「ば、ばかなッ! うわああああっ!」

穴の底へと声が遠ざかっていきます。

「遠野家地下帝国に一人ご招待、と」

これでとりあえず時間稼ぎはできそうですね。
 

「軍人将棋……勝つために重要なのはそれを動かす存在、軍師なんですよ」
 

わたしはもう聞こえないでしょうけど、彼にそう教えてあげるのでした。
 
 




「徐々に奇妙な冒険」
その16
皇帝と吊られた男 その2






「さて……これでホル・ホースさんはしばらくなんとかなるとして」

階段の手すりを見ると、一部分がきらりと光っています。

「そこにいるんですね……J・ガイルさん」
「フフフ。気づいたか。ずいぶんと冷静になったようだなぁ、女」
「あはっ。よく考えたら遠野家なんて元々奇妙な人の集まりなんです。いまさら驚いていられません」

さすがに最初は驚いたけど、今はそれほどでもなかった。

わたしはもっと厄介な人たちを知っているんですからねっ。

「フ……だがそれでどうするっつーんだ?」
「甘いですね。 わたしは貴方の弱点も正体も全部知ってます。光のスタンドで、移動する間は無防備だということを」
「ほうほう。それで?」
「そ、それでって……つまり、わたしはその移動する間に攻撃をすればいいわけで」
「攻撃ねえ……どう攻撃するっていうんだい?」
「え」

しまった。

わたしには秋葉さまやスタンド使いの人たちと違ってスタンドに対する攻撃方法は全くないのです。

つまり、どこかにいる本体を探して倒す以外道はないと。

「あ、あはっ。わたし急用を思い出しちゃいました。じゃあそういうことで」

わたしはくるりと踵を返しました。

「逃がさねえぜ、イヒヒヒヒヒ……」
「う、うわっ?」

そこにはさっき落下していったはずのホル・ホースさんが。

「どどど、どうしてここに?」
「甘いなぁ〜。あんさん。俺ぁこれでもコロシのプロだ。あんな仕掛けに引っかかるほどやわじゃねえぜ」
「オマエも芸が細かいな。ホル・ホース……一度倒したと思わせておいて挟み撃ちにするとはな」
「イヒヒヒヒ。じゃ、美人だから勿体ねえけど……さっさと始末しますかい、旦那」
「あ、あわ、わ……」
「甘く見たな。やはりてめーの負けだ」

ドォォンン!

わたしに向けてホル・ホースさんの弾丸が放たれる。

ああ、もう駄目だ。

わたしの短い人生はここで終わりを告げてしまうんだろう。

思えばいいことなんか何にもなかったなあ。

「琥珀っ!」
「えっ?」

突如現れた人影にわたしは突き飛ばされた。

「あ、秋葉さま……?」
「遅いから何をしているのかと見にきたら……何よこれは。夢じゃ……ないみたいだし」
「わ、わたしを心配してくれたんですか?」
「文句を言いに来ただけよ。勘違いしないで」
「おや、とんだところで邪魔が入ったが……」
「……どきなさい琥珀。弾丸が帰ってくるわ」
「は、はい」

さすがは血気盛んな秋葉さま。

登場していきなり戦闘モードです。

ですが。

「全て奪いつくしてさしあげます……赤主・檻髪っ!」

まずいです。この展開はとても。

「……っ」

わたしは慌ててハングドマンの姿を探しました。

「っ!」

いた。

秋葉さまの背後、テラスの真下の銀細工に。

「秋葉さまっ!」

わたしにしたように秋葉さまを突き飛ばす。

「な、何をするのよ琥珀っ!」
「バカなことしないでくださいっ。今の展開じゃ秋葉さまはアブドゥルさんと同じ末路をたどるところだったんですよっ!」
「なっ……?」
「チッ……こいつぁしくったな」

ホル・ホースさんは舌打ちをしています。

「秋葉さまの能力はこの人たちにも通じるはず。一番厄介な能力だから、真っ先に消しにかかるはずですっ」
「……なっ……そ、それじゃあどうすればいいのよ琥珀っ?」
「ここは一時引きましょう。勝てる見込みが見えないうちは戦わないのが吉ですっ。翡翠ちゃんも心配ですし」
「カモォ〜ン。ナイチチちゃ〜ん」
「ぬわああんですってええ!」

うわあ、よりにもよって最大の禁句をっ!

「秋葉さま、逃げるんです!」
「お、抑えろというの……この屈辱をっ!」
「クク……琥珀……とか……言ったな」
「っ!」

振り返ると窓にハングドマンの姿がありました。

「……何ですか」
「遠野秋葉のおかげでおまえは助かった……クク、よかったなぁ〜。お嬢さんに借りができたってことかなぁ〜」
「な、何が言いたいんです?」

そのセリフはポルナレフさんへの挑発の言葉です。

それがわたしに何の意味を?

「けどなあ、すぐに二人で死んじまったほうが楽だと思うぜえ〜? お前たちも死んで……すぐに面会できるじゃないか」
「なっ……?」

嫌な予感がよぎりました。

「おまえの妹はカワイかったなぁ琥珀……妹にあの世で再会したのなら聞かせてもらうといい……どーやってオレに殺してもらったかをなああああ〜」

それを聞いた瞬間、何かが切れた。

「……うわあああああああっ!」

石膏像を取り全力で鏡に叩きつける。

「クク……おまえの攻撃では我が『吊られた男』は倒せない……おれは鏡の中にいる……おまえは鏡の中には入れない……ククク、くやしいかぁ〜くやしいだろーなぁ〜」
「許さない……絶対に……許さないっ!」
「ちょ……琥珀っ! 落ち着きなさい!」
「おい、ホル・ホース。撃て……このアホをとどめるとしよう」
「アイ! アイ! サー」
「……っ!」
 

次の瞬間、わたしの体は宙を舞っていた。
 

「いいかげんにしなさい琥珀っ! 落ち着けと最初に言ったのは貴方でしょうっ?」
「……あ、秋葉さま……」

どうやらわたしは秋葉さまに殴られたらしい。

「翡翠は今までわたしとずっと一緒にいたわ。こいつらの姿なんか見ていない。殺されたなんてあり得ないこと。いい?」
「い、生きてる? 翡翠ちゃんは生きてるんですね?」
「ええ。だからわたしたちも逃げるのよ。……生きるために」
「は、はいっ!」

なんだか立場が逆転してしまいました。

「逃がすかよっ」
「煙幕っ!」
「ぬっ……」

いざというときの切り札として懐に入れておいた煙幕を爆発させます。

「こっちよ、琥珀」
「は、はいっ」

二人して二階へと駆け上がっていく。
 

「すいません、もう冷静になりました。ごめんなさい。あんなやつの口車に乗ったりして」

駆けながらわたしは秋葉さまに話しかけました。

「しょうがないでしょう。あんな非現実的な連中がいきなり出てきたんですもの。あなただって動揺くらいするでしょ」
「あ、あは……すいません」
「謝る事はないわよ。わたしこそ貴方の言葉を信じなくて悪かったわ」
「秋葉さま……」
「けど、覚悟はいいわね琥珀。兄さんがいない今、戦えるのは私たちだけです」
「はい。わかっています」
「今度やつらが襲ってきたら……私たち二人で」
「倒してみせますっ!」
「OK」

ぱしいっと手を叩きあいます。

「けど、次のハングドマンの攻撃方法は……まずいかもしれないわ」

秋葉さまは不安げな表情を浮かべていました。

「何故です?」
「ハングドマンは車でポルナレフたちを追って、その後どうしたか知ってるでしょう?」
「どうしたって……子供の目に……はっ!」

無力な人間を盾に取るのがハングドマンのやり方。

だとしたらこの屋敷で今もっとも無力なのは。

「秋葉さま……姉さん?」
「……翡翠ちゃん」

翡翠ちゃんが無事でよかった。

けれどそれよりも今は不安のほうが大きかった。

秋葉さまがじっと翡翠ちゃんの目を見つめます。

「なんて……こと」
「……」

翡翠ちゃんの目の中には、あざ笑うかのように吊られた男の姿があったのである。
 

続く



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