アルクェイドが一枚のカードを取り出した。
もしや、銀の手と同じようにルーレットを回す回数を増やすアイテムだろうか。
「そ、それは……!」
琥珀さんが珍しく驚いた顔をしている。
そのカードの正体とは。
『ラピットストリーム&クイックタイム』
「遠野家人生ゲーム大会」
その8
「そ、そのカードを本当に今使うんですか?」
二枚のカードを交互に見つめる琥珀さん。
「当然よっ。勝負どころで使う為に取って置いたんだからっ」
その驚きようからするとその二枚のカードはとんでもない効果を持つものらしい。
「……本当に宜しいんですか? 後悔いたしませんね?」
改めて尋ねる琥珀さん。
「使います。まさか使わせないなんて言わないわよね」
秋葉もここでカードを使う事に同意らしい。
「そうですか……皆さん聞きましたね。二人は今このカード二枚を使うそうです」
「ええ。確かに聞きました」
「保障いたします」
こんな状況なのに何故か冷静なシエル先輩と翡翠。
普段からクールではあるけれど、この状況で驚いていないのはさすがに変だ。
「ねえ、そのカードってどんな効果があるの?」
俺は堪え切れなくなって尋ねた。
「ええ。まずラピットストリームはですね。そのターン誰よりも早く行動可能になります」
「誰よりも?」
「今は琥珀チーム、シエルさんチーム、アルクェイドさんチーム、弓塚さんチームの順番でしょう? アルクェイドさんチームが一番最初に回す事が可能になるんです」
「……それ、あんまり意味ないんじゃ」
人生ゲームで順番が早く回ってきたところでそんな大きなメリットはないと思うのだが。
「そこでクイックタイムなんですよ。クイックタイムは自分たちより遅い順番のチームを行動不能にするカードなんです」
「えーと……」
「つまり、一番最初のチームが使えば強制的に全てのチームを一回休みに出来るわけですね」
「な、なるほど」
それは確かに恐ろしいコンビネーションだ。
クイックタイムを何枚も持っていたら永久に一回休みとかが可能になってしまう。
「そうよっ。これで最終防衛システムの動きを封じるのっ」
「はー。動きを封じちゃうんですかー」
「そうです! 封じてしまうんですっ!」
「……ふ」
「勝負を焦りましたね」
シエル先輩と翡翠が不敵な笑みを浮かべていた。
「な、なによっ。何がおかしいのよっ」
「……あのですねアルクェイド。最終防衛システムの動きを封じてどうするんです?」
「決まってるでしょう! あっちにルーレットを回させないのよっ」
「最初からあっちの数字は27だと決まっているのに?」
「え」
「取引対決だったら相手の動きを封じるのは意味のある事だと思われます。しかし、最初から相手の数字が決まっている状態では相手の動きを封じても意味はまったくありません」
「あ、あああああああーっ!」
大声をあげるアルクェイド。
「そうか……そういうことだったのか」
この状況でラピットストリームを使ってもクイックタイムを使っても効果がない。
それを知っていたから翡翠もシエル先輩も冷静だったんだ。
「と、取り消します! 今のはなしですっ! カードは使いませんっ」
「おや。先ほど使うとおっしゃられたではないですか。ねえ?」
「ええ。確認しました」
「わたしも保証したはずですが」
なるほど。だからあんなに確認したのか。
他の状況でラピットストリーム&クイックタイムを使われたら勝負がどうなるかわからないもんな。
ここで無駄に消費させておけば安全なわけである。
「……黒い」
ゲーム全体が琥珀さん色に染まってきてしまった気がした。
「ぐ……ぐぐうううう……どうするんですかアルクェイドさんっ! 切り札を無駄に使ってしまってっ!」
「な、なによっ。妹だって使うって言ったじゃないっ!」
「それはアルクェイドさんがっ」
「責任逃れする気っ!」
「はいはい。喧嘩は結構ですから早くルーレットを回してくださいな。9以下を出したらその時点で終了ですけれど」
満面の笑みを浮かべている琥珀さん。
「……悪魔」
「あはっ、わたしにとっては褒め言葉ですねー」
「こ、こうなったら何が何でも勝ってやるーっ!」
思いっきりルーレットを回すアルクェイド。
「どうなるのかな……」
「……うーむ」
アルクェイドの事だ。こういう時に強運を発揮する可能性もあるけれど。
『1』
「……」
運命の女神は味方してくれなかったようだった。
「……終わりましたね」
「終わっちゃったね……」
アルクェイドチーム、完全敗北。
「な、なによこのつまんないゲームー! もうやだー! やめるー!」
「だあ、暴れるんじゃないっ! 諦めろ、自分で招いた結果だろうっ!」
「かねがないならとっととかえれ!」
「琥珀さん余計なこと言わないっ!」
「……たたきころす」
「ま、待て落ち着け! 話せばわかる、人類みな兄弟っ!」
ぎゃーぎゃー叫ぶアルクェイドを必死で説得する俺。
「う、うふふふふふふ……アルクェイドさん……私の人生を台無しにしてくれましたね……うふふふふ」
「うわ、だ、誰か秋葉を止めてくれっ! 頼むっ!」
こっちもこっちでかなり危険な感じだった。
「秋葉さま、落ち着いてください」
「私は冷静よ……アビスの力を見せてあげるわ」
「全然冷静じゃねえーっ!」
人生ゲームは二人の乱闘で幕を閉じてしまうのだろうか。
それはあまりに嫌過ぎる。
「ちょ、ちょっとちょっと! まだ持ち金が0になっただけでしょっ!」
すると弓塚が叫んだ。
「ゆ……弓塚さん」
「わたしたちなんかずーっとマイナスだったのに頑張ってきたんだからっ! そんなたかが一度無一文になっただけで諦めるなんて……駄目だよっ!」
なんと重みのある言葉だろうか。
不幸街道まっしぐらだった弓塚だからこそ言えるセリフである。
「さっちん……そうか、わかったわ。ナンバーワンよりオンリーワンってやつねっ」
「え? あ、はい、多分そうです」
さっちんと呼ばれて目をぱちくりさせている弓塚。
「……そう、ですね……私とした事が少し大人げなかったようです」
弓塚の不幸ぶりを知っているだけあって二人は大人しくなってくれた。
「うーむ」
ピンチを逆に助けられてしまった感じだ。
「ありがとう弓塚」
とりあえず礼を言っておく。
「わ、わたしは大した事してないよ、うん」
「事実を述べただけだからなぁ」
有彦は苦笑いしていた。
「しかしまあこれでアルクェィドたちの勝利はなくなったか……」
残りの三つ巴戦となったわけである。
「このまま逃げ切りますよっ」
「あはっ、そう簡単にはやらせません」
「乾くん、わたしたち勝てるかなぁ……」
「……なんとも言えん」
この先の展開の予想はまったくもって不可能であった。
続く