そこに信じられない文字があった。
「……そんなまさか」
コマを動かした琥珀さんですら驚くような内容である。
それは。
『おとしあなだ! さいしょにもどる。 もういちどのぼってこれるか?』
「遠野家人生ゲーム大会」
その10
「……」
「……」
「……」
全員が絶句していた。
あの琥珀さんが、スタートに戻るなんていう、ボードゲームでは基本中の基本であり最大の罠にはまったのだ。
信じられない光景である。
「わ、わたしの不幸が移っちゃったの……かな」
最初に口を開いたのは弓塚だった。
「い、いやいくらなんでもそれはねえだろ」
「病気じゃないんだからねえ」
「でも……」
もしや弓塚が吸血鬼となって得た新能力だろうか。
だとしたらあまりにも嫌過ぎるのだが。
「さっちんの能力は全然違うのだから気にしなくても大丈夫よ。ほんとにただのミスなんじゃない?」
能天気な顔でそんな事を言うアルクェイド。
「無駄に裏事情に詳しいよな、おまえ」
「伊達に真祖やってるわけじゃないわよ」
真祖イコール何でも知ってるってわけじゃないと思うんだけど。
いや、何でも知ってるから真祖なのか?
「どうでもいいからさっさとスタートに行きなさいよ琥珀。次の人が回せないでしょ」
にやにや笑いながらそんな事を言う秋葉。
琥珀さんに苦渋を飲まされ続けた身としてはこの展開はさぞ愉快なことだろう。
「ごめんなさいねー。志貴さん。巻き込んでしまって」
「い、いや、別に俺は気にしてないよ」
それよりも、どうして琥珀さんがこんなミスをしたのかわからなかった。
自分でつけた油のせいでルーレットの動きが変わってしまったんだろうか。
「次のシエルチームは二回休みだから次はわたしたちね。妹回す?」
「お好きなようにして下さい」
「わかったわ。えいっ」
俺の疑問をよそに進行して行くゲーム。
「伯爵のお城の地下で聖杯を手に入れる。10000000$だって」
「今更お金が入っても……って」
「おい、今なんて言った?」
「10000000$」
「い、いっせんまん……」
今までの数字と桁が違う。
「ひょっとしていっきにランクアップ?」
「ゆ、弓塚っ。今俺たちいくら持ってるっ?」
「え、ええと……ひーふーみー……」
「わたしたちも数えましょう」
「……それより若干は多かったと思われますが」
ダントツ最下位のはずだったアルクェイドチームが再び急浮上。
弓塚チームシエルチームの動きが慌しくなっていた。
「ギ、ギリギリ勝ってる! 弓塚っ。離せっ! 逃げ切るんだっ!」
「う、うんっ。そんな努力も苦労もしないで大金を手に入れたチームになんて負けないんだからっ!」
気合を入れてルーレットを回す弓塚。
「……なんかスタート地点にいると遠い世界の話に聞こえるなあ」
アルクェイドチームが大金を手に入れた今、最下位は俺たち。
スタート地点にいて、さらに最下位。
まったくゲームに関係ない存在じゃないかこれじゃ。
「面白い展開になってきましたねえ」
「まあ……うん」
琥珀さんがここにいたほうが健全なゲームが楽しめるかもしれない。
「やったっ! 聖王ブーツゲット! 5000000$っ!」
「け、桁が極端に跳ね上がってる」
「終盤ですからね。一発逆転系のマスが多いんですよ」
それにしたって酷いと思うんだけどなあ。
「ぬうう……早く休みが終わらないとまずいですね」
「微妙にピンチです」
動けない先輩たちはかなりあせっているようだった。
「アルクェイドさんっ! こうなったらあなたのバカヅキに期待しますっ! いいマスに止まってくださいよっ!」
「任せておいて」
完全に立ち直ったアルクェイドチーム。
「負けないんだから!」
「おお、ここにきて闘志を身につけたな弓塚っ」
勝利へ向かって前向きになった弓塚チーム。
「さてさてわたしたちの番なんですが……完全に無視されてますねえ」
「だねえ」
俺たちの姿がなんだかとてもみじめに見えた。
まさに人生の敗者というかなんというか。
「ま……そう簡単に終わらせるつもりはないんですけれども」
「え」
なんですか琥珀さん、その邪悪な笑いは。
「ちゃちゃちゃちゃん。ソウルスティール〜」
どこぞのネコ型ロボットのような仕草でカードを取り出す琥珀さん。
「なにそれ」
「見切りを覚えてないと即死します」
「……マジ?」
「まあこれを使うと袋叩きにされそうなので使うのは止めておきますけど」
「あ、当たり前でしょっ」
なんでそんな物騒なカードが存在してるんだ、まったく。
「今回使うのは別のカードですね」
「別の……」
「ちゃちゃちゃちゃん。マリオネット〜」
「……名前からして嫌な予感がするんだけど」
「ええ。このカードは相手を操る事が出来るんです」
「そんなんばっかりですね……」
「水鳥剣との組み合わせで凶悪な効果を発揮しますよ」
「いや、発揮しなくていいですから」
「つまらないですねー」
むぅっと顔をしかめる琥珀さん。
「もう諦めてくださいよ。スタートまで戻ってきちゃったんだから」
「いえいえ。ここで抵抗をしなくてどうするんですか」
まだ抵抗する気なのか。
「そんなわけでマリオネットを二枚使用です。アルクェイドさんチームと弓塚さんチームに利用いたします。お二方とも一回休みですね」
「なんだとっ!」
「そ、そんな」
「しつこいですよ琥珀! もう諦めなさい!」
「そうだそうだー」
アルクェイドチーム弓塚チームからブーイングの嵐。
「……素晴らしいですね。次はわたしたちの番が回ってくる計算になります」
シエル先輩のチームはもう一回休みだから他のチームが休みになるのは願ってもないことなのか。
「さて、わたしたちの番なわけですが。まだ諦める必要はありませんよ。志貴さんがかそくそうちを手に入れていてくれたでしょう?」
「あー」
かそくそうちは一気に20進めるカードだ。
けどそれを使って今更何になるというんだろうか。
「スタートから20マス目に何があるのか知らないでしょう、志貴さんは」
「……何があったっけ」
序盤にそんな運命を左右するようなマスはなかったような気がするんだけど。
「ではかそくそうちでレッツゴーです」
「……」
一体そこに何があると言うんだろうか。
『
アーサー‥‥11かい 19-3-21
くろう‥‥13かい 50-2-18
ハーン‥‥19かい 72-6-14
ジーク‥‥6かい 24-2-12
リズ‥‥12かい 80-1-28
なんだ この記録は? 一体誰が……』
「……なんだ? これ」
そのマスに書かれていたのは意味不明の文章だった。
「駄目ですよ志貴さん。そこへ『こいつらみたいに途中でやられてたまるか! 見てろよ』です」
「ごめん、何を言ってるのかよくわからない」
この人の名前と階の数字は何を意味しているというんだろう。
「さらに進みますよ」
ルーレットを回してほんの少し進む。
『4つのふういんが ほどこされている。 ふういんがとけるぞ!』
「……封印……?」
「ルーレットを開放します」
琥珀さんが触るとルーレットの針がきらりと光った気がした。
「さあ次はシエル先輩の番ですね。どうぞ」
そして次のシエル先輩たちへ順番を譲る琥珀さん。
「……何をやったかわかりませんが、わたしたちがまだ一位だということをお忘れなく」
「一気にゴールに行ってしまいましょうシエルさま。そうすれば逃げ切りです」
「そうですね。一気に行きますっ」
先輩がルーレットを回す。
10が出ればその時点で先輩たちはゴールだ。
「……」
果たしてこのゲームの運命やいかに。
続く