「ま、まさかっ……!」

その姿は間違いありませんでした。

バステト女神のスタンド使い、マライアさんです。

「どうぞごゆっくり。策士の琥珀」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! うあ、うわわわわわーっ!」
 

わたしの体はズルズルとエスカレーターのタラップに引きずりこまれていくのでした。
 
 

「徐々に奇妙な冒険」
その32
「バステト女神 その3」











「じょ、冗談じゃありませんよちょっとっ。だ……誰か! 誰かッ! このエスカレーターを止めて下さいっ!」

しかしこんな時に限って周囲には誰もいないのです。

「せめてハーミットパープルでもあれば緊急ボタンが押せるんですが……」

わたしの視界の中には緊急ボタンの影すらありませんでした。

「……仕方ないですね」

かっこ悪いけどやるしかありません。

わたしは覚悟を決めて大きく息を吸いました。

「ひィィィィィィィ! 首がッ! 首がッ! ああああ――ッ!」

大声を上げてひたすらにもがきます。

「落とされてしまううううううう――っ! もう駄目えええええええええーっ!」

じたばたじたばた。

我ながらなんと見苦しい。

「死ぬう〜ううううううヒィィィィィーッ! ちょん切れるゥゥウウウウウ!」
「ン! ン! オホーン」
「バッサリとおお……!」

顔を上げるとそこにはたくさんの人だかり。

そして中央に秋葉さまが。

「もう既に止まっているわ。停止ボタンはすぐ横についていたの」
「オ……オホンッ」

わたしは無理やりに体を引き剥がして起き上がりました。

いや、もうこんな場所に恥ずかしくて一秒だっていられませんっ。
 
「い、異常なあ――し! このエスカレーターの点検は異常なーし! 停止ボタンも完璧に作動しますねっ」

慌てて秋葉さまに近寄りノートを開きました。

「おーっと! もうこんな時間ですね! あなたこのエレベーターの管理人さんですか? ここのところに認めのサインを頂けないでしょうか?」
「一体何事なの……と聞きたいところだけど、だいたい事情はわかってるわ」

さすがに原作を読んでいる秋葉さまは話が早いです。

「はい。スタンド攻撃を受けてしまいました。わたしの体は今……」

バチッ!

「……磁石になっているんです」

床に転がっていたスチール缶が思いっきりわたしの足にくっついてしまいました。

「バステト女神のコンセントを触ってしまったのね」
「はい。そうなんです」
「……本体は?」
「さっき歩いて行きましたけど……あっ」

人影の一番後ろにバステト女神の本体、マライアさんを見つけました。

「あそこにいますっ! 早く捕まえないと……」
「わ、わかってるわよ。ちょっと叫ばないで。人目が集中するじゃないのっ!」
「す、すいませんっ」

ああもう、こんなマヌケな役はわたしのイメージではありませんっ。

早くマライアさんを倒して元の状態に戻さないとっ。

「とにかく……秋葉さま、コンセントのようなものには触らないで下さいね。わたしと同じ状態になってしまいますからっ」
「……あー、ええ、そ、そうね」

やたらと歯切れの悪い返事を返す秋葉さま。

「も、もしかして、その」
「……もう触ったのよ」
「ええええええーっ!」
「だから騒ぐなって言ってるでしょっ!」
「す、すいませんっ」

慌ててこそこそと移動します。

「それで秋葉さま。どこで触ってしまわれたんです?」
「……さっきのエスカレーターの緊急停止ボタンを押したときに」
「思いっきり原作どおりじゃないですかっ! 引っかかってどうするんですっ!」
「ちょっと琥珀。それは貴方が言えるセリフじゃないわ」
「そ、それはまあ……そうなんですが」

秋葉さまをよく見ると缶のフタやらなんやらが既にくっつき始めていました。

「これはまずいですね……エジプトと違って日本には鉄製のものばかりです。周囲全てが危険と思ってもいいでしょう」
「どうするのよ。本体を追う?」
「それも駄目でしょう。地下鉄構内に逃げられたら厄介です」
「……確かにそんなことされたらどうしようもなくなるわね」

まず改札口すら通れないでしょうし、通れたとしてもそこは危険が一杯。

「ですから、ここは逆の発想で行くのがいいと思います」
「逆の?」
「はい。原作ではジョセフさんたちはマライアさんを追いました。しかしわたしたちは逆に逃げるんです」
「逃げる? この磁力を受けたままで逃げるっていうの?」

いぶかしげな顔をする秋葉さま。

「ええ。この磁力もスタンド能力ですからスタンドのルールどおり、距離が離れれば磁力も弱くなるはず」
「そういえばそんなくだりがあったわね……」
「逃げている間にいいアイディアも浮かぶでしょう。三十六計逃げるにしかず。ジョースター家伝統の戦闘方法ですよ」
「そうね……今はそうするしかないようだわ」
「……問題はどうやって逃げるかなんですけど」
「そうね。それはとても問題だわ」

何故ならもう既にわたしたちの体はぴったりとくっついてしまっているのですから。

単純に考えて磁力は二倍。

「……まずは体を離さなくちゃいけませんね」
「ええ……外さなきゃならないわね」

とても憂鬱そうな秋葉さまの声。

わたしだって同じです。

何が楽しくて秋葉さまなんかと体を密着させなきゃいけないんですかっ。

これが志貴さんとか翡翠ちゃんだったら楽しかったのにっ。

「とりあえず……あそこの柵のところに捕まって離れましょう」

幸いにもその柵はプラスチックで出来ているようで、体を離すには最適のもののようでした。

「つまりそこまで歩かなきゃいけないってことよね」
「……まあ、そういうことなんですけど」

その柵まで目測で25メートル。

果てしなく遠い距離に見えます。

「まあいいわ……覚悟を決めましょう。行くわよ琥珀。下腹に気合を入れてリズムを取るっ!」
「は、はい、秋葉さまっ」

つまりやらなくちゃいけないんですよねえ。あれを。

手と手を合わせて、顔は揃って同じ向きで、足はくっついてるのでカニ歩き。

「いちに、いちに、いちに」

掛け声に合わせてひょこひょこ移動するわたしたち。

「おい、なんだあれ?」
「何かパフォーマンスか?」

そんなマヌケなわたしたちに、ヒマヒマな通行人たちが視線を集めてきます。

うう、あなたたち、タタリのせいで物騒な世になってるんだからちょっとは外出を控えてくださいって。

「あ、秋葉さま……わ、わたしすごく恥ずかしいんですが」
「そんなの私だって一緒よ! 何を見てるんですかあなたたち! ダンスの練習をしてるのよ! あっちへ行きなさい! あっちへ!」
「そ……外でのダンスは気持ちいいですねー。あは、あはははは〜」

なんかもう。

すいません、ごめんなさい。

調子に乗ってしまって本当に悪かったです。
 

志貴さん、シエルさん、シオンさん、アルクェイドさん。
 

誰でもいいから、早くわたしたちを窮地から救ってくださいっ!
 

TO BE CONTINUED……



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