セブンはそう言って天井をすり抜けてきました。
まったく、いったい何を考えているのやら。
「でで、何のご用でしょう。マスター」
「時間です。今日も行きますよ」
「……またですか? あれやっても収穫ないじゃないですか。普通の巡回のほうがいいんじゃー」
「そうは言っても、何もしないよりはマシでしょう。もしかしたら何か得られるかもしれませんし」
「はぁ。まあわたしはマスターの方針に従いますが……ホントに最近どうしちゃったんでしょうね……」
「……」
ここ数日、街に異変が起こっていた。
「徐々に奇妙な冒険」
その10
黄の節制 その1
「すいません。アンケートお願い出来ますか?」
「あ、はい。いいスよ」
街行く人に声をかけ、アンケートに応えて貰う。
軽い暗示をかけているので収集率はほぼ100%だ。
質問自体はごく簡単なもの。
最近どんなことがありましたか、みたいな感じのものだ。
「これでいいスか」
「ええ。ありがとうございます」
さっそく回答に目を通す。
「……また、ですか」
そのアンケートの回答は誰しも似通っていた。
最近ついてない。
よくないことが起こる。
そんなものばかりなのである。
かくいうわたしも、酔っ払いにからまれてお尻を触られてしまったり。
遠野君と微妙なすれ違いで会えなかったり、そんなことばかりだ。
そして夜の間ずっと感じる妙な気配。
もしかしたらこの最近の不幸は何かのせいなのでは?
聞いてみれば何か手がかりが掴めるかもしれない。
そう思って始めたこのアンケート。
だがどれもこれもついてない、ついてない。
ただ疑惑が強まるばかりだった。
やはり何かがこの街をおかしくしている……と。
「今日も収穫なさそうですねー」
セブンが相変わらずの能天気声でそんな事を言う。
「黙りなさいセブン。地道に情報を集めていればきっと道は開けるはずです」
急がば回れということわざもある。
あせりは禁物なのだ。
「はぁ。いっそのことアルクェイドさんに聞けば何かわかるんじゃないですかね?」
「……」
確かにアルクェイドならば何か知っているかもしれない。
悔しいけれど真祖の持つ膨大な情報は、教会にとっても非常に有益なものなのである。
「それは……無理でしょう」
問題は、わたしがアルクェイドに頼んで教えてくれるかどうかということであって。
「はぁ……」
アルクェイドは遠野君の言うことなら素直に聞くんでしょうけど。
「……」
会いたいなあ、遠野君。
今頃何をしているんでしょう。
「あれ? シエル先輩じゃないか」
「え」
顔をあげる。
そこにはまぎれもない、遠野君の顔が。
「あ、え、ええと、その、き、奇遇ですねっ」
わたしは慌ててアンケートを隠した。
「ああ。うん。ちょっと夜の散歩中なんだ。先輩は?」
「ええっ。わたしも散歩なんです」
「マスター、仕事中じゃないんですか?」
うるさいですねっ! 黙ってなさいっ!
「はうあっ!」
わたしとセブンはテレパシーみたいなもので通じているのでしゃべらなくても意思疎通は成立する。
セブンは普通の人に見えないし、声も聞こえないけれどわたしの思考に割り込まれると邪魔なので怒鳴っておいた。
「そうなんだ。ほんとに奇遇だなあ」
にこりと笑う遠野君。
その笑顔はとても素敵です。
「あ……あれ? マスター、ちょっと……」
黙ってなさいと言ってるでしょうが。埋めますよ。
「えぐ、あれは辛いです。カンベンシテクダサイ」
まったく一々うるさいんですからセブンは。
「奇遇ついでだ。ちょっと二人でぶらつかないか?」
「え? な、なんですと?」
「いや、だから二人でちょっと歩かない?」
あの史上最強の朴念仁が。
遠野君がわたしを誘ってくれてる?
「え、ええっ! 喜んでそりゃあもう!」
「えー、いいんですか? マスター。だって……」
だから埋めますよ。その上ににんじんもセットで埋めてあげましょうか?
「うわー。そんな鬼畜行為を。聖職者のやることじゃないですよー」
セブンはえぐえぐと泣いていた。
もうこんなセブンは無視です。無視。
「じゃ、行こうか先輩」
「はいっ。喜んでっ」
仕事も大切ですけれど、息抜きも必要ですからね。
わたしは遠野君と二人で歩いていきました。
「夜でも結構人が歩いてるもんだなあ」
「ええ、そうですね……」
しかしそれでも人気は大分減っている。
以前はもっと活気があったのに、みんな早足で家へ駆けていく感じだ。
まるで外は危険だ、と言わんばかりに。
「お。なんか面白い店があるぞ」
「え? どれですか?」
まあ今はそんなことを考えている場合じゃないですね。
なんといっても遠野君とまあ、デートみたいなものなんですから。
「南国デザート祭りですか……」
どうやらそのお店では南国のデザートが食べられるらしい。
独特な形のココナッツがたくさん積まれている。
「そこの彼氏彼女、ひんやり冷えたヤシの実の果汁だ。どうだい?」
「ええっ? 彼女ですって? い、いやですねえ、オジサンったら」
なんていいおじさんでしょう。もっと言っちゃってください。
「いくらなんですか?」
「800円」
「う」
高いです。
ただの果汁にそこまでのお金を出すだなんて。
「ちょっと……その、高いんじゃ」
「あのねー。ナチュラル・ピュア100%テイストなのヨン。シンガポール直輸入のヤシの実にガンと穴をあける」
硬そうなココナッツはあっさりと切断された。
「するとアーラビックリ! こんなにきれいな果汁がタップンタップンなんだよぉ〜〜んトロピカルゥ!」
う……見るからに美味しそうです。
「とっても甘むぁ〜〜くてしかもさわやかぁ〜〜。果肉も美味しいよ、スプーンでどうぞ」
ああ、ダメです。この誘惑には勝てそうもありません。
「か、買ってみましょうか。二つください」
「へい、どーも」
「遠野君。いいですよね?」
「ああ……うん」
財布を取り出す遠野君。
「いただきっ!」
「あっ……?」
刹那、背後から現れた怪しげな男に遠野君の財布は取られてしまった。
「ちょ……待ちなさいっ!」
「……」
ヌル……
「?」
なんでしょう。今足元を何かヌメッとしたものが通ったような。
「うわっ!」
バタンッ。
因果応報なのか、ドロボウは数メートルの場所で転んでいた。
「……」
そこへ駆けていく遠野君。
「あ。ちょっとっ!」
わたしも慌てて後を追う。
そして。
遠野君はドロボウを前にして人の変わったような表情で、こう言った。
「てめー。おれの財布を盗めると思ったのかッ! このビチグソがァ〜〜っ!」
続く