まあ、今更かもしれないが、秋葉のはまってしまったマンガの名は、荒木飛呂彦氏の書いている「ジョジョの奇妙な冒険」なのである。
今回有彦に借りてきてあったのは第一部全巻だったので、次は第二部となる。
「波紋がさらに強くなるからな。楽しみにしてろよ」
「はい。お待ちしています」
そうして俺は有彦の家へと向かった。
「徐々に奇妙な冒険」
プロローグ・2
「え? 無い?」
家まで来たはいいものの、ジョジョ第二部は乾家に無いようだった。
「あぁ。姉貴のヤツが暇つぶしにとか言って二部をごっそり持ってっちまってさ」
「そうなのか……ついてないな」
俺はぽりぽりと頭を掻いた。
「なんか最近流行ってるよな、それ」
するとそれを聞いた有彦がそんなことを言う。
「流行ってる? 何がだ?」
「だからその『ついてないな』ってやつ」
「ああ……そう言われてみればそうかもしれないな」
確かにそうだ。
今年の夏、あちこちでよく聞く言葉である。
最近ついてない。
よくないことが起こる。
誰と話しても必ずそんな話に行き着いてしまうのだ。
俺自身も秋葉の入浴中に間違えて入ってしまって殺されかけたり。
シエル先輩の胸をうっかり触ってしまって刻まれかけたり。
アルクェイドの家に遊びに行ったら入れ違いになってしまい、アルクェイド秋葉共々に怒られるということもあった。
他にも忘れ物やお金が足りないなど、細かい不幸を数え上げたらキリが無い。
とにかくそんな状態だった。
「おまえも最近そうなのか?」
そう聞くと有彦はなんともいえない顔をする。
「まあ、悪いっちゃ悪いし、いいといえば言いが……いや、まあ悪いな。経済的には最悪だ」
よくわからない返事だったが有彦も大変らしい。
「そうか。わかった。邪魔したな」
「待てよ遠野。せっかくだから第三部のほうを持ってったらどうだ?」
「三部か……」
確かにある意味では一部と三部のほうが話が繋がっているとも言える。
「じゃあ、とりあえず三部の最初のほうだけ貸してくれよ」
「おう。ちょっと待ってな」
有彦がいなくなってしばらくし、俺は空を眺めた。
これでもかってくらいにまっ青な空、じりじりと照りつける太陽。
「あぢい……」
この炎天下の中待たされるというのもまた、ついてないと言えるのかもしれない。
「おう。待たせたな」
全身が汗まみれになったところでようやく有彦が来てくれた。
「ああ、うん……」
なんだか意識が朦朧としている感じである。
「おい、大丈夫か遠野」
「いや、ちょっと日に当たりすぎただけだ」
「ワリイ。とりあえず麦茶持ってきてやったが、飲むか?」
有彦にしては珍しく気が利いていた。
「サンキュー有彦」
コップを受け取り一気に飲み干……
「ぶはっ!」
俺は思いっきりそれを吹きだした。
「うわっ、きたねえな」
「……有彦。これ……そうめんのつゆだ」
俺は死にそうになりながらもそれだけ有彦に伝える。
「え? マジか?」
「ああ」
「そりゃ……なんとも」
「ついてない、か……」
二人して苦笑するしかなかった。
「はあ……」
重い本を持ちながら炎天下を歩いていく。
こんな熱さのせいなのか、歩いている人はほとんどいなかった。
「……そういえば他にも流行ってたことがあったなあ」
信号を待っている間にそんなことを考える。
最近妙な噂が流れていた。
吸血鬼がまた出ただの、バケモノに遭遇しただの。
この暑さだから幻でも見たんだろうと思うのだが、それも違うらしい。
なんと殺人事件まで起きたという。
だが、それはあくまで噂だけで、ニュースでも新聞でもそんな事件が報道される事はなかった。
あくまで噂の話なのだ。
「……」
この暑さとその噂が合わさり人がいなくなったのだろうか。
「それとも、街中のみんながディオに血を吸われて吸血鬼になっちまったか……」
第一部の中盤、ウインドナイツという小さな街が吸血鬼になったディオに襲われ、村人ほとんどが吸血鬼になってしまうという事件がある。
もしかしたらこの街も吸血鬼によってそんなことになってしまっているんじゃないだろうか。
そう考えてぞっとした。
冗談じゃない。そんなことあってたまるものか。
「でも……吸血鬼は実在したわけだし……」
マンガの世界にしかいないと思っていた吸血鬼が実在していた。
それどころか究極生命体であるカーズに近いような存在のアルクェイドまでもが。
そう考えると俺ってとんでもないやつと付き合ってるんだなと思う。
吸血鬼と、その上の存在である真祖が実在している。
だったら実際にそんな事件があった村なんかもあったのかもしれない。
そして石仮面もどこかにあるんじゃないだろうか。
ディオのように秋葉は力を求めてその仮面を……
「だあ、止めだ止め」
どうも考えが変な方向に行ってしまう。
これも暑さのせいだろうか。
「失礼」
「おっと」
そんなことをしていると目の前に人影があった。
顔を上げるとそこには俺と同じくらいの年の女の子が。
しかしなんとも奇妙な格好をしている女の子である。
「何か」
あんまりにもじっと見てしまったせいで、女の子は少し戸惑っているようだった。
「あ、いや、なんでもないよ」
俺は慌てて道を譲る。
そういえば道で人に会ったのは久々だなと思いながら。
「あまり不吉なことは考えないほうがいいですよ」
女の子が通りすぎる時に、そんな声が聞こえた気がした。
「でないと、それが現実になってしまうかもしれませんから」
「え?」
慌てて振りかえる。
「……いない……」
だがもうそこには女の子の姿は無かった。
「……」
まさか、今の女の子も幻だったっていうのか。
「まったくどうかしてる」
ぶんぶんと首を振って自分の考えを否定する。
けれどその時、俺はなんだか自分が奇妙な世界に巻き込まれてしまったような、そんな感覚を覚えたのであった。
続く