきてるのかも?
そもそも運があればこんな時にキーボードは壊れないなどというツッコミは禁止する。
「さあ急がなきゃ!」
遅れたぶんを取り返さないと!
かたかたかたかたっ、かたかたかたかたっ!
「……いける!」
さすがにまったく同じ使い勝手とはいかないものの、購入して来たキーボードは問題なく動作してくれた。
「いい感じだねー」
「はいっ!」
これならなんとか間に合いそうだ。
「これなら……」
このペースならきっと間に合う。
間に合うはず!
その日は一日中作業に没頭していた。
〆切まであと三日!
「うっ……!」
朝起きたら腕が筋肉痛を起こしていた。
いつもと感覚の違うタイピングを行っていたせいだろうか。
単純に長時間だからというのもあるだろうけど。
「それでも……打つしかない!」
〆切まではあと三日。
つまり遠野先輩との約束の時間までにはあと24時間もない。
「そうだ、CGもやらないと……!」
CGを描くのには下書き、線画、下地、とにかくやる事が多い。
面倒なので後回しにしていた。
だがいつまでもやらないわけにはいかないのだ。
「頑張ってねアキラちゃん。アキラちゃんなら大丈夫だよー」
「はいっ!」
こういう時、羽居先輩の言葉はとてもありがたかった。
「手伝えればいいんだがな……」
「その気持ちだけで十分です!」
わたしを応援してくれる人たちがいる。
その人たちのためにも。
何よりわたし自身のために。
瀬尾晶は同人活動を続けるのだ!
なんていうとかっこよさげだけど、オタクの延長といえばそれまでである。
「それでも……!」
それに青春をかける女の子がいたっていいじゃないか。
「描いて……描きまくる!」
思いの全てを込めて、描く。
「お、いい感じじゃないか……」
気持ちが高まっているというのもあるだろうが、いつもよりも上手く描けたような気がした。
ひたすらに。
ひたすらに時間をかけて絵を描き続ける。
「できたっ……!」
ようやくの完成。
途中に休憩は入れたが、五時間くらい頑張ったんじゃないだろうか。
「おつかれさまー」
「はい、本当に疲れました……」
けれどこれで終わりが見えてきそうだ。
「保存……と」
完成したCGを保存する。
カリッ……。
「え」
何かパソコンから嫌な音が聞こえた気がした。
「え、え……」
マウスを押しても画面が動かない。
キーボードも駄目だ。
「ま、まさかフリーズ……!」
描いている時は大丈夫だったのに!
「何でこんな時に……!」
キーを連打しても何も変わらない。
「ううっ……」
シャットダウンするしかないのか。
わたしは涙を堪えて電源を切った。
どくん、どくん。
心臓が痛い。
保存できているはずだ。
大丈夫、何も問題ない!
平気。
わたしは頑張ったもん。
神様はそんなわたしを見捨てたりなんか……
かちっ。
『ファイルが壊れています』
「うわああああああああああああああ!」
続く