「バカな……どうして」

俺はそこに立っている人物を見て唖然とした。

そこに立っていたのは。
 

「名はシエル……『冥界の神アヌビス』のカードを暗示とするスタンド使い。貴方たちの命……貰い受けます」
 
 



「徐々に奇妙な冒険」
その28
「アヌビス神 その2」







「シエル先輩……本当に先輩なのか……?」

目の前に立っているのは間違いなくシエル先輩に見える。

「それは遠野君が一番よく知っているんじゃないですか」

そう言ってアヌビスの刀を見せ付ける先輩。

「……」

アヌビス神の能力はものをすり抜けられること、人の心を乗っ取ることだ。

人の心を乗っ取る能力でアヌビス神がシエル先輩の心を乗っ取ったという可能性は十分にあり得る。

「志貴。最初の秋葉のようにタタリの作り出した偽者なのでは?」

シオンがエーテライトを先輩へ向けて放つ。

「ぬっ……」

ビシィッ!

先輩はそれを避けきれず、足にエーテライトが直撃した。

「本物の代行者なら今の攻撃くらい簡単に避けられたはずです」
「いや……それで判断は出来ないよ。アヌビスは相手の攻撃を受けて……」
「……憶えました」

きらんと刀が怪しく光る。

そう。相手の攻撃パターンを憶えるのもアヌビス神の能力である。

「わたしのエーテライトは計算された攻撃です。貴方ごときに覚えられるはずがっ!」

さっきと言ってる事が矛盾してるけど、とにかくシオンは再びエーテライトで攻撃を仕掛けた。

「その攻撃は通用しなぁいッ!」

すぱんっ!

空中でエーテライトが切り刻まれた。

「なっ……」
「死ねぇ!」

そのまま先輩はシオンに向けて突進をかける。

「死ねえじゃないわよ……調子に乗らないでシエルのくせにっ!」

ボゴォッ!

「あっ……」

ガチャァン!

シエル先輩はアルクェイドのキックで窓を破って外に吹っ飛ばされていった。

「ぐ……くっ……」

アルクェイドのわき腹からぽたぽたと鮮血が零れ落ちる。

「アルクェイド、無茶するんじゃない」
「だって……何やってるのよ。シエルのバカ……」
「……」

口では悪く言っているものの、アルクェイドは先輩を心配しているんだろう。

「や、やりましたかねっ?」

柱の影に隠れていた琥珀さんが尋ねてくる。

「いえ……とりあえず当てるのが精一杯だったわ……やばい。普段のシエルより強いみたい……」

そう言って膝をつくアルクェイド。

「無理するな! 休んでろ!」
「だって……わたし以外に誰がシエルを倒せるっていうのよ」
「……それは」

アヌビス神は策や術を使わない正統派のスタンドだ。

ただでさえ常人離れしたシエル先輩を本体にしたアヌビス神。

俺たちだけでどうにか出来る相手だとは思えない。

「さすがアルクェイド……相当素早い動きです。しかしその動き……今ので憶えた」
「……」
「兄さん。アルクェイドさんをこれ以上戦わせても勝ち目は薄いですよ」

それを見た秋葉がぽつりと呟いた。

「じゃあどうしろっていうんだよ」
「……私が戦います」
「え?」
「あのスタンド……我が檻髪の能力なら勝てるはずですから。兄さん、サポートをお願いします」

なんだかよくわからないけれど秋葉には勝算があるらしい。

「わかった。でも、俺が先輩を足止め出来るのはせいぜい数秒だぞ……?」
「それで十分です……お願いします」
「……やるしかないか……」

俺は七夜の短刀を取り出した。

「ふふ……遠野君が相手ですか。手加減は不要ですね……」

シエル先輩も構える。

「先輩! 正気に返ってくれっ!」

俺は先輩に声をかけながら切り付けた。

「遅いッ! そんな攻撃に当たってあげるわけにはいきませんねッ!」

キィン!

「ぐっ……」

アヌビス神を受け止めた腕がびりびりする。

「続けていきますよッ! ウシャ、ウシャアアアアアーッ!」
「ぐっ……このっ……」

連続攻撃を必死で凌ぐ俺。

俺から攻撃を仕掛けていないのが幸いしてか、シエル先輩の攻撃の威力が増すことはなかった。

「あ、秋葉っ! 早くっ!」
「わかっています……紅赤朱!」

秋葉の赤い髪のイメージが先輩を襲う。

「そんなもの……ブッた切ってやりますっ!」

すぱんっ!

「なっ……なんですってっ?」

イメージであるはずの髪をアヌビス神は真っ二つに切断してしまった。

「死になさいっ! 髪の毛ごと一気に……っ!」

先輩はそのままアヌビス神を秋葉に向けて振りぬいた。

ぶおんっ!

「えっ?」

ところが秋葉の姿はアヌビス神に切られたことでかき消えてしまった。

「……それは檻髪で作った残像です。捕らえましたよ、シエル先輩」
「ぬっ……ぐっ」

残像で先輩の注意を引き、背後に回りこんだ秋葉の片手ががシエル先輩の腕を捕んでいた。

「そしてこの状態で檻髪を発動させます! 直に食らわせる檻髪の略奪はッ! 腕を凍結させることくらい容易ッ!」
「こ……これは……腕が……! 動かないなんて!」
「そしてそこに一撃を加えればッ!」

反対の手で先輩の手に一撃を与える。
 

からん、からんからんからん……
 

そしてアヌビス神は先輩の腕から落ちた。
 

「や……やった」

アヌビス神の刀を落としたということは先輩は呪縛から逃れられたということである。

「……ふう」

額の汗を拭う秋葉。

「やったな秋葉っ。大手柄じゃないかっ」
「止めて下さいよ兄さん。たまたまです、たまたま」

照れくさそうに笑う。

「単に、アルクェイドさんがバカにしたアブドゥルの底力ってやつを見せたかっただけです」
「……それかよ」

まあ秋葉らしいと言えばらしい理由だった。

「志貴。アヌビス神を早く始末しないと」

シオンが俺の傍に駆け寄ってきた。

「おっとそうだな……また誰かが触ったら危ないし」

こんな物騒なものはさっさと解体してしまうに限る。

俺はメガネを外しアヌビス神を見た。

「よし……」

線に合わせて短刀を。

「あ、あれ? わ、わたし一体どうしたんでしょう?」

と、そこでシエル先輩がきょろきょろと周囲を見回していた。

「……シエル先輩。大丈夫?」

どうやら先輩が我に返ったらしい。

「は、はい。何か変な剣を触った事までは憶えているんですが」
「これでしょ?」

俺は地面に落ちているアヌビス神を指差した。

「は、はい。それを触った途端意識がぼーっとして……」

とか言いながらアヌビス神に手を伸ばそうとする先輩。

「だ、駄目だって触っちゃ!」

俺は慌てて先輩に触られないようにアヌビス神を拾って隠した。

「あっ!」
「あーっ!」
「志貴……」
「な、なにやってるのよ志貴っ!」

みんなの叫び声が聞こえる。

「え? ……はッ! しまっ……」
 

そして俺の意識はそこで途絶えてしまった。
 
 

TO BE CONTINUED……



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