悪口を言いながらも有彦の顔は笑っていた。
それは彼女か何かに向けるような視線。
「素直じゃねえの」
「あん?」
「いや、なんでもない」
俺も人の事は言えたもんじゃないか、と琥珀さんをちらりと見つめるのであった。
「乾家に遊びに行こう」
その9
『くっ……おぼえてなさいよ。ばかーっ!』
「ほれ、勝ったぞ」
有彦はななこさんが勘で挑戦して失敗した星の問題をあっさりクリアしてしまった。
「有彦、おまえこのゲームやり込んでいるなっ?」
「答える必要はない」
「……ふっ」
「ふふふ」
ぐっと二人親指を立て合う。
「何だか楽しそうですねー。暗号なんでしょうか」
「きっと男の人だけにしかわからない何かがあるんですよ」
その通りである。
「じゃ、次はいよいよ琥珀さんスね」
有彦が琥珀さんにコントローラーを渡す。
「あ、はーい」
「いよいよか……」
自称博識の琥珀さん。
ある意味本命といえよう。
「久々のコントローラーですね〜」
琥珀さんはかちゃかちゃとキーをいじっていた。
「問題ナシです。いけます。さあどのジャンルにしましょうか」
お馴染みのジャンル選択画面もなんだか新鮮に見えた。
『海 山 川 薬』
なんだか忍者の暗号みたいなジャンルセレクトである。
「琥珀さんだったら薬だよなぁ……」
きっとすごい簡単に正解してしまうに違いない。
「山を選びます」
「やまっ?」
ところが琥珀さんの選んだのはまったく関係のない山であった。
「琥珀さん。どうして山なんでしょう?」
ななこさんが尋ねる。
すると琥珀さんはさも当然のような顔をして。
「そこに山があるからです」
と言った。
「……もしかしてそれが言いたかっただけ?」
「実は」
「……」
そうだった。この人は策士でもあるけれど面白ければネタに走るような人でもあったのである。
「ま、まあ大丈夫だよね」
「多分、きっと、もしかして」
「……」
駄目かもしれない。
『こんにちわ』
「おお?」
今度はエルフ耳なお姉さんが現れた。
「わたしとおそろいですね」
ななこさんも同じところに注目したらしい。
「こういう耳を見ると引っ張りたくなるよな」
有彦が言葉通りななこさんの耳を引っ張る。
「あう、やめてくださいー」
ななこさんは止めてといいながらも嬉しそうであった。
「……いちゃついてるなあ」
なんだかんだで仲はいいようである。
『それでは問題です』
今回のエルフのお姉さんはいやに普通の人のようだった。
「この普通さが逆にいいな」
「シンプルイズベストってことだな」
『第一問 日本で一番高い山は?』
「あれ?」
『富士山 筑波山 阿蘇山 無双山』
なんだろう。急に問題がグレードダウンしたような気がする。
「これは富士山ですねー」
『正解です』
こんな問題小学生でも解けるだろう。
『第二問 次の中で山を現す言葉はどれでしょう』
「む……」
有彦も意外そうな顔をしていた。
「これはMountainですねー」
『正解です。やりますね……』
「有彦。なんかおかしくないか?」
「あぁ。もしや……」
注意深く琥珀さんの動向を観察してみる。
カチ、カチカチカチ。
「……?」
問題が画面に出ていないというのに琥珀さんはコントローラーをいじっていた。
「……」
これはひょっとして。
『第三問。世界で一番高い山の名前はなんでしょう』
「裏技……?」
琥珀さんの肩がぴくりと揺れた。
「ヤ、ヤダナア。ナニヲ言ッテルンデスカ志貴サンハ」
「いや、発音怪しいし」
「せ、正解はエベレスト……」
『正解です』
「……」
琥珀さんからコントローラを取り上げる。
「あっ」
「問題が出るまでコントローラーは没収」
「そ、そんなっ。それじゃコマンドが……」
「コマンドって何の?」
「え、いや、まあそれは……」
「駄目だよ。ちゃんとイカサマなしでやらなきゃ」
「志貴さぁん……」
「う」
色目攻撃を受けそうになったので慌てて目を逸らす。
「チャーンス」
「あっ」
その隙にコントローラーを取られてしまった。
『北アルプスにある乗鞍岳の高度は?』
「うわっ……」
裏技の反動なのか、無茶苦茶に難しい問題が現れた。
「こ、こんなのわかるわけないじゃないですかっ」
琥珀さんが珍しく狼狽している。
「琥珀さん、頑張ってくださいねぇ〜」
能天気に琥珀さんを応援するななこさん。
「う、うう……」
それがさらに琥珀さんにプレッシャーをかけているようだ。
「に、2986メートル」
『残念。不正解です』
「よほどの山マニアじゃなきゃ答えられないよな……」
このゲームの難易度ってかなり極端な気がする。
「琥珀さん。これからのイカサマは見逃さないからね」
「うう、イカサマはばれなきゃイカサマじゃ」
「いや、バレバレだから」
「うう……」
もう琥珀さんに裏技による簡単な問題は不可能。
次々と繰り出される難問に琥珀さんもたじたじだった。
「後がありません……」
そしてついに次を間違えたらゲームオーバーの問題に。
『ヒマラヤ山脈のヒマラヤの語源は?』
「……」
まさかこんなのが解るわけがない。
「琥珀さん……」
だが琥珀さんの目はきらきらと輝いていた。
「雪の住みか」
「え」
「雪の住みかです、ヒマラヤの意味は」
画面に表示される選択肢。
「正解は……サンスクリット語っ」
『正解です。お疲れ様でした』
ギリギリいっぱい、琥珀さんは山の問題をクリアした。
「ふあー。あせりました。まったく、敵は陣中にありってやつですね」
「こ、琥珀さん。今のはどうしてわかったの?」
「あ、いえ。ただの雑学です」
「じゃ、じゃあどうして裏技なんか」
裏技なんて使わなくても難問が解けるっていうのに。
「ふっ。わたしは利用できるものは最大限利用するんですよっ」
「……」
「この辺の微妙な差がわたしと琥珀さんの差のような気がします……」
ななこさんは神妙な顔をしていた。
「オマエは利用するっていうか利用される側っぽいけどな」
「そんなことないですよ。わたしだってちゃんと……」
「いや、だってオマエ武器だし」
「そんな身も蓋も無い……よよよ」
ああ、この二人みたいな関係が羨ましいなあ。
「あ。でも志貴さんは別ですよ? 志貴さんは特別ですからね」
「え」
それは一体どういう意味なんだろう。
「じゃ、次は遠野の番だな。俺はななこの代わりにやっちまったし」
「うう、すいません……」
有彦とななこさんには琥珀さんの囁きは聞こえなかったようだ。
「はい。志貴さんどうぞ」
「あ、うん」
なんだか琥珀さんの手が妙に暖かく感じるのであった。
続く