「志貴。こちらへ向かいましょう」
「え?」

遠野家へと駆けて行く途中、シオンが港のほうを向いてそんな事を言った。

「だってシオン。そっちは港だぜ? 家が全然遠くなっちまう」
「……タタリの気配がするんです」
「む……」
「もしかしたら真祖か代行者が戦っているのかもしれない」
「アルクェイドが……」

代行者っていう人のほうはわからないけれど、出来ればアルクェイドも早く見つけておきたいところなのだ。

「わかった……行こう」
「すいません、志貴」

方向転換し、港へと向かう。
 
 








「徐々に奇妙な冒険」
その14
代行者と錬金術師






「うわっ……」

港につくと、地面はなんだかやたらヌルヌルしていた。

「シオン、気をつけろよ」
「え? なんですか?」

シオンは駆けながら振り返る。

「あ、ばか、そんなことしたら……」
「……え、きゃあっ!」

思いっきりバランスを崩して転んでしまった。

「ご、ごめん。気をつけてって言おうとしたんだけど、余計なことだった」
「だ……大丈夫です」

シオンは少し顔を赤らめながら立ち上がる。

それにしてもひっくり返るときにまたパンツが見えてしまった。

うーむ、やはり縞パンというものはいいものだ。

「何を考えてやがるんですか、志貴」
「う」

思いっきり不機嫌な顔をしているシオン。

「も、もしかしてエーテライト、まだ外してない?」

こくり。

「……うわぁ」

すると今の下心全快な心の呟きを聞かれてしまったってことか。

「い、いや、今のはなんていうか、つい」
「いいんですよ。どうせ男性なんて性欲のカタマリなんですから」

うう、シオンが汚いものを見るような目で俺を見ている。

「まったく貴方って人は……」

続けて何かを言いかけたその時。

ざばあっと大きな波しぶきがシオンの真後ろに見えた。

「危ない、シオンっ!」

咄嗟にシオンを引き寄せる。

「ちょ、ちょっと志貴っ!」
「……」

そのまま体の位置を変え、シオンが濡れないように庇う。

びちゃびちゃとしぶきが俺の背中にあたってきた。

「うわあ、ひゃっこい……」

背中がぞくぞくする感じだ。

「し、志貴、だ、大丈夫ですから。その、もう少し離れて……」
「あ、うん、ごめん」

シオンを離す。

「……」

シオンは驚いたせいか、顔を真っ赤にしていた。

「驚かせちゃったかな、ごめん。反射的な行動ってやつで」
「い、いえ、別に……気にしていません」

しかしシオンは俺と目線を合わせてくれない。

うーん、怒らせちゃったかなあ。

「ごほっ……げほっ……」
「ん?」

後ろから誰かの咳き込む声が聞こえた。

慌てて振り返る。

「シ、シエル先輩?」
「え……あ……とおの、くん?」

先輩の体はずぶぬれだった。

まるでついさっきまで水に漬かっていたかのように。

「あ、もしかして今のしぶきは先輩があがってきたからなのか……」
「え、あ、はい。多分、そうです」
「……」
「……」

なんとなく身構えてしまう。

目の前にいる人は本当にシエル先輩なんだろうか?

またタタリの化けた偽者なんじゃないだろうかと疑ってしまう。

「先輩……本当にシエル先輩だよね?」
「遠野君……本当に遠野君ですよね?」
「え?」
「え?」

二人して顔を見合わせてしまう。

「も、もしかして先輩も俺の偽者とかに出会ったりしたの?」
「は、はい。黄の節制のスタンド使いと名乗る男と戦いました」
「……よりにもよってあれかよ」

俺は頭が痛くなった。

「そいつさ。レロレロレロレロとかどぉ〜うしたんだいせんぱぁいとか言ってなかった?」
「ど、どうして知ってるんですかっ?」
「……やってたのか」

偽者作るんだったらもっとマシなのにしてくれたっていいのに。

涙が出てきそうである。

「ええと……そいつ、正体はタタリってやつだったでしょ」
「な、なんでそこまで……貴方本当に遠野君なんでしょうね」
「う」

いかん、先輩に不信を抱かせてしまったようだ。

「い、いや。錬金術師の人に偶然会ってさ。その人に協力してるんだよ。それで詳しい話を知ってるんだ」
「……錬金術師?」
「ああ」

俺は少し体を移動して、先輩からシオンが見えるようにした。

「……あなたまさか、シオン・エルトナム・アトラシア……ですか?」
「察しがいいですね……代行者」

シオンは敵を見るような目で先輩を見ていた。

「だ、代行者って先輩の事だったんだ……。はは。先輩とシオンって知り合いなの?」

それに気づかないふりをしてわざと明るく振舞ってみる。

「いえ。わたしは名前と容姿を知っているだけですが……教会の手配書に名前があった人物です」
「そうか、手配書……ってそれじゃまるで」
「ええ。シオン・エルトナム・アトラシアはアトラスの錬金術の秘伝を洩らしたとして追われている人物です」
「……シオン」

そんな、シオンは悪人だったっていうのか?

「志貴……わたしは確かに戒律を犯した。しかしそれはタタリを倒すため必要なことだったんです。信じてください」
「遠野君」

先輩がぎらりと目を光らせている。

「いや……俺はシオンを信じる。シオンは俺を助けてくれたし、悪い事する子だとは思えない」
「し、志貴……」
「はぁ……」

途端に先輩は気の抜けた顔になってしまった。

「そのどうしようもないくらいの人の良さ。間違いなく遠野君ですね」
「あはは。先輩もそのため息のつき方は間違いないや」
「それ、どういう人の認識の仕方ですか?」

ますますもって気の抜けた顔をするシエル先輩。

「いや、ごめんごめん。それより大変なんだ。秋葉たちがタタリに狙われるかもしれない」
「え?」
「タタリは力の強いモノを狙いますから。遠野秋葉にも略奪という力があるでしょう」
「……そう、ですね。あいつは力を求めているようでしたし……」
「連絡したけど反応もなかったんだ。だから……」
「そこまで聞いたら協力せざるを得ません。そもそもあいつは二十七祖ですから倒すべき敵なんです」
「に、二十七祖?」

前に聞いたことあるけど、それって最強クラスの吸血鬼のことだよな?

「そ、そんなとんでもないやつだったんだ……やることはせこいのに」
「せこくないですよ。あいつは気持ち悪いけど強力でした。何者なんでしょう」
「いや、それが『ジョジョの奇妙な冒険』って漫画の……」

俺は大雑把に事情を説明した。

「……つまり、遠野君の思い描いたジョジョの奇妙な冒険の恐怖のイメージをタタリが具現化していると?」
「うん、多分……」

言ってて自信がないけど、そうなんだろう。

「漫画のキャラクターは厄介ですね……なんでもアリな世界ですから」
「ああ。けど、同時に弱点もわかるから、その点では有利なのかもしれない」
「……そうですね。この戦い、良くも悪くも遠野君が握っているようです」
「うー……」

そんな事を言われてしまうとプレッシャーである。

「急ぎましょう代行者、志貴。こんなところで長く話をしている場合ではないです」
「そ、そうだな。うん」
「シオンさん、わたしはまだあなたを信用したわけではありませんから、そこをちゃんと覚えていてくださいね」
「……」
「……」
「ちょ、ちょっと二人とも……」

二人でいがみ合ってたらそれこそ時間の浪費じゃないか。
 

ボオオオオオオオオッ!

「なっ……」
「うっ……?」

そのぶつかり合いを中断させるように船の汽笛が鳴り響いた。

「ほっ……」

胸を撫で下ろす。

「……ちょっと待て」

汽笛だって?

さっきまで港には船なんかなかったのに?

「まさか……」

海上に目を移す。

「な、なんですかこれは……」

そこには巨大な貨物船が浮かんでいた。

「これは……『力(ストレングス)』の船……」
「ウキャ、ウキャキャキャキャ……」

船の側面からオランウータンが顔を出してきた。

「間違いない……これはストレングスだっ!」
「新手のスタンド使いですかっ」

シオンが構える。

くそ、よりにもよってこんな時に。

「よぉ〜〜こそよぉ〜〜こそクックック。我らが独壇場である海へ」

甲板から声が聞こえる。

「なっ……今のセリフ……暗青の月(ダークブルームーン)かっ!」
「シブイねェ……。セリフだけで判断出来るなんて、まったくおたくシブイぜ。その通り!」

甲板から男が飛び降り、それを半漁人のようなスタンドが支えていた。

「水のトラブル! 嘘と裏切り! 未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカードその名は『暗青の月』!」
「なんてこった……スタンド使いが一度に二人も……」

しかもどちらも水の近くなら最大限に力を発揮するスタンドである。

タタリは俺たちがこの場所にいる事をいいことにこいつらを具現化したんだろう。

「くそっ……こいつらを倒さなきゃ家には……」

いやがおうにも気持ちがあせる。

「琥珀さん……秋葉……翡翠……無事でいてくれよっ」
 

俺はメガネを外し、一刻も早くこいつらを倒すべく突進するのであった。
 
 

続く



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