なんてことでしょう。志貴さんがアヌビス神を手に取ってしまいました。
これは大ピンチですっ。
「あ、秋葉さまっ! ガンバッテなんとかしてくださいっ!」
「琥珀っ! あなたも隠れてないで参戦しなさいよっ!」
「わ、わたしは作戦参謀ですから〜」
冗談じゃありません。アヌビス神プラス志貴さんなんか相手に出来るわけないじゃないですか。
わたしはそのまま柱の影に隠れ続ける事にしました。
「徐々に奇妙な冒険」
その29
「アヌビス神 その3」
「妹。メイドなんてあてにしたってしょうがないでしょ。それに、ただ剣を握っただけじゃない。それがどうしたっていうのよ」
ふらふらと志貴さんに近づいていくアルクェイドさん。
「だ、駄目です! 今の志貴さんは志貴さんではありませんっ!」
「は? 何言ってるのよ」
「で、ですからアヌビス神のスタンドの能力は……」
「やだなあ。何言ってるの琥珀さん」
「……あれ?」
志貴さんはメガネをかけてにこりと笑っていました。
「そ、そんなバカな……」
アヌビス神を握っていて心を乗っ取られていないはずがないんですけど。
「アルクェイド。ケガはどうだ? 大丈夫か?」
「……ちょっと痛いわね。治るのに時間がかかりそう」
「どこを怪我したんだ?」
「えーと。腕から胸を通って腰まで……それからアゴの下」
「あ、アゴの下っ?」
そのフレーズは非常にまずいです。
その言葉が出ると言う事は。
「アゴの……下だな」
「志貴?」
アルクェイドさんに向けてアヌビス神を向ける志貴さん。
「し、シオンさんっ! アルクェイドさんを遠ざけてくださいっ! その志貴さんはやっぱり……」
「俺だよまぬけっ! アヌビスの暗示のスタンドさっ!」
小さく屈み、そのまま上に突き上げるようにアヌビス神を振り上げました。
「し、しまったっ!」
シオンさんが慌ててエーテライトを伸ばしますが間に合いません。
「死ねッ! アゴごと剃ってやるぜッ!」
キィン!
「ぬッ……」
「と、遠野君……どうしたんですかっ?」
間一髪、シエルさんが黒鍵でアヌビス神を防いでいました。
「し、シエルさんっ! 詳しい事は後で説明しますがっ! シエルさんはさっきまでその剣に操られていて、今は志貴さんが乗っ取られてしまったんです!」
「な、なんですってっ?」
「ウシャアアー!」
「……っ!」
シエルさんはアルクェイドさんを抱えて跳躍し、志貴さんから離れました。
「アヌビス神は刀自体がスタンド。刀が志貴を操っているんです」
シオンさんがシエルさんとぶつかり合う志貴さんへエーテライトを飛ばします。
「きさまのエーテライトの動きやパワーはさっきしっかり取り込んだ! 一度闘った相手には決して負けない!」
ひゅんっ!
再びアヌビス神にエーテライトは刻まれてしまいました。
「くっ……」
「駄目よ。近づかないで……シオンとか言ったわね。あなたごときが志貴と戦うのは危険だわ……それに」
「ちょ、ちょっとアルクェイド! 何を……」
シエルさんから離れたアルクェイドさんが爪を振るい風圧を起こします。
「おっと」
「くっ……」
わたしでは目でも追うことすら出来ない高速攻撃を志貴さんはあっさり受け止めていました。
アルクェイドさんの腕がはじかれ、ふらふらとよろめいています。
「しびれるか? フフフフフ。もうおまえがどの程度の踏み込みまで耐えられるか憶えたゼ。フフフフフ」
ああ、なんだか志貴さんが床屋の人みたいに見えてきました。
「さて……今度の攻撃には耐えられるかなアルクェイド」
じりじりとアルクェイドさんに近づく志貴さん。
「志貴と戦うには本気を出さなきゃいけないわ……でもそんなことしたら志貴が死んじゃう……」
やはりアルクェイドさんは志貴さんと戦うことを躊躇しているようです。
「フフフフフ。この男を殺さなければ自分が負けると考えているな。フフフフフ。それは甘い考えだ。甘い甘い」
にやりと不適に笑う志貴さん。
こういう笑いも妙に志貴さんにマッチするんですよねえ。
「何故なら……ここらでとどめのとっておきのダメ押しというやつを出すからだ」
ポケットからいつもの七夜の短刀を取り出す志貴さん。
「七夜の短刀プラスアヌビス神! 二刀流ッ!」
いよいよもってアヌビス神も本気モードのようです。
「フフフフフフ」
ひゅんひゅんと空を切る音が響きます。
「……」
そして剣の切っ先が届くか届かないかという距離になった瞬間。
「ウシャアアアアアアアアーッ!」
「この……このこのこのこのっ!」
志貴さんとアルクェイドさんのラッシュが始まりました。
「くっ……」
しかし手負いのアルクェイドさんはみるみるうちに志貴さんに押されてしまいます。
「何をしているんですか! アルクェイドさん!」
そこへどこへ隠れていたんだか、秋葉さまの奇襲攻撃!
赤く髪の変化した秋葉さまが檻髪の爪で攻撃を仕掛けました。
「……」
すぱんっ!
「え……」
志貴さんは後ろを振り向きもせず秋葉さまを真っ二つにしてしまいました。
いえ、それはもちろん檻髪で作った偽者なんですけれども。
「そ……んな……っ」
腕を掴もうとした秋葉さま本人のお腹に志貴さんの膝が炸裂しています。
ばたん。
秋葉さまはその場に倒れてしまいました。
「……おまえたちの攻撃パターンは全部憶えた……一度戦った相手はたとえ持ち主が変わったとしても絶対に……絶対に絶対に絶っ……」
ああ、なんだか名言の予感がします。
喜んじゃいけないシーンなんですけれどもジョジョファンとしては顔がにやけてしまうのを止められません。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
そう! このアヌビス神の長いタメ!
「〜〜〜対に! 負けなあああああいィィィィ!」
志貴さんはアルクェイドさんに照準を定めたのか、物凄いスピードで突進して行きました。
まずいです。原作通りだとしたら今までのうちで最大の速度と最大の強さと最大のワザで繰り出されているはずっ。
「待ってください!」
わたしは思わず大声を出してしまいました。
「ぬ?」
志貴さんがこちらを向きます。
「アヌビス神……いえ、ここは本体のタタリさんとお呼びしましょう」
志貴さんたちの話では、スタンドを具現化しているのは全てその方の仕業らしいですからね。
「何の用かな? ……お嬢さん」
志貴さんの口調が明らかに変化します。
「あなたは確か真祖であるアルクェイドさんの力を乗っ取るのが目的だったんですよね?」
「……確かにその通りだ。我が能力に加え真祖の力が加われば私は無敵となるだろう」
「ならば、今ここでアルクェイドさんを倒してしまうというのはまずいんじゃないですかね? 本当のアルクェイドさんの力が手に入らないですよ?」
「む……」
志貴さんの顔が曇りました。
これはつけいるチャンスです。
「さて、ここでよく考えてみましょう。アヌビス神の能力は人の心を乗っ取る力」
「……」
「ということはですね。アルクェイドさんがアヌビス神を握ればまあ大変。アルクェイドさんの体はタタリさんのものになってしまうんじゃないでしょうか?」
「ちょっと! 琥珀なんのつも……むぐっ!」
ゴキブリのような生命力で復活した秋葉さまですが、シオンさんに口を塞がれてしまいました。
ナイスです、シオンさん。
「なるほど。面白い考えだな。しかし女。何故そのようなことを話す? おまえは真祖の味方ではないのか?」
「やだなぁ。何を言ってるんですか。わたしは巻き込まれただけの被害者です。アルクェイドさんを犠牲にすることで命が助かるんだったらいくらだって差し上げますよー」
「……なるほど、真祖にアヌビスを握らせる代わりにおまえの命は助けろというのか?」
「ぶっちゃけそういうことになりますね」
「む〜! むぐーっ!」
秋葉さまが尚も叫んでますけど無視です、無視。
「なるほどそれはよさそうな交渉だ。しかし、真祖が簡単にこの剣を握ると思うのか?」
「そりゃ簡単ですよ。志貴さんの胸に刀を付きつけて、この男の命が惜しければおまえがこの剣を握れと」
「なっ……」
「策士だな、貴様」
「あはっ。お褒め頂き光栄ですね」
こう上手い具合に事が進んでくれると嬉しくてたまりません。
「ではさっそく実行するとしようか。真祖。この男の命が惜しければ……」
「ふっふっふ。残念でしたね。貴方の負けです」
準備万全。
わたしはここでびしっと言い切ってやりました。
「ぬ?」
「あなたが既にわたしの策にはまっているということに気づいてなかったんですか?」
「なん……だと?」
「まったく、タタリだとか言っても全然大したことないんですねー」
「答えろ女ッ! 何をしたッ!」
形相の変わった志貴さんがわたしを掴みかかってきました。
「ほら、今わたしを掴んじゃいましたね。これこそが真の策だったいうわけなんですけれども」
要するにわたしに近づいてくれて一瞬でも隙が出来ればよかったんです。
わたしは志貴さんのわき腹に注射器を刺し終わっていました。
「即効性の麻酔薬です。全く力が入らなくなるから剣なんて握れなくなりますよ」
原理は秋葉さまのアヌビス神破りと同じなんですけどね。
わたしは一切攻撃をしていなかったからアヌビス神だってこれを見切れるはずがありません。
「要するに、あなたはわたしの思考パターンまで憶えられなかったのが敗因なんです」
「……貴様の判断力……確かに」
ふらふらと倒れこむ志貴さん。
「憶えたって無駄ですよ。だって」
わたしは倒れこむ志貴さんを受け止め、足元のスイッチを押しました。
「はい。遠野家地下帝国にアヌビス神をご案内〜」
そしてそこにできた落とし穴に、アヌビス神は姿を消してしまうのでした。
TO BE CONTINUED……