土曜日の昼下がり。
有彦から久々に電話がかかってきたと思ったら突拍子もない内容だった。
「乾家に遊びに行こう」
「遊びに来ないか、じゃなくていきなり泊まりか?」
徹夜でマージャンでもやらかすつもりなんだろうか。
「おう。晩飯も作ってくれるとありがたい」
「……いつも自炊してるだろおまえ」
俺はそう言って電話を切ろうとした。
「そんなこと言っていいのか? GGEXの新作手に入れたんだぜ?」
と、受話器からそんな声が聞こえたので慌てて耳元に戻す。
「ギ、ギャラクシーギアの新作? マジか?」
「大マジだ。発売日前だが入手できた」
「おお……」
ギャラクシーギアイーエックス、通称GGEXは最近ブームの格闘ゲームである。
よくゲームセンターで有彦と熱い対戦を繰り広げたものだ。
「そういうことなら構わない。行くよ」
「おう。徹夜でプレイだ。新しい連続技とか開発しようぜ。ちなみにラスボスはおまえじゃないと攻略できないと思うけどな」
「ほざいてろ」
「はっはっは。じゃあ、待ってるからな」
「おう」
と言い終えてふと気づいた。
「ちょっと待ってくれ。晩飯を作るくらいは構わないけどさ。秋葉がうるさいから泊まるのは難しいかもしれない」
「それで構わん。助かる。晩飯作るのは面倒だからな。ありがとう心の友よっ!」
「気持ち悪い事言うんじゃない」
「待ってるからな! 来なかったらおまえを呪うぞ」
「はーいはいはい」
受話器を置く。
「さて、どうしたもんだろうなあ」
出来れば泊まりでゲーム三昧としゃれ込みたいところではあるが。
「ふふふ。話は聞かせて頂きましたよー」
「うわっ」
振り返るとそこには琥珀さんが立っていた。
「友のために夕食を作りに向かう志貴さん。ある特定のジャンルの人には大うけしそうですね〜」
「……」
なんのジャンルだかわからないけど嫌な部類のような気がする。
「……っていうか電話の声がよく聞こえたね」
一体どういう耳をしてるんだろう琥珀さんは。
「ふっ。これでもわたしは地獄耳の琥珀と恐れられた存在なんですよっ」
「あー」
それは初耳だけれども妙に納得できてしまう。
「あー、ってなんですかあーって。もっと『おお〜』とか『さすが美少女の琥珀さんだねっ』とか無いんですか?」
「さすが策士の琥珀さんだね」
「うわ。志貴さんがわたしをいぢめます。しくしくしく」
大げさによろめく琥珀さん。
「えーと、じゃあ俺秋葉に説明しに行くから」
「タンマです志貴さん。秋葉さまが泊まりに行くだなんて言っても許してくれるわけがありません」
「……だよなあ」
それが最大の問題なのである。
「なんせ志貴さんはアルクェイドさんの家やシエルさんの家に行くときも有彦さんの家と言ってますからねえ」
「うう」
毎度口実として有彦の家を使っているせいで、秋葉は有彦の家に遊びに行く、という言葉に警戒心を抱いてしまっているのだ。
「そこで提案があるのですが」
琥珀さんは怪しい笑みを浮かべていた。
こういう笑いを浮かべているときは大抵妙なことを言い出す時なんだけど。
「何?」
俺は警戒しながら尋ねた。
「わたしを連れて行ってくれれば、秋葉さまの問題は解決させていただきます」
「え? えええっ? 琥珀さんを?」
「……ずいぶんと驚いてますね志貴さん」
「あ、いや、その」
琥珀さんにしては妙に簡単な交換条件である。
「逆立ちしてラーメンを食べながら走ってください」とか「ビックリマンのスーパーゼウスのシールを持ってきてください」とか言われると思ったのに。
「わたしはただ純粋に志貴さんのお友だちの家に遊びに行きたいと思っているだけですよ〜」
「うーん」
怪しい。
「ほんとですって。ほら、わたし格闘ゲーム大好きですし」
「……まあ、それは知ってるけどさ」
「ゲーマーとして有彦さんと一度お手合わせ願いたいんですよ〜」
「……」
確かに悔しいけれど有彦のほうが俺よりも格闘ゲームの腕は上だ。
「わたしの目を見てください。ほら、この澄んだ瞳。嘘をつくような人間だと思いますか?」
「そういうセリフを言う人間は大抵嘘つきなんだけど」
「あはっ。それもそうですね。ですが秋葉さまをどうにか出来るのはわたしだけだと思いますよ」
「……」
まあ琥珀さんを疑い出すとキリがないし、秋葉をなんとかしなきゃいけないのも事実だ。
「わかった。じゃあ琥珀さんも一緒に行こう。秋葉のほうは頼むよ」
「はい。任せてくださいな〜」
びしっと親指を立てる琥珀さん。
「この秘密の眠り薬を使えば秋葉さまなんてイチコロですからねー」
「ん? 何か言った?」
今琥珀さんの目が怪しい光を帯びていたような気がするんだけど。
「いえいえ。ではしばしお待ちくださいね〜」
「……」
スキップしながら階段を昇っていく琥珀さんを見て、俺はこの先どうなるんだろうなあという不安を抱かずにはいられないのであった。
「はーい、お待たせしましたー」
「ん」
玄関で暫く待っていると琥珀さんが帰ってきた。
「秋葉、なんだって?」
「はい。うまいこと麻酔を……いえいえ、はい、もちろんOKだそうです」
「そ、そう」
何やら物騒な単語が聞こえたような気がするけど聞かなかった事にしよう。
「マイコンも持ってきましたし、準備万端です」
マイコンとは自分で使っているコントローラーの意味である。
同じコントローラーでも使っている人によってボタンのへこみ具合とか十字キーの入り具合とかが違うので、こだわる人はこだわるものらしい。
「そっか。じゃあ行こっか」
「はーい。まいりましょう〜」
琥珀さんはやたらと上機嫌である。
「ふんふふんふふーん」
道を歩きながら琥珀さんは鼻歌まで歌っていた。
「楽しそうだね、琥珀さん」
「そりゃあそうですよ。志貴さんのお友達とはいえ、遊びに行くのって初めてですから」
「あー」
そうだよなあ。ずっと屋敷暮らしだったから誰かの家に遊びに行くとかなかったんだろうなあ。
「そっか。じゃあ今日がいい思い出になるといいね」
「あはっ。そんなかっこつけたものになるかはわかりませんがー。きっと楽しい日になりますよ」
「……そうだね」
果たしてこの先どんな事が起きるんだろうか。
「何か起きなかったら無理やりにでもイベント盛りだくさんにー」
「こ、琥珀さんっ!」
「上段ですよー。立ちガード安定ですね」
「いや、なんかそれ違うしっ!」
それこそ神のみぞ、いや、琥珀さんのみぞ知るのかもしれなかった。
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