わたしはジョジョ第三部を最終巻を読み終わり、実に感無量でした。
「読み終わったの? 琥珀」
「ええ。読み応えありましたよ〜。最終話付近の戦闘なんてもうすごすぎです」
「ネタ晴らしは禁止だからね。翡翠だってまだ読んでいるんだし」
「ええ。わかっています」
うう、この感動を早く語り合いたいのに。
志貴さん早く帰ってきてくれないですかねえ。
「徐々に奇妙な冒険」
その15
皇帝と吊られた男 その1
「……」
翡翠ちゃんは黙々と本を読んでいる。
「ちなみに翡翠ちゃんは今どこを……ってそれ、すっごい最初の巻じゃない?」
一緒に読んでいたからだいぶ進んでいるはずだったのに。
「いえ、この辺りは姉さんが読んでいたので読めなかったんです」
「あ。じゃあ飛ばして読んでたんだ。ごめんね」
「お気になさらず」
翡翠ちゃんはやっぱり優しいです。
「琥珀。この次の巻は?」
「あ、えーと……多分これですね」
秋葉さまの読んでいるのはエジプト七栄神の終盤あたり。
もうそろそろDIOの館ですね。
「頑張って読んでくださいねー。読み終わったら語り合いましょう」
「わかってるわよ、ふふ」
秋葉さまは再び本に見入りだしました。
「はー」
翡翠ちゃんも秋葉さまも本に夢中。
「わたしもちょっと読み返しちゃいましょうかねー」
適当に近くにあった本を取った。
「皇帝と吊られた男、か……」
ポルナレフさんの敵、J・ガイルとの戦いの話です。
「鏡を高速で移動するっていったって、軌道さえ見切れちゃえば楽勝でしたもんねー。ホルホースさんも実はあんまり活躍してないですし」
「うるさいわよ、琥珀」
「ううー……」
ああ、早く帰ってきてください、志貴さん。
「琥珀、暇なら湯の用意をしておいて。そろそろ入浴もしたいから」
「あ。はい。そうですね」
そういえばもうそんな時間でした。
「ではちょっと行ってまいりますー」
わたしは秋葉さまの部屋を後にして、浴室へと向かいます。
「はい。準備完了です」
湯の準備といってもほとんど全自動だからスイッチひとつで事足りちゃうんですよね。
まあ、こういうシステムがなきゃこのバカみたいに広い遠野家を翡翠ちゃんとわたしだけで管理するのは無理って話でして。
「んー」
籠に秋葉さまの着替えを入れておく。
一番風呂は当主の特権ですからねー。
「……む」
顔を上げると目の前に鏡が。
「き……気のせいか……今窓の下になにか異様なものがいたような気がしましたが……ですね」
もちろん鏡の中には何もいない。
当たり前ですね、あれは漫画の話なんですから。
「フンフンフフーン」
とりあえず手を洗ってみたり。
「フフフ」
「?」
何か今、低い笑い声が聞こえたような。
ガチャリ。
扉の開いた音。
「え……」
振り返って見るけど誰もいない。
「……え、えええええっ!」
そして信じられないことに、鏡に視線を戻すとそこに包帯まみれの男のシルエットがあった。
「こ、これはっ……鏡の中だけに見えるって……ちょっとちょっとちょっと待ってくださいよっ」
それは間違いなく、吊られた男、ハングドマン。
「うわぁっ……」
ハングドマンはわたしへ向けて手のナイフで突いてきました。
「じょ、冗談じゃないですよっ」
わたしは傍にあったドライアーを拾い、鏡へ投げつけた。
ガシャアン!
鏡は粉々に砕け散る。
「……い、今のは幻でしょうか、目の錯覚でしょうか……」
いけませんね、疲れてるんでしょうか、わたし。
「……一気に本を読みすぎたせいですね、きっと」
そういう風に結論づけてわたしは脱衣場を後にしました。
てく、てくてく。
「……」
数歩進むたびに後ろを確認してしまう。
もしかしてさっきのハングドマンがわたしを追ってきているんじゃないかと。
「だから、あれは気のせい、目の錯覚……」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「ん?」
そうして前を見ると目の前に何か光るものが。
「なんでしょうね……これ」
屈んで拾ってみる。
「なんだ、五十円玉か……」
屈んだままため息をついて。
バキュゥン!
「……はい?」
風がわたしの頭の上を通過した。
「……」
立ち上がって横を見ると、壁に何か固形のモノ、いやもっといえば弾丸が当たったような後があった。
「あ、あはっ。こ、これは何の冗談でしょうね?」
何故に弾丸がわたしへ向けて?
「……」
壁に開いた穴をじっと見つめる。
「はっ!」
慌ててまたかがみこむ。
キィイン!
またわたしの頭の上を風が通過した。
「ま、マジですか……?」
ガラスを見ると弾丸の通過した後が二箇所。
つまり最初に飛んできたやつと、今壁のやつが戻ったやつだ。
「え、えええ、皇帝(エンペラー)……」
これはもう、弾丸を操作するスタンド皇帝の能力に違いありません。
「フッフフフッフ……」
そして割れたガラスに見えるのは……吊られた男。
「あわ、あわわわわわ……」
もう間違いありません。
なんだかわからないけど皇帝と吊られた男がわたしを狙っています。
わたしはとりあえずハングドマンから逃れるべく、カーテンを全部閉じた。
「ああ、秋葉さまぁっ! 大変っ! 大変ですよっ!」
それから大慌てで秋葉さまの部屋へ向かいます。
「何よ、どうしたの琥珀」
読書の邪魔をされて秋葉さまはゴキゲンナナメのようです。
「た、大変なんです。大変なんですっ。皇帝と吊られた男がっ……」
「……何を訳のわからないことを。漫画と現実をごっちゃにされては困るわね」
「で、でも本当なんですよっ。わたしを狙ってきて……」
「はいはい。大変ね、琥珀」
秋葉さまはまったくもって取り合ってくれません。
「翡翠ちゃ〜ん。翡翠ちゃんは信じてくれるよね?」
「え? あ、はい……何でしょうか?」
あう、翡翠ちゃんってば本に熱中しすぎ。
「このままじゃ遠野家メンバーが全滅しちゃいますよっ。早急に対策を練らなきゃ……」
「うるさいわよ琥珀。わたしの能力で灰にしてあげましょうか?」
秋葉さまの髪の色が赤く変わっていきます。
「うわー。敵は陣中にありってやつですかっ?」
わたしは慌てて秋葉さまの部屋から出ました。
「うう、誰も味方がいない」
一階まで降りてきたわたしは悲しみに暮れています。。
何故日ごろ清く正しい生活をしているわたしにこんな仕打ちを与えるのでしょう。
世の中はとても理不尽です。
「銃は剣よりも強し。ンッンー。名言だな、これは」
「……」
顔を上げるとカウボーイ姿のお兄さんが目の前にいた。
「なんですか? てめーわ」
正体はわかってるけど一応聞いておきます。
「ホル・ホース。おれの名前だぜ。『皇帝』のカードを暗示するスタンド使いってわけよォ」
「さいですか……わたしたちを始末してこいとDIOに金で雇われたんですねえ」
「言う必要のねーことだぜ。このホル・ホースがあんさんを始末するからな」
「……ふ、ふふふ」
わたしは可笑しくなってつい笑ってしまいました。
ホル・ホースさんってば、実にいい場所に出てきてくれるんですもん。
「貴方の言いたい事はわかります。軍人将棋ですよね? 戦車は兵隊より強い。戦車は地雷に弱い……まあ戦いの鉄則ってやつです」
「ヒヒヒ。わかってるじゃねえか。このおれのスタンドは拳銃(ハジキ)だ。拳銃に剣では勝てない」
「あはっ。おハジキですか?」
「イヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「あはっ、あはははは……」
「てめーっ、ブッ殺すっ!」
「やってみてくださいな……この琥珀、ただではやられませんよ? 戦車は兵隊より強い……戦車は地雷に弱い。しかし最も重要なのは……」
遠野家にはさまざまな仕掛けがある。
それこそ秋葉さまが全く知らない仕掛けが大量に。
わたしは階段の傍にあるボタンを押した。
ガコンッ!
「なにィ!」
ホル・ホースさんの足元に大きな穴が開きます。
「残念でしたね……そこにはちょうど落とし穴があったんですよ」
本当にいい場所に出現してくれたものだ。
さすがは後半お笑い担当になってしまったホル・ホースさん。
おいしいところを持っていってくれている。
「ば、ばかなッ! うわああああっ!」
穴の底へと声が遠ざかっていきます。
「遠野家地下帝国に一人ご招待、と」
これでとりあえず時間稼ぎはできそうですね。
「軍人将棋……勝つために重要なのはそれを動かす存在、軍師なんですよ」
わたしはもう聞こえないでしょうけど、彼にそう教えてあげるのでした。
続く