「……」

まさか、今の女の子も幻だったっていうのか。
 

「まったくどうかしてる」
 

ぶんぶんと首を振って自分の考えを否定する。
 

けれどその時、俺はなんだか自分が奇妙な世界に巻き込まれてしまったような、そんな感覚を覚えたのであった。
 
 





「徐々に奇妙な冒険」
その3
魔術師の赤







「おかえりなさいませ、志貴さま」
「……」
「志貴さま?」

顔を上げると翡翠の顔があった。

「あ、うん。ごめん。ただいま翡翠」

考え事をしているうちに家に着いてしまったのか。

「どうなされました?」
「いや、考え事をしてただけだから、気にしないでくれよ」

それはさっきの女の子のことだった。

彼女の言葉がどうも引っ掛かっている。

「そうですか……」

翡翠はまだ心配そうな顔をしていた。

「だ、大丈夫だって」

俺は出来るだけ明るい顔で笑ってみせる。

「それより翡翠。秋葉に聞いたんだけど、ジョジョ読んでるんだって?」
「え、あ、は、はい。その、出すぎた真似をいたしまして」

今度はうつむいてしまう翡翠。

「い、いや、いいんだって。マンガくらい好きなように読んでくれて。秋葉にも言ったけど、話せるようになるから嬉しいよ」
「そ、そう……ですか?」
「うん。だから気にしないでどんどん読んじゃってくれ」
「わ、わかりました。なるだけ早く読むことにします」
「いいっていいって。自分のペースで好きなように読んでくれて。返すのはいつでもいいんだからさ」

有彦のアバウトなところもこういう時にはありがたいものである。

「は……はい」

翡翠はこくりと頷いた。

「じゃあ俺は秋葉に続きを持ってかなきゃいけないから、また」
「はい」

翡翠と別れ秋葉の部屋へ向かう。
 
 
 
 

「秋葉ー。いるかー」
「あ、志貴さんですか? どうぞー」

中からは琥珀さんの声が帰って来た。

どうやら二人一緒にいるらしい。

「わかった」

俺はドアを開けた。

「おかえりなさい、兄さん」

優雅に椅子に腰掛けている秋葉。

手にはジョジョ第一部の最終巻が。

その佇まいはさしずめ第三部のディオである。

「志貴さん志貴さん。今すごいものをお見せしますよー」

琥珀さんはにこにこ笑いながら手を後ろに隠していた。

「ん? なに?」
「これです。じゃーん」
「なっ……」

俺はそれを見て総毛立った。

「い、石仮面じゃないか……」

琥珀さんの持っていたのは第一部の象徴ともいえるアイテム、石仮面だった。

「はい。びっくりしましたか?」
「どどど、どうしてそれが?」

不吉な事を考えるとそれが現実になるかもしれないという女の子の言葉が頭の中でリピートされる。

「ふふふ。ちょっとばかり家にあった仮面を細工しまして。どうです? 雰囲気出てるでしょう」
「……え? 琥珀さんが作ったの?」
「ええ。正確には翡翠ちゃんも協力してですが。どうでしょう?」
「う、うーん……」

じっくりとその仮面を眺めてみる。

マンガに出てきたそれと、寸分違わないように見えた。

「凄いな。本物みたいだ……」

そんな言葉しか出てこない。

「まあ、仮面の後ろのトゲは再現出来なかったんですけれどね。あれはいくらなんでも危ないですし」
「あ、そうなんだ」
「はい」

裏返された仮面の後ろを見ると、なるほど元はごく普通の仮面のようであった。

「おかげで『この骨針が秋葉さまの脳みそに食い込めば間違いなく即死っ!』って出来なくなっちゃいましたよー」
「ちょっと琥珀。今の言葉は聞き捨てならないわよ?」
「わ、冗談ですよ冗談」

確かに琥珀さんは冗談で言ったんだろうけど、なんせ不吉な事を考えてしまった後だったので俺は笑うに笑えなかった。

「あ、あれ? どうしました志貴さん。ここはツッコミを入れるところですよ?」
「ごめん。ちょっと暑いせいかな……」

そんなことを言って誤魔化す。

「そうですね……今年の夏は暑いです」

ちらりと外を見る秋葉。

「クーラーも故障しちゃってますしねー……」

遠野の屋敷は見た目は古めかしいようで、しっかり冷暖房完備されている。

しかし今年の夏は不思議なことにそのクーラーが故障しっぱなしなのだ。

これもついていないことである。

「扇風機も気休めにしかならないわね、まったく……」

そんなわけで秋葉の部屋ですらも扇風機が生暖かい風を掻き回すだけであった。

「まあ、きっと直るって。悪く考えちゃいけないよ」

女の子のこともあるし、俺は出来るだけプラス思考でいることにした。

「そうですね。いいことを考えましょう。……兄さん、本は借りてこられたんですよね?」
「え、あ、うん。それがその……二部は貸し出し中で、三部しかなかったんだけど」
「三部……ですか。二部を飛ばしても大丈夫ですかね?」
「一応は大丈夫だと思う。一部と三部のほうがある意味話が繋がってるからさ」

なんせ最大の敵が同一人物なのだから。

「それならいいですけれど。早速見せていただけますか?」
「うん」
「あ、わたしも読ませて貰っていいですかね?」
「琥珀はわたしの後よ」
「わかってますよー」
「ははは」

二人のいつもながらのやり取りをみて少し気分が晴れた。

「じゃあ俺もちょっと飛ばして読んでるかな……」
 

そんなわけでしばらくの読書タイムである。
 
 
 
 
 

「ふう……」

しばらくして秋葉が何巻目かの本を閉じた。

「どこまで読んだ?」
「ええと……ポルナレフという人が仲間になったところまでです」
「どうだ? 面白いか?」

感想を聞いてみる。

「ええ。一部とはまた違った面白さがありますね。スタンドという考えは斬新だと思います」
「そうですか? 秋葉さまだって精神的なパワーで攻撃出来るじゃないですか」
「……そ、そういえばそうだな」

秋葉には檻髪という、特殊能力があったりするのだ。

「檻髪を使えばマジシャンズレッドくらいのことは出来るんじゃないですかね?」
「まあ出来ない事もないでしょうけど」

さらりと怖い事をいう秋葉。

ちなみに秋葉の能力は正確には熱を奪うものなので、マジシャンズレッドとは正反対だといえる。

だが色のほうが赤いので雰囲気としては同じ感じだろう。

「わー。それは見てみたいですねー。ターゲットを志貴さんにしていかがでしょう」

えらい無責任なことをいう琥珀さん。

「おいおい。勘弁してくれよ」
「……じゃあ……レッドバインドっ!」
「ぐっ!」

秋葉が言葉を叫ぶと同時に赤いオーラが俺の首に纏わりついてきた。

「ほ、ほんとに出来た?」

自分でやっておいて秋葉は目をぱちくりしている。

「こ、こらっ。止めろ、離せっ」
「あ。す、すいません。兄さん」

すぐに技を解いてくれる秋葉。

「まったく冗談じゃないな……」

俺は溜息をついた。

「さっすが秋葉さまですねー。これなら天下を取れる日も近いですよー」

琥珀さんだけは大喜びである。

「……レッドバインドが出来たんなら……もしかして……」

そして何か妖しげなことを呟く秋葉。

「あ、秋葉? おーい」
「……クロスファイア・ハリケーンスペシャル! かわせますかっ!」
「だーっ!」
 

今度は秋葉の作り出した♀マークが俺に向かって飛んでくるのであった。
 

続く



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