俺の隣で琥珀さんは落ち込んでいた。
ように見えたのだが。
「……全て作戦通りです」
「え」
その呟きはあまりに小さな声で周りには聞こえなかったらしい。
「……」
俺はまだ何かを企んで入るらしい割烹着の悪魔を前に、ただならぬ不安を感じるのであった。
「遠野家人生ゲーム大会」
その4
『げんきなひとは いたくて つかれたひとには きもちいいもの なんだ? きんのはりを購入。500$支払う』
「あらら。また出費ですねえ」
「……」
それから、しばらく琥珀さんはおかしかった。
マイナスマスや一回休みマスなど、そんな場所に止まってばかりだったのだ。
作戦通りというのはただの負け惜しみだったんだろうか?
『海賊の財産800$を手に入れる』
「800ですか……これで再び一位になりましたが」
「油断は出来ませんね」
「すぐに追い抜いてみせますよ」
シエル先輩&翡翠、アルクェイド&秋葉は熾烈な一位二位争いを展開している。
「じゃあわたしが回すね? せーのっ」
くるくるくるくる。
「いちにーさんしー」
『白アリが大発生! 大損害を被る』
「げっ! なんてものを引きやがるんですかあなたはっ!」
「甘いわね妹。その続きをよく見なさいっ」
『保険に加入していない全チームが1000$失う』
「ほ、保険っ? そういえばこのあいだ入らされたっ?」
「そうよっ。しかも入ってるのはわたしたちだけっ!」
「……ということは」
「わたしたち以外だけがマイナスなのよっ」
どーんっ。
「うわぁ……また借金生活に……」
落ち込む弓塚。
「あーあ。またか……」
有彦はもう完全に勝負を投げていた。
「うーむ、まさか保険にこんな効果があったとは」
俺たちも何度か加入する機会はあったんだけれど、琥珀さんがいらないというので加入していなかったのだ。
「あはっ。これは大変ですねー」
笑顔で損害を支払う琥珀さん。
「……何故姉さんはあんなに余裕なんでしょうか」
「何かありそうですね。警戒しないと」
この状況での笑顔はかなり不気味な感じだ。
一体何を考えているんだろう。
「ささ、次は弓塚さんチームですよ」
「え、あ、う、うん……」
ルーレットを回す弓塚。
「4……うう、不吉……」
ゆっくりとコマを進めていく。
『ユメの中で売値10000$のバクのなみだを手に入れる』
「え?」
「は?」
「な、なんですって?」
全員が目を疑った。
「い、いいいいい、いち、いち、いちまん?」
そして誰よりも驚いているのが他ならぬ弓塚自身だった。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなバカな! あの弓塚さんが一万も手に入れられるはずがありません!」
「そうよねー。さっちんだし」
「ツインテールですし」
「シナリオないし」
「うわあん! なんかすごいひどい事言われてる!」
みんなの驚きは当然の事だろう。
「はぁ。おまえらちゃんと文章を読んでみろよ」
だが、ただ一人有彦は冷静だった。
「ん?」
相方という地位にいるせいでパターンがわかっていたのかもしれない。
『ユメから覚めたらバクのなみだは消えてしまった』
「……あぅ」
弓塚、見果てぬユメを掴む事は叶わず。
「そ、そうですよね。そんなことあるわけがないんです」
安堵の息を洩らす秋葉。
「いや。確かに10000$は手に入らなかった。けど」
有彦がそのマスに書かれた最後の文章を指差した。
『銀の手は消えない!』
「……つまりこの銀の手ってやつだけは手に入ったって事か?」
「ああ。そういうことだよ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべている有彦。
「やったな弓塚。神様はやっぱり俺たちを見捨ててなかったんだ!」
「え? 乾くん。どういうこと?」
銀の手にはそこまですごい能力が隠されているんだろうか。
「見ろよ。銀の手の能力。ルーレットを好きな時に二度回す事が出来る」
「へえ、そりゃいいアイテムだな」
二回回せればそれだけ先に進めるわけだし。
「……ふふふ」
意味深な笑いを浮かべている有彦。
「なんだよ。気になるな」
「まあ見てな。ほえ面かかせてやるぜ」
「……」
しばらくは何事もなくゲームが進んだ。
アルクェイド&秋葉一位、翡翠&シエル先輩二位、琥珀さん&俺が三位、最下位弓塚有彦チームで変わらず。
「ここがチャンスですよ翡翠さん。いいマスに止まって逆転しちゃいましょうっ」
「はい。努力いたします」
最近は翡翠とシエル先輩で交代にルーレットを回すようになっていた。
『根回しの結果、高級ホテル宿泊券を入手。30000$』
「くっ……まずいわね……」
「妹。抜かれちゃったわよ」
それが幸運を呼び込んだのか、ついに逆転。
「やりましたねっ!」
「手堅い勝利です」
ゴールまであとわずか。
俺たちは置いてけぼりにしてこの2チームの戦いが続けられるのかと思った瞬間だった。
「……あ」
弓塚が『物件の買収対決』のマスに止まった。
「ど、どうしよう乾くん。変なトコに止まっちゃったよぅ」
勝てばものすごいプラスが。負ければとんでもないマイナスが。
「勝負! だんぜん勝負しましょう!」
一位を抜かれたばかりの秋葉が勝負を挑んできた。
確かにあの薄幸の弓塚チーム相手なら勝利は容易そうにみえる。
「……止めたほうがいいと思いますけどねー」
琥珀さんはくすくす笑っていた。
「ふん。臆病者はそこで見ていればいいのよ」
「いいぜ。秋葉ちゃん。その勝負受けよう。ただし条件がある」
「条件? なんです?」
「先に三回回してくれ。俺らは後でいい」
「いいの? 先にすごい大きい数字出しちゃったらプレッシャーにならない?」
アルクェイドが尋ねる。
「アルクェイドさん。敵に情けをかけてどうするんですか。むこうがそう言ってるんだからそれに従えばいいんですよ」
「……むぅ」
「では行きますよっ! てやあっ!」
三連続でルーレットを回す秋葉。
「ちょっとー。わたしにもやらせてくれたっていいじゃないのっ」
「こんな重要な場面をあなたに任せられませんっ!」
「ぶーぶー」
こっちはゲームが進むにつれて険悪になっているような。
「えーと、6、7、4の計17ですね」
「超えられるようなそうでないような数字ですねえ」
「だね」
大きすぎる数字ではないけれど、小さすぎもしない。
「面白くないなあ。わたしにやらせれば30とか出せたかもしれないのに」
「そんな事は不可能です」
「なによ」
「何ですか」
「まあまあまあまあ」
味方同士でケンカしてどうするんだまったく。
……って俺が言えた義理じゃないんだけど。
「見てろよ弓塚! 脇役の意地ってやつを見せてやるぜ!」
何かを賭けて戦う男の姿というのは光るものがある。
果たして弓塚チームに運命の女神は微笑んでくれるのだろうか?
続く