「秋葉さま……姉さん?」
「……翡翠ちゃん」

翡翠ちゃんが無事でよかった。

けれどそれよりも今は不安のほうが大きかった。

秋葉さまがじっと翡翠ちゃんの目を見つめる。

「なんて……こと」
「……」
「ど、どうしました? 秋葉さま」

翡翠ちゃんの目の中には、あざ笑うかのように吊られた男の姿があったのである。
 
 




「徐々に奇妙な冒険」
その17
皇帝と吊られた男 その3












「だ、駄目っ。翡翠、こっちを見ないでっ!」
「しかし秋葉さま、血が出ていますが……」
「い、いいのよっ。こんなものなめておけば治るわっ」
「ですが……」
「ククク。どうするね? まさか……このカワイイ妹の目を潰すとでもいうのかね?」
「ぐううっ……」

秋葉さまの首筋にハングドマンの手が伸びました。

「ど、どうすれば……」

翡翠ちゃんの目に砂か何かをかければわたしの目のほうへ移動させることは出来ます。

けれど、わたしにハングドマンを攻撃する手段はないのです。

移動させたからとて状況はよくならない。

一体どうしたら。

「ああ、せめてポルナレフさんか志貴さんがいてくれれば……」

そうしたらこんなやつすぐに倒してくれるのに。

「……ふ、ふふふ」

すると秋葉さまが突然笑い出しました。

「翡翠。この場合、そういうセリフを言うものではないわ」
「え……?」

秋葉さまの目は輝きに満ちています。

それはまるで勝利を確信したかのように。

「我が名は遠野秋葉。遠野の党首としての誇りのために。我が友、翡翠と琥珀のために」

さらりと髪を掻き揚げる秋葉さま。

「この私が貴方を絶望の淵へとぶちこんであげるわ。J・ガイル。……こう言って決めるのよ」

秋葉さまの檻髪が細かい粒状に別れ、翡翠ちゃんの目に飛んでいきました。

「えっ……きゃあっ!」

慌てた翡翠ちゃんは目を閉じる。

「ふふふ……これでいいわ」

ハングドマンは秋葉さまの瞳へと移動していた。

「フン……これがどうしたというんだ?」

しかし原作と違ってハングドマンはまったくの無傷。

「秋葉さま、この後どうするんです……?」
「いい? 琥珀。わたしたちはアブドゥルやポルナレフではないんだから、私たちの持ち味を生かすべきなの」
「持ち味?」
「ええ。翡翠。琥珀、ちょっと離れてなさい」
「は、はい。……翡翠ちゃん、こっちに来てね」
「あ。え、はい」

状況をまだ理解していなそうな翡翠ちゃんを連れてわたしは秋葉さまから離れました。

「我が能力は檻髪……視界内に入っている対象の力を略奪する……」
「あ……」

秋葉さまのやりたいことがなんとなくわかった。

「ハングドマン。わたしの目の中に入ったはいいけど……見えているんですよ、その姿。だから……」
「ぬ……ぐおっ……?」

秋葉さまの目の辺りに赤いイメージが収縮していきます。

まるでそれはDIOの肉の芽のようです。

「全て……奪いつくしてさしあげますっ!」
「ギャアアアアアアアッ!」

外から叫び声が聞こえました。

「ふん……本体はあそこにいるのね……けど本体を追う必要もない……」

秋葉さまの能力は屋敷全体を覆うくらい広範囲を覆う能力なんです。

どの方向にいるか、さえわかれば。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

今度はそれこそ断末魔の叫び声が聞こえた。

「スタンド使いよりも遠野の血筋のほうが力は上のようね、どうやら」

くるりとわたしを見る秋葉さま。

目の中にもうハングドマンの姿はありませんでした。

「さ、さすがは秋葉さまですねー」

つまり本体であるJ・ガイルは再起不能になってしまったということです。

味方ながらなんて恐ろしい能力なんでしょう。

これでわたしが感応したら、もっとタチが悪くなるんですからもう。

「あの、姉さん。本当に何があったのですか……?」
「あっ。ううん。なんでもないんだ。わたしたちでジョジョごっこして遊んでただけなのっ」

これ以上翡翠ちゃんを巻き込むわけにはいきません。

わたしは咄嗟にそんな嘘をつきました。

「そう……なんですか?」
「そ、そうなのよ。ええ。だから気にしないで翡翠」
「はぁ……」

翡翠ちゃんは首を傾げています。

そりゃまあ当然ですよね。わたしだって結局のところ何にもわかってないようなものなんですから。

「そんなわけで、部屋に戻ってまたジョジョでも……」
「待ちな」

振り返ると見覚えのある人の姿が。

「また厄介な人が……」

それは皇帝のスタンド使い、ホル・ホースさんです。

「あ、あれは?」
「え、ええと、ただのコスプレ好きの人なんだ。気にしなくていいよっ?」
「追って来たぜ」

クルクルクルと器用に皇帝を回しているホル・ホースさん。

「J・ガイルならもういませんよ。私の檻髪で倒しましたから」
「おいおいおいおい……デマ言うんじゃねえぜ。このオレにハッタリは通じねーよ」
「……」
「てめーらにやつの恐ろしい『鏡のスタンド』が倒せるわけねーだろがッ!」
「多分、庭にJ・ガイルが倒れているはずですが……見てみます? 干からびていると思いますが」
「……」

そう秋葉さまが言うと、ホル・ホースさんはくるりと向きを反転させました。

「よし見てこよう!」
「あっ……秋葉さまっ。逃げちゃいますよ?」
「放っておきなさい。どうせこの後ボインゴと組むんでしょうけど大した被害にはならないでしょうから」
「で、でも……」

トラックに轢かれるのはわたし勘弁なんですが。

「なにっ!」

バキイッ!

「え?」

爽快な音を立ててホル・ホースさんが戻ってきました。

「やれやれ……間に合ったみたいだな」
「ああっ……志貴さんっ! シエルさんっ……と」

もう一人見知らぬ女性の姿が。

まったくもう、志貴さんってば相変わらず女の子を引きつけちゃうんですねえ。

「に……兄さんっ」

志貴さんの姿を見て顔をほころばせる秋葉さま。

「秋葉、琥珀さん。詳しい話は後にするけど、こいつらは厄介な代物なんだ。さっさと倒しちまうに限る」
「そういうことです……わたしが判決を言いましょう」

シエルさんがホル・ホースさんに向けて武器を向けます。

「死刑!」
「だ、駄目ですっ!」
「なっ……?」

なんと翡翠ちゃんが飛び出しシエル先輩に飛びつきました。

「な、ひ、翡翠?」
「よく事情はわかりませんが……よってたかってコスプレ好きなただの人をいじめるなんて、いけません!」
「そ、それは違うのっ。コスプレっていうのは冗談で……し、志貴さんっ」
「……もう遅い」

ガチャアンっ!

ガラスの割れる音。

ホル・ホースさんは下へと飛び降りてしまったようでした。

「逃げられたか……どうする? シオン」

志貴さんが見知らぬ女性に話かけています。

「そうですね……あれはこの後わたしたちを狙ってきますか?」
「来る……けど。だいぶ先の話なんだよな……」
「ならいいでしょう。放置します。本編に出番がない存在をタタリは具現化出来ませんから」
「そうなのか」
「あ、あのー。事情がさっぱりわからないんですがー」

一体何がどうなってるんでしょうか。

「はぁ……」
「……っ」
「ん?」

見ると翡翠ちゃんが腕を押さえています。

「あーっ。翡翠ちゃん。駄目だよ。血が出てるじゃない」
「え? あ、ほんと……ですね」

シエルさんに掴みかかったときにどこかで切ってしまったんでしょう。

「拭いてあげるね」

わたしはハンカチを取り出して翡翠ちゃんの傷を拭ってあげます。

ちょっと血が跳ねてきましたけど、翡翠ちゃんの血だから平気です。

「……志貴。遠野秋葉たちにも事情を話しておくべきだと思うんですが」
「そうだな。うん。……こうなっちまった以上、話さないと訳がわからないだろうし」
「広い部屋に移動しましょう遠野君。そこで説明を」
「じゃ、みんな。ちょっとリビングに来てくれ」
「あ、はい。今行きますよー」

みんなと一緒にリビングへ向かいます。

「あら、琥珀。貴方ここ怪我してるじゃない」
「え?」

そういえばあんまりにも慌てて走ったりしたので服の袖がめくれっぱなしでした。

そして一部分が赤く腫れています。

うう、バイキンでも入っちゃったんでしょうかね。

「ま、まあ大丈夫ですよきっと。すぐに治りますって」
「ならいいけどね」

とにかく今は状況を理解することが肝心です。

こんな傷の手当は後回しですね。

「……くす」
「え?」

後ろから誰かの笑い声が聞こえた気がしました。

振り返ってみましたがそこには翡翠ちゃんしかいません。

「い、今のまさか翡翠ちゃん?」
「? 何の事です? わたしは知りませんが……」
「そ、そう」

まああんな人を小バカにした笑いを翡翠ちゃんがするはずないですもんね。

「……」

じゃあ、今の笑い声は一体。

「姉さん。早く行きましょう」
「え、あ、うん」
 

どこか引っかかりつつもわたしはリビングへと向かうのでした。
 

続く



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