エンプレンスの拳が思いっきりフライパンをへこませています。
原作の事を思い出さなければやられてしまっていたことでしょう。
「チッ……しくじったッ! しかしこんなにでかくなったわよッ! 『親のすねかじり』……いや腕かじりと呼んでママ! チュミミ〜ン」
「くっ……この琥珀が策略において貴方なんかと年季が違うことをこれから思い知らせてあげますよっ!」
ジョセフさんのセリフを真似てかっこつけてみます。
とは言ったものの、これからどうすればいいんでしょうかね……はぁ。
「徐々に奇妙な冒険」
その21
女帝その2
「と、とりあえず……」
エンプレスは腕に寄生して実体化しているスタンド。
わたしは傍にあった紐でぐるぐる巻きにしばってやりました。
「どうやって偽翡翠ちゃんのところへ行けばいいんでしょう……」
いえ、それよりも本当の翡翠ちゃんは無事なんでしょうか。
それが心配です。
「おかあさま〜。ここまで育てていただいてありがとう」
「うう……気持ち悪い事言わないでください」
「チュミミ〜ン! でも……こんなに自分の子供をきつくしばっちゃあ駄目じゃないの。子供は自由に……」
「はうっ!」
しまった、ガードが間に合いませんっ。
「育てなくっちゃあねええ――――っ!」
「う、ああっ……このおっ!」
反対の手でエンプレスに殴りかかります。
「なんだい、その貧弱なパンチはっ! チュミミ〜ンっ!」
ビシイッ!
「くうっ……」
わたしの手に向けてカウンターの形でエンプレスの拳が激突しています。
「チュミミ〜ン!」
「いったあ……血が出てるじゃないですかあっ」
「あちょお〜ッ!」
「!?」
怪しい構えを取るエンプレス。
「ウフフ……もう完璧にあんたをブチ殺せる状態になったわッ! ホラだってもうあんたの首に手が届くもんッ!」
「うわ。もうほとんど最終形態になっちゃってますね……」
「首の頚動脈をプツーンと切っちゃえばおしまいですものねェ」
「は、早く翡翠ちゃんを……いやっ、せめて味方を探さないとっ」
わたしは慌てて台所を抜け出し、みんなを呼びに行きました。
「チュミミ〜ン! 無駄な努力だわねッ! 本体がオマエからどんどん仲間を遠ざけてるのさッ!」
「くっ……そういえば原作でもセコいことやってましたもんね……」
階段を通り過ぎ、一階の奥のほうへ。
「あたしのパワーはもう証明済みよねえ! ハヤヤァーッ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいってっ! わたし戦闘力はゼロなんですよっ?」
「アチョーッ!」
「あううっ」
視界がぐらりとゆれる。
洒落になってません。このままではわたし殴り殺されてしまいます。
「あちょッ、あちょあちょあちょあちょおーっ!」
「おおォ―――のおォォ――っ! とか言ってる場合じゃなくてっ! だ、誰か助けてくださーいっ!」
叫んでも返事はない。
「ヘイ! もう館の中には貴様しかいないのさッ! 助けを呼んでも誰も来ない!」
「ううっ、卑怯者ーっ」
ごろごろと床を転がりまわるわたし。
こいつはマジで大ピンチってやつですよ?
「最高の褒め言葉だねッ! チュミミーンっ!」
腕の出血がぽたりぽたりと腕を伝います。
赤いエンプレスの体がさらに赤く染まっていました。
「うう、コールタールなんて家の中にはないし……一体どうしたら」
まさに孤立無援状態。
「諦めるんだねッ! おまえはこのエンプレスに殺されるのさッ!」
そう言ってエンプレスは原作どおり釘を取り出してきました。
「ど、どこからそんなものをっ?」
「さっき拾っていたのさッ! 地面をころがり回っていたときにあんたの裾から落ちたのを拾っていたのさッ!」
ああ、いざというときの呪いのための釘がそんなマイナスにっ。
「これであんたの頚動脈をかっ切ってやるためにね―――ッ!」
「あうっ……」
慌てて両手でその釘を押さえつけます。
しかし非力なわたしとスタンドであるエンプレスでは勝負は決まっているようなもの。
わたしの首に釘が突き刺さりました。
「ヘイッ! あんたさっき……策略において貴方なんかと年季が違うとかどうのこうの言ってたねッ!」
「……い、言いましたけど」
「今までのどこが策略なのさッ! てめーはただの偽善者ぶってるだけのバカ女だろーがァ―――ッ!」
「うう……」
「そぉーれもうひとおし。薄幸な人生もここまでだね。チュミミ〜〜〜ン」
わたしはただ黙ってエンプレスの言葉を聞いています。
「あんたにゃこのあたしを倒す方法など何ひとつ……」
次第に動きの鈍っていくエンプレス。
「何ひとつ……うう! ……ゲッ?」
そしてその動きは完全に止まりました。
「え? 『何ひとつ』なんですか? どうも最近耳が遠くて。何て言ったのかもう一度言ってください」
「バ、バカなっ! きさま、何をしたッ?」
「うふふふふふ。あなた言いましたよね。わたしを何も能力のない女だ、と。残念。我が能力は……感応」
「か、感応ッ?」
「感応とは本来契約した相手に力を与える能力です。ですが感応能力の応用で、相手の体を自由に動かすことが出来るんですよね」
そう、思いっきりサポート向けですがわたしにだって特殊能力があるんです。
「ちなみにその契約には血、もしくは体液が必要でして」
「血……血ッ? まさかッ!」
「はーい。あなたわたしの返り血をいっぱい浴びちゃいましたよね。それで十分なんです。あとはまあ、あなたの体の自由を奪うだけだったんですよ」
これは本来契約主が反応し切れない部分をわたしたちがフォローするための力らしいのですけれど。
「あなたみたいな悪人に力貸す必要も無いですし。とりあえず動けなくなってもらったわけですが……まず離れてもらいましょうかね」
わたしはエンプレスの体を操り、腕からその体を離れさせました。
「バ、バカなッ! 体が勝手にっ……」
「ま、これで策士としての差がよくわかったでしょう。追い詰められているようで相手を追い詰めている。これぞ策士の真髄、ジョセフさんにも劣らないのではないでしょうか」
そしてエンプレンスの腕を操り、自身の首を握らせました。
「スタンドはスタンドでしか倒せない……ということは、ま、自殺も可能ってことですよねえ?」
ここで満面の笑みを浮かべるのがポイントです。
そして決めの一言。
「おまえは『やめてそれだけは』と言う」
「やめてッ! やめて! それだけはッ! ……はっ!」
「ほんと、みんながいなくてよかったですよー。こんな残虐なわたし、正直見せたくないですしねー」
ボキィッ。
鈍い音が響きました。
「さて、本物の翡翠ちゃんを探しに行くとしますかねー」
間違っても偽者のやられたシーンだけには遭遇したくないですけどねっ。
多分、運の悪いシエルさんあたりが目撃しちゃってるんじゃないでしょうか。
「キャ、キャアアアアーッ!」
「……あらま」
外から声が聞こえました。
今のは秋葉さまの叫び声です。
ということは秋葉さまが偽者のやられたシーンに遭遇しちゃったわけですねえ。
「ああ、可愛そうな秋葉さま。きっと夢に見てしまうんでしょう」
もしくは気分が悪くて眠れないのではないでしょうか。
「全てが終わったら睡眠薬入りのお茶を用意してあげないと」
まあ秋葉さまなんかより今は翡翠ちゃんです。
「翡翠ちゃん、今行くからね〜」
わたしはスキップしながら翡翠ちゃんを探しに行くのでした。
続く